軍神シグルド

 人気の無い森の中、瑞希はフードを外して一人佇んでいた。


 しかしその瑞希は、じっと森の奥を見つめ微動だにしなかったのだ。


 だがその瞳は、何故か緑色に輝いていた。


 実は今、瑞希は索敵の魔法を瞳に掛けていて、その魔法の影響で緑色に輝いているのだ。




「・・・いた!」




 瑞希はそう言うと、両手を前に突き出して意識を集中させる。


 そして狙いを定めると、その手から現れた光の矢が森の奥に向かって飛び出していったのだ。


 瑞希の手から飛び出したその光の矢は、木々を避けながら物凄い早さで目標物まで飛んでいく。


 そして目標物である、大きな角を生やしたまるで熊のような異形のモンスターに光の矢が当たったのだ。




「よし!当たった!」




 瑞希はそう小さく喜ぶが、しかしすぐにはその場を動かずじっと索敵の魔法を掛けた瞳で、地面に倒れたモンスターを見つめる。




「うん、大丈夫そうだね」




 そのモンスターが完全に動かなくなった事を確認した瑞希は、足に速度アップの魔法を掛けると一気に森の奥に向かって走り出したのだ。


 瑞希は猛スピードで森の中を駆け抜け、あっという間に目的の場所に到着する。


 そして地面で息絶えているモンスターを目で確認し、瑞希は索敵の魔法を消して元の黒い瞳に戻った。




「え~と、今回の依頼内容は・・・」




 そう瑞希は呟き、懐から一枚の紙を取り出したのだ。




「ああ、このアルゴッドの肉と角ね・・・よし、ちゃちゃっとやってしまおう!」




 瑞希はそう言うと、地面に倒れているモンスター・・・アルゴッドに手をかざす。


 すると、アルゴッドの体が黒色の球体に包まれながら宙に浮いた。


 そしてその球体が瑞希の視線の高さまで浮いた時には、すっかりアルゴッドの体は黒色の球体に飲み込まれてしまったのだ。


 瑞希はその球体をそのままにし、肩に掛けていた鞄から麻袋を取り出してその袋に保冷の魔法を掛ける。


 そうして準備万端になった所で、瑞希は目の前の球体に意識を集中させた。


 するとその球体が黒色から透明に変わり、中に入っていたはずのアルゴッドの体が、いくつかの加工された肉の固まりと大きな角だけに変わっていたのだ。


 やはりいくらモンスターを刈る事に慣れたとは言え、さすがに自分の手で捌く事に抵抗のあった瑞希は、魔法の力を使って必要な形に捌いて加工していたのだった。


 そして使わない部分は見えない成分に変換し、大地の栄養として還していた。


 しかしこのような魔法を、他の魔法を使える人達も出来るかと聞かれたら・・・答えは否である。


 この力は瑞希に備わった聖女の力である、思った通りの魔法が使えると言う力のお陰であったのだ。




「よし!上手く出来てる!」




 瑞希は目の前に浮いている、透明な球体の中にある加工された肉と角を見て、満足そうに頷き持っていた麻袋の口を開けて球体の下に広げて持った。


 そして瑞希は浮いていた球体の魔法を解き、中にあった肉と角をその麻袋の中に入れたのだ。




「さて、これでこの依頼は完了!じゃあ、ローゼの町に帰るとするかな」




 そう言って瑞希は再び足に速度アップの魔法を掛けると、ローゼの町がある方に向かって駆け出したのだった。












 瑞希は町の手前で速度アップの魔法を解き、フードを目深に被って歩きながら町の門をくぐる。


 しかしそこで、瑞希は町の様子がいつもと違う事に気が付いた。




(あれ?どうしたんだろう?なんだか町の皆が騒々しいけど?)




