戴冠式
「とりあえず、こんな感じで大丈夫かな」
「そうだな」
ロキが埃を払うように手を叩き、シグルドは問題無い事を確認して一つ頷いた。
その二人が見ている先には、岩影に隠すように紐で縛った状態の魔族の男が気を失って倒れているのだ。
「それにしても・・・べつにわざわざ気絶させなくても、殺っちゃった方が色々楽だったんじゃ無い?」
「確かにそうかもしれんが・・・私は悪人では無いからな。魔界に連れていけば命は助けてやると約束した事を守っただけだ」
「・・・脅している時点で善人でも無いけどな」
「ん?ロキ、何か言ったか?」
「いや、何も~。・・・しかし、オレ達二人だけで来るの相当ジルが反対してたよな」
「まあそうだろうな。だがあの結界を越えられるのは、一人の魔族に対して人間は二人までだから仕方がない」
「・・・自分が行かないと言う選択肢は?」
「そんな物は無い!」
「・・・だろうね」
「それよりもこの魔族の男の話では、今の時間戴冠式が行われているらしいからな。その後すぐに結婚式が始まると言う話だから時間が無い!ロキ急ぐぞ!」
「おう!」
そうしてシグルドとロキは、遠くにそびえ建つ王城に向かって駆け出したのだった。
魔族の中でも階級が高い者達が大広間に集り、じっとその時を待っている。
その魔族達は両サイドに分かれて立ち、その間に真っ赤な絨毯が長く敷かれ、その絨毯は数段上がった玉座まで続いていたのだ。
そしてその玉座には、魔族達の王であるオベロが威厳溢れる佇まいで座り、じっと大広間の入口を見つめていた。
するとその入口の扉がゆっくりと開き、そこから真っ赤なマントを翻し黒い正装姿のカイザーが堂々とした足取りで入ってきたのだ。
そしてカイザーは自信溢れる顔で歩を進め、オベロが座る玉座の前までやって来た。
そうしてオベロの前に立ったカイザーは、その場で跪き頭を垂れる。
そのカイザーの様子をオベロは満足そうに見つめ、そしてゆっくりと玉座から立ち上がった。
するとそのオベロの近くに宰相と思われる魔族の男が静かに近付き、真っ赤なクッションに乗せられている王冠をオベロに差し出す。
オベロはその宰相に視線を向け、一つうなずくとその王冠を両手で持って再びカイザーを見る。
そうしてゆっくりとその王冠を、カイザーの頭に乗せたのだ。
「これにて、新国王であるカイザー王の誕生である!」
そうオベロが宣言すると、大広間にいた魔族達が一斉に歓声を上げた。
その歓声を受けながらカイザーはゆっくりと立ち上り、くるりと歓声を上げている魔族達の方に向き直ると、とても満足そうな顔で右手を上げたのだ。
するとその瞬間、更に大きな歓声が沸き上がったのである。
そんなカイザーと魔族達の様子に、オベロは笑顔で見つめていたのだった。
しかしそんな歓声に包まれている大広間の中で、一人とても憎々しげな目でカイザーを見つめている者がいたのだ。
それは、カイザーの弟であるルーファウスであった。
ルーファウスは大広間の隅でじっと戴冠式の様子を見つめていたが、やはりいざカイザーが王になった瞬間を目の当たりにすると嫉妬の炎が体の中で燃え上がってしまっていたのだ。
「・・・私に強い力があれば!」
そうルーファウスは、誰にも聞こえない声で憎々しげに呟き手を強く握りしめる。
するとその時、再びあの不思議な声が聞こえてきたのだ。
『・・・力が・・・欲しいか?・・・』
「っ!」
ルーファウスは驚いた表情ですぐに周りを見回すが、皆カイザーの方ばかりを見て誰もルーファウスに声を掛けた様子が無かったのだ。
「・・・また空耳か?」
『・・・兄を越える・・・強い力が欲しく無いか?・・・』
「いや、やはり聞こえた!そうか!頭の中に直接響いているのか!しかし一体・・・」
『・・・我なら・・・お前に・・・兄以上・・・いや誰よりも・・強い力を授ける事が出来るぞ?・・・』
「っ!それは・・・本当か?」
『・・・本当だ・・・その力を手にしたいのであれば・・・我の下まで来るのだ・・・』
