金色の手触り
瑞希とロキが、シグルドの離宮に住み始めて数日が経った。
そしてやはりシグルドの指示した通り、瑞希は毎日ドレスを着させられその姿で一日を過ごしていたのだ。
そのお陰か、なんとかドレスやヒールで歩き回れるぐらいまで慣れたのだった。
だがそのドレスは、毎日違うデザインの物ばかり。何故ならシグルドが、瑞希の為に大量のドレスを贈ってきたからである。
そしてさらに、まだ新しいのを発注してあるとメリンダから聞いた瑞希は、ガックリとうなだれていたのだった。
しかしそのせいで瑞希は毎日メリンダ達に、着せ替え人形のように色々なドレスを着させられていたのだった。
一応瑞希は最初はなんとか抵抗を試みていたのだが、途中から段々面倒になりもうすっかり諦めて、今ではメリンダ達の好きなようにさせていたのだ。
そうして今は漸くその着せ替え時間が終わり、部屋に遊びに来ていたロキと、ローテーブルを挟んでアンティーク調の長椅子に向かい合ってゆったり座り話をしていた。
しかしそんなまったりとした時間を過ごしている瑞希にも、一つ頭を痛めている悩みがあったのだ。
それが何かと言うとーーー。
扉からノックの音が部屋に響き、メリンダがその扉に近付いてすぐに扉を開ける。
するとそこからシグルドが、堂々とした足取りで部屋の中に入って来たのだ。
(・・・また来たよ)
そうこれが、今瑞希を悩ませている問題である。
何故かシグルドは、瑞希が離宮に住み始めてからほぼ毎日時間を見付けては瑞希の部屋に訪れてくるのだ。
そして今日も例に漏れず、シグルドは瑞希の部屋にやってきた。
それを瑞希はうんざりとした表情で見ながら、一応この離宮の主であるシグルドを迎える為、瑞希は椅子から立ち上り向かってくるシグルドの下に瑞希も歩いていったのだ。
「ミズキ、少し時間が出来たから様子を見に来た。どうだ?この離宮での生活は慣れたか?」
「まあなんとか・・・」
「もし何か困った事があるなら言っていいぞ。出来る限り対応しよう」
「じゃあ、元の服に・・・」
「それは却下だ!」
「くっ・・・ならせめて、もうこれ以上ドレスを贈らないで!」
「それも却下だ!」
「ちょっ、対応してくれるんじゃ無かったの!?」
「出来ない相談は受けん!」
「何が出来ない相談よ!!そんな難しく無いじゃん!!」
「むしろ、何故そんなにドレスを嫌がるのか私には理解出来んのだが?」
そう言ってシグルドは、怪訝な表情で瑞希を見てくる。
「普通の女は、ドレスや宝石類を贈れば喜ぶものでは無いのか?少なくとも、私に言い寄ってきた女達は皆そう言っていたが?まあその女達は皆、口では遠慮した言葉を言っていたがどう見てもねだっているのがバレバレだったがな」
「まあ普通の人はそうなのかもしれないけど・・・私は見てる分には良いけど身に付けるとなると話は別だよ。正直動きにくいからさ」
「・・・だが、嫌いでは無いと言う事なのだな?」
「・・・まあ、ね」
「ふむ、なら何も問題無いな」
「いやいや!私の話聞いてた!?」
そう言いながら、瑞希は眉間に皺を寄せてシグルドを睨み付ける。
するとその時、椅子から立ち上がって瑞希達の下にロキが近付く。
「なあなあ、立ち話もなんだし座ってお茶しないか?」
「・・・そうだな」
「・・・そうね」
そうして三人はとりあえず座る為、長椅子に向かおうとしたその時、再び扉がノックされそこからジルが険しい表情で部屋の中に入って来たのだ。
「ジル・・・」
「やはりここでしたか・・・シグルド様、まだ仕事がありますので執務室にお戻り下さい」
「・・・ある程度終わらせてきたはずだが?」
「追加の書類が来ましたので、至急そちらの確認をお願い致します」
「だがしかし・・・」
そう言ってシグルドは、チラリと瑞希を見て困った表情をする。
そんなシグルドを見て、ジルは小さくため息を吐くがそれでも険しい表情のままシグルドを見据えた。
「シグルド様!」
「くっ!」
「ほらほらシグルド様、ジルが困ってるようだし今回は諦めて戻ったら?お茶はオレとミズキの二人で飲むからさ」
「くっ!!・・・・・そうだ!ジル、確か予備の執務机があったはずだな?」
「え?・・・はい、確かに御座います」
「なら今すぐ、この部屋に運び入れるように」
「・・・・・・・畏まりました」
シグルドの言葉に一瞬ジルが呆れた表情になったが、すぐに元に戻り恭しく頭を下げてから部屋から出ていく。
