敵国の王
─────人々が寝静まった深夜。
お城のある一室にとても豪華な部屋があり、その部屋の寝室に天蓋付きのそれまた豪華なベッドで男が一人、大きないびきをかきながら気持ち良さそうに眠っていた。
その男は白髪混じりの短髪で青い髪をしており、眠っていて見えないが緑色の瞳をしている。
そして、その頬はぷっくりと膨れている小太りの中年男であったのだ。
ただ身に纏っている寝間着は、光沢のある滑らかな高級素材の布が使われており、その男がただの貴族では無い事が伺い知れた。
そんな男の枕元に、そっと近付く影が一つあったのだ。
その影が男のベッドに近付く途中、カーテンの隙間から射し込んできた月明かりに顔が照らされると、その真っ白な髪がキラキラと輝いたのだった。
そうその影はロキである。
ロキはその呑気そうに眠っている男の顔を見て、呆れた表情になったのだ。
「・・・あんた、仮にも一刻の王だろ?もう少し警戒心持って寝なよ。・・・絶対シグルド様だったら、部屋に入った瞬間に剣を抜いて起き上がるぞ?」
そうロキは、男の寝顔を見ながら呟いたのだった。
「はぁ~仕方がない。お~い、おっさん!!ガランドのおっさん!!起きろよ!!」
ロキはそう男の耳元に向かって、大きな声を出したのだ。
しかしその男・・・ロランドベア王国の王であるガランドは、全く起きる気配を見せず、むしろうるさそうに顔を顰めロキとは反対の方向に顔を向けてしまった。
「・・・マジで警戒心皆無だな。・・・おい、ガランドのおっさん!起きろ!!早く起きないと・・・サクッと殺っちゃうよ?」
そうロキは低い声で言うと、ガランドの顔すぐ横の枕に大きな音を立ててドスッと短剣を突き刺したのだ。
するとガランドはその音に反応し、目を大きく見開いて急いで身を起こすと、ロキとは反対方向のベッドの端に布団を抱きしめながら逃げた。
「さすがにこれでは起きたか」
そう言ってロキは笑い、枕に刺した短剣を引き抜いて懐に仕舞ったのだ。
「お、お前は!ロキ!!何故ここに!!」
「ん~用事があったからね」
「用事だと!?それよりも、聖女の暗殺はどうした!!お前がモタモタしているから、増援も出してやったんだぞ!!当然成功させてきたんだろうな?」
「あ~それなんだけど、その増援・・・全部撃退しといたから」
「・・・何だと?」
「それから、オレもうあんたの命令聞くつもり無いからさ」
「・・・やはりあの男の言ってた通り、ワシを裏切ったのだな!!」
「あの男って・・・ああ、あの抜け駆けしてきたあいつだね。まあ、確かにあいつなら言いそうだな」
ロキはあの瑞希の部屋に一人で現れ、ペチャクチャとよく喋っていたあの刺客の男を思い出していた。
「そんな事はどうでも良い!それよりも、拾ってやった恩を忘れてワシを裏切るなど、どう言うつもりだ!!」
「・・・まあ捨てられて、野垂れ死にそうになってた所を拾ってくれたのはとりあえず感謝はしてるけど、べつにあんたに心から仕えたいとは昔から思って無かったからさ。ただ他に行く所が無かったから、とりあえず居ただけだよ」
「ロキ、貴様!!」
「オレ今、心から仕えたいと思える人に出会ったから、その人を主にしてるんだ。だからもうガランドのおっさんはオレの主でも何でも無いんで、もう命令聞く義理無いからな」
「・・・その主とは誰だ?・・・まさか報告にもあった、お前とよく一緒にいる王弟シグルドか!?」
「ブブー、外れ~!」
「では誰だ!!もしや・・・シリウス王か!?」
「それも外れだよ。まあ、すぐ会えるからさ」
「何!?」
「・・・ミズキ、そろそろ出て来て良いよ」
そうロキは振り向いて、薄暗い部屋の奥に声を掛ける。
するとその途端、その薄暗い部屋の中に瑞希が姿を現したのだ。
「ん~姿隠しの魔法って便利だね!これから、シグルド様に困ったら使おうかな~」
