第2章『ゾンビ・ガール』(6)


「〝冷凍棺桶〟だ。この患者を〝アメリカ〟から輸送するのに、どうするべきかを灰城さんに訊いてみたんだが……これが〝死者を運ぶのに最適解〟らしくてな」


 現在、わたしたちが会議(ミーティング)を行っている場所は、少し広めの診察室――というより多目的室というべきでしょうか。

 他の部屋より広い面積を利用して、診察以外のことに利用しますから。


 ……わたしたち三人は部屋中央に、元はダイニングテーブルだった机を前に、各自で書類に目を通しながら座っています。


 とりあえず部屋の隅に置かれた〝冷凍棺桶〟とやらの窓からは、女の子ひとりが眠っているのを窺えました。

 おそらく、あかりちゃんは、この中にいる子を〝泥棒猫〟と呼んだのでしょう。

 って、そういうことなら、彼女は〝尋常ならざる患者〟を目にしてしまったことになるのですが。

 まあ、それについては後に回すとして。


「んな訳ありますかぁ! ぜったい他にマシな手段があるでしょう!!」

「ひ、酷くない、それ? 実際〝彼女〟――〝ゾンビっ娘ちゃん〟を無事に、日本国へ送り届けられたのは、ぼくの提案があったからだよ? この特注棺桶だけじゃない、輸送ルートだって、ぼくが確保したんだから」

「む、むぅ」


 たまらず、わたしは閉口してしまいます。

 彼の言うとおり、現に患者の輸送は成功していましたから。


「って。〝ゾンビっ娘ちゃん〟とは一体?」

「患者のことだ。文字どおり、彼女は〝ゾンビ〟――生ける屍というわけだ」

「うんうん、ぼくも親近感が湧いちゃってさぁ……つい張り切っちゃった、って訳だよ!」

「え、えぇ……」


 なんだか今日に限ってのみ、他人の話に付いて行くのが困難なのですけれど。

 いかにも慌ただしそうな神楽坂先生と、一見すると呑気そうですが、その実は落ち着きなく〝そわそわ〟している灰城さんを見て――って、彼は単純に〝好奇心〟でワクワクしてるだけですね。

 とにかく忙しくなるのは間違いないので、余計な質疑応答は控えることにしましょう。そう決心した矢先に、席から立ち上がった先生が話を切り出しました。


「あまり時間がないので、いまからミーティングを始める。言っておくが今日中に、すべてを片付けなくてはならない。焦りは禁物だが、だからといって呑気に構えられては困る」

「え、えぇ? 無事に送り届けられたんだから、今日は一休みしようよ。ぼく疲れちゃった」

「そうは言っていられない。手術期日は今日までだからな。それまでしか、手術を行うだけの冷凍機能が保たない。それと閃祈君。君には〝これ〟を、患者の胸元に設置してもらう。そのときになったら教えるから、いまは話を聞いて憶えておきなさい」

「は、はぁ。それが、わたしの仕事なんですね」

「そうだ。では手術についてだが、御覧のとおり彼女は〝凍っている〟」


 わたしに〝黒曜石みたいな石ころ〟――いえ。〝与命四九年式黒曜石〟を手渡しながら、神楽坂先生は冷凍棺桶に近寄ります。


 ……あれ? 

 わたし、いま〝手に取ったモノ〟の正体と用途も、一瞬で把握してしまったんですけど。

 まるで〝何度も繰り返している作業〟を確認しただけのような、慣れ親しんだ気分に浸ってしまう自分が、あきらかに異常であるとも理解していて。


(そうだ。わたしが黒曜館に来たのは、この手術を行うため――でも、なんで?)


 疑問が頭で反芻し続けるわたしを放っておいて……神楽坂先生は説明を続けてゆきます。


「当然だが解凍してしまうと、彼女はゾンビとしての活動を開始する。一時的な仮死状態にしただけでしかないからな。手術は〝冷凍状態〟を維持したまま行う」

「いや、あの……凍ってるんですよね、手術する箇所」

「そうだが」

「できるんですか、手術?」

「昔の〝雪女〟の手術で、もう慣れている。あれの方が遥かに高難度だろう」

「え、えぇ……」


 軽く言ってますが、はっきりいって人間技じゃあないですよね、どっちも。

 マジで何者なんですか、神楽坂先生?