そうしてすぐに部屋に戻って来ると、その後ろから数人の男の使用人らしき人達が執務机と椅子を運んで部屋の中に入ってきた。
そしてシグルドの指示の下、机と椅子が部屋の中に置かれあっという間に簡易の執務室が出来上がったのだ。
その作業が終わり使用人達は部屋から出ていき、ジルが両手で抱えるほどの紙の束を机に置くと、シグルドは満足そうにその用意された椅子に座りペンを持って机に向かった。
「・・・まあ確かに一々移動されるよりかは、ここで仕事して頂ければ作業効率が良さそうですね」
そう黙々と仕事をするシグルドを見ながら、ジルが呆れた表情で呟いていたのだった。
そして瑞希はと言うと、このあっという間の出来事に唖然としていたが、気が付いた時にはすでに全て終わっていた為もう今更何も言えないと諦め、痛む頭を押さえるように額に手を当てながらシグルド達に背を向けて椅子に向かう。
すると先に椅子の方に着いていたロキが、呆れた表情でシグルド達を見ていた視線を瑞希に向け苦笑いを浮かべる。
「・・・シグルド様、マジ凄いな」
「正直勘弁して欲しい・・・」
「あはは・・・あ、そうだ!ねえねえミズキ、久しぶりに『アレ』やってくれないかな?」
「・・・今ここで!?」
「うん!お願い!」
「う~ん・・・」
瑞希は困った表情でチラリとシグルドを見るが、そのシグルドは真剣な表情で机に向かっているので、その様子を見てもう気にしない事に決めた。
「良いよ」
「やったー!」
苦笑いを浮かべながらロキに返事を返すと、ロキは本当に嬉しそうに喜んでいたのだ。
そんなロキを見て気分を良くした瑞希は、クスクスと笑いながら先に長椅子の端っこに座り、ドレスのスカートを慣らしてからロキに笑顔を向ける。
「さあ良いよ」
「じゃあ宜しく!」
そうロキは嬉しそうに言うと、瑞希の横に座りゴロリと瑞希の膝の上に頭を乗せるように横向きに膝を曲げて寝転んだ。
ボキッ!!
(へっ?何の音?)
突然何かが折れるような音が瑞希の耳に聞こえ、瑞希は驚いた表情で音のしたシグルドの方に顔を横に向ける。
するとそこでは、シグルドがジルに新しいペンを受け取っている所だった。
そしてそのジルの手には、真っ二つに折れたペンが乗っている。
(・・・あらら、ペン古かったのかな?)
そう瑞希はその様子を見て思っていたのだが、瑞希の膝の上に頭を乗せたままシグルド達の方を見ていたロキは、ニヤニヤした顔で笑っていたのだった。
しかしすぐに視線を瑞希に戻すと、ロキはまだシグルド達を見ている瑞希に声を掛ける。
「なあなあミズキ、そろそろ良いか?」
「ああごめんね」
そのロキの声に、瑞希は慌てて視線をロキに戻しその真っ白で柔らかい髪の毛に触れて優しく撫で始めた。
ボキッ!!!
すると再び先程と同じ音が聞こえ、瑞希は髪を撫でる手を止めてもう一度シグルド達の方に視線を向けると、そこには折れたペンを握りしめながら凄い形相で瑞希達を凝視しているシグルドが見えたのだ。
(な、なに!?)
そのあまりの雰囲気に瑞希は動揺していると、シグルドの側に立っているジルが、大きくため息を吐いてシグルドから折れたペンを抜き取った。
「シグルド様、これでは仕事になりませんので・・・ご休憩がてら、ミズキにロキと同じ事をして貰ってきて下さい」
「何!?」
「え!?」
ジルのその提案に、シグルドと瑞希は同時に驚きの声を上げてギョッとする。
しかしロキは瑞希の膝の上から身を起し、不満気な顔をジルに向けたのだ。
「ですのでロキ、シグルド様と交代して欲しいのですが?」
「え~今始めて貰ったばかりなんだけど?」
「それは申し訳ないと思っています。ですのでそのお詫びに・・・あなたが前々から、会いたがっていたここの料理長に紹介致しますよ?」
「え?本当!?」
「ええ、本当ですよ。ですので・・・」
「・・・分かった、その話に乗るよ。と言う訳だからミズキ、今回はシグルド様にここ譲るから、今度ゆっくりオレにもやってな!」
「え?え?ロキ?」
瑞希が戸惑っている間にロキは椅子から立ち上り、ジルの方に歩いていった。
「ではシグルド様、ごゆっくりご休憩して下さい。私はまた後で来ますので」
「ジル!?」
驚くシグルドをそのままにして、ジルはロキを伴って部屋を出ていったのだが、その途中で部屋の中で待機していたメリンダ達に目配せをし、その視線に気が付いたメリンダ達三人も静かに部屋から立ち去っていったのだ。
そうして部屋の中には、瑞希とシグルドの二人っきりとなってしまった。
