刺客

 瑞希がシグルドの言葉に頷いたその時、再びシグルドは瑞希を抱く手を強め、険しい表情で剣を構え直しながら部屋の中に鋭い視線を向ける。


 するとその途端、部屋の中に数人の黒い服を身に纏った男達が突如現れたのだ。




「くっ!やはりロキの言った通り現れたな」




 そうシグルドは呟き苦い顔をしながら、その男達を睨み付ける。


 しかしその男達は、先程ロキに倒された男と違い全員一言も発する事無く、懐から抜き身の短剣を取り出し構えてきたのだ。


 そしてその視線は、標的対象である瑞希を捉えている。




(・・・っ!やっぱり私が狙われている!!)




 その視線は受け、瑞希はぞっくと身震いをしながら背中に冷や汗をかき始めたのだ。


 何故ならその視線は、明確な殺意を持った物だったからである。


 確かに瑞希はこの世界に来て、モンスターと何度も戦いそのモンスターから殺意の視線を向けられた事は何度もあったが、その殺意と今向けられている殺意は全く別物であったのだ。


 そもそもモンスターから向けられる殺意は、生きる為食べ物を得る為に向けられた殺意であったが、この男達の殺意はただその標的対象である瑞希を抹消すると言う意思しか無いのである。


 そしてそんな殺意を、瑞希は今まで生きてきた中で受けた事など無かったので、そのあまりの恐怖に体が小刻みに震えだしてしまったのだ。


 そんな瑞希を心配そうにチラリと見たシグルドだが、すぐに視線を男達の方に戻す。


 何故ならその男達が、一斉に瑞希達の下に向かって走り出してきたからである。


 シグルドはすぐさま、再び瑞希をマントで包み視界を遮った。


 その次の瞬間、激しい金属のぶつかり合う音と何かが切れる音、そして何かが激しくぶつかる音が瑞希の耳に入ってきたのだ。




「「きゃぁぁぁ!!」」




 そんな二人の女性の悲鳴が後方から聞こえ、シグルドは襲ってきた刺客達を剣で捌きながらチラリとその悲鳴の聞こえた方に視線を向ける。


 するとそこには、魔法で刺客の攻撃を凌ぎながらその後ろにメリンダと、抱きしめ合いながら震えているレイラ、ライラを庇っているジルの姿が見えた。




「ジル!その三人を安全な場所まで連れて行け!!」


「し、しかし、それではシグルド様が!!」


「私の事は心配しなくとも良い!ミズキ一人守りながらなら問題ない!!だが、お前達までは守りきれん!」


「くっ!わ、分かりました!!彼女達を安全な場所までお連れしましたら、すぐに応援の兵を連れて戻って参ります!!」




 そうジルは険しい表情で言うと、襲ってきた刺客を風の魔法で吹き飛ばし、すぐにレイラとライラの手を其々掴みメリンダを引き連れて部屋の外に駆け出していったのだ。


 その様子をシグルドは視界の隅に捉えながら、襲ってくる刺客達から瑞希を庇いつつなんとか応戦していた。


 しかし相手の人数が多い事と、瑞希を庇いながらの戦いだった為、なかなか思うように刺客の数を減らす事が出来ないでいたのだ。


 そしてさらにそこに、先程ジルを襲っていた刺客がジルを追うのを諦めて加わってきたのである。


 シグルドはその男達と距離を取りつつ、ぎゅっと瑞希を抱く手に力を込めた。




(・・・っ!わ、私が、な、なんとか、し、しないと・・・くっ・・・きょ、恐怖で体が震えて・・・思うように・・・魔法が使えない・・・)




 そう瑞希は、シグルドのマントに包まれた状態でいながらその緊迫した雰囲気を察知し、マントの中でなんとかしようと試みようとするが、先程浴びせられた殺意の視線が脳裏から離れず恐怖で上手く魔法が出せないでいたのだ。


 するとそのマントの中でもたついていた瑞希を、突然シグルドはマントと一緒に強い力で引っ張った。




「うっ!」




 その直後、シグルドの苦痛の声が瑞希の耳に響く。




「シグルド様!?」


「・・・大丈夫だ。ミズキは心配しなくて良い。それよりも、大人しく私に掴まっていろ!」


「っ!は、はい!!」




 シグルドのその強い口調に、瑞希は下手な事してシグルドに迷惑を掛けてはいけないと判断し、シグルドの言われた通りシグルドの体に抱き着いて邪魔になら無いように大人しくする事にしたのだ。


