軍神と白い悪魔の想い

 洞窟の入口付近で、ジルは慌ただしく走り回っていた。




「怪我人に治癒魔法を!無事な者は手を貸すように!」




 そうジルが、険しい表情で兵士達に指示を出している。


 するとそんなジルの耳に、聞き慣れた騒ぎ声が聞こえてきたのだ。




「シグルド様!いい加減に下ろして!」


「駄目だ!そもそも、何度も転けそうになっていた者が言う事か!」


「まあ・・・実際何度か、ドレスの裾踏んで転んでいたけどね」


「うっ!ロキそれは言わないでよ・・・」




 そんな声に、ジルは慌てて洞窟の入口の方を見た。


 するとそこには、真っ黒なウェディングドレスを纏い眉間に皺を寄せている瑞希と、その瑞希を横抱きに抱き上げながら歩き不機嫌そうにしているシグルドと、そんな二人に呆れた表情で付いてきているロキの三人がいたのだ。




「シグルド様!!」


「ん?ああジルか」


「お三方共ご無事で何よりです!しかしミズキ・・・あなたは何て言う格好をしているのですか・・・」


「・・・それは言わないで」




 ジルがじっと瑞希の姿を見て、呆れた表情になる。




「それよりもジル・・・これは一体何があった?」




 シグルドはそう言い、険しい表情で回りを見渡す。


 何故なら洞窟の回りは、何か爆発でも起こったのかと思わせる程に荒れていたのだ。




「実は・・・少し前、突如洞窟の入口から黒い靄が飛び出してきたのです。そしてその時の衝撃波で・・・ここら一体の石や岩が吹き飛びそれらが激突した数名に負傷者が出てしまっています」


「・・・死者は?」


「幸いな事に一人も出ておりません」


「そうか。それでその靄は何処に向かって行った?」


「確か・・・南の方に向かって行ったかと・・・ただ、その靄が出てから何故か急に空が曇天に覆われました」


「くっ!やはり最初の目的は我が国か!」


「シグルド様?」


「ジル、すぐに全部隊王都に帰還するよう伝えるんだ」


「・・・一体何が?」


「・・・『厄災の王』が現れた」


「なっ!」


「私達は一足先に城に戻る。お前は、怪我人も連れて出来るだけ早く全部隊を連れて帰還しろ」


「はっ!畏まりました!」




 そうしてすぐにジルは踵を返して他の兵士達の下に向かい、シグルド達の下にはジルの指示で連れてこられたシグルドの愛馬である白馬が一頭兵士に連れられてやってきた。


 そしてシグルドは、瑞希を白馬の背に座らせ自分もその後ろにヒラリと飛び乗り、横座りしている瑞希の腰を片手で抱いてもう片方の手で手綱を握ったのだ。




「ロキ、お前にもすぐに馬を・・・」


「あ、オレ馬の足ぐらいなら走って追い付くから要らんよ」


「そ、そうなのか・・・ではミズキ、飛ばすから私にしっかり掴まっていろよ」


「いや、私も魔法で早く走れる・・・」


「その服では思うように走れないだろう!良いからしっかりと私に掴まっていろ!」


「で、でも・・・うひゃぁぁ!」




 まだ瑞希が反論しようとしているのをシグルドは無視し、馬の腹を蹴って一気に馬を走らせた。


 そしてそのあまりの揺れに、瑞希は思わずシグルドの体に抱き付き振り落とされないように必死にしがみついたのだ。


 そんな瑞希を見てロキは苦笑を溢しつつ、置いていかれないようにロキも物凄い早さで走り出したのであった。


 そうして三人は、王都グロリアに急ぎ戻っていったのである。












 洞窟から出て数刻後、三人は王都に到着しすぐさま王城に入っていった。


 そしてまず瑞希を部屋に連れて行く事になり、シグルドの離宮の瑞希の部屋に向かった。


 そうして瑞希の部屋の扉を開けると、中にいたメリンダとレイラ、ライラが瑞希の無事な姿を見て目に涙を浮かべながら駆け寄ってきたのだ。




「ミズキ様!!」


「「ご無事で良かったです!!」」




 メリンダとレイラ、ライラがそう叫び瑞希に抱きついてきた。




「ちょっ!く、苦しい!し、心配掛けてごめんだけど、は、離して!!」


「ああ、ミズキ様失礼致しました」


「「も、申し訳ありません!」」


「いや良いよ。でも、本当に心配掛けてごめんね」


「いえいえ、でもミズキ様が魔族の王子に拐われたとお聞きし心配したのですが・・・そのお姿は・・・」




 そうメリンダは、なんとも言えない複雑な表情で瑞希の姿を見てくる。


 そんなメリンダの視線に、瑞希は困った表情で頬を指で掻いた。




「え~と・・・何でだか分からないけど・・・魔族の王子・・・いや今は王か、のカイザーと結婚させられそうになったんだよね」


「「「ええ!?」」」




 瑞希のその言葉に、メリンダ達三人は同時に驚きの声を上げたのだ。




「ミ、ミズキ様!一体どうしてそうなったのですか!?」


「ちょ!レイラ!?」


「どう言う経緯で魔族の王に見初められたのですか!?」


「ラ、ライラも落ち着いて!」


「「教えて下さい!ミズキ様!!」」




 レイラとライラが興奮した様子で瑞希に詰め寄ってきたので、瑞希は頬を引き攣らせながら一歩後退する。




「ゴホン!レイラ、ライラ落ち着きなさい。ミズキ様が困っておられますよ。まあ私も詳しく・・・いえ、何でもありません。それよりも、そろそろミズキ様の御召し物をお変えしなくては」


