異世界での新たなる生活

「ニルおじさん、これ今回の依頼品だよ」




 そう言って目深に被っていたマントのフードを外しながら、瑞希はカウンターの上に中身の入っている麻袋を置いた。


 今の瑞希の格好は、最初に着ていた女子大生っぽい服から、マントを羽織ってはいるが所謂冒険者っぽい格好をしていたのだ。


 そして腰には、細身のレイピアまで携えていた。


 さらに髪型は前のまま三つ編みで特に変わっていないのだが、ずっと掛けていた眼鏡が無くなっている。


 どうも聖女の力のお陰か、すっかり視力が良くなっていたので眼鏡は不要と判断したのだった。




「おおミズキ、今回も上手くやったようだな」


「まあ、そんなに難しい依頼じゃ無かったからね」




 瑞希はそう言いながら、麻袋から中身を取り出し確認しているニルと呼ばれた男とカウンター越しに会話を続けたのだ。


 ちなみに、瑞希がいるこの場所は冒険者ギルドと言う場所で、ここでは様々な依頼を受ける事が出来、その依頼をこなす事で依頼内容に書かれた分の報酬が受け取れる事になっている。


 瑞希はあの召喚された神殿がある街で、獲た報酬金を使い目立たないように服を一式揃えた。


 しかし、いつ帰る事が出来るか分からない異世界での生活で、やはり一番重要なのはお金であると考えた瑞希は、残ったお金でさらに防具や武器を買い揃え、そして聖女の力を使って冒険者ギルドの依頼を受けてお金を稼ぐ事にしたのだ。


 だがさすがに召喚された神殿の街で、いくら目立たないように行動したとしても、何かの拍子で本物の聖女だとバレる恐れを懸念した瑞希は、すぐに馬車を乗り継いで辺境にあるそんなに大きくない町に移動した。


 そしてなるべく顔を出さないように、外を歩く時はフードを目深に被り極力一人で行動する事にしているのだ。




「・・・クツァールの肉に牙、さらにノリマの葉が10枚・・・うむ、状態も良いし完璧だ。問題なく依頼完了だよ。ほら、これが今回分の報酬だ」


「ありがとう」




 ニルは依頼書と麻袋に入っていた品物を見比べながら確認し、何も問題ない事を確認してから、別の麻袋に入ったお金をカウンターに置いて渡してきた。


 それを瑞希は笑顔で受け取りすぐに懐に仕舞うと、中身の無くなった麻袋を肩に掛けていた鞄の中に仕舞う。




「しかし・・・ここまで腕が良いんだから、そろそろギルドに登録したらどうなんだ?」


「う~ん・・・」


「ミズキがギルドに登録するのを嫌がっているのは知ってるが、ギルドに登録すれば、これよりももっと良い報酬の依頼を受けれるんだぞ?」


「それは分かっているんだけどね・・・」




 ニルの提案に、瑞希は困った表情で歯切れの悪い返事を返す。


 実はこの冒険者ギルドには、誰でも受けられるフリーの依頼と、冒険者ギルドに登録した者だけが受けられる依頼があるのだ。


 そして当然の事ながら、ギルドに登録した者だけが受けられる依頼の方が報酬の金額が良い。


 だが瑞希は、頑なにギルドに登録するのを拒んでいるのだ。




(ニルおじさんが、私の事を思って言ってくれているのは分かるけど・・・なるべく私の事を、何かに記録されるのは極力避けたいんだよね~。だって何かあって、そこから私の事を見付けられても困るし、何より冒険者ギルドに登録すると稀にあるギルドからの強制依頼で、他の冒険者達と組んで依頼をこなさなければいけない事があるからな~。なるべく私の力を他の人に見せないようにしてるから、それは非常に困るんだよね。だから一人でこなせるフリーが良いんだよな~)




