調印式

 ロランドベア王国からの突然の同盟申し出に、官僚達は最所不信を露にして難色を示していたのだ。


 しかし予め瑞希に話を聞いていたシグルドや、そのシグルドから事前に全てを聞いていたシリウスの発言で、ロランドベア王国との同盟が正式に決まった。


 そうしてすぐに調印式を執り行う事となり、その調印式の場をグロリア王国の王城で行う事となったのだ。


 そしてその調印式に出席する為、ロランドベア王国のガランド王が王妃を伴ってグロリア王国にやってくると、すぐに王城の大広間で調印式が執り行われた。


 その大広間には沢山の貴族が集り、その調印式の様子を静かに見守る。


 そしてその視線の先で、シリウス王とガランド王が同盟の書類にサインをしたのだった。


 その様子を瑞希とロキは、大広間の後方の片隅で静かに見守っていたのだが、先程から周りにいる貴族の視線が痛いほど二人に集まっていたのだ。


 何故なら今のロキは、もう面倒だからと言って髪の毛を隠そうとはしていなかったからである。


 しかしその視線の理由は、その髪のせいだけでは無い。


 実はこの同盟の立役者の一人であるロキには、調印式の場に出席する事を義務付けられており、その正式な場に出る為には正装をする必要があったのだ。


 その為、嫌がるロキをメリンダ達の手によって完璧に着飾られたのだが、元々美少年であったロキはその髪の色が気にならない程に正装姿が良く似合い、まるで何処かの王子様のような美しい風貌になった。


 だからそんなロキを、周りの特に若い女性達がチラチラと見て頬を染めていたのだ。


 そしてその隣にいる瑞希も、別の意味に注目を浴びていた。


 瑞希も勿論ドレスを着ているのだが、それよりも皆が気になっているのが、聖女と同じ色の髪と瞳をしていた事だ。


 さらにシグルドの離宮に住んでいると噂になっていたので、一体何者なんだろうと皆興味深げに瑞希を見ていたのだった。


 そんな視線を受け続けいい加減嫌気が差してきた二人は、調印式が終わったと同時にさっさと大広間から抜け出したのだ。


 そして大広間の外で待機していたメリンダと合流した瑞希達は、他の貴族達が出てくる前に急いで離宮に戻っていった。












 メリンダを先頭に離宮の中を歩いているのだが、どうもその道がいつもと違っているのだ。


 今までの部屋は、瑞希もロキも一階にありすぐに到着していたのだが、今は階段を何度か上って上の階に向かっていた。


 それを瑞希が不思議に思い、前を歩くメリンダに声を掛ける。




「・・・メリンダ、何処に向かってるの?私達の部屋は一階にあるよね?」


「お二方共、今日から別の部屋に移動して頂きます」


「そうなの?」


「はい。シグルド様の指示で、お二方の功績に見合ったお部屋を用意させて頂いてます」


「べつに今までの部屋でも充分なんだけど・・・」


「オレも同じく」




 そう瑞希とロキは困った表情で言うが、メリンダはそれを頑として受け入れてくれなかったのだ。


 そうして最上階の一個下の階に到着すると、廊下を少し歩いてから一つの部屋の前にメリンダが立ち止まる。




「こちらがロキ様のお部屋になります」


「ほ~い。・・・うん、予想はしてたけど今までより相当豪華だ・・・」




 ロキは部屋に足を踏み入れながら、そう呆れた表情で呟いたのだ。




「では、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


「うん、ありがとう。・・・あれ?そう言えば見張りの兵士は?」


「もうロキ様には必要無いと、シグルド様が判断されましたので」


「そっか・・・オレ、あの兵士達との攻防結構楽しかったんだけどな~」




(・・・多分その兵士達は、ホッとしてると思う。だって毎回毎回気が付いたら、ロキが部屋からいなくなっている状態だったと思うからさ。きっと見張りの意味が無いと、相当ストレス溜まってたと思うな)




 そう瑞希は、ロキの見張り担当だった兵士達を思い同情していたのだが、メリンダも瑞希と同じような表情でロキを見ていたので、どうやらあながち間違いでは無い事が伺い知れたのだった。




