聖ボツリヌス様

ネコ エレクトゥス

第1話

「報道などでも伝えられているように、NASAがボツリヌス菌を用いた人工冬眠を研究しているのは確かです。ボツリヌス菌の出す毒素には筋肉の弛緩作用があり、その弛緩作用を医療の現場などで利用していることはご存知の方もいると思います。この筋肉の弛緩作用と脳医学、最新のテクノロジーを用いた人格や行動パターン、記憶のプログラミングをうまく組み合わせることができるのなら、人工冬眠技術というのはいつか可能になるということを確信しています。ただ今はまだ計画の初期段階でありまして……。」

 出来事の発端はこのNASAの会見だった。


 確かにボツリヌス菌の出す毒素には筋肉の弛緩作用があって、美容整形の現場でも使われている。「老化現象というのは結局のところ筋肉の使用制限オーバーでもあり、筋肉の無駄な動きをなくすことができれば若さを維持することができる」という思考方法をさらに一歩進ませようのがNASAの計画の本筋になっている。ただここでいう若さの維持というのはあくまで筋肉に限定されたことであって、いくら脳の機能をコンピューターに置き換えることが可能になってもその他の人体の構成要素の老化は避けられない。しかも若さの維持が可能になるといったところで、それは一定期間眠っているだけで実際の活動年数は変わらないので、そもそも若さの維持なること自体が勘違いということも言えるかもしれない。

 ただやはりこんなことを考える人たちがいた。『ボツリヌス菌エキス配合美容・健康維持製品』。


 ボツリヌス菌は空気を嫌うという特殊な性格を除けば極地を除く地球上のどこでも繁殖しうる。そこから毒素を抽出することも専門の研究機関なら可能であるが、それを美容・健康維持製品にまで仕上げるにはさらに専門的な技術が必要だ。一般人が勝手に使用するには危険の方が大きすぎる。

 ただ需要が圧倒的に供給を上回った。

 中国では『西王母が飲んでいる不老長寿の薬』なるものが売り出され、中東地域では「『神が賜ったマナ』を服用すれば最後の審判の後でも若く美しくいることができる」なる宣伝文句のもと大量のボツリヌス菌成分が出回った。美容整形大国のアメリカでは『ボツリヌス・イズ・ビューティフル・フレンド』。長寿や美容に熱心な日本でも『もうこれなしの生活は考えられません(個人の感想です)』。そして貧困が慢性化している地域ではさらにひどかった。『貧者のための神様』。神様が世界を覆い尽くした。


 NASAは自分たちの計画がまだ初期段階であることを強調し、ヨーロッパの国々も使用の制限を訴えた。だがそれは逆に反発を招いただけだった。

「ヨーロッパ人やアメリカ人はそうやって一番おいしいところを独占しようとしているだけじゃないのか?いつだって彼らのやり方はそうだった。彼らに騙されるな。」

 事態は行くところまで行った。


 


 


 


 

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