PHANTOM HEAVEN 【Episode:13】

〔13〕


「ピジョンが逃げろって言ったのは、これだったのか……?」

「どう見ても電脳ギャング、バウンティハンターの類いですよ。兎羽野さん、電犯の出動を依頼しましょう!」

「いや、そんな悠長な事は言ってられねえぞ」


 常連客も外の異変に、次々と武装しはじめ、俺はそれを制するように片手を上げる。


「皆は、店内にいてくれ」

「おいおいおい! お前さん一人で行く気かよ!?」


 ロケットランチャーを担いだコンパスが目を剥き、俺は軽く頷く。


「大丈夫だ、俺に任せてくれ」

「なにか策でもあるのか?」

「まあな。だが、俺に何かあったら、このダイナーの事は任せたぞ」


 以前から交わしているコンパスとの約束事だ。コンパスはぎょっとしたように俺の肩を掴んだ。


「待て待て、お前さんがそういう面をしている時はな、何かとんでもない事を考えてる時だ」

「俺だって、青い鳥のカタをつける前に、そう易々と死ぬつもりはないぜ?」


 何か言い掛けたコンパスの筋肉質な腕を軽くタップし、俺は道具箱にアクセスしながら店の外へと向かう。

 クソったれめ……ピジョンのスピリットを傷つけた奴が、あの中にいるかは分からんが、ただじゃおかねえぞ……生まれてきたことを後悔するくらい、可愛がってやるからな。

 特殊部隊仕様の武装スーツを身に付けたリードが、出口に向かった俺を追いかけてくる。


「待ってください! 一人でなんて、危険極まりないですよ!」

「危険は百も承知だ。それにちょっと試したいことがある」

「試す?」

「ああ。ともかく、大人しく、ダイナーの中にいてくれ」


 攻撃アタック専用キットし起動しようとすると、俺の前にリードが回り込んだ。


「待ってください、兎羽野さん!」

「なんだ?」


 苛立ちを滲ませながらリードを見れば、彼は強い光を機械化されたブルーグレイの瞳に滲ませている。それは紛れもない怒りだ。

 リードは鋭く俺を見つめながら、低く言う。


「そんなに僕は、頼りないでしょうか?」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。僕はあなたの上司ですが、バディでもあるんです。少しは僕の事を信頼してくれてもいいでしょう!?」


 いつも穏やかな口調のリードが珍しく語気を強め、俺は少しずつ冷静さを取り戻しながら、自分の中に渦巻く怒りを逃がすように重く吐息する。


「……信頼していないわけじゃない。それに、あんたを巻き込むわけにはいかないんだ」

「巻き込むって、一体……?」

「都築班長、今回は、俺一人で行かせてもらえませんか?」


 もう、誰一人、俺の周りの仲間を傷付けるような事はさせない。

 真っ直ぐリードを見つめながら言うと、彼がハッとしたように目を瞬かせる。それから、どこか諦めたように深く溜息をついて軽く頷く。


「……分かりました。しかし、あなたが危険と判断した際は、僕も行きます」


 俺は軽く敬礼してダイナーから出る。そこは深層空間特有の藍色と黒色の混ざった闇のような空間だ。

 数百ピクセル先には、俺の首を狙っているらしいクソったれ共が大挙して押し寄せてきている。



「アテナ、武装を開始してくれ。TYPE―AZAZELを装着」

『はい、マスター。TYPE―AZAZELは、スピリットに負荷が掛かりますが、よろしいですか?』

「ああ、大丈夫だ」

『かしこまりました』


 刹那、銀灰色のアーマースーツに身体が包まれる。堕天使を模した、どこか禍々しいメタルのボディの数か所に深紅のラインが走って光る。


『Armored sleeveは正常起動、Cuirassの防御率100パーセント、Thigh guardの防御率100パーセント。アーマースーツに異常はありません』

「アテナ、今回はテストケースとしてデータも取っておいてくれ」

『かしこまりました。それではテストモードを起動します』


 俺は鋼鉄のグローブで覆われた手を握りこぶしにし、ゆっくりと開く。今のところ、何の問題もなく起動しているようだ。

 初めて装着するアーマースーツの試運転としては、絶好の機会だろう。


『マスター、戦闘レベルはいくつになさいますか?』

「そうだな、相手は悪党どもだ。たっぷり可愛がってやろうぜ? レベルはマックス。虐殺モードでお出迎えだ」

『かしこまりました。ダンスミュージックなどいかがですか?』

「いいね、アテナのチョイスで頼む」


 途端に空間に流れ始めた曲に俺は短く笑う。オールドタイプの映画……サタデーナイトフィーバーの曲だ。しかも、ラップバージョンと来た。


「いいね、Stayin′ Aliveとは気が利いてるじゃないか。じゃあ、曲に相応しいお出迎えをしないとな」


 俺はキットを起動し、空間を構築コーディングする。あっという間に、闇の中のような空間はダンスフロアーになる。煌めくミラーボールと、色とりどりの照明がミラーのように光り輝く床に反射している。

