第2章『ゾンビ・ガール』(3)
いろいろと騒動のあった、その翌日。
昼下がりを迎え、わたしが週末の買い物に行く途中、道の先に友達の姿が見えました。
「あれ? あきらちゃんだ」
でも、なんだろう。
どことなく違和感があるけれど。
とりあえず、せっかくなので挨拶しておきましょう。
「こんにちは、あきらちゃん」
「……はぁ」
「うぇっ? どうしちゃったんですか、あきらちゃん?」
びっくりして変な声を出してしまいましたが、わたしは一旦、落ち着いて彼女(?)の姿を脳裏に浮かべた〝あきらちゃん〟と見比べます。
あれ? よく見ると〝彼女(あきらちゃん)〟より髪が短くて、なにより男の子らしい、細身のジーンズを穿いています、ね……?
「オレは〝妹〟ではないです。それに妹の名前は〝あかり〟です」
「あっ。もしかして、お兄ちゃんの〝輝(てる)〟くん? 妹のあき――あかりちゃんから聞いたことがあるんだけど」
「はい、そうです」
わぁ、妹そっくりの美少女さん――じゃなくて〝美少年〟ですね。
異性の二卵性双生児ということで、わたしは〝あまり似ていないだろうなぁ〟と思っていましたが、どうやら予想は大きく外れていたようです。背格好も合わせて、ほんと瓜二つ。
なんて考えていた、そのとき。
「貴女は、どうしてオレのことを……」
「はい?」
「――いえ、なんでもありません」
「は、はぁ」
「そんなことより、どうですか? お時間があるのなら、オレと一緒に出掛けませんか?」
「え?」
その、お誘いされたのは素直に嬉しいのですが、さすがに戸惑ってしまいます。
だって、わたしたちは初対面のはずですし。
知り合いでもないはずの少年と同行するのは、まずいのではないかと考えている最中に、輝くんがわたしの手を取ります。
「さあ、はやく行きましょう」
「あ、ちょっと――」
手を取った輝くんが、わたしをちょっと強引気味に引っ張って連れ出そうとした――その瞬間。
「お兄ちゃん? 家にいないと思ったら……なにをしてるの?」
いつの間にか、わたしたちの前に〝本物の妹(あかりちゃん)〟がいたのです。
「――なぜ。どうして、おまえはオレの行く道を阻むというのだ。この愚妹めが」
「いや、お兄ちゃんこそ閃祈さんの仕事を邪魔してるじゃないの。あと私の方が成績良いからね、馬鹿お兄ちゃん」
「黙れよ、家庭科1評価のザコが。五教科以外全滅の生活力で生きていけるとでも思ってんのか――って、そんなことはどうでもいい。仕事中だったんですか、閃祈さん」
「ん、んん~、まあ仕事っちゃあ仕事ですけど」
日用品の買い出しを、漆黒ナースの業務に含めれば、ですが。
というか現在進行形で、まったく微笑ましくない兄妹のやり取りを見て、わたしはちょっと咎めるべきか迷ってしまいました。
……兄妹仲は良いって、あきらちゃんが言ってましたが。
一体、これのどこが仲良しだって言えるのでしょうか。そのあたりは双子兄妹だけの価値観かもしれませんけど、わたしにはとても理解しがたいです。
「手伝えることなら、オレはなんだってやります。だから一緒に行きましょう、荷物持ちになりますよ」
「そ、そういうことなら、わたし頼んじゃおっかな?」
「駄目です。お兄ちゃん、いま飢えてます。オオカミさんです。私が閃祈さんを手伝いますよ。女の子同士の親睦を深めましょう。というわけで、お兄ちゃん。ガールズトークに野郎は立ち入り禁止です」
「おいコラ、嫁力(よめぢから)ゼロの残念妹。いい加減、オレの前から消え失せろ」
「はっ、冗談は大概にしておいてくださいよ。いくら盛っているからって、意中の人の手前で醜態を晒していいんですか?」
「おまえも閃祈さんとは知人同士だろうが、気まずいのはオレだけじゃねぇ」
「こ、こらっ、二人とも喧嘩は止めなさい」
面を合わせて罵り合う二人の間に、わたしは割って入ります。
それでも互いを威嚇し合うかのように、睨みつけながら一言、二言ずつ罵声を漏らすのは、いちいち止めようがありません。
だから、わたしは早々に結論を告げました。
「もう……二人とも、わたしを手伝ってくれませんか。これでいいでしょう?」
