兄と弟の対面
その男性は真っ黒な長衣を身に纏い、腰まであるストレートの銀髪にその頭の両サイドには羊の角のような立派な巻き角が生えていた。
そしてその面立ちはどこかカイザーに似ているようだったが、なんだかとても神経質そうな印象を受ける男性であったのだ。
するとカイザーは、笑顔になって手を上げその男性に近付いていった。
「よお!ルー!」
そのカイザーの呼び掛けに、その男性は眉を顰めながら冷たい眼差しをカイザーに向ける。
「・・・兄上、その呼び名で呼ばないで下さいと何度も言ってますよね?いい加減、私の事はちゃんとルーファウスと呼んで下さい」
「べつにルーでも良いじゃねえかよ。それにお前も、昔は俺の事お兄様と呼んで嬉しそうに付いてきてただろう?」
「・・・何百年前の話ですか。もう私は、そんな子供ではありませんので。それよりも・・・その人間の女を連れ回して城内を歩き回っている兄上の神経が私には分かりません」
そう言ってカイザーの弟のルーファウスが、まるで虫けらでも見るような目で瑞希を見てきたのだ。
「そうか?こいつ結構面白くて、一緒にいると楽しいんだけどな~」
「カイザー・・・」
「ん?何でミズキは、呆れたような目で俺を見てくるんだ?まあ良いや。それよりも紹介しないとな!こいつは俺の弟でルーファウスって言うんだ。でルー・・・ルーファウス、こいつが俺が昨日の戦いで持ち帰った人間の女でミズキって言うんだ。よろしくな!」
「あ、ミズキで・・・」
「べつに挨拶は要りません。私もするつもり無いので。それよりも兄上・・・何故昨日戦いに行かれたのですか?明日は兄上の・・・戴冠式がある日なのですよ?そんな大事な時期に戦いに行くなど、私には理解出来ません」
「いや~勝利で戴冠式に花を添えようかと思ってさ。それに・・・戦いに行けない親父にも話して喜んで貰おうかと思ったからさ」
「・・・そして結局、負けて帰って来ましたけどね」
「ぐっ!」
ルーファウスが冷たく言い放つと、カイザーは思わず言葉に詰まり苦笑を溢したのだった。
「なら今度は、ルーファウスも一緒に戦いに行こうぜ!」
「・・・それは本気で言ってるのですか?兄上は、私の魔力が弱い事を知ってて言ってますよね?はっきり言ってお断りです!そんな所に兄上と一緒に行けば、皆私の弱さを嘲笑うに決まってますから」
「いや、そんな事は・・・」
「事実ですので。それよりも、明日の戴冠式の事で宰相が兄上を探してましたよ」
「あ~そう言えば部屋に来るって言ってたな・・・仕方がない面倒だけど俺から行くか。ルーファウス教えてくれてありがとうな!じゃあミズキ行こうぜ」
そう言ってカイザーは、瑞希の腰に手を回して踵を返し一度部屋に戻る為ルーファウスとその場で別れたのだ。
しかしそのカイザーの背中を、ルーファウスはじっと鋭い眼差しで見つめていた。
「・・・何故あんなのが次期国王なんだ」
そうルーファウスは呟くと、激しい嫉妬の炎をその目に宿しだす。
「そもそも、魔力を除いては全てにおいて私の方が秀でているのに・・・何故皆兄上を王に望むのだ!くっ、強い魔力さえあれば・・・私こそが王になっていたはずだ!」
ルーファウスはそう悔しそうに言い、唇を強く噛みしめたのだ。
『・・・力が・・・欲しいか?・・・』
「・・・ん?何だ今の声は?」
何処からともなく突然聞こえてきたその不思議な声に、ルーファウスは怪訝な表情で辺りを見回す。
しかし周りには、階段の前を警備している兵士が二人いるだけで他には誰もおらず、ならばその警備兵が言ったのかとじっとルーファウスは見つめると、二人は何故そんな風に見られているのかと戸惑っていたのだ。
「・・・私の空耳か?」
ルーファウスは眉間に皺を寄せながらそう不思議そうに呟き、そして二人の兵士から視線を外すと、もうすっかり何も気にする様子も無くその場から立ち去ったのだった。
ルーファウスと別れたカイザーと瑞希は、とりあえず瑞希を部屋に送る為並んで廊下を歩いていたのだ。
しかしカイザーの手は、しっかりと瑞希の腰に回されている。
「・・・ねえカイザー、歩きにくいから離してくれない?」
「俺は全然歩きにくくないから気にするな」
「いやいや、あんたの事じゃ無い!」
