人間と魔族の連合軍
突然の二人からの告白に、瑞希の思考は完全に停止してしまった。
そうして暫く、閉まってしまった扉を呆然と見つめていた瑞希はハッと気が付き慌てて扉に向かって走り出す。
「あ!ミズキ様!!」
そんな瑞希を慌ててメリンダが制止しようと声を上げるが、瑞希はそれを無視して扉を開けて飛び出そうとした。
しかし一歩廊下に足を踏み出した瑞希の目の前に、槍が二本クロスするように塞がってきたのだ。
「え?」
「ミズキ様、お部屋にお戻り下さい!」
「申し訳ありません。シグルド様から、ミズキ様を部屋から出さないように申しつかっておりますので!」
「え?ちょっ、ま、待って・・・」
槍で行く手を塞いできた二人の騎士によって、瑞希は部屋の中に押し戻されてしまい再び目の前でパタリと扉が閉じられてしまった。
瑞希はそのあっという間の出来事に、唖然としながら閉じてしまった扉を見つめる。
するとその時、窓の外から窓が震える程の大勢の雄叫びが聞こえてきたのだ。
「ま、まさか!!」
瑞希はその声に、慌てて窓辺まで走って行くと窓に張り付く程近付き遠視の魔法を目に掛けて城門の方に視線を向けた。
するとそこには、拳を振り上げた兵士達が馬上のシリウスに向かって雄叫びを上げていたのだ。
そしてそのシリウスの前に、和泉がシリウスに支えられながら馬の背に乗って兵士達に笑顔で手を振っている。
「・・・明菜までいる」
そう瑞希が呟いている内に、シリウスを先頭に全軍出立しだしたのだ。
そしてよく見ると、その軍の中にシグルドとロキもいる事が確認出来た。
「・・・行っちゃった」
瑞希はそう呆然と呟くと、窓の外を見つめながらその場にガクリと力無く膝を付いたのだ。
「ミズキ様・・・」
そんな瑞希を、メリンダは心配そうに見つめる。
するとレイラが、瑞希を安心させるように話し掛けてきたのだ。
「ミズキ様、大丈夫ですよ。シグルド様とロキ様は、必ず『厄災の王』を倒して戻って来られます!」
「そうですよ!レイラの言う通りです!シグルド様もロキ様もさらにシリウス様もお強いですから!」
そうライラが、力強く瑞希に言ってきた。
(そう・・・よね・・・それに、元々『厄災の王』をシグルド様が倒してくれたら良いなと思っていたし・・・)
瑞希は、そう無理矢理自分に納得させようとしたのだ。
「それに今回は聖女様も一緒に行かれているようですし、絶対大丈夫ですよ!だって『厄災の王』は、聖女様の力でしか倒せない言い伝えですから!」
「・・・・・え?ライラ、今何て言ったの?」
「へっ?ですから大丈夫だと・・・」
「その後だよ!!」
ライラの答えに焦りの色を見せながら、瑞希は勢いよくライラの方に振り返った。
「っ!ミ、ミズキ様、目の色が!!」
「ああ、これは遠視の魔法で色が変わってるだけだから気にしないで!それよりも何て言ったの!?」
「え、えっと・・・『厄災の王』は、聖女様の力でしか倒せない言い伝えの部分ですか?」
「そう!それって本当なの!?」
「え、え~と・・・」
「ミズキ様、本当の事です。昔からこの国に伝わる言い伝えで、『厄災の王』を倒す事が出来るのは聖女の力と伝わっております」
「メリンダ・・・」
瑞希の剣幕にオロオロし始めたライラの代わりに、真面目な顔でメリンダが答えてくれたのだ。
その答えを聞いて、瑞希は額を手で押さえる。
(マズイ!マズイ!マズイ!今、聖女と呼ばれて戦場に付いていっている明菜は聖女じゃ無いんだよね!そして本当の聖女はここにいる・・・非常にマズイ状態だよ!!しまった、聖女の正体を隠していたツケがここにきて出てしまった!くっ!!)
