標的対象

 瑞希の部屋からシグルドが去っていった次の日、シグルドは何事も無かったような態度でいつものように瑞希の部屋に訪れると、当たり前のように執務机で仕事を始めたのだ。


 それを瑞希は呆れながら見つめ、そしてもうシグルドの存在を気にしないように自分の時間を過ごす事にしたのだった。


 そうしてそんな日々が暫く続いたある日、いつものように瑞希が部屋で寛ぎそこにロキが遊びに来ている。


 するとそこに、それまたいつものようにシグルドが瑞希の部屋を訪ねて来たのだが、どうもいつもと違っていたのだ。


 何故ならいつも簡易的な黒の軍服を着ていたシグルドが、今日は金色の細かい刺繍が施された白い正装姿をしており、そして肩から斜め掛けしている大綬章を着けていた。


 そして両肩の、金色の留め金で留めた膝裏まである黒いマントをなびかせながら瑞希の下に近付いてきたのだ。




(うおおおおお!!いつにも増して美形度高めだ!!!め、目が!!!)




 そう瑞希はシグルドの姿を直視出来ず、まるで光を遮るように手を前に突き出して視線を反らしていたのだった。




「・・・一体何をしている?」


「い、いや、自分の目を保護する為・・・」




 シグルドが胡乱げな表情で瑞希の態度を問い質すと、瑞希は視線をさ迷わせながらしどろもどろに答えたのだ。




「何だそれは・・・」


「ま、まあ気にしないでよ!それよりも、その格好はどうしたの?今日は何かあるの?」


「ああ、今日は聖女の儀式があるからな。それに出席する為正装している」


「聖女の儀式?」


「聖女の力を蓄える為の儀式ですよ」




 瑞希が不思議そうな顔で聞くと、シグルドの後ろからやはりこちらもきっちりとした正装姿のジルが、眼鏡を押し上げながら現れ説明してきた。




「力を蓄える?」


「ええ・・・まあでも、目に見えて力が蓄えられる所が見える訳では無いのですがね。ただ単に聖女が、王侯貴族の前で神に祈りを捧げその見返りに力を更に得るだけの儀式なんですよ。まあ一応私も侯爵家の者ですからね、仕方がなく参加するんです」


「あ~なるほど・・・」




 ジルの説明を聞き、瑞希は頬を引きつらせながら納得したのだ。




(うわぁ~つくづく私が聖女だとバレなくて良かった・・・そんな人達の目の前で、そんな恥ずかしい事したくない!!・・・うん、明菜頑張って!!・・・まあでも、明菜はノリノリで儀式やりそうだけど・・・)