「ではロキ様これで。ミズキ様、行きましょう」


「ああうん。じゃあロキまた後でね」


「うん!着替えたら、瑞希の新しい部屋に遊びに行くよ」




 そうして瑞希はロキとそこで別れ、再びメリンダの案内で歩き出す。


 しかし瑞希の部屋も、ロキと同じ階にあるのだと思っていたのだがどうやら違っていたらしく、再び階段の所まで戻るとさらに上の階に上がり出したのだ。


 さすがに次の階が最上階だと言うのを瑞希も分かっていたのだが、メリンダが全く迷い無く進むので、瑞希は仕方がなく黙ってメリンダの後を追って階段を上った。


 そして最上階に到着するとその廊下の入口に、明らかに他の兵士とは違う服を着た兵士が、廊下の両脇に立っていたのだ。




「ミズキ様、この方々はシグルド様の近衛騎士の方々です。そして騎士様方、この方がミズキ様です。今後宜しくお願い致しますね」


「「はっ!ミズキ様、宜しくお願い致します!」」


「よ、宜しくお願いします」




 二人の騎士は声を揃えて瑞希に敬礼してきたので、瑞希はそんな二人の様子に若干引き気味で挨拶を返した。


 そうしてその二人の間を抜け、メリンダと共に奥に進むと漸く一つの部屋の前に立ち止まったのだ。


 しかしそこで瑞希は、この階には扉が二つしか無い事に気が付き不思議に思っていたのだった。




「さあミズキ様、こちらが今日からミズキ様のお部屋です。どうぞ中にお入り下さい」


「あ、はい」




 瑞希はまだ不思議に思いながらもメリンダに扉を開けて貰ったので、とりあえずその中に足を踏み入れそして驚愕の表情で固まる。




(な、な、何この部屋!!今まで生活してきた部屋や、さっきチラリと見えたロキの部屋よりも数段格上の超豪華な部屋なんだけど!!!)




 部屋の広さも相当広く、置いてある調度品も豪華でありながらも上品な物ばかり、そして天井にはキラキラと輝いている大きなシャンデリアがあったのだ。


 そしてここにもレイラとライラがすでに待機しており、瑞希が部屋に入ってきたので、二人は笑顔でお辞儀をしてきたのだった。




「こ、ここ・・・本当に私の部屋になるの?」


「はい、そうです。シグルド様が、ミズキ様の部屋をこの部屋にとご指名されましたので」


「そ、そうなんだ・・・」


「では簡単にご説明致します。あちらが、寝室に繋がる扉になっておりまして、こちらが浴室に繋がる扉となっております」


「え!?この部屋専用のお風呂があるの!!」


「はい。ミズキ様専用になりますので、ご自由にお使い下さい」




 メリンダの説明を聞いて、瑞希は心の中で大喜びをする。




(やったー!!今までは共用のお風呂場だったから、他の人が入ってる時は使えなかったりして結構不便だったんだよね!でもこれからは、好きな時に入れるから凄く嬉しい!!!)




 そう瑞希は思い、ニコニコと笑顔になっていたのだ。


 しかしそこで、ふと瑞希は部屋の壁にまだ説明されていない扉の存在に気が付いた。




「あれ?あの扉は?」


「ああ、あちらですか。あちらの扉は・・・」


「うぉぉぉぉ!この部屋凄いな!!」


「ロ、ロキ!?」




 メリンダが説明しようとした声に被るように、驚きの声を上げたロキの声が部屋の中に響いたのだ。


 瑞希はその声に驚きその声のした方に振り向くと、そこにはいつもの見慣れた服装に戻り、唖然とした表情で部屋の中を見回しているロキがいた。




「ミズキ、なんか凄い部屋に移ったんだな」


「そうなんだよね。まさか、ここまでの部屋を用意されるとは思わなかったよ」


「だよな・・・ん?あの扉って・・・」




 ロキはそう呟き、メリンダが説明しようとしていた扉をじっと見つめる。




「・・・確かあの壁の向こうって・・・ああそう言う事か。だからこの部屋を指定したんだな」


「ロキ?」


「・・・あ~ミズキ、もし何かあったら遠慮無くオレを呼べよ。すぐに助けに来るからな」


「へ?あ、うん・・・何かよく分からないけど宜しくね」




 一人何かを納得したロキに、真剣な表情で必ず助けを呼ぶように言われ、瑞希はよく分からないながらも承諾の返事を返したのだ。




「・・・しかしシグルド様、とうとう外堀を埋め始めたな」




 そうロキが呆れた表情でボソッと呟いた言葉は、瑞希の耳には届かなかったのである。


 そうして瑞希は、呑気な表情でロキも気にしていた扉をもう一度見つめる。




「ねえメリンダ、結局あの扉って何なのかな?あの扉の先には何があるの?」


「ミズキ様、それはですね・・・」




 瑞希の質問に今度こそ答えようとしたメリンダの言葉を遮るように、部屋の扉をノックする音が響いてきたのだ。


 そのノック音を聞き、メリンダは一言瑞希に断りを入れてからすぐに扉に向かいその扉を開いた。


 するとその扉から、先程調印式で着ていた真っ白な正装姿のままのシグルドが部屋に入ってきたのだ。




「あ、シグルド様、調印式お疲れ様~」


「ああ・・・どうだこの部屋は?」


「え~と・・・凄く素敵な部屋だとは思うんだけど・・・」


「何だ?何が気に入らない?」


「いや、豪華過ぎて私には勿体無いと言うか・・・まあ、お風呂場が部屋に付いているのは凄く嬉しかったんだけど・・・」


「遠慮する事は無い。ここはすでにお前の部屋だからな。そもそもこの部屋は、この離宮に私が住み始めてから全く使っていなかった部屋だったのだ。だからお前の為に、何日も前から用意をさせ漸く今日お前を向かい入れる事が出来たんだぞ。それに、ミズキがこの部屋で過ごしてくれた方が、私にとっても何かと都合が良いのだ」


