白の少年

「・・・誰?」




 瑞希はそう言いながら、太陽の光を遮るように手で隠しなんとかその声の人物を確認しようとしたのだ。




「ん?ああ、眩しいんだね。ごめんごめん、今下に降りるよ」




 そう声が聞こえたかと思ったら、その枝に座っていた人物がそこから飛び降りてきた。


 すると瑞希の目に幻想的な光景が映ったのだ。




(え?天使?)




 瑞希が思わずそう思い、目を見開いて降りてきた人物を凝視していた。


 何故ならその人物が降りてくる時、とても綺麗な純白のフワフワした物が見え、そのあまりの美しさに天使の羽のように瑞希には見えたのだ。


 しかし実際瑞希の目の前に降り立った人物にはそんな羽は無く、その天使の羽だと思われていた物は肩まで伸びている髪の毛であった。




(あれ?人だった・・・なんだ~この世界には、天使がいるのかと期待しちゃったよ)




 そう瑞希は思い、端から見てもハッキリ分かるほど肩を落としていたのだ。




「・・・あれ?なんか思っていた反応と違うような・・・」




 その人物は瑞希の反応を見て、戸惑った表情をする。


 瑞希の前に降り立ったその人物は、見た目は15か16歳ぐらいの少年であったのだが、その容姿は瑞希が知っているその年代の少年とは全く違っていたのだ。


 まず一番目に付いたのが、先程天使の羽かと勘違いしたその触り心地の良さそうな真っ白な髪、そして次に目を引いたのは宝石かと思われる程に美しいその紫の瞳、さらにとても整った顔をしている美少年だった。


 しかしその剥き出しになっている腕の均整の取れた筋肉や、服を着ていても分かる程の胸板の厚さに、見た目に反して相当鍛えている事が伺い知れる。


 だが瑞希はそんな少年の容姿よりも、天使じゃ無かった事の方が相当堪えていたのだった。




「・・・はぁ~一度で良いから、天使の羽触ってみたかったのにな~」


「へっ?天使?羽?」


「ああ、ごめんごめん。こっちの話だよ」


「・・・お姉さん、あんた変わってるね」


「そうかな?ん~なんかそれ良く言われるんだよね。って、そう言えば結局君、誰?」


「・・・普通、最初にそれ聞くもんじゃないのか?」




 瑞希の今思い出したかのようなその発言に、少年は呆れた表情を瑞希に向けたのだ。




「あ~オレの名前は、ロキって言うんだ」


「ふ~ん、ロキ君か」


「・・・『君』要らないから。それよりもお姉さんの名前は?」


「そう?じゃあロキね。えっと・・・私の名前はミズキだよ。で、私に何か用?」


「・・・なあ、さっきから気になってるんだけど・・・ミズキ、あ、オレも呼び捨てにするよ。それでミズキは、オレのこの髪の色見て何とも思わないのか?」


「へっ?天・・・いや、べつに何とも思わないよ?」


「・・・また天使って言いそうになってるし・・・一体何だよ。ってそうじゃ無い!この髪の色見て気持ち悪いとか怖いとか思わないのか?」


「え?全然?むしろ凄く綺麗で、正直羨ましいと思ってるぐらいだよ?」


「・・・こんな色の髪してるやつなんて他にいないから、基本的に皆オレの事気味悪がってくるんだけどな・・・」


「そうなの?」




 ロキの呆れたような言い方に、瑞希は全く意味が分からずキョトンとしていたのだった。




(だって、この世界には青や赤とか様々な色の髪をしている人がいたし・・・確かに白は今まで見た事無かったけど、私がやっていたゲームや読んでいた漫画には普通にいたから全然不思議じゃ無いんだよね~)




