魔王の花嫁
カイザーに操られた状態の瑞希は、大広間の真ん中に敷かれた真っ赤な絨毯の上をゆっくりとした足取りでカイザーの下に向かって進んでいく。
そんな瑞希を、魔族達は両サイドで立って見ながらヒソヒソと声を潜めて話していた。
「あれが・・・カイザー様が望んで花嫁に選ばれた人間の女か・・・」
「思っていたよりも・・・普通の顔だな」
「そうね・・・でも、何でカイザー様はあんなのを選んだのかしら?絶対私の方が、あんなのよりカイザー様に相応しいのに!」
「まあまあ、どうせ人間の命なんてたかだか数十年・・・あっという間にいなくなるさ。まあその前に、カイザー様に飽きられるのが先だと思うがな」
「くくく、確かに」
そんな好奇や嫉妬そして侮辱の視線と声が瑞希の耳に聞こえ、瑞希は表情を動かす事が出来ないながら心の中でうんざりしていたのである。
(・・・マジ勘弁して欲しい。それに、代わってくれるなら今すぐ代わって欲しいんだけど!)
そう瑞希は、声に出す事が出来ない心の声で叫んでいたのであった。
そうして瑞希は歩みを止める事も出来ず、カイザーの下までやって来たのである。
するとカイザーは、ニヤリと口角を上げながら腕を差し出してきたので、瑞希はその腕に手を置きカイザーの隣に立った。
そしてカイザーは瑞希をじっと見つめ、満足そうに笑ったのだ。
「ミズキ、すげえ似合ってて綺麗だぜ!」
そんな風に瑞希を褒めてくれるカイザーに、瑞希は目だけ動かしてじろりと睨み付けたのである。
「そう睨むなって。文句は・・・初夜のベッドの中でじっくり聞いてやるからさ」
含み笑いを溢しながらそうカイザーが言ったので、瑞希は更にカイザーを鋭く睨み付けたのだった。
そんな二人の前に、神官風の豪華な装飾が施された真っ黒な長衣を纏った魔族の男が現れる。
「では、これより結婚の儀を始めさせて頂きます」
そうその神官風の魔族の男が、厳かに宣言したのだ。
その様子をオベロは、最前列で椅子に座りながらにこやかに見つめていたのだがふと周りを見回す。
「・・・オベロ様、如何されましたか?」
「いや、どうもルーファウスの姿が見えないのだが・・・」
「そう言えば・・・でも、確かカイザー様の戴冠式にはお姿をお見掛け致しましたが?」
「ふむ・・・まあルーファウスは、あまりカイザーの戴冠を良く思っていなかったからな・・・見ていられなくて抜け出してしまったのだろう」
「どう致しましょう?お呼びして参りましょうか?」
「・・・いや良い、そっとしておいてやれ。まあ今は納得いかないのだろうが、時間が経てば落ち着くだろう。だが一度話をした方が良いだろうから、式の後ルーファウスを私の部屋に呼んでくれ」
「はっ!畏まりました」
オベロの傍らに立っている宰相が、胸に手を当てそう返事をオベロに返したのであった。
そうしてオベロと宰相が話をしている間に式は進み、次は誓いの言葉が始まろうとしていたのである。
「では誓いの言葉に移らさせて頂きます。カイザー王、貴方はこの女性を生涯の伴侶とする事を誓いますか?」
「ああ、誓うぜ!」
「では次に・・・ミズキ、貴女はこの男性を生涯の伴侶とする事を誓いますか?」
「・・・・」
神官風の魔族の男は、答えを促すようにじっと瑞希を見つめてきた。
しかし瑞希は口も動かす事が出来ない為、返事を返す事が出来なかったのだ。
まあもし口が動いても、肯定の返事はするつもりなど瑞希には全く無かったのである。
そうして話せない事を良い事に瑞希は黙っていたのだが、突然口が勝手に動き出したのだ。
「・・・はい、誓います」
そんな言葉が、瑞希の口から勝手に紡ぎ出されてしまったのである。
(ちょっ!誓わないから!!!)
瑞希はそう心の中で叫びながら、隣に立っているカイザーに再び鋭い視線を向けたのだ。
そんな瑞希の視線にカイザーは気が付き、ニヤニヤと笑ったのであった。
「では最後に、誓いの口づけを交わし二人は夫婦となります」
そう神官風の魔族の男が言うと、カイザーと瑞希はお互いに向き合ったのだ。
そしてカイザーは瑞希の顎に手を添えて顔を少し上に向かせ、ゆっくりと瑞希の顔に自分の顔を近付けていったのである。
瑞希はそんなカイザーの顔を凝視しつつ、必死に目で拒否を訴えていたのだがそんな事をカイザーが聞いてくれるはずも無かったのであった。
(ひぃーーー誰かーーーー!!!)
そう瑞希が、心の中で助けを求めたその時ーー。
突然大きな音を立てて大広間の入口が開き、そこから二人の男が大広間に駆け込んできたのである。
「「ミズキ!!」」
その二人の声を聞き、瑞希の体が僅かにびくりと反応した。
カイザーは突然現れた闖入者に、眉間に皺を寄せながら入口の方を見てそして目を見開いた。
「なっ!シグルド!?」
「一応オレもいるんだけどね」
「お前は・・・確か俺が吹き飛ばしたロキとか言った男だったな」
「そうだよ」
「・・・だが、何故お前達がここにいるんだ!?」
カイザーが二人に向かって叫ぶが、シグルドとロキは其々武器を構えつつじりじりと大広間の中に進む。
「そんな事お前に教える義理など無い!それよりもミズキを返して貰おうか!」
シグルドはそう叫び、カイザーの傍らに立つ瑞希に視線を向ける。
(な、何でシグルド様とロキがここに!?あ、でもロキ無事そうで良かった・・・あれ?体が・・・動く!!)