瑞希が目をつり上げて横を歩くカイザーを睨み上げるが、そんな瑞希の様子にカイザーは全く気にする様子もなく、そして腰から手も離してくれなかったのだ。
そんなカイザーにうんざりしながらも、瑞希は部屋までの我慢だと諦める事にしたのだった。
「・・・なあミズキ、さっきは悪かったな」
「へっ?何が?」
「いや、お前に対するルーの態度がさ・・・」
「ああ、あれ・・・べつに私気にしてないよ?むしろ、異種族に対する反応としてはあれが普通だと思うけど?多分・・・カイザーとオベロ王の反応の方がおかしいんだと思う」
「・・・それを言うなら、ミズキの反応も充分おかしいと思うぞ?」
「あ、確かに言われてみればそうかも!」
呆れた表情で言ってきたカイザーに、瑞希は頬を指で掻きながら苦笑いを溢したのである。
「それはそうと・・・カイザーって明日本当に戴冠式なの?」
「ああそうだ。明日、親父の跡を継いで魔族の王になるんだぜ!」
「・・・そんな大事な時期に戦争仕掛けにいくって、弟のルーファウスじゃ無くても呆れると思うよ」
「そうか?皆楽しそうに付いてきてくれたぜ?」
瑞希の言葉に、カイザーは意味が分からないと言った表情で瑞希を見てきたのだ。
(・・・あ~よく漫画とかで見た事がある、戦い馬鹿のカリスマ持ちか・・・)
その事に気が付き瑞希は頬を引き攣らせながら、ある意味一番厄介だなっと思っていたのだった。
「・・・カイザーのお嫁さんになる人、色々と大変そうだ・・・」
「ん?俺の嫁さん?」
「うん。だってカイザーは王様になるんだし、跡継ぎも必要になってくるから、必ずお嫁さんを貰う事になるんでしょ?」
「あ~まあな。だが、俺が嫁に欲しいと思えるような奴なんて今まで・・・・・」
「ん?カイザーどうかしたの?」
カイザーは突然黙り込みじっと瑞希の顔を見つめてきたので、瑞希はそんなカイザーを不思議そうに見たのだ。
「・・・ふむ、悪くないな。よしミズキ!お前を俺様の嫁にしてやる!」
「・・・・・はぁ~!?」
「どうせなら、祝い事は一遍にあった方が国民皆喜ぶだろうし、結婚式も明日の戴冠式後にやろう!」
「いやいやいや!何馬鹿な事言ってるの!!!」
「馬鹿な事じゃ無い、俺様は本気だ!それに喜べ、俺様の嫁になるんだからお前はすぐに王妃になれるんだぜ?良かったな!」
「全然良くないから!!!」
「じゃあ早速準備が必要だな。とりあえず、急いでお前の結婚式用のドレスを作らせないといけないから国中の針子を召集させよう。それに式の手配もしなくちゃな!こりゃ忙しいぞ!!」
「いや、ちょっ、私の話・・・」
「さあ急いで部屋に戻るぞ!」
「え?うぎゃ!お、下ろして!!!」
カイザーはとても楽しそうな顔で瑞希を横抱きに抱え上げると、背中に羽を出しそして廊下を猛スピード飛び進んだのだった。
─────魔界へと通じる洞窟の前。
その洞窟の様子を、複数の兵士達とジルが岩影から覗いている。
するとその兵士達の下に、シグルドとなんとか怪我が治ったロキが近付いていったのだ。
「ジル、様子はどうだ?」
「いえ、昨日から全く変わっていません。魔族の一人も現れません」
「くっ、そうか・・・」
「・・・なあシグルド様、何でこんな所で待機してるんだ?あの洞窟の先に、ミズキが連れ去られているんだろ?早く助けに行こうぜ!!」
「私だって出来ればそうしたい!だが出来ないのだ!!」
ロキの言葉に、シグルドが苦い顔をしながら叫ぶ。
「・・・何で?」
「ロキ・・・怪我で一日意識を無くしていたあなたは知らないのでしょうが、あの洞窟には結界が張られているのです」
「結界?」
「ええ・・・あの結界は魔族以外が通ろうとすると、その者は消し炭のように消滅させられてしまうのです」
「なっ!?」
「一応ミズキが連れ去られてすぐに、あの洞窟に魔法攻撃を仕掛けて結界を壊そうとしたり、大きな石を投げつけたりしたのですが・・・結果はあの通り全く無傷の洞窟が残り、大きな石も消し炭となったのです」
「・・・それじゃあ人間のミズキも・・・」
「ああその心配は無いでしょう。あの結界をくぐれる者は、魔族かあるいは魔族に掴まえられている又は掴まえている者のみなのです」
ジルの説明を聞き、ロキは魔族の王子であるカイザーに捕まっていた瑞希の様子を思い出したのだ。