 そう瑞希は心の中で思いながら、昔やっていたゲームや読んでいた漫画の内容を思い出していたのだ。




「・・・あんた、本当に変わってるな」


「もうそれは良いよ。それで結局、私に何の用?」


「ああそうだったな。・・・なあなあミズキ、あんた何で王弟のシグルド様の私兵に追われてるの?」


「え?」


「オレ・・・ミズキがあの村から、シグルド様の私兵に追われて逃げたの見ていたんだ」


「・・・それで、私を追い掛けてきたの?」


「そうだよ。なあなあ何で?」


「いやそれよりも、あの村から相当ここまで離れているのに、ずっと追い掛けてきたの?それも・・・私の早さに付いてきて?」


「うん、そうだよ。いや~ミズキ、足が早かったから追い掛けるの苦労したよ」


「・・・・」




 瑞希はそのロキの言葉に、驚きで言葉を無くす。




(いやいや!私、速度アップの魔法掛けてたんだよ!?普通の人は、絶対追い付けないスピードなんだけど!?)




 そう瑞希は思い、改めてまじまじとロキを見つめた。




「ロキ・・・あんた何者?」


「オレ?オレは盗賊だけど?」


「え!盗賊!?」




 ロキのその発言に、瑞希は驚いてすぐにいつでも魔法が撃ち出せるように身構える。




「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。オレ基本的に、悪い事して稼いでいるような奴らからしか取らないからさ」