「・・・一体何処に?」
『・・・こっちだ・・・』
その声に応えた瞬間ルーファウスの目から光が消え、まるで何かに操られているかのようにふらふらと大広間から抜け出していったのだ。
しかしそんなルーファウスの様子など、戴冠の喜びで盛り上がっている者達は誰一人気が付かなかったのであった。
ルーファウスはふらふらと廊下を歩き、そして地下に通じる階段を降りていく。
ただそのルーファウスは、階段の入口を警備していた兵士が二人共気を失って倒れていた事には目もくれなかったのである。
そうして虚ろな目をしたままのルーファウスは、階段を降りきり何重もの鎖が付いている巨大な扉の前で立ち止まった。
するとその瞬間、ルーファウスの目に再び光が戻ったのだ。
ルーファウスは意識を取り戻し、目を何度も瞬かせ戸惑った表情で周りを見回す。
「ここは・・・」
そう呆然と呟き、目の前の巨大な扉と後ろにある階段を見てハッと気が付く。
「ま、まさかここは!!父上に絶対近付くなと言われていた場所では!?」
その事実に気が付き、ルーファウスは慌てて戻ろうと踵を返そうとした。
『・・・力が欲しいのでは無かったのか?』
「っ!そ、その声は・・・まさかこの扉の中から聞こえているのか!?」
『そうだ・・・我はこの扉の中にいる・・・そして・・・お前に力を授けてやるには・・・この扉の封印を解いて貰わなければならん』
「ふ、封印を解く!?しかし、そんな事をすれば父上が・・・」
『・・・その父上に認められたいのでは無いのか?兄よりも強い事を皆に示したいのでは無いのか?』
「そ、それは・・・」
『我なら出来る・・・お前の望む力を与えられるぞ?』
「・・・・」
『さあ・・・何を迷う事がある?今ならまだ・・・お前が兄よりも強いと証明して王になれるのだぞ?』
「・・・・・分かった。しかし、この封印を解くにはどうすれば・・・」
『・・・お前の血を一滴この鎖に付けるだけで良い』
「そんなので良いのか・・・ならば・・・っう!」
ルーファウスは自分の右手の親指を強く噛み、そこから血を少量湧き出させたのだ。
そしてその血を、言われた通りに一本の鎖に擦り付けたその瞬間、全ての鎖が光だしそして霧散したのである。
ルーファウスはそのあっという間の出来事に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
すると、鎖の無くなった巨大な扉がゆっくりと開き出す。
ルーファウスはその様子を、ゴクリと唾を飲み込んで見つめていた。
そうして扉が大きく開いた瞬間、真っ暗な扉の先から突如黒い靄が溢れだしルーファウスを包み込んできたのだ。
「な、なんだ!?う、うわぁぁぁぁぁ!!」
すっかりその靄に包まれたルーファウスの悲鳴が、他に誰もいないその場所でただ響き渡ったのであった。
王城の一室で、瑞希は鏡台の前に座りながら深いため息を吐いている。
「・・・何で私こんな事になっているんだろう」
そう瑞希は呟きながら、じっと鏡に映っている自分の姿を見つめる。
その鏡に映っている瑞希の格好は、刺繍とレースがふんだんに使われている黒いウエディングドレス姿であったのだ。
「・・・そりゃあ、一応私も女だからウエディングドレスは憧れでもあったけどさ・・・望んでもいない結婚式用に着せられ、更に白じゃ無く黒って・・・有り得ない」
瑞希はうんざりした表情で呟き、もう一度大きくため息を吐く。
「それにしても・・・」
そう言って瑞希は、鏡越しに後ろの壁際に待機しているメイド達・・・を見る。
そうそこにいるメイドは一人では無く、五人もいるのであった。
しかもそのメイドは、五人全員全く同じ顔に同じ髪そして身長も全く同じであったのだ。
(・・・絶対カイザー、一人一人変えるの面倒で全部一緒にしたよね!!でもはっきり言って、五人共同じ顔で無表情に私の事をじっと見てこられるの怖いんだけど!!!)