 そう瑞希は心の中で思い、苦笑いを浮かべながらニルに断りの返事を返したのだった。










 ニルのいるカウンターから離れ、瑞希は入口の扉に向かって歩きながら懐に入っているお金を服の上から確認し、思わずニマニマしていたのだ。




「う~ん!今日はいつもより多く稼げたから、今日の夕飯は宿屋の女将さん特製ガルドラ肉のシチューを頼もう!!あれ、ちょっと高いけど美味しいんだよね~!」




 そう瑞希は一人で嬉しそうに呟いていた。


 この世界の料理は、基本的に瑞希のいた世界の料理とそんなに変わらず、味付けも極端に変な物が無かったので食事は特に困る事は無かったのだ。


 しかし、料理に使われている肉や野菜の名前は聞いた事の無い物ばかりだったので、最初は酷く戸惑いながら食べていた。


 さらに瑞希を最も困惑させたのが、この世界に住む異形の姿のモンスターだったのだ。


 この町に来て一番最初に、とりあえず簡単な依頼を受けてみた瑞希だったが、そこに書かれていた討伐対象の生き物の名前を見てもどんな生き物か想像出来なかったのである。


 ただこの冒険者ギルドには、モンスター図鑑なる物が置かれていた為、瑞希はその本を熟読し大体のモンスターを頭の中に叩き込んだのだ。


 さらに採取用の植物図鑑もあったので、ついでにそれも読んで大体の植物も把握したのだった。


 ちなみにこの世界の文字は、瑞希のいた世界の文字とは全く違っていたのだが、これも聖女の力のお陰か特に問題なく読む事が出来ているのだ。


 そうしていざ初めての討伐に向かった瑞希は、最初こそ初めて見た実物のモンスターに戸惑っていたのだが、元々ファンタジーゲームを一番よくやっていた事もあり、肝を据えた瑞希はなんとかそのモンスターを討伐する事に成功したのだった。


 そして一度やった事ですっかり慣れた瑞希は、その後難なく様々な依頼をこなしていって今に至る。




「さて、今日はもう宿に帰って夕飯の時間まで寝よう!」




 そう上機嫌で瑞希は言いながら、入口の扉に手を掛けようとした。




「・・・・・聖女様が・・・」


「・・・え?」




 突然聞こえたその気になる言葉に瑞希は驚いて振り向くと、その声が聞こえてきたと思われる方角に、冒険者の格好をした男二人組が丸いテーブルに着いて話をしていたのだ。


 瑞希はその男二人組とは面識があったので、入口に掛けていた手を離し静かにその男達の下に向かった。




「グロリアで・・・聖女・・・」




 さらに聞こえてきたその二つの単語を聞いて、瑞希はそれが和泉の事を指しているのだと確信する。


 何故ならグロリアと言うのは、瑞希が召喚された神殿がある街・・・王都の名前であったのだ。


 瑞希はその王都から急いで逃げ出し、この辺境にあるローゼと言う町で約半年過ごしていた為、全く和泉の様子が分からないでいたのだった。


 そして瑞希はその和泉の事を、何か知っている様子の男達の会話を聞こうと、男達の後ろにあるテーブルに着いて聞き耳を立てる事にしたのだ。




「その聖女様なんだが、今は御祓の儀式で神殿に籠ってるらしい」


「ふ~ん、実は俺・・・聖女様のお披露目を、大勢の人が集まっていた王城の広場に行って見てきたんだけど・・・凄い美女だったぜ!聖女様用の薄くヒラヒラとした綺麗な衣装を着ていたけど、それがよく似合っていてあれは正に聖女様って言う風貌だったぜ!」




 そう男の一人が興奮した様子で話していたのだが、その話を聞いていた瑞希は自分の体を自分で抱きしめていた。




(大勢の人が集まる王城の広場でお披露目!?さらに薄くヒラヒラとした綺麗な衣装!?それを、もしかしたら私がやっていたかと思うと・・・・・・無いわ~)




 瑞希はその状況を想像し、大きく首を横に振って身震いする。




(本当に和泉さん、ありがとう!!)




 そう心の中で、遠く離れた王都にいるであろう和泉に感謝の念を送ったのだ。




「しかし風の噂によると、聖女様が聖女の力を使った所を見た奴まだいないらしいな」


「ああ、俺もそれは聞いた。でもその聖女様曰く、その力は『厄災の王』が現れた時に、必ず出るので心配無用と言っているらしいぜ」


「・・・『厄災の王』?」




 どうも聖女の成さなければいけない事っぽいそのフレーズに、思わず瑞希は声を上げてしまった。




「ん?おおミズキ、そこにいたのか。どうやら順調に依頼こなしてるみたいだな!」


「ええ、まあなんとかお陰さまで・・・」


「最初の頃は、右も左も分からないような新米冒険者だったのにな~」


「確かに、さすがに心配になって俺達が声掛けた程だったもんな」




 そう言って男達は、私を見ながら大きく口を開けて笑う。


 しかし瑞希は、そんな男達を見ながら曖昧な笑みを浮かべていたのだった。




(確かに最初頃、色々教えて貰えて助かったのは事実だけど、依頼をこなしに一人で行こうとすると心配だからと言って付いてこようとするので、あの時期は本当に困ったよ。今は私の事を認めてくれてるのかもう付いてこようとはしないけど、逆に一緒に討伐依頼こなそうと誘われる事があるんだよね)