瑞希はそう心の中で焦り、再び窓の外に視線を向ける。
しかしもう出立してしまったシグルド達の姿は、遠視の魔法でももう確認する事が出来ない程遠くに行ってしまったのだ。
(と、とりあえず追い掛けなくては!でも、どうやってここから出れば・・・あれ?そう言えばさっき、シグルド様がこの部屋の事を妃になる者の為の部屋だと言ってたよね?・・・もしかしたら)
瑞希はある考えが浮かび、遠視の魔法を解いてすくっと立ち上がった。
そしてメリンダ達の方に、辛そうな表情を作って体を向けたのだ。
「メリンダ・・・さすがに色々有り過ぎて、ちょっと一気に疲れが出てきたから少し寝室で休むね」
「ああそうですね。気が付きませんで申し訳ありません。ではお召し物を・・・」
「いや、今すぐベッドに横になりたいからこのままで良いよ。じゃあちょっと休んでくるね。おやすみ」
「分かりました。おやすみなさいませ」
そうして瑞希は、ガックリと落ち込んでいる風に見せながら寝室に入っていった。
そしてガチャリと瑞希は寝室の扉を閉めて一人になると、すぐに探索の魔法を目に掛ける。
その水色に輝く目で部屋の中を見回すと、ある一点の場所に目が止まった。
「・・・ビンゴ」
瑞希はそう呟き、探索の魔法を解いてから急いでその場所・・・壁際に置かれた棚の場所まで移動する。
そしてその棚を、なるべく音を立てないように横にズラしたのだ。
するとその棚の後ろに隠された、人一人が通れるぐらいの大きさの扉が現れたのである。
瑞希は、その扉の取っ手をゆっくり回しそっと扉を開けると、その扉の先に下に降りていく階段があったのだ。
「・・・やっぱりあった。だって、ここは妃の部屋になるって事は王族の部屋でもあるから、そりゃ有事の際の隠し通路ぐらいあるよね」
そう瑞希は苦笑しながら、掌に光の玉を浮かび上がらせたのである。
「さてこれで暗い階段も明るく照らせるし、じゃあ行きますか!」
瑞希はそう力強く言うと、何の迷いも無くその階段を降りて行ったのであった。
そうして足を踏み外さないように慎重に階段を降りきると、細く長い通路を急いで走り出す。
そして暫く走っていると、上に上る梯子を発見した瑞希はすぐにその梯子に飛び付き上へ登り始めた。
するとその天井に取っ手の付いた扉が現れたので、瑞希はその取っ手を掴んでゆっくりと上に押し上げると、その開いた隙間から外の風と光が中に射し込んできたのだ。
瑞希はその隙間から外の様子を覗き見て、そこに誰もいない事を確認すると大きく扉を開けてそこから外に出る。
そこは街外れの裏路地の奥にあたる場所で、殆ど人が来ない死角の場所に出口が作られていた。
さらに瑞希が開けた扉は、表からはただの床石としか見えないように細工されていたのだ。
瑞希は開けた扉を再びしっかりと閉め、そして遠くに見える城をじっと見つめる。
「メリンダ、レイラ、ライラごめんね。でもどうしても私が行かないといけないから!」
そう城に向かって謝った瑞希は、次に北の空に見える真っ黒な雲の方に視線を向け鋭い眼差しでじっと見つめたのだ。
「・・・皆、無事でいてね。すぐに行くから!」
瑞希はそう決意を込めて言い、そして足に速度アップの魔法を掛けると、その真っ黒な雲がある方向に向かって走り出したのであった。
風が吹き荒れる草原に着いたシグルド達は、陣形を整えてじっと草原の先を険しい表情で見つめている。
「・・・シグルド様、あれって・・・」
「ああ・・・『厄災の王』の仕業だろう」
ロキの問い掛けに、シグルドは視線を前から反らさないで答えた。
そのシグルド達の視線の先には、無数のモンスターが集結していたのだ。
しかしそのモンスター達はどれも正気には見えず、涎を滴ながら狂った咆哮を上げている。
そしてその上空には、魔界で見た時よりも大きさを増した靄の姿の『厄災の王』が浮かんでいたのだ。
「どうやらすぐに我が国を襲いに来なかったのは、力を蓄える為とモンスター達を集めて操る為だったか・・・」
そうシグルドは、モンスターの群れを睨み付けながら呟いた。
するとその時、シリウスがあっという間に作らせた櫓の上に立ち兵士達を見回す。
「聞け!我が国の兵士達よ!あそこに見えるのは、言い伝えにあった我が国を滅ぼそうとする『厄災の王』だ!」
シリウスがそう大声を上げ、上空に浮かぶ靄を抜き身の剣で指し示した。
すると事前に聞いていた兵士達も、やはり実物を見て少なからず動揺する。
「そしてあの『厄災の王』をここで討ち滅ぼさぬと、我らの国さらには世界全てがあやつに滅ぼされる事になる!そうなる前にここであやつを倒すのだ!!だが安心しろ、我らには言い伝えの聖女が付いている・・・アキナ」