 そうして瑞希が大人しくなった事でシグルドは動きやすくなり、次々に襲い掛かってくる刺客をその剣で倒していったのだった。












 暫く激しい音が続いた後、漸く部屋の中が静けさを取り戻す。


 そしてその部屋の中で聞こえるのは、荒い息を上げているシグルドの息遣いだけだった。




「シグルド様・・・」


「ハァハァ・・・ミズキ安心しろ。もう・・・刺客はいない」


「・・・シグルド様は大丈夫ですか?」


「ああ、私は大丈夫だ」




 顔は見えないが、その疲労しきったシグルドの声に瑞希は不安な表情で、シグルドの顔があるだろうと思われる方に顔を向けたその時ーー。




「うわぁ~やっぱりこっちも結構来たんだね!」




 そんな呆れたロキの声が突然聞こえてきたので、瑞希はビックと肩を震わせながら慌ててマントから顔を出そうとした。


 しかし今度はそれをシグルドが許してくれず、瑞希は全く顔をマントから出す事が出来なかったのだ。




「シグルド様!?」


「今は顔を出さない方が良い」


「あ~そうだね。ミズキは、この部屋の状態見ない方が良いかも」




 ロキはそう言って、すっかり最初の面影を無くしてしまった部屋の中を苦笑しながら見回す。




「・・・そんなに凄いんだ・・・そ、それよりもロキ、怪我はしてない?」


「うん!大丈夫だよ!」


「そう、良かった・・・」


「・・・ロキ、兄上達の方は?」


「ああ、全部片付いたよ。勿論、シリウス王や聖女も無事だから」


「・・・そうか。ご苦労だった・・・感謝する」


「べつに感謝して貰いたくてやった訳じゃ無いから、気にしなくて良いよ」




 シグルドのお礼の言葉に、ロキは困った表情で頬を指で掻いていた。




「あ~それで、シリウス王から・・・」


「話はとりあえず、部屋を変えてから聞こう」


「あ~それもそうだね。いつまでも、ミズキをそのままって言うのも可哀想だしね」




 そう言ってロキは、いまだにシグルドのマントに包まれて顔を出す事が出来ないでいる瑞希を見たのだ。


 するとその時、開けた扉から焦った表情のジルと数人の武装した兵士が部屋の中に駆け込んでくる。




「シグルド様!!」


「ああジルか・・・もう全て片付いた。そのまま、この部屋の後始末を頼むぞ」


「・・・・・畏まりました」




 ジルは素早く部屋の状態とシグルド達の様子を見て、全てを察し連れてきた兵士に指示を出し始めたのだ。




「さてミズキ、移動するが歩けるか?」


「あ、はい・・・あれ?」




 シグルドの声に、瑞希は一歩前に歩き出そうとして足に力が入らなかったのである。




「あれ?あれ?足に力が・・・」




 そう瑞希は不思議そうに言いながら、なんとか足に力を入れようとするが全く入らず、むしろどんどん足がガクガクと震え出したのだ。




「・・・ミズキ、無理をするな。ジル・・・剣を」


「はっ!」




 マントの中で頑張って動こうとしている瑞希を、シグルドは支えるように抱きしめながら呆れた表情で見つめ、そしてジルを呼び血の付いた抜き身の剣を手渡す。


 そしてまだオロオロしている瑞希を、その空いた手で横抱きに抱き上げたのだ。




「え!?ちょっ!シ、シグルド様!?」


「暴れるな!大人しくしていろ!」


「そうそう、今は大人しくシグルド様に運ばれなよ」




 ロキはそう言って、シグルドが抱き上げた時に落ちてきたマントの端を手で持ち、瑞希の顔の横に広げて部屋の中を見せないようにした。


 そうして瑞希を抱き上げたままシグルドは部屋を出ていき、ロキもそのマントがズレないように気を付けながら一緒に横を歩いて出ていったのである。












 別の部屋に移動しその部屋に入ると、そこにはメリンダが青い顔をしながらもなんとか気丈な姿で三人を出迎えた。


 しかしシグルドに横抱きで抱き上げられている瑞希を見て、慌てた表情で駆け寄ってきたのだ。




「シグルド様!!ミズキ様がお怪我を!?」


「いや、あまりの恐怖で足に力が入らなくなったようだから、ここまで抱き上げて連れてきた。・・・レイラとライラはどうした?」


「さすがに二人共すっかり怯えてしまいましたので、今日はもう下がらせてあります。一応ジル様の指示で、護衛の兵士も付けて頂いておりますのでご安心下さい」


「そうか。・・・それではメリンダ、ミズキに何か暖かい飲み物を」


「畏まりました。すぐにお持ち致します」




 そうメリンダは言うと、すぐさま飲み物を準備する為部屋を出ていった。


 その姿を見送ったシグルドは、部屋の中にある応接セットまで近付くと、その長椅子にゆっくり瑞希を降ろし座らせる。




「・・・シグルド様、ありがとう。それに・・・何も出来なくてごめんね」


「いや、あんな状態で何も出来なくとも仕方がない。むしろ、怪我が無くて本当に良かった」




 シグルドはそう言って、心底ホッとした表情を浮かべる。


 そしてその横に立っているロキも、シグルドと同じような表情で力強く頷いたのだ。