 瑞希はそんな町の皆を不思議に思いながら、町の中を歩いていると、人集りが出来ている場所がある事に気が付いたのだ。


 一体この騒ぎはなんなんだろうと思いながら、瑞希はその人集りに近付くとそこに見知った二人組を発見する。




「ガウルさん!マギラギさん!」


「ん?おお、ミズキか!」




 瑞希が声を掛けたのは、あの冒険者ギルドで『厄災の王』の事を教えてくれた二人組だった。




「ねえガウルさん、これは一体何の騒ぎなの?」


「ああこれな、王都から来た討伐部隊がこの町に到着したんだ」


「討伐部隊?」




 そう瑞希は怪訝な声を上げながら人垣の向こうを見てみると、そこには重装備をした沢山の兵士が綺麗な隊列を作って町中を歩いていたのだ。




「あれ?ミズキ知らなかったのか?この近くの山に住み着いているドラゴンを討伐に来た事を」


「ドラゴン!?」


「ん?ああそうか、ミズキは冒険者ギルドに登録していないから、ドラゴン退治なんて依頼見た事も受けた事も無いんだったな」


「え!?マギラギさん!ドラゴン退治なんて依頼あるの!?」


「まあ・・・稀にな」




 確かにモンスター図鑑にはドラゴンの項目があり、瑞希はこの世界には存在している事も知っていたが、今まで一度もお目に掛かった事が無かったので、ほとんど架空の生き物のような存在だと勝手に思っていた。




(ド、ドラゴン!!ファンタジーゲームや漫画には欠かせないモンスターが意外に近くにいた!!!)




 そう瑞希は顔に出さないようにしながら、心の中で大興奮していたのだ。




「そ、それで、この近くに住み着いているドラゴンを退治する為に、王都から討伐部隊が派遣されたって事なんだよね?」


「ああ、実はそのドラゴン、最近その場所に住み着き始めたんだが、どうも性格が凶暴で暴れ回っているらしいんだ。そのせいで、その山で林業や狩で生活している人々が困っているとかで、まず先に冒険者ギルドに、まあこれは登録者限定依頼だったがな、に依頼があったんだが・・・一度も成功出来た者がいなかったんだ。それも皆重症を負って帰ってきたとか」


「おおそれは・・・」


「さすがに手に終えなくなった冒険者ギルド側が、王都に討伐依頼をしてやっと今日来てくれたらしいんだ」


「ふ~ん、なるほど」




 瑞希はガウルの説明を聞き、この物々しい兵士達がいる意味がよく分かった。




「お、おい、あれは!」




 突然そんな声が近くで聞こえたかと思ったら、周りにいる人々がざわつきだしたのだ。


 瑞希はそんな皆の様子を不思議がりながら、皆が見ている視線の先を見る。




(うおおお!!ちょ、超絶美形!!!)




 その視線の先にいたのは、徒歩で歩く兵士の中で一人だけ大きな白馬に乗った軍服姿の、金髪碧眼のまるで王子様のような物凄い美形の男性がいたのだ。


 瑞希はフードを被ってはいるが、目を見開いてその馬上の人を呆然と見つめていた。だが、ふと何かを感じる。




(・・・あれ?私、前にも同じ事を心の中で叫んでいたような・・・あれは確か・・・・・ああ!あの召喚された時に、神殿で声を掛けてきた人だ!!!な、なんであの人がここにいるの!?)




 思い掛けない人と意外な場所で会った事に、瑞希は激しく動揺していたのだ。




「まさか、シグルド様まで来て下さったのか!」


「え?シグルド様?何処に?」


「何処にって、あの白い軍馬に乗られている方だよ」


「え?・・・えええ!?」




 マギラギの言葉に瑞希は驚きの声を上げてしまい、周りにいた人から注目を集めてしまったので慌てて自分の手で口を塞ぐ。


 そして瑞希は、声を潜めてマギラギに確認する。




「ほ、本当にあれがあの『軍神シグルド様』なの?」


「そうだよ。どうしてそんなに驚いているんだ?」


「いやだって・・・『軍神』って言われている人だから、てっきり筋肉ムキムキの厳つい人かと・・・」


「ああなるほど、『軍神』とだけ聞いた人はそう思うのかもな。だけど、あの方が軍神シグルド様だよ」


「そ、そうだったんだ・・・」




 まさかあの神殿で会った人が、そんな凄い人だと思っていなかった瑞希は驚きの表情を隠せないでいた。


 しかしそこで瑞希は、そのシグルドにあの神殿でしっかりと顔を見られていた事を思い出し、これ以上ここにいるのは危ないと感じて二人に声を掛けてから、すぐにその場を立ち去ったのだ。