しかしこの展開に付いていけず、長椅子に座ったまま呆然と扉を見つめている瑞希と、同じく執務机の椅子に座ったまま呆然と扉を見ているシグルドだったので、暫く部屋の中は沈黙に包まれていたのだ。
だがシグルドは一度目を瞑って何かを考えてから、ガタッと椅子から立ち上り瑞希の下に向かって歩き出した。
そして瑞希の下まで辿り着くと、無言で瑞希の隣に荒く座る。
「シ、シグルド様?」
そう戸惑いの声を上げる瑞希に応えず、シグルドは少し思案した後、そのまま横向きに体を倒して瑞希の膝の上に頭を置いたのだ。
「シ、シ、シグルド様!?」
その突然の行動に、瑞希は激しく動揺しどうしたものかとオロオロする。
しかしシグルドは、そんな瑞希に気が付いていながらもそこから退こうとはせずじっとしていたのだ。
「え、えっと・・・」
「・・・何をしている。早くやらないか!」
「え?何を?」
「・・・この体勢でそれを聞くか?・・・さっきロキにやった事と同じ事だ」
「あ~う~・・・」
「ミズキ」
「うっ!・・・はい」
シグルドのその強い口調に瑞希は渋々頷く。
(うう・・・何で私がこんな目に・・・)
そう瑞希は心の中で嘆きながらも、仕方がないとばかりに恐る恐るシグルドの金髪に手を伸ばす。
「!!!」
その瞬間、瑞希は目を見開いて驚きの表情で自分の手で触れているシグルドの髪を見つめた。
(な、な、何これ!!凄い手触り!!!確かにロキの髪は、猫の毛みたいでふわふわで気持ち良かったけど・・・これはこれで、なんて素晴らしい手触りなの!?まるで絹のように滑らかで、軽く漉くとサラサラと音が聞こえてくるんじゃ無いかと思える程のサラサラヘアーじゃん!!!)
そのあまりの触り心地の良さに、瑞希は思わずうっとりしながらひたすらシグルドの髪を触り続けたのだ。
すると最初は、目を開けてじっと瑞希の手の感触を味わっていたシグルドだが、次第に瞼が落ちてきてそしてとうとう完全に瞼が落ちそして規則正しい寝息が漏れてきた。
「・・・シグルド様?」
まさかそのままシグルドが寝るとは思っていなかった瑞希は、髪に触れる手を止め目を瞬かせながらそっとシグルドに声を掛けるが、全く起きる気配を見せなかったのだ。
(う~ん、これはやっぱり、仕事で疲れているんだろうな)
そう瑞希は思いながら、先日訪れたシグルドの執務室にあった執務机の上に積み上がっていた書類の山を思い出し、そしてこの部屋に置かれた執務机の上にも置かれている書類の山を見る。
(仕方がない・・・起きるまで、暫く私の膝を貸して上げるか)
瑞希はそう思い、苦笑しながら再びシグルドの髪を優しく撫で続けたのだった。
そうして暫く瑞希がシグルドの髪を撫で続けていると、突然扉が開きそこから上機嫌のロキがお菓子の入った籠を持って部屋に入ってきたのだ。
「ミズキ!料理長に教えて貰って、お菓子焼いたからお茶しようぜ!」
そうご機嫌なロキの声が聞こえたと同時に、シグルドは目を素早く開け物凄い早さで瑞希の膝の上から身を起した。
「あ、シグルド様おはよ」
「・・・まさか私は・・・眠っていたのか?」
「ああうん、ぐっすりと寝てたよ」
「・・・私がか?・・・あり得ん・・・」
シグルドはそう呟きながら、あり得ないと言った表情で瑞希を呆然と見つめる。
「シグルド様?」
「っ!・・・長い事膝を貸させて悪かったな!だが・・・・・気持ち良かった」
「え?」
最後の方の声が小さかった事でよく聞き取れず、瑞希はもう一度聞き返そうとしたがそれよりも早くシグルドは椅子から立ち上り、瑞希の顔を見ようとはせずスタスタと扉に向かって歩き出した。
そして扉の所で立って含み笑いを溢していたジルに、シグルドは鋭い視線を向ける。
「ジル・・・もう今日は、私の執務室で残りの仕事をするから全部持って来るように」
「・・・・・はい。了解致しました」
そのジルの言葉を聞くと、シグルドはそのまま振り返らず部屋を出ていったのだ。
「しかし、人前では絶対眠らないシグルド様がね・・・」
そうジルは出ていったシグルドの背中を見つめながら呟き、次にチラリと瑞希を見る。
「これは・・・これから色々楽しくなりそうですね」
ジルはそう誰にも聞こえない声で小さく呟き、キョトンとした顔で去っていったシグルドを見ている瑞希を見て、もう一度含み笑いを溢していたのだった。
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