どうやらカイザーが、シグルド達の突然の登場に動揺した事で瑞希に掛けてあった魔法が切れてしまっていたのだ。
瑞希はその事に気が付き、まだカイザーがシグルド達の方を見て魔法が切れた事に気が付いていない様子を確認してから、勢い良くシグルド達の方に向かって駆け出した。
しかしカイザーの横をすり抜けようとした瑞希の腰に、すぐさまカイザーの腕が回ってあっという間に瑞希はカイザーの胸に抱き抱えられてしまったのだ。
「行かせるかよ!」
「カイザー離して!!」
「くっ、カイザー!ミズキを離せ!」
「ミズキ!オレが今すぐ助けに行くからな!」
瑞希はカイザーの胸の中で暴れ、シグルドとロキは険しい表情で急いで瑞希の下に向かおうと走り出す。
しかしそれよりも早く、シグルド達の目の前に沢山の衛兵の格好をした魔族達が現れ道を塞いだ。
「・・・そこを退け!」
「退かないと・・・命の保障はしないよ?」
そうシグルドとロキが言うと同時に、衛兵達が二人に襲い掛かっていったのである。
「シグルド様!!ロキ!!」
瑞希はカイザーに抱き抱えられながら、不安そうな顔で二人の名を叫んだ。
しかしそんな不安そうな瑞希を他所に、二人は素早い剣捌きと身のこなしで次々と衛兵を倒していった。
「・・・おい、ミズキを捕まえていろ。絶対離すなよ」
「はっ!」
カイザーは近くにいた衛兵に指示を出し、腕の中にいる瑞希をその衛兵に渡したのだ。
「ちょっ!カイザー何をするつもりなの!?」
「・・・俺はシグルドと戦うのは好きだ。だが、このタイミングで邪魔されたのにはさすがにちょっとムカついた。だから・・・ちょっと本気を出してくる。まあすぐに片付けて式の続きをするから、ミズキはそこで大人しく待ってろ」
「なっ!カイザー待ちなよ!!」
瑞希は、後ろから衛兵に腕を掴まれて身動きが取れない状態でいながらも、なんとかカイザーを止めようと藻掻くがやはり魔族の衛兵なだけありびくともしないのであった。
そうしている内にカイザーはその場で大きく跳躍し、一気にシグルドの目の前に降り立ったのだ。
「シグルドは俺様が相手をする、お前達は手を出すなよ!」
カイザーはそう周りの衛兵に言うと、シグルドに向かってニヤリと笑った。
しかし、その目は全く笑っていない。
そしてカイザーは右手を胸の前に持っていくと、爪を長く伸ばしたのである。
その爪の先は鋭く尖っており、簡単に突き刺したり引き裂いたり出来る程であった。
「シグルド様!」
「ロキ、私の事は構わなくて良い!お前はミズキを助けに行け!」
「・・・分かった。気を付けてな」
カイザーと対峙し鋭い視線で剣を構えているシグルドの下に駆け寄ろうとしたロキに、シグルドは視線をカイザーから反らさずそう指示を出したのだ。
そしてその指示を受けたロキは、一つ頷きすぐさま瑞希の下に向かって走って行こうとした。
しかしシグルドと戦っていた衛兵もロキの方に向かってきた為、思うようにロキは瑞希の下に向かう事が出来ないでいたのだ。
そうしている内に、シグルドとカイザーは激しい打ち合いを始めたのである。
カイザーが鋭い爪をシグルドに向かって素早く降り下ろすと、シグルドはそれをサッと避けすぐにカイザーを斬り付けようとした。
しかしカイザーもそれを紙一重で避け、そしてすぐにシグルドの喉に向かって爪を突き刺そうとしたのだ。
だがそれをシグルドは剣で受け止め、そうして剣と爪で激しい鍔迫り合いが起こったのである。
そんな二人の様子を、瑞希は衛兵に捕まえられながらハラハラとした表情で見つめていた。
「くっ!やはりシグルド、お前強いな!」
「カイザー、お前こそな!だが、お前に負ける訳にはいかない!絶対ミズキを返して貰う!」
「ふん!やれるものならやってみろよ!だが、俺もミズキを返すつもりなんか無いからな!」
そう二人は睨み合い、再び激しく激突し合ったのだ。
そうして何度か打ち合い、そして一度お互い距離を取る為間合いを取って離れたその瞬間ーー。
再び入口の方から、激しい爆発音が大広間の中に響き渡ったのだ。
「「何だ!?」」
カイザーとシグルドはその爆発音に驚き、同時に入口の方を見た。
するとそこには、モウモウと立ち込める煙の中に一人の男が立っていたのだ。
カイザーは眉間に皺を寄せその男の顔を伺い見て、すぐに驚愕に目を見開いた。
「ルー!?」
そうそこには、カイザーの弟であるルーファウスが立っていたのである。
しかしその表情はまるで狂気に満ちた顔をしおり、更にルーファウスの体から禍禍しい靄が立ち込めていたのだ。
「・・・だから・・・その呼び名で呼ぶなと・・・何度も言ったでしょうが!!!」
そうルーファウスが叫ぶと同時に、ルーファウスの周りから激しい爆発が巻き起こったのであった。
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