 瑞希はその時の事を思い出し、頬が引きつっていたのだ。




「それよりも、さっき言ってた『厄災の王』って?」


「ん?あれ?ミズキは知らないのか?」


「ああそうか、ミズキは遠くの他国から来たんだったな。なら知らなくても不思議では無いか」


「うん。全く知らないから教えて!」


「良いぜ。え~と『厄災の王』って言うのは、遥か昔からこの国に伝わっていた言い伝えで、その『厄災の王』が現れると、この国が滅ぶと言われているんだ」


「ええ!?」


「だけどその言い伝えにはもう一つ別の言い伝えもあって、確か異世界から召喚される『聖女』によって、『厄災の王』による滅びは免れると言われているんだ」


「・・・・」




(お、思っていた以上に聖女の役目が重すぎる・・・これ、聖女の力の無い和泉さんでどうにかなるんだろうか?でも、だからと言って私がなんとか出来るかと言ったら・・・絶対無理!!そんな責任重大な事出来る自信無いよ!!!)




 そう瑞希は表情に出さないようにして、心の中で呻いていたのだった。




「ち、ちなみに、その『厄災の王』っていつ現れるの?」


「さあ?俺はさすがにそこまでは詳しく知らないからな~」


「俺も知らんぜ。まあそんな心配しなくても、聖女様がなんとかしてくれるよ」




(その聖女様が、なんともならないんですけどね!!)




 瑞希はそう心の中でツッコミながら、どうしたものかと悩み始める。




「でも王都グロリアには、あの『軍神シグルド』様がいるんだ、もしかしたら聖女様がなんとかする前に、シグルド様がなんとかしてくれるかもな」


「・・・軍神シグルド様?」


「ん?ミズキ・・・シグルド様の事も知らんのか?」


「うん・・・」


「一体どんだけ田舎から来たんだよ。シグルド様の事は、結構他国でも有名なのにさ」


「うっ!それは・・・」


「まあ、深くは聞かんよ。そうそうシグルド様の事だったな。シグルド様と言うのは、この国の王様の実弟であり軍の最高指揮官を務めている人なんだ」


「へ~」


「そしてその剣の腕は他国に並ぶ物がいないほどの腕前で、いざ戦が起こると、最前線に立ち次々と敵をなぎ倒すその力に、国内外から『軍神』と呼ばれ恐れ敬われているんだ」




 その話を聞き、瑞希はとても厳つい男の人が凄い形相で敵をバッタバッタ倒していく様を想像したのだ。




「おお!それは凄そうな人だ!ならそんな人なら、『厄災の王』も倒してくれそうだよね!」


「ああ、もしかしたらシグルド様が、この国の滅亡から救ってくれるかもな」


「そうよね!」




 瑞希はそう力強く男の意見に同意し、意気揚々と椅子から立ち上がった。




「二人共、色々教えてくれてありがとうね!」


「いや、これぐらい良いって事よ」


「それよりもミズキはもう帰るのか?良かったら、俺達と一緒に夕飯食うか?」


「ううん、ごめんね。一人で食べたいから。でも誘ってくれてありがとうね!じゃあまたね~!」




 そう言って瑞希は男達に笑顔で手を振り、フードを被って入口の扉に向かって行ったのだ。




(よしよし!軍神シグルド様!聖女の代わりに『厄災の王』の事よろしくお願いしますね!!そして、この国を救って私を元の世界に戻して下さいね!!)




 瑞希はそう見た事も会った事も無いシグルドと呼ばれる男に、全部丸投げする事に決め晴れ晴れとした気持ちで入口から外に出て行った。


 男達はそんな瑞希を見送った後、再び他愛ない話を始める。


 しかしその男達の下に、冒険者の格好をした別の男が近寄ってきたのだ。




「よおよお、さっき話していたの聞こえてきたんだけどさ、確か・・・『厄災の王』って聖女の力が無いと倒せないんじゃ無かったか?」


「あれ?そうだったけ?」


「ああ、俺昔王都に住んでた時があって、その時に確かそんな話を聞いたんだ」


「そうか・・・じゃあミズキに間違った事教えたかもな。まあでも『厄災の王』を倒してくれるのが、シグルド様か聖女様かの違いぐらいだし、その二人と関係ないミズキにわざわざ教え直す必要なんて無いか」


「そうだよな。結局、俺達とは別世界の話だもんな」




 そう言って男達は、お互いに笑い合っていたのだった。

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