聖女の力
瑞希は無我夢中で走り回り、気がついたらすっかり神殿の外に出て街中を歩いていたのだ。
「ハァハァ・・・こ、怖かった」
そう瑞希は息を切らせながら呟き、チラリと周りに視線を向ける。
(やっぱりここは、異世界なんだ・・・)
瑞希の視線の先には、様々な服装をしている人々が行き交っているのだが、どの人も髪や瞳の色が青とか緑とか瑞希のいた世界ではあり得ない色をしていたのだ。
(うわぁ~ゲームだと何とも思わなかったのに、リアルで見るとこれはこれで凄いな~)
そう瑞希は一人感動していたのだが、逆に街の人々は見た事の無い服を着ている瑞希を奇異の目で見ていた。
しかし瑞希はそんな視線に気が付かず、観光気分で街の中を見渡しながら歩き出したのだ。
(凄いな~!!まさか私が、異世界に来る日が来るなんて思わなかったよ!それに本来は、聖女なんて面倒で目立つ事させられる所だったけど、和泉さんが代わりにやってくれるから凄く助かった~!後は、せっかく来た異世界を満喫して帰ろう!・・・って、あれ?どうやって帰れば良いんだろう?確かこう言う召喚された系の話は・・・)
瑞希はそこでハッとして立ち止まり、ある考えに至って青褪める。
(ヤバイ!多分聖女が、何か成し遂げるまで帰れないパターンだ!!だけど私何をするのかさっぱり知らないし、だからと言って知ってそうな人達がいるさっきの神殿になんてもう戻れないよ!それに戻った所で・・・絶対聖女なんてやりたく無い!!)
そう瑞希は悶々と考えだし、街の人々の視線にも気が付かず頭を抱え出す。
だがすぐに、頭から手を離し空を見上げる。
(・・・うん、いい天気だ。そして私は今生きてる。よし!どうせうじうじ悩んでてもどうにもならないんだ、まあ何とかなるでしょう!それにもしかしたら、和泉さんが上手く聖女の役割を果たしてくれて元の世界に帰れるかもしれないもんね!)
瑞希はそう開き直ると、再び意気揚々と歩き出す。しかしすぐに立ち止まり、何かを考え始めた。
(そう言えば・・・聖女の力って何だろう?)
ふとそう疑問に思い腕を組んで考え始めた瑞希の前に、フードを被った一人の大男が立ち塞がったのだ。
「おいお前・・・変わった服を着ているな。ちょっとこっちに来い!」
「へ?いや、え?ちょ!は、離して下さい!!」
なんとか抵抗する瑞希だったが、大男は瑞希の腕をガッシリ掴んでズルズルと細い路地に連れ込もうとする。
瑞希は助けを求めるように周りに視線を向けるが、街の人々は同情の目を向けてくるが誰一人助けてくれる様子は無かったのだ。
そうしている内に、あっという間に瑞希は薄暗い裏路地に連れ込まれてしまう。
「へへ、そんな変わった服を着ているんだ、どうせお金沢山持っているんだろう?俺様に全部寄越しな!」
「お、お金なんて持って無いです!」
裏路地奥の袋小路の壁際に追い詰められ、瑞希はガタガタと震えながら自分を抱きしめて怯えたように大男を見る。
「ああ!?持ってないはず無いだろう!つべこべ言わずとっとと出しやがれ!!」
「ほ、本当に無いんです!!」
(だって、財布の入った鞄は大学のロッカーの中だし、それに今あっても絶対ここで使えると思えないよ!)