 するとすぐにメリンダが、温かい紅茶の入ったポットとカップを持って部屋に戻ってきて瑞希にお茶を入れてくれた。


 瑞希はそのメリンダにお礼を言ってから、カップを手に取り一口そのお茶を口に運ぶ。


 そうしてその温かいお茶を飲んだ事で、瑞希は漸くホッと落ち着く事が出来たのだ。




「あれ?シグルド様・・・もしかして、そこ切られたの?」


「・・・かすり傷だ。大した事は無い」




 ロキが、シグルドの脇に出来ていた傷に気が付いた。


 実はシグルドの服は、刺客達の返り血を浴びて所々赤い染みが付き、さらに至る所切れてボロボロになっていたのだ。


 そんな状態だったので、誰もシグルドが傷を負っている事に気が付かなかったのである。




「シグルド様!もしかしてその傷は、私を庇って・・・」


「ただのかすり傷だと言っただろう!お前は気にする必要は無い」


「・・・・」




 瑞希はすぐに椅子から立ち上り、瑞希の目から傷口を隠そうとしているシグルドに近付く。




「治すから見せて!」


「これぐらい平気だ」


「良いから!!」




 そう言って瑞希は強引に傷口のある方に回り込むと、その傷口に手をかざして治癒の魔法を掛け始めた。




(絶対あの時だ!あの動揺していた私を、咄嗟に庇った時に上げた苦痛の声がこの傷なんだ・・・私、何してるんだろう。せっかく助けられる力があったのに、動揺して何も出来ないなんて・・・くっ!もう二度と、私のせいで誰かを傷付かせない!!)




 瑞希はそう心の中で一人誓ったのだ。


 そうして瑞希の治癒の魔法で、すっかり傷口が塞がった部分をシグルドが感心した様子で見たのだった。


 それからロキの話を聞く為、瑞希達は椅子に座る事になったのだが、瑞希が座ったすぐ隣にシグルドは当たり前のように座り、それを見ていたロキが苦笑しながら向かいにある長椅子に座った。


 そしてすぐにメリンダは、二人の分のお茶も用意してから壁際に移動して待機したのだ。




「さてロキ、兄上が何と?」


「ああうん。さすがに今日の儀式は中止するんだって」


「だろうな。・・・それだけか?」


「ああそれと、緊急協議をするからこっちが落ち着いたら来るようにだってさ」


「・・・分かった。だがその話からすると、こちらも襲われた事を兄上に伝えたのか?」


「うん、ミズキも襲われた事伝えておいた方が、これからの事も考えて良いと思ったからさ」


「そうだな。兄上がさらに、ミズキの警護に力を入れてくれるだろう」


「そう思って言ったんだ。しかし・・・やっぱり向こうが本命だったみたいで、刺客の数はあの瑞希の部屋に転がっていた人数の倍以上いたよ」


「・・・兄上達に怪我は?」


「ああうん、大丈夫だったよ。と言うか・・・シリウス王って強いんだな。聖女守りながら、どんどん剣で刺客を倒していたからさ」




 その時の状況を思い出しているのか、ロキが感心した表情になる。




「まあな。幼い頃より、同じ師に師事していたからな」


「なるほど。・・・しかしあの場所にオレが現れたら、オレまで刺客だと勘違いされて襲われそうになったのはさすがに困ったよ」


「まあ・・・そうだろうな」




 そう言ってシグルドは、チラリとロキの真っ白な髪に視線を向けた。




「まあ急いでて、髪を隠さずに行ったから仕方がないんだけどな。でもすぐにシリウス王が、オレは味方だと説明してくれたから問題無かったよ」


「そうか・・・」


「でも、思った以上にシリウス王も兵士達も強かったから、怪我人は数人出たけど特にこちら側には大きな被害は出なかったよ」


「・・・向こうは?」


「う~ん、全滅だね。シリウス王が、一人だけでもと生け捕りを指示してたけど、捕まえたと同時に皆自害しちゃったからさ」


「・・・・」


「まあ、暗殺集団なんてそんなもんだよ。でもオレは、あのおっさんの為に自害したいとは思わなかったんだけどな」




 ロキはそう言いながら、ミズキに捕まった時を思い出して苦笑いを浮かべたのだ。




「なるほど・・・分かった。ではロキ、これから協議で話し合う為、ガランド王の事を詳しく教えて貰おうか」


「うん、良いぜ。さすがに、ミズキまで狙ってきたあのおっさんには正直ムカついているからさ。オレの知ってる範囲で良いなら、何でも教えてやるよ」


「・・・頼む」




 そうしてシグルドとロキは、ガランド王について色々話をしだした。


 しかしその横で、瑞希はずっと何かを考えながら黙っていたのだ。




「・・・よし分かった。その情報を元に協議で話をしてくる」




 そう言ってシグルドは頷き、そして席を立とうとした。


 するとその時、じっと俯き加減で考え事をしていた瑞希が顔を上げてロキの方を見る。




「ねえロキ・・・ガランド王って、あの言い伝えを信じて聖女を殺そうとしてるんだよね?」


「ん?うん、そうだよ?」


「・・・よし!ロキ、ちょっとお願いがあるんだけど!!」




 瑞希はそう意を決した表情で、ロキに頼み事をしたのだった。

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