「・・・なるほど、義賊なんだね」


「まあ、そう言う事・・・で、いつオレの質問に答えてくれるの?」


「質問?ああ、何で追われているかだったね。・・・答えは分からないだよ」


「へっ?」


「だって・・・何でだか知らないけど、しつこく追い掛けてくるんだよ」


「・・・でも、追い掛けられるような事したんだろ?」


「う~ん、シグルド様の軍隊に入るのを断った事はしたけど・・・それぐらいしか思い当たる事無いんだよね」


「王弟の軍隊に勧誘!?・・・それはそれで凄いけど、でも確かにそれだけで追い掛けて来るって、オレでも意味分かんねえな」


「そうでしょ?正直こっちはいい迷惑なんだよね」


「あ~なんか色々大変そうだな」


「まあね・・・」




 瑞希はそう言うと大きなため息を吐き、ロキはそれを見て苦笑を溢したのだ。




「それにしても、何でそんな事を聞きにわざわざ追い掛けて来たの?」


「ん?ああ、あの村でたまたまミズキを見掛けて、何でシグルド様の私兵に追い掛けられているんだろうと気になったからさ」


「・・・それでここまで追い掛けて来たの?だけど、せっかく追い掛けて来たけど、こんな事しか言えなくてなんかごめんね」


「ああべつに気にしなくて良いよ。それよりも・・・そろそろフード外して話そうよ」


「・・・っ!!」




 ロキがニコッと笑うと同時に、瑞希の顔のすぐ横を何かが物凄い早さで通り過ぎ、その時起こった風で瑞希が被っていたフードが後ろに外れる。


 瑞希はその突然の事に、目を見開いて固まってしまった。


 そしてなんとか顔だけ、驚いた表情のままゆっくりと後ろを振り向くと、瑞希のすぐ後ろの木に短剣が突き刺さっていたのだ。


 瑞希はそれを見て、さらに目を大きく見開く。




「ふ~ん、さっきの村ではよく見えなかったけど、ミズキも珍しい髪と目の色してるんだね」


「ロ、ロキ!!そんな事してフード外さなくても、自分で外せるよ!!!」


「ああごめんごめん。こちの方が早いと思ったからさ」




 そう言ってロキは全く悪びれた様子を見せず、瑞希に近付いて木に刺さっている短剣を引き抜きそして懐に仕舞ったのだ。


 しかしそこで、瑞希はある事に気が付く。




「あれ?ロキ、腕怪我してるよ?」


「え?・・・ああ急いでミズキを追い掛けていたから、何処かの枝で切ったんだと思うよ。まあ、こんな傷舐めておけばすぐ治るって」




 ロキはそう言うと、切れて血が滲んでいる腕に口を近付けようとした。


 しかしそれを、瑞希は慌てて止めその腕を掴む。




「待って!それじゃもしかしたら、バイ菌が入るかもしれないよ!」


「平気だって」


「良いから!大人しくして!!」




 瑞希はロキの腕を掴んだまま睨み付けると、その傷口に手をかざし治癒魔法を掛けた。


 するとみるみる内に傷は塞がり、すっかり綺麗に傷口が無くなったのだ。




「おお!これが治癒魔法なんだ!初めて受けたよ!」


「そうなの?だって殆どの町のお医者さんは、効力はまちまちだけど治癒魔法で治癒するって聞いた事あるけど?」


「・・・オレこんな髪だろ?だから皆、オレに近寄って来ないし怪我しても誰も助けてくれないから、今まで自分でなんとかしてたんだ」


「・・・そんなに言う程変かな?」




 瑞希は不思議そうに言いながら、ロキの頭に手を伸ばす。


 するとその瑞希の行動に、ロキはビクッと小さく体を反応させたのだが、瑞希はそんな事に気が付かずそのロキの頭に手を置くと、柔らかな髪の感触を確かめながら撫で始めた。




「・・・っ!!」


「べつに普通の髪だと思うよ?と言うか・・・何これ!?凄く触り心地良いんだけど!!」




 そう叫んで瑞希は、その髪の感触をうっとりと堪能していたのだ。




(うわぁ~実家で飼ってる猫の毛並みみたいな感触だな~!凄く気持ち良い!!!)




 瑞希は実家にいる毛の長い猫の事を思い出し、ニマニマとその感触を楽しんでいた。




「・・・こんな風に頭触られたの初めてだ」


「え?でも、小さい時にお母さんとかに撫でられた事あるよね?」


「・・・オレの母親は、オレが小さい時にこの髪色を見て化け物と呼んでオレを捨てたんだ。だからそんな母親が、オレの頭を撫でてくれた事なんて一度も無かったよ」


「・・・・」




 ロキは母親の事を思い出したのか、一瞬悲しそうな表情をしたがすぐに笑顔に戻る。


 しかし瑞希はそんなロキの表情を見逃さず、じっと黙ってロキの顔を見つめ、そして撫でていた手を強めるとさらに頭を撫で続けた。




「ちょっ!ミズキ!?」


「・・・私がその母親の代わりに、ロキの頭を沢山撫でてあげるよ」


「・・・・」




 瑞希はそう真剣な表情で強く言うと、最初は抵抗していたロキも次第に大人しくなり、なんだか嬉しそうにその瑞希の手を受け入れていたのだ。


 そうして暫くロキの頭を撫で続けていた瑞希は、そろそろ良いかと思いその手をロキの頭から離す。


 しかしその一瞬、ロキがとても寂しそうな表情をさせた事に瑞希は気が付いていたのだった。




「さてロキの聞きたい事も答えたし、私そろそろ行くね!じゃあ元気でね!」


「あ・・・」




 ロキの様子に苦笑しながらも、瑞希はロキから離れ手を振って森の奥に向かって歩き出したのだ。


 しかし暫く歩いた所で瑞希は何かに気が付き、足を止めて後ろをチラリと伺い見る。


 するとそこには、さっき別れたはずのロキの姿があったのだ。


 瑞希はすぐに顔を前に戻し、今度は駆け足で森の中を進む。


 しかし、駆け足をしながら後ろを見ると、やはりそこには同じく駆け足で付いてきているロキがいたのだ。


 そんなロキの姿に瑞希は大きなため息を一つ吐くと、ピタリとその場に立ち止まりロキの方に体を向ける。




「・・・ねえ、何で付いてくるの?」


「ん~だってミズキと一緒だと、なんだか面白そうだと思ったから」


「はぁ!?べつに何も面白い事なんて無いよ!」


「絶対面白そうだからさ!それに、オレこう見えて結構強いよ?女の一人旅より良いと思うけど?」


「いや、そんな心配して貰わなくっても大丈夫だからさ!」


「まあまあ、そんな事言わないでさ!一緒に行こうよ!」


「いやいやいや、私一人が良いから!!」




 そうして瑞希とロキの押し問答の声は、暫く森の中にこだましていたのだった。

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