「……わかりました」
「……わかりました」
まったく同じ声色で、二人は綺麗に返事をします。
うーん。大人しくしていれば、まさに美人双子姉妹――兄妹なんですけどね。
*
買い物は無事に終わり、わたしたちは荷物を抱えながら帰路に就いていました。
道中、双子兄妹たちは〝罵詈雑言を交わしながら〟会話を弾ませるという、仲が良いのか悪いのかわからない、謎のやり取りを周囲に見せつけていたのです。
……正直、親御さんの心労が窺えますね、これは。
「ただいま戻りました」
「あかりです。お邪魔します」
「輝です。お邪魔します」
あかりちゃんはともかく、輝くんが黒曜館に入り慣れているような感じは、わたしに違和感を憶えさせますが……いまは追求しないでおきましょう。
「ん、ちょうど入れ替わりかな。おかえり。そして、ぼくはこれから外出するから、いってきます、だね」
「あれ、どうしたんですか。灰城さん」
扉を開けた先には、珍しく昼間に靴を履いて外出しようとする、彼の姿がありました。
わたしに尋ねられた彼は、言葉を濁しながら返答します。
「うーん、詳しいことは帰ってきてから話すけど。ま、ここはひとつ気にしないことで」
「怪しいですねぇ。なにか如何わしいことでも?」
「い、いやぁ……ちょっとした用事だよ。あ、お土産も持って帰るからね」
「……私も一緒に行きたいです」
「あかりちゃん?」
彼女は精一杯の背伸びをしながら、彼の顔をまっすぐ仰ぎ見ています。
ですが、対する灰城さんの顔色は、あまり芳しくないものでした。
「駄目だよ。これから行くところは〝子供が入ってはいけない場所〟なんだから」
「なんだ、ギャンブルですか」
お土産という言葉で、わたしは灰城さんの目的地を推察しました、が。
彼は傷ついた顔をして、その指摘を否定しました。
「はぁ。どうして閃祈さんは、ぼくを信用してくれないんだろうか。ずっと一緒に暮らしている仲じゃあないか……あ、すこし恥ずかしいこと言っちゃった」
「夜型のヒトがゲームセンターに入り浸っていれば、なにも信じられなくなりますよ。夜中に帰ってきて物音立てるの、いつも迷惑なんですからね。この居候」
「うぐ……ま、そういう訳だから」
わたしの畳みかけるような叱咤を聞いた途端、逃げるように彼は玄関扉へと向かいます。
追いかける訳にはいかないので、このまま見逃すしかないですね。まったく。
にしても……ほんとうにギャンブルを始めとした〝遊び〟ではない、ようですが。
それなら、いったい〝どこ〟に向かうというのでしょうか。
と、思案していた矢先に、あかりちゃんが彼に近寄って、まっすぐ見上げながら懇願したのです。
「待ってください。私は、どうしても駄目ですか?」
「……これを言うと怖がるから、ずっと伏せてたんだけどね。これから行く場所は〝病院の地下〟なんだ」
「え?」
灰城さんは、わたしたちの方に振り向いてから、いつになく真面目な態度と口調で話していました。
いつも、こういう風だったら信頼できる大人、なんですけど。
「ついでにいえば、これは神楽坂先生からの〝お使い〟なんだ。だから、ごめんね。これは、ぼくだけの仕事じゃないんだ」
「……わかりました」
あかりちゃんは〝しゅん〟と気を落として、灰城さんから離れてゆきます。
話を聞くところによると、灰城さんの行き先は〝死体安置所〟または、それに類する場所でしょう。
そして神楽坂先生絡みということは――
「ついに、わたしの出番ですか」
以前、先生から頼まれていたことです。
もし〝死にまつわる患者〟が来たのなら、それは〝君の仕事〟になるだろう、と。
先生は詳細を明かしてくれませんでしたが……思い返すたびに〝死〟という言葉が、わたしの背筋を凍らせます。
「それじゃ、またね」
言い終えると、灰城さんは黒曜館から去ってゆきます。
その後姿を名残惜しそうに、あかりちゃんが眺めていましたが。
やがて諦めたのか、彼女は大きく溜息を吐いて落ち込んでしまいました。
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