 その状況が思い浮かび、瑞希は思わず苦笑を溢していたのだった。




「まあジルが言った通りそう言う訳だから、今日はもうここには来れない。だからそれを伝えにここに来た」


「ああなるほど、分かりました。シグルド様もジルさんも頑張って?ね」


「・・・ちなみに、お前も来るか?」


「へっ?」


「聖女アキナとは知人のようだし、私が口添えすれば参加可能だぞ?・・・まあ、ロキは部屋で待機してもらうがな」


「まあそうだろうね」




 シグルドがチラリと、瑞希から離れた場所で様子を見ているロキに視線を向けると、ロキは苦笑しながらそう答えたのだ。




「えっと・・・私は遠慮しておくよ」


「・・・まあ、そう言うだろうと思っていた」


「・・・誘ってくれてありがとう。明菜に会ったら、宜しく言っておいてね!」


「ああ分かった」


「シグルド様、そろそろお時間かと・・・」


「・・・そうだな。ではミズキまた・・・・・!!」


「ミズキ危ない!!!」


「うわぁ!!」




 シグルドが瑞希に辞する言葉を言おうとした時、シグルドは突然何かに気が付いて険しい表情になり、それと同時にロキの鋭い叫び声が部屋に響き渡る。


 するとすぐに、金属がぶつかり合う甲高い音の後に何かが床に転がる音が瑞希の耳に届いた。


 しかし瑞希は、すぐにそれが何か見る事が出来なかったのだ。


 何故なら、ロキの叫び声が聞こえたと同時に瑞希は強い力でシグルドに腕を引かれ、あっという間にシグルドの胸に抱き寄せられていたからである。


 瑞希は一体何が起こったのか分からず、シグルドの胸に顔を埋められながら激しく動揺していたが、なんとか状況を把握しようと身を捩ってロキの方に顔を向けたのだ。


 すると今まで瑞希が立っていた位置に、険しい表情で抜き身の短剣を構えじっとある一転を睨み付けているロキがいた。


 そしてその足元には、抜き身の短剣が一つ転がっている。


 どうやら先程の金属音はロキがその短剣を、持っている短剣で叩き落とした音だったのだ。




「え?え?何?何なの?」




 この突然の緊迫した雰囲気に、瑞希は激しく戸惑いシグルドの腕の中でオロオロする。


 すると瑞希を抱きしめたままシグルドは、瑞希を傷付けないよう慎重に腰の剣を抜き、ロキと同じ方向を睨み付けながら片手で剣を構えた。




「ロキ・・・」


「ああ刺客だね。それも・・・確実にミズキを狙ってた」


「え!?」




 シグルドが視線を反らさずロキに声を掛けると、ロキも視線を反らさずその声に答えたのだ。


 しかし瑞希はその内容に、驚きの声を上げる。




「ミズキ、危ないからシグルド様から離れたら駄目だよ」


「ロ、ロキ?」


「・・・この短剣の投げ方、覚えがあるんだけど?もういい加減出てきたら?」




 ロキは瑞希の声には答えず、その誰もいない部屋の先を睨み付けながらそう言った。


 するとその場所に、スッと全身黒い服を身に纏った男が鋭い視線をロキに向けながら現れたのだ。




「・・・やっぱりあんたか。あんた、姿隠しの魔法昔から得意だもんな」


「ロキ・・・」




 その黒い男はロキの名を呼び、激しく睨み付けてくる。




「お前は何故、主の命を遂行せずのうのうとここで暮らしている?」


「さぁ~どうしてだと思う?」


「・・・お前には、聖女の暗殺を命じられていただろう」




 そう言って黒い男は、チラリと瑞希達の様子を伺う。




「・・・誰も反応を示さないな。やはりロキ、お前裏切ったな!」


「まあ、そう言う事になるね。でも正確には、主を替えたからもう前の主の命に従う義理が無くなっただけだけどね」


「何だと!?」


「オレの今の主は、そう言う黒い事が嫌いな人なんだよ。もし約束破ったら、オレお尻ペンペンされるからさ」


「お、お尻ペンペン?」




 ロキがニヤリと笑いながら言うと、黒い男は意味が分からないと言った表情で目を瞬かせながらロキを見たのだ。




「それよりも・・・何でミズキを狙ったんだ?」


「ミズキ?・・・ああ、その女の名前か」


「もしかして、ミズキの事も知らないで襲ったのか?」


「・・・この城内に、聖女の特徴である黒い髪と黒い瞳の女が二人いると情報を得た主が、どちらが本物の聖女か判断出来ぬから両方殺害するようにと命が出たのだ」


「・・・あ~あのおっさんらしい短絡的な考えだな」




 そうロキは呆れたような表情で、元の主の事を思い出していた。




「だが・・・どうやらこっちはハズレだったようだな」




 黒い男は、じっと瑞希の顔を見てからそう言ったのだ。




(・・・分かってはいるけど、皆一様に私の顔を見て納得するの止めてくれ・・・さすがにダメージが蓄積されてきて辛い・・・って言うか、そんな場合じゃ無かった!!今の話だと私、聖女だとバレて無いのに命が狙われているって事!?)