瑞希はそう心の中で訴えながら、涙目でじっと大男を見つめる。
「ちっ、検討違いか!だが・・・よく見たらお前、そこそこ可愛い顔してるじゃねえか。高値とはいかないが、まあまあの値段で売れそうだな」
「え?」
「俺様が、良い奴隷商人に売ってやるよ」
「なっ!」
大男はニヤリと笑い瑞希に手を伸ばしてきた。
「ど、奴隷商人!?私を売るって!?そ、そんなの・・・絶対嫌ーーーー!!こっち来ないで!!どっか行ってーーーーー!!!」
瑞希が拒絶するように両手を前に突き出す。
「うぎゃぁ!!」
すると突然瑞希の手から突風が吹き出し、大男が悲鳴を上げながら壁際に置いてあった木箱の山に吹き飛んで行ったのだ。
「え?」
瑞希は一体何が起こったのか分からず、ただ呆然と崩れた木箱の中で気を失っている大男を見つめる。
そしてゆっくり自分の手を観察し、何もおかしな所が無いか確認したのだ。
「も、もしかして・・・」
そして瑞希は何かを察すると、掌を上に向け心の中である事をイメージした。
すると、その掌の上に小さな炎が現れたのだ。
「う、うそ・・・」
瑞希は信じられない物を見る目でじっとその炎を見つめ、今度は違うイメージを浮かべると、炎があった場所に今度は水の玉が浮かぶ。
そうして瑞希は様々なイメージを掌に向け、掌の上に風を吹かせたり氷の塊を出したり土人形を動かしたり小さな稲妻を出してみたり、さらには光の玉や闇の玉まで出してみたのだ。
「・・・も、もしかしてこれが・・・聖女の力?イメージ通りの魔法が出せるって言う力なの!?ちょっとこれ・・・チート過ぎるんじゃない!?」
その予想外の力に、瑞希はただただ唖然として何も魔法を出していない掌を見つめた。
するとその時裏路地の入口が騒がしくなり、そこから数人の衛兵が駆け込んで来たのだ。
「大丈夫か!!・・・って、これは一体?」
衛兵達は瑞希とのびている大男を見比べて、驚きの表情をしたのだった。
「こ、これは君が?」
「え、えっと・・・そうみたいです。え~と・・・私が向かってくるこの人を押したら、足を滑らせて・・・あんな状態に・・・」
「足を滑らせてだって!?」
瑞希の説明に、隊長っぽい衛兵が納得のいかない顔で私を見てくる。
しかし瑞希は、ここで魔法を使った事は敢えて黙っておく事にしたのだ。
(なんとなく、今は言わない方が良いような気がするんだよね~)
瑞希はそう心の中で思い、困った表情でそれ以上何も言わなかった。
するとそこで、大男の方に近付いていた別の衛兵が何かに気が付き叫んだ。
「隊長!こいつ賞金首の男です!!」
「何!?」
隊長と呼ばれた衛兵はすぐに大男の下に向かい、大男のフードを外してしっかりと顔を確認する。
「ふむ、確かに手配中の賞金首の男だ。よし、ギルドまで運べ!」
「はっ!」
そうして大男は、数人の衛兵に紐で縛られてから連れていかれてしまった。
そしてその様子を呆然と見ていた瑞希の下に、隊長が近付き声を掛けてくる。
「お嬢さん、すまないが一緒にギルドまで来て頂きたい」
「え?」
「事情説明と手続きをして貰いたいからね」
「・・・はい」
出来れば行きたくないと思っている瑞希だが、有無を言わせない隊長の笑顔に渋々付いていく事になった。
そうして街の一角にある大きな建物に隊長と一緒に入ると、カウンターにいた受付の人らしきお爺さんと隊長が話を始めたのだ。
そしてすぐに瑞希も呼ばれ、そのお爺さんにさっき隊長にした説明と同じ事を言った。
やはりお爺さんも信じられないと言った顔で瑞希を見てくるが、実際大男はここに運び込まれているので、なんとか納得してくれたのだ。
「ほれそれじゃ、これは今回の報酬金だ」
「え?」
お爺さんは瑞希の目の前のカウンターに、布の袋をドサッと置いた。
その袋からは、何か金属がぶつかり合う音が聞こえどうやら結構な量のお金が入っている事が分かる。
しかし瑞希はその袋を見つめ、どうしたら良いか困惑してしまう。
「どうした嬢ちゃん、あの賞金首を捕まえた報酬なんじゃ受け取りな。それに、今回嬢ちゃんは大変な目にあったようだし、少し多目に入れておいたぞ。あ、これは他の奴には内緒じゃぞ」
そう言ってお爺さんは瑞希にウインクしてきたが、瑞希は戸惑った表情をお爺さんに向けた。
「んん?ああもしかして報酬貰うの初めてか?確かによく見たら見た事の無い服を着ているようだし・・・もしや異国から来たのか?」
「ええ・・・まあ、そんな所です。それよりも・・・やっぱりこの服目立ちますか?」
「ああ、凄く目立つのう」
瑞希はじっと自分の服を見下ろし、そして意を決してお爺さんを見つめたのだ。
「すみません!そのお金で、服一式買える場所教えて下さい!!」
そうお爺さんに、瑞希は真剣な表情でお願いしたのだった。
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