「あ~多分それは無理だと思うぜ。その魔法って、確かに姿は隠してくれるけど気配までは隠せないからさ。気配を察知出来る相手にはあまり効果無いよ。特にオレやシグルド様にはね」
「・・・なるほど。だからあの時、ロキやシグルド様は刺客に気が付いたんだね」
「まあね」
そんな瑞希とロキの緊迫感の無い会話に、ガランドはポカンとした顔でそんな二人を見ていたのだった。
「・・・女?」
そうガランドは、冒険者衣装にマントを羽織った姿で現れた瑞希を見て呟く。
「あ、私ミズキって言います。あなたが・・・ガランド王?」
そう言って瑞希は、じっとガランド王を見る。
「・・・国が違うと、こうも王様も違うんだね」
「あ~まあシリウス王が特殊過ぎるんだよ。あんな凄い美形なんて、そうそういないよ」
「そうなんだ・・・」
瑞希はロキの話を聞き、なんだか可哀想な人を見る目でガランドを見たのだった。
「しかし、この王様が治めている割りに・・・この国は結構平和だよね?普通、上がアレだと国って荒れるもんじゃ無いの?」
「ああ・・・確かにこのおっさんはアレだけど、おっさんの奥さんでありこの国の王妃が、結構しっかりとした常識人だったから、その王妃のお陰でこの国は安定してるんだ」
「あ~なるほど。確かに旦那がアレじゃあね・・・」
「うん、アレだからな」
「お前達一体何なんだ!!ワシを馬鹿にしてるのか!!」
ガランドは、瑞希とロキに残念そうな人を見る目で見られ、顔を真っ赤にさせて怒りの形相になったのだ。
「そもそもお前達は、どうやってここに入ってきたのだ!部屋の前には、見張りの兵士がいただろう!!それに、何故ワシがこんなに叫んでいるのに誰も来んのだ!!」
「だって邪魔されると困るから、オレが予め皆眠らせてきたんだよ」
「なん、だと?」
「ガランドのおっさんなら、オレの実力知ってるだろ?こんな事、オレに掛かれば簡単だよ」
「っ!!・・・・・ワシを殺しに来たのか?」
「違うよ。まあオレ的には、それの方が手っ取り早いと思うんだけどね」
そう言ってロキは目を細めてじっとガランドを見ると、その鋭い視線を受けたガランドは身震いをして青ざめた顔になる。
「でもまあ、今日はそれが目的じゃ無いからさ。オレの主があんたに話したい事があるから、ここに連れてきてと頼まれたからだよ」
「お前の主?」
「あ~不本意ながら一応ロキの主です」
瑞希はそう言いながら、ロキの隣に足を進めた。
するとそこで漸く、月の光に照らされて瑞希の顔をガランドが見る事が出来たのだ。
「黒い髪に黒い瞳の女・・・まさか聖女!・・・では無いな」
(もうそれいいよ・・・)
ガランドの発言に、瑞希はうんざりした表情になったのだった。
「まあそれは良いとして・・・確認なんだけど、ガランド王って聖女暗殺を企てていたんだよね?」
「な、何の話だ?」
「いや、さっきロキにハッキリ言ってたのバッチリ聞いてたから、誤魔化しは効かないよ」
「っ!・・・そ、それが一体何だと言うんだ!ああそうか聖女抹殺の時に、お前の抹殺も命じていたのが気に食わなかったのだな!だが、お前の髪と瞳の色が聖女と同じなのが悪いんだぞ!ワシは悪く無い!!」
「あ~開き直ったよこの人・・・って、今はその話をしに来たんじゃ無い!ちょっとガランド王に言いたい事があるの!!」
そう言って瑞希は、腰に両手を当て胸を張ったのだ。
「・・・ワシに?」
「そうだよ!そもそも聖女を抹殺しようとしていたのって、あの言い伝えの厄災の王を倒してくれる聖女を先に抹殺しておけば、言い伝えの通りグロリア王国は厄災の王によって滅びると思っているだよね?それでその滅んだ後の領土を、ガランド王は簡単に手に入れようと考えていたんでしょ?」
「・・・何故それを?」
「いや、ある意味分かりやすかったよ。でも・・・全然先の事考えて無いよね?」
「・・・どう言う事だ?」
「ガランド王・・・もし厄災の王がグロリア王国を滅ぼしたら、そのまま厄災の王がこの世界から消えてくれると思ってるの?」
「そ、それは・・・」