 その事に瑞希は驚き、そしてもう一度落ちている短剣を見た。




(もし、ロキやシグルド様に助けられていなかったら・・・)




 そう瑞希は想像し、ゾッとして小刻みに体が震え出す。


 するとその震えに気が付いたシグルドが、瑞希を抱きしめている腕に力を込め瑞希を安心させようとしたのだ。




「シグルド様・・・」


「安心しろ。お前は絶対に傷付けさせはせん!」




 シグルドは黒い男から視線を外さず、そう瑞希に強い口調で言ったのだった。




「しかし・・・その女はハズレではあっても、殺す事には変わりは無いがな。それにここには、王弟のシグルドと昔から気に食わなかった裏切り者のロキがいるのだ、俺にとっては大当たりだ!」


「・・・オレに勝てると思ってるの?」


「お前になど負けん!!」


「そう・・・」




 そうロキは呟くと、すっと表情を無くし短剣を構えながら姿勢を低くする。


 するとそれを見た黒い男も、同じように手に持っていた短剣を構え姿勢を低くした。


 そして次の瞬間、二人は同時にお互いに向かって走り出したのだ。


 瑞希はそんなロキを、ハラハラした気持ちで見つめていたその時、突然瑞希は黒い布に覆われ視界を遮られてしまった。


 するとその布が瑞希を覆ったと同時に、何か鈍い音がしそして床に何か重い物が倒れる音が瑞希の耳に聞こえたのだ。




「シ、シグルド様!?」


「ロキは大丈夫だ。だが、お前は見ない方が良い」




 そのシグルドの言葉に、先程の音の意味を察し瑞希は大人しくする事にしたのだった。


 どうやらシグルドが、瑞希に黒い男が切られて絶命する所を見せないように、自分のマントで素早く瑞希を包んで視界を塞いでいたのだ。


 そしてそのシグルドは、床で倒れ伏している黒い男を一瞥すると、血の付いた短剣を振り払って血を落としているロキに視線を向ける。




「ロキ・・・刺客はその男だけだと思うか?」


「いや、この男がオレより劣っているのはあのおっさんは知っているからな。そんな男一人に、この城内でさらに警護されてる二人を殺害させようだなんて到底思って無いはず」


「ならば・・・」


「うん、間違い無く聖女の方にも刺客が行ってるはずだよ」


「くっ!ここから兄上や聖女達がいる神殿まで距離が!!」


「・・・なあシグルド様、オレが行こうか?」


「何?」


「オレだったら確実にシグルド様より早く神殿に着けるし、刺客を排除出来るぜ?まあ、元々聖女を暗殺しようとしていたオレを、シグルド様が信用してくれればの話だけどな」




 そう言ってロキは、複雑そうな表情をしながらも真剣な目でシグルドを見ると、シグルドも同じように真剣な目でじっとロキの目を見つめたのだ。




「・・・頼む」


「うん、了解。・・・ただその代わり、オレの主であるミズキの事頼むよ。あの男、いつも手柄を欲して抜け駆けばかりする奴だったから、多分この後さらに刺客が現れると思うからさ」


「・・・分かった」


「必ずミズキの事守ってくれよ。もしミズキに何かあれば・・・シグルド様でも容赦しないからな」




 ロキはそう言いながら目をスッと細め、まるで射殺すかのような眼差しをシグルドに送ると、それを受けたシグルドは真剣な表情でしっかりと頷く。




「絶対そんな事にはならんから安心しろ。それにお前に言われなくとも、ミズキは私が必ず守る!」


「うん、まあ頼りにしてるよ。じゃあオレ、ちょっくら行ってくるよ。・・・ミズキ、危ないから絶対シグルド様から離れるなよ」




 そうロキは苦笑しながら、いまだにシグルドのマントに全身包まれているミズキに声を掛け、そして次の瞬間その場から姿を消したのだ。




「ちょっ!ロキ!!」




 その一歩遅れて瑞希は、なんとか身動いで顔だけマントから出しロキに声を掛けようとが、すでにそこにはロキの姿は無かった。


 そしてシグルドはそんな瑞希に、床で倒れている黒い男が視界に入らないようにさりげなく体を移動させていたのだ。




「・・・ロキ、無事でいてね」


「あいつは強い。心配しなくとも無事に戻ってくる」




 そうシグルドは力強く瑞希に言うと、その言葉を聞いてシグルドの腕の中で瑞希も自分を納得させるように小さく頷いたのだった。

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