自称未成年と苦労人

 四月の末、新入社員が上司の背中を追いかけて慌ただしくする社内は、一年の中で一、二を争うほど活気に満ちていた。

 その慌ただしさに急かされるように、二人の男性社員は早足気味にコピー機へ向かう。


「あ、そうだ。来週末飲み会あるけど参加する?」


 背の高い上司の方がコピー機にUSBを挿し込みながら、頭ひとつ低い部下を振り返らずに問う。それを受け、部下は一瞬迷うように視線を宙に泳がせた。


「はい、是非参加させてください。……あ、でも自分お酒飲めないですけど良いですか?」

「弱いの?」

「いえ、十九なんで」

「へー。…………は?」


 上司は操作しているコピー機から隣の部下に視線を移す。普段は眠たげなその目は、今は大きく開かれていた。

 部下は大きな目を細くして笑う。


「十九なので、お酒飲めないです。あ、でも居酒屋でバイトしたことあるのでお酒の注ぎ方とかはわかりますよ?」


 部下の言葉を受け、上司は少し周りを見渡した後、一瞬コピー機を確認してから部下に視線を戻した。


「ん? いや……大卒だよね?」

「はい」

「飛び級とかしてないよね?」

「そんなに頭良くないですよ」

「…………」


 上司は部下の大きな瞳を眩しがるように目を逸らし、眠たげな目をこじ開けるようにしながらコピー機を睨む。型の古いコピー機は唸り声を上げながら一枚ずつ丁寧に印刷物を吐き出していた。


「あー、うん。わかった。お酒の席に未成年は呼べないからな、うん、俺から皆に話しておくよ」

「えー、ボクも飲み会に参加しますよ?」

「いや、未成年だし……」

「それ理由にならないですって」


 部下は唇を尖らせながら指先でコピー機を軽くつつく。上司は片腕で頭を抱えた。


「あー、とりあえず、飲み会には参加するってことでいいのかな?」

「はい。是非」


 花が咲いたような笑みを向けられ、上司は小さく呻き声を漏らしながら部下から一歩距離を取った。

 コピー機が唸るのをやめ、静けさがその場を支配する。が、それも一瞬のことで、上司は二センチ弱の温かな紙束をコピー機から回収し、素早く、もしくは雑に中身を確認するとそのまま部下に手渡した。


「あったか……」


 部下の小さな独り言に上司は口を「へ」の字に曲げる。


「それ、課長に渡してきて欲しいんだけど」

「わかりました」

「よろしく」

「はい、行ってきます!」


 直立姿勢を取ってから部下は小走りで窓際に向かっていく。それを見送りながら、上司は背中を丸めて大きく息を吐いた。


「誰か助けて……」

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適当シチュエーションまとめ めそ @me-so

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