「・・・だから私達に今出来る手段は、あそこの洞窟から魔族が出てきた所を捕まえ、そしてその魔族に魔界に連れていかせるしか方法が無いのだ」
「・・・・」
ロキはシグルドの言葉をじっと聞きながら、うっすらと入口付近が揺らめいている洞窟を凝視する。
するとロキは、おもむろにその洞窟に向かって歩き出したのだ。
そしてその洞窟の前で立ち止まると、手を前に出しその揺らめいている空間に触れようとした。
「ロキ!!何をしている!!!」
「っ!離せよシグルド様!!」
「離すわけ無いだろう!死にたいのか!!」
ロキは険しい表情のシグルドに後ろから羽交い締めを受け、そしてそのシグルドにズルズルと引き摺られながら再び元の岩影に戻されたのだ。
「お前は何を考えている!!お前にもしもの事があれば、ミズキが悲しむだろう!!」
「っ!」
シグルドの怒りを含んだ怒鳴り声に、ロキは一瞬肩をビクッとさせてから力無くうなだれる。
そんなロキの様子に、もう離しても大丈夫だろうと判断したシグルドは拘束を解いたのだ。
そしてシグルドは、ロキの正面に回りじっとロキの顔を見つめる。
「ロキ、何故あんな事をしようとした?」
「・・・オレ・・・・」
「ん?」
「・・・オレ、こんな異質な姿だし・・・もしかしたら魔族の血でも混ざってるんじゃ無いかと思って・・・」
「はぁ?そんな訳無いだろう!」
「でもシグルド様だって・・・心の中では、オレの事魔族じゃ無いかと思ってたんじゃ無いのか?」
「見損なうな!そんな事一度だって思った事など無い!お前は私達と同じ普通の人間だ!他の者がなんと言おうと気にする必要は無い!ロキはロキだ!」
「っ!!・・・やっぱりシグルド様って、ミズキに負けず劣らず変わった人だよね」
「私はミズキ程では無い!」
「いやいや、良い勝負だよ」
そうロキは言って、眉間に皺を寄せているシグルドを見ながら本当に嬉しそうな顔で笑ったのだった。
するとその時、一人の兵士が慌てて二人の下に駆け寄ってきたのだ。
「シグルド様!洞窟から魔族が!」
「何!?」
シグルドとロキはその兵士の報告を聞き、慌てて洞窟の入口が見える岩影まで移動した。
すると丁度その時、その洞窟の入口から辺りをキョロキョロと警戒しながら一人の魔族が外に出てきたのだ。
「・・・後に続いて出てくる魔族はいないようだな・・・よし行け!生け捕りにするんだ!」
「はっ!」
シグルドの合図で、一斉に待機していた兵士達が岩影から飛び出し驚いて固まっている魔族をあっという間に捕らえたのだ。
そして魔族の体を厳重に縄で縛り、シグルドの前まで引っ立てた。
シグルドは地べたに座り込んでいる魔族を無表情でじっと見つめ、ゆっくりと腰の剣を引き抜いてその剣先を魔族の喉元に突き付ける。
「・・・おい、お前達の王子が連れ去った人間の女は今どうしている?」
「はん!知っていてもお前なんかに教え・・・ひっ!!」
魔族の態度に、シグルドは全く躊躇無く剣先を喉に少し食い込ませ、そこからたらりと血が一筋流れ落ちた。
「・・・もう一度聞く、人間の女は今どうしている?」
「カ、カイザー様と結婚するらしいぞ!!」
「「・・・・・はあ?」」
その思いがけない魔族の発言に、シグルドとロキは同時に驚きの声を上げる。
「それはどう言う事だ!?」
「ミズキ、魔族の王子の嫁さんになるの!?」
「い、いや、あの・・・」
シグルドとロキに物凄い勢いで迫られ、魔族はその勢いにタジタジとなったのだ。
「詳しく説明しろ!!」
「っ!お、俺も詳しい経緯は知らないけど、今日のカイザー様の戴冠式後に人間の女と結婚式を上げるって国中に知らせが来たんだよ!だから俺は、そのお祝い気分でちょっとこっちのモンスターの肉でも手に入れようと来たんだが・・・来るんじゃ無かった・・・」
「今日だと!?」
「シグルド様ヤバイじゃん!!」
すっかり肩を落としている魔族の事など気にする様子も無く、シグルドとロキは焦った様子で互いに見合う。
そしてお互い真剣な表情になってうなずき合うと、そのすっかり気落ちしている魔族に二人は同時に顔を向けーー。
「「魔界に連れていけ!!」」
そう揃って言い放ったのだった。
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