軍隊への勧誘

「ぐ、軍隊って・・・あの戦とかに赴く兵士の・・・軍隊の事だよね?」


「・・・他に何がある?」




 瑞希が動揺しながらシグルドに問い掛けると、何を当たり前の事を聞いてくるのかと言う呆れた顔で瑞希に答えた。




「な、な、何で私が!?そもそも私、身分も何も無いただの一般人だよ!?普通そこに入る人って、ある程度身分がある人だよね?それも王弟の軍隊なら尚更でしょう!!私みたいに身分の無い人は、あっても殆ど傭兵で雇われるとかぐらいだと思うんだけど!?」


「まあ、他国ではだいたいそうらしいな。だが私は、身分だけで軍隊に入れる事はしない。本人に実力があれば、貴族も平民も関係無く私の軍隊に迎え入れているのだ。勿論、今回のドラゴン討伐に参加した私の兵士達の中にも平民出は沢山いる。あのマギド隊長もその一人だ」


「・・・ああなるほど、だからマギド隊長はあんなに気さくだったんだ。・・・まあ、そのシグルド様の考えは良いと思うし、これからも続けていって欲しいとは思うけど・・・何故私なの?私、さっきも言ったけど実力なんて他の人と変わらないよ?」




 何故自分が勧誘されているのかさっぱり理解出来ない瑞希は、首を傾げて不思議そうな顔でシグルドを見つめる。




「ミズキ・・・お前は、ドラゴンを一発で倒す事が出来ただろう」


「え?いや、それはさっきも説明した通り・・・」


「勿論お前の話は理解した。だが咄嗟でも、あの力が使えたと言う事は訓練を積めば、あの力が自在に使える可能性があると言う事だ。そしてあれだけの力があれば、私の軍隊でも充分やっていけるだろう」


「いやいやいや!無理ですから!!」


「何故だ?ああ、もし力が発揮しなかった時の心配をしているんだな。大丈夫だ。お前の治癒魔法の力だけでも充分価値がある。あれ程の治癒魔法を使える者は、私の軍隊でも中々いないからな。今回の作戦に参加していた治癒兵の隊長が、是非ともお前に来て欲しいと懇願されているのだ」


「・・・・」




 シグルドの話を聞きながら、瑞希は頬をヒクヒクと引きつらせていたのだ。




(うわぁ~やっぱりあの治癒魔法やり過ぎてたんだ・・・。あんなに沢山の怪我人初めて見たから、思わずガンガンに治癒魔法使っちゃったんだよな~)




 そう瑞希は、あのドラゴン討伐で行った治癒魔法の事を思い出し、心の中で後悔していたのだった。


 しかし、そんな瑞希の様子に気が付いていないのか、シグルドはさらに話を進める。




「私の軍隊に入れば、寄宿舎に入る事になるが衣食住は保証される。そして毎月の給料と、場合によっては特別手当ても出るからな。あとは日々の鍛練と、有事の際に出撃して貰う以外は特に縛りは無い。どうだ?悪い話では無いと思うが?」


「さらに付け加えますと、あなたは女性ですから我が軍の女性兵が少ない実情により、本来二人部屋での共同生活が一人部屋で気兼ね無く生活出来るようになっています。私から見ましても、あなたの冒険者と言う収入が不安定な職業より、数倍こちらの方が条件が良いと思われますよ?」