「そうなの?何で?」


「この隣の部屋が私の私室だからだ。そしてそこの扉で、私の私室とこのミズキの部屋が行き来が出来るようになっている。だから、ミズキの身に何かあればすぐに助けに行けるからな」


「・・・・・へっ?」




 そのシグルドの発言に、暫し瑞希は思考を停止させそして素っ頓狂な声を上げたのだった。




「ちょ、ちょっと待って!え?あそこの扉の先って、シグルド様の私室なの!?そして私室って事は・・・寝室もそこにあるって事?」


「ああそうだ。だから夜中に何かあっても、すぐに駆け付ける事が出来る」


「いやいや、べつにそんな事して貰わなくても良いよ!!そんな理由でこの部屋になったのなら、普通の部屋に変えて欲しいんだけど!!」


「駄目だ。これはもう決まった事だから諦めろ」


「い、いや、でも!!」




(な、何でだろう、ロキと一緒に野宿したり同じ部屋に泊まる事は平気だったのに、何故か扉一枚隔ててシグルド様の部屋と行き来が出来るこの状況・・・どうしてだか、身の危険を感じるんだよね)




 そんな漠然とした不安に駆られ、瑞希は必死にシグルドに頼むが全く取り合って貰えないのでる。


 そしてそんな必死な瑞希を見て、シグルドは大きなため息を吐く。




「ミズキ・・・この部屋をお前の為に、一生懸命用意してくれた者達に申し訳無いと思わないのか?」


「うっ!」


「そして別の部屋を用意させるとなると、さらにその者達に迷惑が掛かる事も」


「うう!・・・くっ、分かった。ここで良いよ・・・」




 そう瑞希が悔しそうに言いながら渋々承諾すると、シグルドは勝ち誇った顔でニヤリと笑ったのだ。


 するとその瑞希の肩に、ぽんとロキが手を置いた。




「まあミズキ・・・本当にヤバイと思ったらオレを呼べよ?」


「うん、絶対呼ぶ」




 ロキの言葉に、瑞希は真顔で頷いたのだ。




「・・・予想はしていたが、やはりロキ・・・この部屋でもお前は来れるんだな」


「まあね。だってハッキリ言って、この城でオレに行けない場所無いからさ。もう諦めた方が良いよ」




 そう言いながらロキは、頭の後で腕を組みニヤニヤと笑っている。


 そしてそのロキを見て、シグルドは苦い顔をしたのだった。




「・・・まあ今は良い。それよりもミズキ、すぐに仕度するように」


「へっ?仕度?何の?」


「この後に行われる、祝賀会に出席する為の仕度だ」


「え?・・・ええ!!な、何で私まで出ないといけないの!?さっきの調印式に、ちゃんと出席しただけで義務は果たしたと思うんだけど!!」


「いや、必ず祝賀会にも出席して貰う」


「なっ!!だ、だったら、ロキも出席するんだよね?」


「いや、オレは行かないよ」


「そうだな。ロキは出席しない方が良いだろう」


「何で!?」


「先程の調印式でロキを見たご令嬢達が、その後ロキを探して少し騒ぎになっていたんだ」


「そ、そうなの?」


「ああだから、祝賀会などに出たらもっと大変な事になるだろう」




 そのシグルドの言葉に瑞希は、先程の調印式で正装したロキをチラチラと見て熱い視線を送っていた多くの女性達を思い出す。




「オレ、あんな風に見られた事今まで無かったから・・・正直オレでもあの令嬢達ちょっと怖いと思ってたんだよな」


「そ、そうなんだ・・・」


「だから悪いけど、ミズキ一人で楽しんできなよ」


「いや、楽しめないからさ。・・・なら私も、ロキと一緒に・・・」


「却下だ」


「そ、そんな~!!」


「メリンダ、ミズキの仕度を頼むぞ」


「はい。畏まりました」


「ではミズキ、また後で迎えに来る」


「ちょっ!シグルド様!!」




 その瑞希の呼び止める声など、まるで聞こえていないかのようにシグルドは瑞希に背を向けると、そのままシグルドの私室に通じる扉から去っていってしまったのだ。




(・・・うわぁ~本当にシグルド様の私室に繋がってるよ・・・って、そんな事考えてる場合じゃ無い!)




 そう瑞希はハッとし、ヤル気満々で近付いてくるメリンダやレイラとライラを見て焦りだす。




「あ~じゃあオレ邪魔だろうし、一旦部屋に戻るよ。ミズキ頑張ってな~」




 そしてそんな言葉を残し、ロキもあっという間にいなくなってしまったのだ。


 そうして残された瑞希は、結局メリンダ達にしっかりと着飾られた姿で祝賀会に出席する羽目となったのであった。

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