第5話



 ナインフォードお嬢様と共に旅に出た世界は、何と広い事か。


 過去、百メートルにも満たなかった我らの世界、通りかかった旅人や商人がたまに来るだけの村がいかに小さな場所だったか、我らはこの度で思い知る事になった。


 別に卑下し貶めて、己の住んでいた世界を否定しているわけではない。

 ただただ想像より世界は果てしなく広く、雄大であっただけ。

 我らはそんな事実をかみしめていたのだ。


 澄み切った空の高さ、どこまでも果てしなく広がる草原、溢れんばかりの花がしきつめられた花畑。一生かかっても消費しきれぬだろう膨大な水を流す滝に、水平線の果てまで水満たす海。


 何もかもが、広かった。


 勇者に復讐するという目的で始めた旅であったが、その道のりの中で我らは悟っていた。

 この世界に生きとし生きる生命は、己よりもはるかに大きなものに……運命に、偶然に、奇跡に生かされているのだと。

 ……傍若無人にみえた勇者ですら、世界にとってはひどくちっぽけな存在なのだと。


 それに気づいてしまえば、復讐だ何だと言っているこの身をひどく小さく感じるようになった。


 相手の不幸を追い求めるより、故郷に残して来た者達と共に憎しみと悲しみを乗り越え、新たな幸福を築くべきだったのかもしれない。


 身の回りにある幸せに目を向け、失われたものばかりではなく残されたものにも目を向けるだったのかもしれない。


 我らは旅の最中でそんな思いにさいなまれた。


 我らが復讐を遂げるという事は、すなわち正式に国に認められた者を虐げるという事であり、お嬢様に迷惑をかけるという事でもある。

 家族同然であるお嬢様を苦しめる事は本意ではなかった。


 我らはその事で、多いに頭を悩ませる事になった。


 そんな中、ナインフォードお嬢様はある変わり者のテイマーと出会った。

 

 お嬢様と同い年くらいの、お嬢様と息のあう心優しい少女と。

 そのテイマーの少女は、愛玩動物でありペットとして飼うのが当たり前であったネコを守護獣にして連れ歩いていた。


 気ままな性格でありながらも、愛らしい仕草や身のこなしで人の心を掴んでいるというネコだが、我らの会ったそのネコはケンカ慣れしたふてぶてしい態度をした個体だった。


 テイマーの少女が言うには、以前は他のネコと同じように可愛らしい見た目であったと言うが、旅を続ける内にそのようになっていったらしい。


 ならば、なぜ旅をする事になったのか、疑問を抱いた我らはそのネコに尋ねた。

 愛玩動物として、安全な場所にいた方がはるかに幸福だったのではないだろうか、と。


 ネコは答えた。


 何が幸せなのかなど、千差万別。

 飼いならされる事が幸福であると考えるネコが最近多くなってきたが、ネコは元々自由な生き物。

 己の思うがままに、行きたい所に行きしたい事をする。

 それがそのネコにとっての幸福だから、同じく自由を愛する少女と旅に出たと言うのだった。


 それを聞いて我らは考えた。

 我らは我らにとっての幸せを考えるべきなのだはないかと。


 普通の幸福をえるなら、このまま村に帰って友人や家族を安心させるのが良いのだろう。


 だが、我らはあの日の惨劇を忘れられない。

 目をつむる事がどうしてもできなかった。


 だから、我らはこれからも「勇者への復讐」を目的にして、その信念を貫き通す事にした。


 おぼつかなかった旅にはもう慣れて、研鑽を積んだ我らのレベルは50程になった。


 ここまで来ておいて、今更どうして目的を諦められようか。


 我らの意見は、「このまま旅を続け勇者にケジメを付けさせる事」でまとまった。


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