 ジルは持っていた資料を見ながら、そう付け加えてきた。


 確かに話だけ聞けばとても魅力的なように聞こえるが、瑞希にとっては色々不都合が多すぎるのだ。


 まず集団での生活と訓練が、瑞希には苦手であった。


 瑞希は元々目立つ事が苦手であったし、元の世界では基本的に一人でゲームや漫画を読んで過ごしていたので、軍隊での生活は絶対無理だと自覚しているのだ。


 さらに軍隊に入ると、必然的に王都で暮らさないといけなくなると言うのも問題である。


 せっかく王都から逃げ出しこの辺境の町にやって来たのに、王都に戻っては全く意味がない。


 そしてなんと言っても一番のネックが、軍隊に入っていると何度もシグルドと会う機会があると言う事だ。


 いくら今瑞希の顔を見ても気が付いていないからとは言え、何が切っ掛けで気が付かれるか分かったもんじゃ無いので、極力そんな危険は避けたいのであった。




「・・・何をそんなに悩む事がある?」




 瑞希が何も答えない事に、シグルドは少し苛立った様子で瑞希を見つめる。


 すると瑞希は、そんなシグルドを見て困った表情を浮かべると、意を決して頭を下げた。




「ごめんなさい!その話、お断りします!!」


「何!?」


「・・・こんな好条件を断るなんて・・・あなた、馬鹿ですか?」


「おう・・・顔に似合わず結構言うね。でも何と言われようとお断りです!!では、もう話は済んだので今度こそ帰るね!!」


「ま、待てミズキ!私は認めないぞ!!」


「べつにシグルド様に、認めて貰おうが貰わないが私には関係ないので!では、さようなら!!」


「ちょっ!こら!!」




 瑞希はシグルドの制止を無視して、素早く扉から出ていってしまったのだ。


 そしてシグルドは、そんな瑞希を慌てて追い掛け扉を開けて廊下に飛び出すが、しかしすでにそこには瑞希の姿は無かったのだった。




「な、何ていう足の早さだ・・・」




 そうシグルドは呆然と呟くと、ふと怪訝な表情に変わる。




「ん?前にもこんな事があったような・・・」




 シグルドはそう言って、腕を組み首を捻って考え出す。


 しかしそこに、ジルが呆れた表情で廊下を覗き見ながらシグルドに近付いてきたのだ。




「シグルド様、どうなさいますか?」


「ん?ああそうだったな。・・・今すぐミズキを呼び戻せ。必ず私の軍隊に入って貰う」


「はい、了解致しました」




 ジルはシグルドからそう命を受け、頭を下げてから足早にシグルドの下を離れて行った。


 そうして暫く時間が過ぎ、再びジルは一人でシグルドの待つ部屋に入ってきたのだが、そのジルは浮かない顔をしていたのだ。




「・・・どうした?ミズキは一緒では無いのか?」


「それが・・・あの後すぐに、他の兵と共にミズキの泊まっている宿屋に向かったのですが・・・部屋はもぬけの殻になっていたのです」


「何!?ミズキが出ていってから、そう時間は経っていなかっただろう?女の足だ、普通に考えれば宿屋に着く前に追い付くはずでは無いのか?」


「私もそう思っていたのですが、宿屋に着くまで全くその姿を確認する事が出来なかったのです。結局宿屋に到着した私達は、宿屋の女将にミズキの部屋を開けさせて中に入ってみたのですが・・・開け放たれた窓とベッドの上に宿代の入った袋と、女将に対しての謝罪文の書かれた手紙だけが置かれ、ミズキの荷物は全て無くなっていたのです」