「はい!」
シリウスは後ろに控えていた和泉を呼ぶと、和泉は堂々とした足取りでシリウスの横に並ぶ。
そして微笑みながら兵士達を見回すと、声高だかに宣言したのだ。
「皆様、安心なさって!聖女であるわたくしが付いておりますわ!そしてわたくしの力で、あの『厄災の王』を必ず倒してみせますわ!!」
そう和泉が言うと、それを見ていた兵士達が其々武器を掲げて雄叫びを上げたのである。
「さあ、ではいざ決戦の時だ!全軍出撃!!」
シリウスが剣を頭上に掲げて宣言し、そして兵士達は一斉に時の声を上げながらモンスターの群れに向かって駆け出したのである。
そしてその中に、シグルドやロキも抜き身の武器を持ちながら走っていたのであった。
『ふん、来たか人間共め。・・・さあ我が下僕共よ、本能のまま人間共を殺し尽くすのだ』
そう『厄災の王』が告げると、モンスター達は咆哮を上げながら一斉にシグルド達に向かって走り出したのだ。
そうして、人間とモンスターの激しい戦いが始まったのである。
人間とモンスターの激しい戦いが暫く続いていたが、一向にモンスター達を押し返す事が出来ないでいた。
それは何故かと言うと、『厄災の王』による肉体強化によってモンスター達に剣や魔法が通りにくくなっている事と、倒しても倒しても次から次にモンスターの増援がある為押し切る事が出来ないでいるのだ。
そんな中、シグルドとロキもモンスターの多さに苦戦していたのである。
「っ!予想以上に厳しい戦いだ」
「・・・だよね。さすがにオレでも、そんなに多く倒せてないからさ」
「くっ!『厄災の王』め!!」
「あ、シグルド様余所見してたら!!」
「っ!しまった!!」
シグルドが鋭く『厄災の王』を睨み付けたその時、シグルドに向かって巨大な熊のようなモンスターが襲い掛かってきたのだ。
そしてシグルドは『厄災の王』を見ていた事で一瞬判断が遅れ、身を守る体勢が間に合わなかった。
「がぁぁぁぁ!!」
しかしその時、突如黒い物体が飛来しそのモンスターを激しく吹き飛ばしたのである。
「な~にやってるんだよ、シグルド」
「カイザー!!」
その飛来してきたものは、背中に羽を出して宙に浮いているカイザーであったのだ。
そしてカイザーは地面に降り立つと、呆れた表情でシグルドを見てきた。
「こんな事で殺られるんじゃねえよ。まだ俺様との戦いに決着がついていないんだからな!」
「・・・助かった」
「べつに礼なんて要らねえよ。それよりも、俺様達が来たんだ。とっとと奴を倒すぞ!」
「ああ!」
「よしお前達!いっちょモンスター共と『厄災の王』を殺っちまえ!」
そうカイザーが連れてきた魔族の大軍団に告げると、魔族達も時の声を上げて一斉にモンスターに向かっていったのだ。
「カイザー・・・感謝する」
「だから、お礼なんて良いって言ってるだろ!それに、今は休戦してるがこの件が片付いたらまた戦うからな!」
「分かった。その時は全力で相手になろう」
「楽しみにしてるぜ!・・・そう言えば、ミズキは?」
「ああ、城に避難させて私の部下に守らせている」
「そっか、まあここは危ないからな。その方が良いだろう。それよりも・・・あの女は何だ?」
カイザーはそう言って、怪訝な表情で櫓の上に立って両手を上げている和泉を見る。
「・・・聖女だ」
「ああ、あれが親父が言ってた聖女か。しかし・・・確かに美人かもしれないが、俺はミズキの方が好みだな」
「それは私も同意見だ」
「オレもそう!」
そう三人が其々言い、そしてなんとも言えない表情でお互いの顔を見ると、そのまま一言も言葉を発せずその場を散開していったのであった。
人間と魔族の連合軍による激しい戦いが続く中、瑞希はなんとか戦場を見渡す事が出来る林の中に到着する。
「うわぁ、やっぱり始まっちゃってる・・・」
瑞希はその状況に焦りながらも、急いで目的の人物を探した。
すると林の切れ目辺りに建っている櫓の上に、その目的の人物を発見したのだ。
「明菜いた!」
瑞希はその和泉の姿を確認すると、誰にも気が付かれないようにコッソリと櫓の近くの木陰に隠れて戦場を見渡した。
「予想はしてたけど・・・やっぱり苦戦してるね」
その瑞希の目には、魔族の軍団も混ざってもまだモンスターを押し切る事が出来ないでいる現状が見えていたのだ。
「・・・うん、よし!ここに来るまでに考えていた手でやってみるか!!」
瑞希はそう言って力強く頷くと、袖を捲って気合いを入れそして魔法を発動する為手をかざしたのであった。
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