第2章『ゾンビ・ガール』(5)
さて。
それからというものの、わたしは黒曜館のナースとして本日の業務を完遂すべく、午後の仕事に取り掛かります。
あかりちゃん、輝くんは、わたしが仕事をしている傍(かたわら)。
それぞれ応接用のソファ、または部屋隅に置いてある座布団を敷いて座り込み、所持していた携帯ゲーム機を取り出して暇を潰していました。
仕事中、ふと気になって画面を見たら――どうやら二人とも同じゲーム、それも〝通信対戦〟可能なものらしかったので「二人で対戦してるの?」と訊いてみましたが。
「いえ、別に。いま窮地に陥っているので、私に話しかけないでください」
「いえ、別に。たしかに実機同士で通信対戦可能ですけど、いまは互いにオンラインマッチをやってるんで」
「お、おんらいんまっち?」
「ネット上に実在する、不特定多数のプレイヤーと対戦するんです。あ、Wi-Fi使わせてもらってます。きちんと神楽坂先生に許可もらってるんで」
「は、はぁ」
――わ、若人(わこうど)の話に付いていけない。
というか、ウチって診療所なのに無線LAN繋がってたんですか。って、あれ? たしか患者さんの個人情報の管理的に控えるべきだったような。
しばらく考えましたが……まあいいでしょう。
黒曜館は限りなく黒に近いグレーな医療施設だと、すでに判明しているのですから。
そもそも名前からして真っ黒だし、頻繁に引越されている等の事情からして得体が知れなさ過ぎますし。
……なんで、わたし此処で働いてるんですか。もうヤバいのわかってるじゃないですか。馬鹿なんですか、わたし。
心の中で悔恨混じりの自問自答が始まりかけましたが、二人のいる手前、みっともない姿は晒せません。気合で弱音を捻じ伏せて、しばらくは無言で仕事を続けました。
――子供二人が仲良くせず、各々で同じゲームに熱中している傍で。
うわぁ……内職している、お母さん達の気持ちがわかりますね、これ。
*
〝ただいまー〟
夕刻を迎え、ようやく仕事が一段落ついたところで、どっかの吸血鬼さんとやらが日差し降りしきる外界から、黒曜館へと帰ってきてやがりました。
本人は能天気そうですが、割とマジに〝日焼け止め〟を大量消費するので、実は黒曜館の財務上、晴れている昼は外出してほしくありません。
かといって深夜は物音が迷惑ですから――あれ? これでは彼に〝ひきこもれ〟と言うしかないような。
「まったく……でも食事を摂らない癖して、律儀なまでに晩餐の参加を欠かさないところは、まあ人として褒めるべき部分であると認めます、が」
厳密には〝人間〟じゃないけれど、けっして〝ひとでなし〟ではないということだけは、同居人として太鼓判が押せます。
その〝同居人(いそうろう)〟であるという、根本的な一点だけが深刻な問題であって。
「折挫さんっ!」
彼が帰ってきたのを察知するや否や、あかりちゃんは手にしていた携帯ゲーム機を、彼女らしからぬ乱雑な所作でテーブルに投げ出します。
〝がちゃんっ〟という物音を立てた〝それ〟に構うことなく、彼女は玄関へと駆け抜いていきました。
「あ、こらっ! はしたないですよ!」
「すみません、ウチの妹が。あ、そこのゲーム機は心配しなくてもいいです。一応、防護ケースとかしてるんで。まあ〝ソフト〟の安否については知ったこっちゃないですが……っ、危うく即死を喰らうところだった」
「……輝くん。他人と話すときは目を合わせましょうね」
「いま画面から目が離せないんで――っしゃあ! これで四連勝!!」
「ひゃっ!?」
「あ、すみません。驚かせちゃって」
素直に謝罪を口にするのはいいですが、二人とも寛ぎすぎじゃないですか?
正直、わたしよりも黒曜館に〝居慣れている〟のでは――と思った、そのとき。
誰かが廊下から、わたし達のいるリビングへと〝戻ってくる〟気配がしました。
ひた、ひた……という不気味な足音に何故か、わたしは奇妙な不安と危機感を憶えますが。
なにかできるという訳ではなく、ただ待ち呆ける他ありませんでした。
やがて扉が〝キィ……〟と、音を立てて開きます。
そこに現れたのは、まっすぐ揃えた前髪を顔に垂らしながら俯いて直立する、あかりちゃんでした。
「えっと、どうしたの?」
わたしが彼女に尋ねると。
「――泥棒猫」
酷く乾いた、それでいて冷え切った声色で、あかりちゃんは罵ったのです。
「はひぇっ!?」
「私の折挫さんに、あんなことまで。許さない、その罪、万死に値します。彼の目を奪おうだなんて、生意気、図々しい、恥知らず。あんなゲロ雌なんて、愛らしい彼には分不相応ですから。ああ、なんて汚らわしい。潰す、いますぐ、これから〝駆除〟してやります」
――や、殺られるっ!?
わたしは尋常ではない彼女に恐怖してしまい、硬直してしまいます。
が、その直後。
彼女の方から、わたしの誤解を解いてくれました。
「……閃祈さんのことじゃないです。わたしが殺意を抱いている〝下女〟は、この黒曜館に入院するであろう〝新参者〟です」
「そ、そうですよねぇ」
――に、逃げて! 新しい患者(しんざんもの)さん、マジで逃げてください!!
看護婦として、あるまじき〝入院拒否〟ですが、今はそれどころではありません。このままだと確実に、黒曜館が〝血の池〟だらけになっちゃいます……っ!
「それはそうと、あかりちゃん。わたしは黒曜館の看護師ですから、その新参者さんを迎えにいかなくちゃいけません。わかりますね」
「はい、そうですね。徹底的に叩きのめして追い出してください」
「……善処します」
追い出すとは言ってないからセーフ!
わたしは素早くあかりちゃんの横を通り、玄関に向かいます。
すると、そこには灰城さんがいて。
それと、もうひとつ〝なにか〟があって。
「ああ、やっと来てくれたかい。さっそくで悪いんだけど、手伝ってくれないかな? これを運ぶのは、ぼくがやるんだけど……黒曜館の何処に置くべきか、君が指定してくれないと困るんだ」
「――な」
言葉が詰まったあと、一呼吸してから。
「なんじゃこりゃ――っ!!」
灰城さんの真横に突っ立てられた〝デカブツ〟を前に、わたしは思わず絶叫したのです。
*
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