「「・・・了解致しました」」




 メリンダの制止に、二人は少し不満そうな顔をしつつもすぐにメイドの顔になったのだ。


 そうしてその瑞希達の様子を黙って見ていたシグルドは、瑞希に声を掛けてきたのである。




「ミズキ、では私は兄上達に報告があるから行ってくる」


「あ、うん。送ってくれてありがとうね」


「ああ、ではまた後で来る。ロキ、ミズキの事を頼む」


「分かってるって」




 そしてシグルドは瑞希達に見送られ、部屋から出ていったのであった。












 シグルドはすぐにシリウスに取り次ぎ、シリウスの待つ部屋に向かったのである。


 そしてシグルドはその部屋に入ると、そこにはシリウスと和泉が椅子に座って待っていたのだ。




「兄上そして聖女アキナ、急にお呼び立てしてすみません」


「いや、良い」


「わたくしも全く構いませんわ」


「ありがとうございます。では・・・緊急事態が起こりましたのでそのお話をさせて頂きたいと思います」


「緊急事態だと?一体それは?」


「はい、実は・・・『厄災の王』が現れたのです」


「何!?」


「まあ!?」


「どうしてそんな事態が起こったのかと申しますと・・・」




 そうしてシグルドは、事の経緯を二人に話したのだった。




「・・・そうか。オベロ王が亡くなったのか。そしてそのオベロ王が『厄災の王』を封じてくれていたのか。だが結局『厄災の王』が現れてしまった・・・」


「・・・はい。だが『厄災の王』は、まだすぐにここには向かって来ていないようです」


「そうなのか?」


「ここに戻ってくる途中大きな草原の近くを通ったのですが、そこの上空に奴はいました。一体何をしているのかは遠くからだったので分からなかったのですが、その場で停滞し続けていました」


「ふむ・・・分かった。そこに停滞している今の内に、全軍率いて『厄災の王』打ち倒すと言う事だな」


「はい、そうです。この王都を戦火に巻き込ませないよう、すぐに出立する必要があります」


「ふむ、そうだな。お前の言う通りにしよう」


「ありがとうございます。そしてここからが本題ですが・・・聖女アキナ、貴女をお呼びしたのは・・・」


「ええ分かっていますわ!」




 和泉はそう力強く言って、勢いよく椅子から立ち上がったのだ。




「遂に・・・遂にこの時が来ましたわ!わたくしの聖女の力が『厄災の王』を打ち倒し、この世界の救世主になる時が!!」




 そう和泉は拳を握りしめながら歓喜に打ち震え、恍惚の表情で何処かを見ていた。


 その和泉の姿を見て、シグルドは無意識に若干引いてしまったのである。


 しかし隣に座っていたシリウスは、そんな和泉を愛しそうに見つめ椅子から立ち上がるとその拳を両手で包み込んで優しく和泉に微笑み掛けたのだ。




「アキナ、そなたの事は私が必ず守る!」


「シリウス様・・・嬉しいですわ。でもシリウス様も出陣されるのですか?」


「何を言う!当たり前ではないか!そなただけを危険な場所に送る訳は無い!当然私も出陣しアキナを守るぞ!!」


「ああ、シリウス様!!」




 そうして二人で手を取り合い見つめ合って二人の世界に入ってしまった様子に、シグルドは呆れた表情でただただ見ていたのであった。


 その後なんとか戻ってきた二人と話し合い、そして部屋を辞したシグルドの下に、洞窟付近に残っていた兵士達を連れて帰還したジルと合流する。


 そして事の経緯をジルにも簡単に話と、すぐに全軍出立の準備をするよう指示をジルに出してシグルドも準備に向かったのだ。


 そうして新たな軍服に着替え直し、準備が整ったシグルドは再び瑞希の部屋を訪れた。












 シグルドは瑞希の部屋に入り、そして瑞希の姿を見て目を瞠る。




「ミズキ・・・その姿は・・・」


「え?何処か変かな?一応メリンダに頼んで、動きやすい装備にして貰ったんだけどさ」




 そう言って瑞希は自分の姿を伺い見た。


 瑞希の今の格好は、あの黒いウェディングドレスから軽装の戦闘用装備に変わっていたのだ。


 しかしシグルドは、そんな瑞希の姿を見て眉を顰める。




「ミズキ・・・お前、まさか一緒に行くつもりか?」


「へっ?そうだけど?」


「・・・・・ロキ」


「いや、オレも一応止めたんだけどさ・・・ミズキが絶対行くと聞かなくてさ」


「いやいや、さすがにあの現場に居合わせて行かないとか言えないよ。それに・・・」




(オベロ王の最後の願いでもあるから・・・)