「・・・あの短時間で、姿を見られずどうやったらそこまで出来るんだ?」


「さぁ~私には何とも・・・如何致しましょう」




 ジルが困惑した表情でシグルドに伺い立てると、シグルドは自分の顎に手を当てて思案し始める。




「・・・ジル、密かにミズキを探しだし私の下に連れて来るのだ」


「・・・はい、畏まりました」




 真顔で言うシグルドに、ジルは恭しく頭を下げてから再び部屋から出ていった。


 そして部屋に一人残ったシグルドは窓辺に移動し、閉じている窓に手を置いて窓の外をじっと見つめる。




「ミズキ・・・私から逃げ出すなど、やはり変わった女だ。だが、私から逃げられると思うなよ。必ず見付け出してやるからな」




 そうシグルドは窓の外に向かって呟き、口角を上げてニヤリと笑っていたのだった。












 瑞希がローゼの町から姿を眩まし、そして数ヵ月が過ぎる。




「はい!これで全部終わり!!」




 その声と共に、狼の見た目をしたモンスターが地面に倒れ伏した。


 だがそこに倒れていたのはその一匹だけでは無く、他にも数十頭の同じようなモンスターが地面に倒れ息絶えていたのだ。




「ふ~これで暫くは大丈夫だと思うよ?」




 そう言って手の埃を払うように叩いていたのは、あのローゼの町から姿を眩ました瑞希であった。




「おおありがとう!これで安心して生活が出来るぞ!・・・これは少ないが、儂らからの気持ちじゃ。受け取ってくれ」


「え?要らないよ!むしろ身元の確かでない私に優しくしてくれて、さらに寝食までお世話して貰ったんだから、これはそのお礼のつもりなんだけど?」




 瑞希はそう言って、地面に倒れているモンスター達を見回す。


 この瑞希がいる場所は、あのローゼの町から遠く離れた森の中にある小さな村だった。


 瑞希はローゼの町から出た後、なるべく人目が付かないように人気の無い道や森を抜け、時々人が多く住んでいなさそうな小さな村で、必要な物を手に入れたりしてなんとか生活していたのだ。


 だがそんな生活を何ヵ月かしていた時、森の中でたまたまモンスターに襲われそうになっていた男の子を目撃し、魔法でそのモンスターを撃退して男の子を助けた事が切っ掛けで、この村で暫く寝食をお世話になる事になったのだった。




「おお!やっぱりミズキ姉ちゃんは凄いな!」


「レオ!出てきたら危ないではないか!」


「大丈夫だよじいちゃん!ミズキ姉ちゃん強いから、もう安全なんだろ?」


「・・・レオ君、確かにもう大丈夫だけどそんな風に一人で勝手に動くと、また森の時みたいにモンスターに襲われるよ?」


「うっ・・・気を付ける」




 この瑞希に注意を受けている男の子が、例の森でモンスターに襲われそうになっていた男の子で、そして今お礼のお金を瑞希に渡そうとしてきたこの村の村長の孫である。


 村長の息子夫婦でレオの両親は、レオがまだ小さい時にモンスターに襲われ亡くなってしまっていたので、独り身になっていた村長はレオをそれは大事に育てているのだ。




「ああ、本当に倒してくれたんだね」


「ミズキありがとう!これで作物が、食い荒らされる心配が無くなったよ!」


「ありがたや~ありがたや~」




 瑞希が村長とレオと話していると、各家からゾロゾロと人が表に出てきて瑞希に感謝の言葉を述べてくる。




「そんな大した事してないけどね。それよりも、このモンスターの処理・・・」


「ああ、それは我々がやるよ。このガイルの毛皮は高く売れるし、肉は保存食用に加工すれば暫く食べるのに困らないからな」


「ではお願いするね」


「ああ任せとけ!」




 そう言って村の男達が、息絶えたガイルを回収し始めた。


 それをじっと見ていた瑞希に、レオは何かに気が付いて声を掛ける。




「あれ?ミズキ姉ちゃん、鞄なんて持ってどこか行くの?」


「あ~うん・・・そろそろ、この村から出ようかなと思って」


「ええ!?ミズキ姉ちゃんもう行っちゃうの!?」


「ごめんね。さすがにちょっと長居し過ぎたからさ」


「そんな!ミズキ姉ちゃん行くなよ!・・・そうだ!もうこの村に住んじゃえば良いじゃん!」


「おお!それは良い考えじゃ!ミズキさえ良ければ、ずっと住んで貰っても構わないぞ?」


「いや、流石にそれは・・・」


「良いじゃ無いの~!住みなさいよ」


「おお、俺達は大歓迎だぞ!」




 村の人々にそう言われ、瑞希は困った表情で戸惑う。




(確かに集団生活が苦手な私でも、凄く過ごしやすい良い村なんだけど・・・多分そろそろ・・・ああやっぱり)