「ハッキリ言って、そんな都合の良い状態になると到底思えないんだけど?多分・・・グロリア王国を滅ぼした後は、そのまま隣国であるこの国も滅ぼしに掛かってくると思うよ?」
「なっ!?」
「それに・・・もし来なかったとしても、厄災の王に滅ぼされた土地・・・普通に考えてもまともな状態じゃ無いと思うんだけど、それでも欲しいの?」
「うっ!」
「・・・はぁ~やっぱりちゃんと考えて無かったんだね」
瑞希はそのガランドの様子に、呆れた表情で深くため息を吐く。
「う、うるさい!!それではワシにどうしろと言うのだ!!」
「だから・・・聖女の抹殺を諦めて、逆に厄災の王を倒す為にグロリア王国と協力したら?って言いたかったんだよ」
「何だと!?ワシにシリウス王と手を組めと!?」
「そう言う事になるね」
「ワシがあんな若造と手を組むなど出来るか!!」
「いやいや普通に考えれば、ただ争い合って領土を狙っているより協力関係の方が何かと双方都合が良いと思うんだけど?それにお互いに交易し合えば、国は潤っていくし民も生活が安定して過ごしやすくなると思うよ?」
「だ、だが・・・」
「国のトップなんだからさ、一番に民の事考えないといつか・・・誰かにその座を追われる事になるよ?」
「うっ!」
その瑞希の言葉に、ガランドは自分の今いる場所がとても危うい事を実感する。
「まあ、ミズキの言った事良く考えた方が良いと思うぜ?だって・・・ミズキは、シグルド様の反対を押し切ってあんたの説得に来たんだからさ。もし悪い返事を返せば・・・さすがのあんただってどうなるかぐらい分かるよな?あの軍神シグルドが本気を出せば・・・こんな国、三日も保たないと思うぜ」
「っ!」
ロキは鋭い視線をガランドに向け、そしてニヤリと口角を上げて笑うと、そのロキを見たガランドが息を詰まらせ青い顔になる。
「あ~ちなみに、これは補足だけど・・・あんたが殺そうとしていた聖女・・・凄い美女だったからな」
「何!?」
ガランドはそのロキの言葉を聞き、急に真剣な表情で顎に手を当て考え込み始めたのだ。
するとそんな様子のガランドを瑞希は不思議そうな顔で見て、コソッと隣に立っているロキに小声で話し掛けた。
「・・・ロキ?」
「・・・このおっさんすげえ女好きでさ、特に美女には目が無いんだ。だから側室も、10人ぐらいいるんだぜ。それも全員美女揃い」
「そ、そうなんだ・・・王妃様大変そう」
「いやそれが、その側室全員王妃を慕っててさ。むしろ蔑ろにされてるの・・・このおっさんの方なんだ」
「・・・なんだろう命狙われた身だけど・・・ちょっと可哀想に思えてきた」
そう瑞希は呟き、まだじっと考えているガランドを哀れな目で見ていたのだ。
「まあだから自分を認めて貰おうと、必死に野心だけどんどん大きくしていたんだよな。・・・結局、誰にも認めて貰えて無いけど。あ、でも一応このおっさん・・・いや王妃の名誉の為に言っておくと、王妃との関係は悪く無いんだぜ。まあ、王妃が尻に敷いてるけど結構仲の良い夫婦だよ」
「そうなんだ・・・」
瑞希はまだ見た事の無い王妃の事を、心の底から尊敬したのだった。
「・・・うむ、分かった。その話を受けよう。明日・・・いや今日の朝議で、王妃と官僚に話をする事を約束する」
「ガランド王、ありがとう!」
「だが話し合い次第では、どうなるかワシでも分からんからな!」
「まあ、多分即決で可決されると思うよ」
ロキはまだ行われてもいない朝議を思い浮かべ、ハッキリと言い切ったのだった。
そうして瑞希達は、来た時と同じように姿隠しの魔法でそっと城を抜け出し、シグルドの待つグロリア王国に帰っていったのだ。
そして瑞希達が、ガランドと会った数日後にガランド王名義で書状が届き、グロリア王国とロランドベア王国の同盟が決まったのだった。
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