「一応断っておくが、彼女は人造人間(ホムンクルス)、または〝後天的な改造人間〟であることが判っている。とある裏組織による、非人道的な実験において失敗したことから、ゾンビになった経緯を持っているのだ。よくあるゾンビ映画のような、ウイルスによって変貌していたり、食人嗜好を有している訳ではないから、我々がゾンビになる等の危険性は無い。安心したまえ」

「は、はぁ……人外特有の、常識外れな衛生観念って奴ですか」


「……彼女は、灰城折挫と同じように〝肉体の超再生能力〟を有している。それがゾンビ化の原因だ。つまりは〝大げさなまでの余計な再生機能〟が、彼女をゾンビにしている原因なのだ」

「要するに〝ただ普通に細胞が新陳代謝する〟だけで〝過剰なまでに肉体が再生〟してしまう。もはや日常生活を送るだけで〝凶悪なまでに肉体が鍛えられる〟のさ。ぼくも肉体を強化するのに、その原理自体は利用するけど……歯止めが利かないんじゃ、言い方が悪いんだけど〝バケモノ〟に変貌するってのと同じだ」

「そのとおり。で、問題は彼女の自我だ。残念ながら、度重なる再生能力の暴走により、すでに意識はなく、意識が覚醒すれば暴れ狂うだけの〝獣〟と化している」


「バケモノに獣って……貴方たちは女の子をそんな風に言うんですか!!」


 思わず怒鳴り声を上げて、わたしは先生を糾弾してしまいます。

 あまりの剣幕に驚いたのか、二人とも視線をわたしに向けて、静止してしまいました。


「すまない、失言だった」

「あ――すみません、いきなり怒鳴ってしまって」

「いいんだ、君の言ったことは正論だからな。それに我々が患者に不誠実であることは、自明の理でもある」

「不誠実って……どうしてですか?」

「ぼくたち、さ。患者自身の意思確認、取ってないんだよね」


 灰城さんが影を帯びた表情を浮かべながら、自身らの行いに嫌悪感を示します。

 そのことも追及しようとしたのですが、わたしは先生が前述した〝すでに自我は無い〟ということを思い出し、どうしようもなかったのだと理解しました。


 ――言葉の通じない獣。

 凶悪な人外化が進行している患者のことを、そう表現せざるを得ないほどの深刻な症状。

 彼女と言葉を介する暇もなく、先生は決断を迫られている。

 そんな事情を察せなかったことから、わたしは彼らに申し訳ない想いで、一杯になってしまいました。


「……座りたまえ、閃祈君」

「え?」


 感情が昂ったことで、いつのまにかわたしは席から立っていました。

 はしたない真似をしてしまったと自嘲しながら、わたしは「すみません」と謝罪を口にしながら、席に着きなおします。


「――話を再開する。与命式黒曜石によって、我々は〝加速しすぎた再生能力〟を通常の速度に無理やり設定しなおす。そうすることで、彼女のゾンビ化を強制的に治療するという訳だが……四九年という寿命の設定について、患者に伝えようがない。いや、それ以前に灰城さんと同じように〝四九年ぴったりの寿命ではない〟可能性が高過ぎるのだ。六〇代になって黒曜石の効果が切れるとき、老化した細胞の超再生能力は衰えているとはいえ、おそらくは無理に寿命を引き延ばすほどの効果を発揮するだろう。そして、その未来の苦しみを取り除く術は今の我々に無い。そういった不確定要素があるにも関わらず、本人の意思を一切問うことなく寿命を勝手に弄るのは、けっして道理が伴うことではない」

「……はい」

「つまり。この場で患者を〝苦しむ前に死なせてやる〟ことも、選択肢のひとつだ」

「そ、そんなこと駄目です!」


 またもや感情を剥き出しにしてしまい、わたしは声を荒げてしまいます。

 すぐさま、わたしは口に手のひらを当てたのですが、先生は気にすることなく返事をしてくれました。


「何故だ? これ自体は彼女のことを思えば、むしろ純粋な善意として捉えられるはずだが」

「え?」

 先生の言ったことが理解できず、わたしは言葉を失ってしまいます。

 いつのまにか先生は、こちらから表情が窺えないくらい俯いていて。

 やがて、複雑な心情を露わにするような口調で、ゆっくりと説明してゆきました。


「肉体が過剰再生する、それに今でも苦しみが伴わないはずがない。すでに自我は崩壊し、バケモノ一歩手前というのが現状なんだ。安楽死は、その現在進行形の苦痛から解放すると十分に考えられる。さらにいえば、いまを過ぎると今度こそ彼女を〝死なせられなくなる〟かもしれない――元を辿れば〝不老不死の研究〟による産物だったからな。最悪の場合、我々は〝人類の天敵種〟となりうる〝死なない怪物〟を見逃すかもしれん……つくづく、俺は縁というものを呪うよ」

「……えっと」


 最後の方で〝俺〟と言ってしまうほど、神楽坂先生は本音を零していました。

 そんな彼に、わたしは不審感を抱きつつも、これから彼が言うことを、素直に受け入れるしかありませんでした。


「だから、君に判断を任せたい」

「はい?」

「君自身の意思で、その黒曜石は起動する。君が覚悟を決めなければ、それは寿命を与えない――それは君の〝所有物〟だからな」

「……わたしが、患者を〝生かして救う〟か〝殺して救う〟か決めろということですか」

「ああ。だから一時間だけ、だ」


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