 瑞希はそう心の中で思いながら、村の反対側からやって来る二人組の兵士の姿に気が付く。


 その兵士に気が付かれ無いように瑞希は、急いでフードを目深に被り身を潜める。




「ミズキどうしたんじゃ?・・・ん?何じゃ?あれは王都の兵士では?何故このような所に・・・」




 瑞希の様子を訝しんだ村長は、近付いてきている兵士達に気が付き怪訝な表情になった。




「・・・もしかしてあれ、ミズキ姉ちゃんの事探しに来たんじゃ無いの?」


「ミズキそうなのか!?」


「・・・多分」


「え?ミズキ姉ちゃん、何か悪い事したの?」


「いや、何もしてないよ」


「じゃあ、何でミズキ姉ちゃんを探してるの?」


「・・・正直、私にもさっぱり分からないんだよね。何であんなにしつこく追い掛けて来るのか・・・」


「ふむ・・・よく分からんが、ミズキは何も悪くないのにあの兵士達に追い掛けられているのじゃな?」


「まあ、そう言う事になってるね」


「・・・よし分かった!ここは儂らに任せなさい!」


「え?」


「皆、良いな?」




 村長がそう回りにいる村の皆に言うと、村の皆は真剣な顔で頷き返す。その中にはレオも含まれていた。


 しかし瑞希はさっぱり状況が飲み込めず、ポカンとしながら皆を見つめる。


 すると皆は瑞希を兵士達から隠すように並んで立ち、兵士達に笑顔を向ける。




「さあミズキ、今の内に行くんじゃ」


「え?でも・・・」


「なぁに、儂らの事は心配せんでもええ。ほら、ぐずぐずしてると捕まってしまうぞ?」


「ほらほら、ミズキ姉ちゃん行って!」


「あ、ありがとう!!」




 皆の優しさに思わず涙が溢れそうになりながらも、瑞希はそれをぐっと堪え、ゆっくり後退っていった。


 するとその瑞希の動きに気が付いた兵士達が、慌てた様子で走り寄って来たのだ。




「おい!そこのお前、待ちなさい!」




 しかしその行く手を塞ぐように、村の皆が兵士達に群がって行く。




「おお!騎士様!こんな辺鄙な村にようこそ!良ければ儂の家に来ませんかな?」


「ねえねえ、僕と遊んで~!」


「今家に、美味しい煮物作ってあるから食べないかい?」


「すげえ!さすが騎士様!俺達と体の鍛え方が違うな~!」


「すまんがあたしゃの家は何処かの~?」




 そう口々に村の皆が兵士達に声を掛けるので、兵士達は戸惑いとても困った表情になる。




「いや、すまぬが我らは他に用事があって・・・」


「い、急いでいるから、そこを通してくれないか!」


「まあまあ、そう急がれなくてもゆっくりしていって下され」




 焦った兵士達の声とのんびりとした村長の声が、少し離れた瑞希の下にも聞こえチラリと皆の方に視線を向けると、レオが瑞希を見て笑顔で小さく手を振っていたのだ。


 そのレオに瑞希は小さく手を振り返し、そして軽く皆に頭を下げてから足に速度アップの魔法を掛け、一気に走り出して村を後にしたのだった。












 瑞希は暫く走り続け、確実に追っ手が来ないと思われる森の中で速度アップの魔法を解く。




「ふ~ここまで来れば・・・」


「お姉さん、凄く足早いね~!正直オレ、追い付けないかと思ったよ!」


「え!?」




 突然聞こえたその男の声に、瑞希は驚いて回りを見回すがそこには誰の姿も無かった。




「ふふふ・・・上だよ」


「へっ?」




 そう言われ、瑞希はフードを手で少し持ち上げながら上を見上げると、瑞希のすぐ上の木の枝に人が座っているのが確認出来たのだ。


 しかしその顔は、逆光が強くて確認する事が出来なかったのであった。

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