瑞希はそう心の中で叫びながら、じっと瑞希を見つめているメイド達と視線を合わせないようにしたのだった。
(と、とりあえずこの後の事考えなくては!このままじゃ本当にカイザーと結婚させられてしまうから、なんとか逃げ出さないといけないけど・・・あの増員されたメイド達に邪魔されて全然逃げ出すチャンスが無かったんだよね・・・)
四六時中メイド達に付いて回られた事を思い出し、瑞希は頬を引き攣らせる。
(さすがに寝ている時も、じっと見つめてくるのは勘弁して欲しかった・・・そ、それよりも!今まで全くこの部屋から出させて貰えなかったけど、絶対式場に向かう時はこの部屋から出るから・・・よし!その時になんとしてもダッシュで逃げ出そう!)
そう瑞希は心の中で決意し、ぎゅっと手を強く握りしめた。
するとその時、メイドの一人が瑞希に近付き右手を握って立たせてきたのだ。
「え?もしかしてもう時間なの?」
瑞希はそうメイドに問い掛けるが、メイドはその瑞希の質問に答えてくれず瑞希は連れて扉に向かっていく。
(・・・やっぱりもう時間なんだ!よし!やるぞ!!)
そう密かに、逃げる体勢を取ろうとした瑞希の左手を別のメイドが握ってきた。
「え?」
そして二人のメイドが、瑞希の長いドレスの裾を後ろから持ち上げ歩きやすいようにし、最後の一人が瑞希の前に立って先導し始めたのだ。
「いや、あの、案内は一人だけで充分なんだけど・・・」
まさか五人全員が付いてくるとは思わず、更に瑞希を囲むような配置で立たれてしまったので瑞希は激しく動揺する。
(ちょっ、困るんだけど!!一人だけならなんとか逃げ出せると思っていたのに・・・五人は卑怯だよ!!くっ!カイザーめ!!!)
多分カイザーが、瑞希の行動を予想していたらしいその配置に瑞希は悔しそうな顔をした。
そうして瑞希は、メイド達に周りを固められた状態で逃げ出す隙も見付からず、結局あっという間に結婚式が執り行われる大広間の扉の前に到着してしまったのである。
するとメイド達はサッと瑞希から離れ、扉の脇に避けていった。
そしてその直後、大広間の扉がゆっくりと開いたのである。
「っ!」
瑞希はその大広間の中にいる沢山の魔族達の視線を受け、その場で立ち竦んでしまったのだ。
(・・・って、今が逃げるチャンスじゃん!!)
そう瑞希は気が付き、一歩後ろに足を動かしたその時ーー。
「ミズキ!」
大きな声で瑞希を呼ぶ声が聞こえ、思わず瑞希はその声が聞こえた方に視線を向ける。
するとその視線の先にいる、大広間の奥の祭壇の前で立っているカイザーと目があったのだ。
その瞬間カイザーの目が光り、そして瑞希の体に軽い電流が走ったような感覚が起こった。
(・・・え?何?)
瑞希がその感覚を不思議に思っていると、何故か足が勝手に前に向かって歩き出したのだ。
(な、何で勝手に歩くの!?って、体が言う事聞かない!話せない!!あ!まさかカイザー!!)
なんとか自分の意思で動かす事が出来る目だけをカイザーに向けると、カイザーはそんな瑞希の視線を受けてニヤリと笑ったのだ。
(や、やられたーーーーー!!!)
カイザーの魔法で操られている事に気が付いた瑞希は、心の中で悔しそうに叫んだのであった。
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