夏の清涼飲料水

青山えむ

第1話

 もう少しで夏休みに入る。高校は今日、午前授業だった。午後からはふみの部屋へ行く。もう習慣になっている。


 文とは中学の時に同じクラスになった。マニアックな同じ作品を好きな事を知った。俺は原作の小説が好きで、文は漫画が好きだと云っていた。

 その作品の話をしている内に仲良くなった。家も近所だった。話したい事が多過ぎて文の家によく行くようになった。


 同じ高校に入学した。文は自分で漫画を描くようになった。その横で俺が小説を読むようになった。

 文は口数が多くない。そして集中力があるので、根気のいる作業に向いているのだろう。


 いつからだろう、文に特別な気持ちを抱くようになったのは。


 文の家はマンションの三階にある。ベランダから入る風が涼しくて気持ちいい。ここで本を読むのは最高だ。陽射しが一緒に入るけれど明るくて文字が読みやすい。クーラーは無く扇風機を使っているので時折汗をかく、けれども心地良いのでここにいる。


「あのさ……」文に話しかけようとしたらドアをノックする音が聞こえた。

「お姉ちゃん、入るよ」文の妹だ。俺は床に寝そべって本を読んでいるだらしない姿勢だ。けれどもここに通って数年経つ、妹も気兼ね無しだ。


「何聴いてるの?」ノートに必死で何かを書いている文のヘッドフォンから流れる音が気になって質問をした。

「カリンレモンのうた」文は顔を俺に向けてくれたけれど、一言で済ませた。


 カリンレモンは俺たちがよく飲んでいる清涼飲料水だ。CMソングが印象的で、色んな人が歌っているらしい。その初代CMソングのCDを文の伯母さんが持っているらしく、俺も聴かせてもらった。爽やかで切なくて、この飲み物にぴったりだと思った。


「爽やかと切ないが一緒になるものって何だろ?」俺は独り言のように呟いた。

「高校生の夏休みかなぁ」そう云って文は再びノートに視線を戻した。


 文と一緒に夏休みを過ごしたい。まずは自分の気持ちを伝えねば、と思っては何日が過ぎただろう。

 文は俺の事をどう思っているんだろう? 文の部屋で「暑い」なんて云うと「自分の家にクーラーあるでしょ」などと云われる。文と一緒にいたいんだよ、なんて云えるはずもなく。情けない、俺。

 違う高校に行った友達に相談すると「女子の部屋に入り浸っている時点でリア充だ」と突き放された。そこから中々、というか全然進まないんだよ……。


 夏休み一週間前。文の家から帰る時、玄関で文の妹に会った。

「お姉ちゃんの部屋、暑いでしょ? お姉ちゃん本当は着替えたいんだけど、まなぶがいて恥ずかしいんだよ」と面白そうに云った。

 それって俺の事、意識してるって事だよな? 明日こそは、気持を伝えねば。



 文の部屋に入るなり、文がいきなり云った。

「学、知ってた? 私達の名前って、二人合わせると文学になるんだよ」

 気づかなかった。文と学、確かに。

 文は再びノートに視線を向ける。


「文」今日こそは……。

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