 だがその時、去り行く瑞希の背中をシグルドがじっと見つめていた事に、瑞希は気が付いていなかったのだった。












 瑞希は依頼品を納める為、冒険者ギルドに入っていく。


 しかしその冒険者ギルド内は、いつもの活気溢れている様子から一変してとても閑散としていたのだ。




「ニルおじさん、今日はずいぶん人がいないんだね」


「おお、ミズキか」


「もしかして、こんなに人がいないのって・・・」


「ああ、例の討伐部隊を見に行っているんだ」


「なるほど・・・」




 瑞希とニルはお互い目を合せ、同時に苦笑いを浮かべたのだった。




「さて、それはそうとミズキは依頼品の納品に来たんだろう?」


「ああ、うん。・・・はい、今回の依頼品だよ」




 そう言って瑞希は、保冷魔法を掛けてあった麻袋をカウンターに置く。




「今回もごくろうさん。・・・・・相変わらず良い状態だね。はい、今回の報酬だよ」


「ありがとう!」




 瑞希から受け取った麻袋の中身を確認し、問題無い事を確認したニルはお金の入った麻袋を瑞希に手渡した。


 それを、瑞希は嬉しそうに受け取り懐に仕舞う。


 そしてもう用事は済ませたので、瑞希は宿に帰ろうとカウンターから離れようとした。だがその時、瑞希はニルに呼び止められる。




「実はちょっと、ミズキに良い話があるんだ」


「・・・良い話?」


「ミズキは、例の討伐部隊を見たんだよな?ならその部隊が、何故この町に来たのかも知ってるか?」


「確か・・・ドラゴン退治だと」


「そうだ、そのドラゴン退治なんだが・・・実は、この冒険者ギルドに、そのドラゴン討伐部隊から依頼が来ているんだ」


「依頼?どんな?」


「・・・例のドラゴンの周りには、どうしてか大量の様々なモンスターが集まっていてな。ドラゴン退治の際にそのモンスター達が障害になるから、そのモンスター達の相手を冒険者達に任せたいと言う依頼が来てるんだ」


「・・・なるほど。でもそんな依頼なら、登録者限定の依頼じゃ無いの?」


「いや、それがな・・・この依頼はフリー依頼なんだよ」


「おお!珍しい!!」


「まあ、それほど人手が欲しいと言う事なんだろうな。だが、この報酬金額を見てくれ」




 そう言ってニルは、その依頼が書かれた依頼書を瑞希に見せてきた。




「うおおお!凄い金額じゃないの!!」


「だろう?フリーの依頼で、ここまでの金額を出してくれる所なんて今まで無かったからな。だから良かったらミズキ、この依頼受けてみないか?これは人数制限の無い依頼だからな」


「え?」


「折角こんな良い条件の依頼だなんだ、受けて損はないと思うが?」


「・・・・」




 ニルの言葉に瑞希は黙り込み、顎に手を当てて考え出したのだ。




(う~ん・・・確かに、この報酬金額はかなり魅力的なんだけど、集団での行動になるしな~。それに、近くで会う事はまず無いだろうけど、あのシグルド様がいるのがちょっと・・・だけどこの依頼を受けたら、ドラゴンを間近で見る事が出来るかもしれないんだよね。正直、凄くドラゴンが見たい!!!)




 瑞希はそう心の中で葛藤し、暫し思案した結果・・・瑞希は意を決した顔でニルの顔を見る。




「ニルおじさん!私、その依頼受けるよ!」




 そうハッキリと、瑞希は答えたのだった。

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