第2章『ゾンビ・ガール』(1)
時は平成二七年の一〇月中旬。
黒曜館には、すっかり紅葉が赤く染まった秋がやってきました。
「食欲、スポーツ、芸術、その他いろいろ。秋が司るものは多岐に渡りますが、結局のところ一言に尽きてしまうのですよ――〝欲望の秋〟と」
なんでもやりたい。あれが、これも、もうどれでも欲しいと思ってしまう。
つまり秋というのは、ヒトを欲深くさせる季節なのです。
「なるほど。実に閃祈さんらしい、短絡的かつ粗暴な結論です」
「いやいや、きちんとした理屈があるんですよ。なぜヒトは秋に欲深くなるのか。それは冬という、恵みの少ない季節を迎える前に蓄えておきたい意識の顕われと言いますか」
「蓄えるなら貯金でしょう。昔の人なら、たしかに道理がありますが……大量消費社会である現代において、散財は蓄えることの真逆ではないでしょうか?」
「そ、それは身も蓋もない意見だと思うな、あきらちゃん……」
小学生らしからぬ現実的な論説に、わたしはたじろいでしまいます。
現在、わたし達は卓袱台の前に座って対面しながら、秋なるものについて語り合っていました。テーブルの上には、大分県出身の元・患者さんから送られてきた〝かぼすジュース〟がコップに注がれています。
さらには、お茶請けにぴったりな〝ざびえーる〟〝瑠異座(るいざ)〟という、見た目は棒状のクッキーに似ているけど、それより〝もったり〟とした食感の、芋菓子を思わせるような大分県の銘菓が所狭しと広げられていたのです。
まさに女の子同士で親睦を深め合うという、いわばガールズトークなる状況でしたが。
ティータイムに花を咲かせる程度のはずだった、ガールズトークは白熱し始めてしまい、いつのまにかガチな方面の議論へと移り変わっていたのでした。
あきらちゃんは話し足りないと言わんばかりに、先程の異論について熱の籠った解説をしはじめます。
「欲求の充足を促す季節というのには、私も同意ですよ。ただ購買意欲の向上を目論んだ、企業による作為的な印象が否めませんし、人間には無駄遣いをしてしまうという悪癖があったりするので、閃祈さんの理屈はおかしいと指摘しているのです。そもそも現代人が昔のように、越冬用の食糧などを蓄える必要なんてないんです」
「う、うぐぅ。言ってくれるじゃないですか。でも、みんなが〝秋〟に理由を付けて、旬を大切にしたりするのを、わたしも否定したくはありませんよ。ちょっぴり無駄遣いしてもいいんです。冬より嬉しいことが多いのですから、今のうちに漫喫してしまうべきなんです」
「私には閃祈さんの理屈が、贅沢を肯定したいとしか思えません。どうせ〝冬には冬だけの楽しみ〟が――なんて言いだすんですから」
「やれやれ。これだから現代っ子は……〝少女よ、大志を抱け(がーるずびーあんびしゃす)〟という言葉のとおり〝季節限定〟を楽しもうという気持ちが、あってもいいじゃないですか。それこそ女子力ってやつですよ」
「その格言、おかしくないですか……? 大体、貴女も現代っ子のはずですよね?」
ドン引きしながら、あかりちゃんは疑念を口にします。
うーん……そうですねぇ。
わたしの見た目は、花も恥じらう十代〝ミステリアス美少女〟のはず、ですけど。
それを証明する記憶が無いですから、もしかすると成人してたりする童顔女性かもしれませんし。なんとも返答しがたいです。
「というか。間違えないでくださいよ、私の名前」
「え? あきらちゃんは〝あきらちゃん〟ですよ?」
唐突に当然なことを言われて、わたしはポカンと呆けてしまいます。
はぁー、と。あきらちゃん(?)は盛大な溜息を吐いてから。
面倒臭そうな素振りを見せて、わたしに訂正を要求してきました。
「私の名前は〝明(あかり)〟です。何度言えば憶えるんですか。もう間違えないでくださいね」
「そうだっけ?」
「そうですよ。まったく、いい加減にしてください。以前、お話ししましたけど〝暁(あきら)〟というのは、私の〝お母さん〟の名前なんですってば」
「へぇ、そうなんだ」
「そうなんだって……全然反省してないし」
わたしに呆れた彼女は、やれやれといった感じで肩を竦めました。
しっかし……うーん。やっぱり〝あかりちゃん〟って、なんか言いづらいなぁ。
彼女と知り合ってから半年経っても、妙な違和感を憶えるんですよねぇ。
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