 瑞希が話の途中で黙ってしまった事に、シグルドは怪訝な表情になった。




「それに?」


「あ~ううん、何でも無いよ。それよりも、私も出陣するからね!」


「・・・駄目だ」


「え?何で?」


「お前はここで、メリンダ達と共に避難していろ」


「いやいや、前回の戦いでは連れていったよね?何で今回は駄目なの?」


「前回と今回では状況が違うからだ!」


「だ、だけど!」


「良いから、ミズキはここにいろ!それよりもロキ、すまんがお前には私と一緒に出撃して貰うぞ」


「まあそうだろうね。『厄災の王』を倒さないと、避難させていてもミズキに危険が及ぶもんな。仕方がないから今回は手を貸すよ。と言う訳だから、オレちょっと行ってくるけど・・・ミズキは絶対ここから出るなよ」


「ちょっ!ロキ!」


「ロキ感謝する。ではこれからすぐ城門前に集合して出立だ。一緒に来てくれ」


「了解~」




 ロキはそう言って、シグルドと一緒に部屋から出ていこうとしたのだ。


 そんな二人を瑞希は慌てて追いかけ、シグルドのマントを掴んで引き留める。




「ちょっと待って!私納得してないから!!何で私だけここにいないといけないの!?意味分からないんだけど!!」




 瑞希はそう叫んで、振り向こうとしないシグルドを睨み付けた。


 するとシグルドはぎゅっと拳を握りしめ、そして勢いよく瑞希の方に振り向いたのだ。




「・・・いい加減私の気持ちに気が付け!!」


「え?・・・んんん!?」




 シグルドは勢いよく振り向いたと同時に、瑞希の頭の後ろを手で押えそして瑞希の唇に自分の唇を押し付けた。


 するとその様子を見ていたレイラとライラが二人で手を握り合い、きゃぁ!と言う悲鳴を上げて頬を赤らめる。


 その二人の近くにいたメリンダは、眉を一瞬ピクリと動かしたがすぐに満足そうに一つ頷いていた。


 そしてロキは、無表情で瑞希達をじっと見つめていたのだ。




(え?え?何?何が起こってるの?何でシグルド様のドアップが目の前に?それに・・・唇に柔らかい感触が・・・って、これキスされてる!?)




 漸くその事実に気が付いた瑞希は、いつの間にかしっかりと腰にまで手を回されて抱きしめられているこの状況に激しく動揺する。


 瑞希はなんとか離して欲しいと、シグルドの胸を押したり叩いたりしたが全くびくともせずむしろ余計キスが深くなったのだ。


 そうして漸くシグルドが瑞希を離してくれた時には、瑞希はただ立っているのがやっとの状態になっていた。




「・・・な、何で?」


「・・・まだ分からないのか?私がミズキ、お前の事を好きだと言う事が」


「なっ!?」


「・・・本当に気が付いていなかったのだな。わざわざこの部屋をお前に用意させた事も」


「え?それはどう言う・・・」


「この部屋は、私の妃になる者が住まう部屋だ」


「えっ!?」




 瑞希はそのシグルドの言葉に驚き、そしてハッとある事に気が付いていまだに光の縄で塞いでいる扉に目を向ける。




(あ、あれってそう言う意味か・・・)




「・・・漸く気が付いたな」


「っ!」


「そして何故私が、お前をここに残したいのか分かっただろう?」


「そ、それは・・・」


「好きな女を守りたいからだ」


「っ!!」




 真剣な表情で言ってきたシグルドの顔を見て、瑞希は顔を真っ赤に染めて言葉に詰まった。




「そう言う訳だから、ミズキは大人しくここで私の帰りを待っていろ。そして・・・私の気持ちに対しての返事をその時聞かせてくれ」


「シグルド様・・・」


「さあ、遅くなった。ロキ行くぞ」


「・・・ああ」




 シグルドは、マントを翻して再び部屋から出ていこうと歩き出す。


 そしてロキも、そのシグルドの後について歩き出したがすぐにピタリと足を止めた。


 するとロキは、クルリと振り返り真剣な表情で一気に瑞希に近付くと、瑞希の唇に自分の唇を軽く押し当てたのだ。




「っ!?」


「・・・シグルド様だけ狡いからオレも言うよ。オレも瑞希の事が好きだ。あ、勿論主としてでは無く異性としてね」


「ロ、ロキ!?」


「じゃあミズキ、行ってくるね!」




 そう言ってロキはニッコリと瑞希に笑顔を向けると、手を振って瑞希の下を離れていった。


 そして眉間に皺を寄せているシグルドの下にロキが駆け寄ると、シグルドは小さく息を吐いてから何も言わずそのまま二人は部屋から出ていったのだ。


 そうしてゆっくりと部屋の扉が閉められるのを、瑞希はただただ呆然と見つめていたのであった。

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