 ご機嫌なラップに、俺の首を狩りに来た奴らがぎょっとしたのが分かった。


「アテナ、まずは60%を片付ける」

『かしこまりました。テストケース1、飛行モードに移行。ご武運を』


 背中から鋼鉄の翼が広がり、俺は上空へと移動する。眼下では、こちらにやってくる奴らが俺に向けてバズーカ砲やらウージーやらの銃口を向け始める。

 俺は、ニヤリとしてぱちんと指を鳴らす。途端に、上空で回っているミラーボールから銃口が飛び出し、弾丸が放たれる。

 ミラーボールから放たれた弾丸に、隙を衝かれた電脳ギャングやバウンティハンターどもがログアウトしていく。

 ハッとしたように向こうもロケットランチャーやバズーカを撃ち始める。俺はシールドを張らずに、ロケット弾が飛んでくる方に掌を向ける。

 空間を捻じ曲げるイメージで……気を放つように力を込めると、ロケット弾は方向を変えて、撃ってきた奴らの元へと飛んでいく。

 ドゥン、と爆音がダンスミュージックに重なり、ギャングどもの悲鳴が上がった。

 超能力サイキックモードも問題なく起動しているようだ、いいね。


「よし、容量を増やしただけあるな。狙撃キットを起動」

『はい、マスター』


 キットが起動して俺の左右に重機関銃が並び、銃口が眼下へと向けられる。俺は銃の形にした手の人差し指を奴らに向ける。


「野郎ども、楽しんでるか? 一緒に踊ろうぜ?」


 俺は軽くステップを踏みながら「バン!」と撃つ仕草をすると、次々に重機関銃がオートで弾をぶち込み始める。

 こちらに飛んでくる弾を片手で方向転換させつつ、弾丸を的確にギャングどもに当てていく。


『マスター、ターゲットの60%を駆除しました』

「よし、今度は肉弾戦のテストだ」

『かしこまりました。スピリットに負荷が掛かっています』

「分かってる」


 俺は目の前に表示された警告画面をデリートし、そのままダンスフロアーへと着地する。


Stayin' alive, stayin' alive

Ah, ha, ha, ha, stayin' alive, stayin' alive

Ah, ha, ha, ha, stayin' alive


 ダンスミュージックが爆音で轟くフロアーをスキップモードで移動し、とりあえず目に入った奴に振りかぶるようにして右フックをお見舞いする。

 ゴールドのライオンを模したアーマースーツの顔面に拳が触れた瞬間に、塵のように粉砕される。そのまま、相手がひっくり返るように吹っ飛び、ログアウトしていく。

 とんでもない破壊力に周りにいた奴らが、ハッとしたように後退りする。


「おい、どうした? 俺の首が欲しいんだろ?」


 ビビってないで掛かってこいよ、そう煽るように両手を動かすと、逆上したように奴らが飛びかかってくる。

 動体視力モードをマックスにする必要もなく、殴り掛かってきたそいつを避け、がら空きの脇腹に蹴りを捻じ込む。続けて俺を投げ飛ばそうと体当たりしてきた奴の首根っこに肘打ちをしてやり、放り投げる。

 続けて頭部に軽く衝撃が走り、肩越しに見れば、やけに大きなハンマーを構えた屈強なアーマースーツの男がおり、俺は肩を竦める。


「なんだ、それは? 蠅叩きか?」

「ふざけんな、死ね!」


 そうハンマーが振り上げられ、俺は掌を男に向ける。次の瞬間、男の鳩尾辺りにこぶし大の穴が空き、男はハンマーを振りかざした格好のままログアウトしていく。

 ちょっと今のは、エグい攻撃だったかな……ズキン、とこめかみあたりが痛んだ気がして、俺は小さく顔を顰める。思った以上にスピリットに負荷が掛かっているらしい。


『マスター、スピリットに負荷が掛かっています。これ以上の戦闘は危険です』

「分かってるって」


 おざなりに返しながら再び表示された警告画面を消去する。それと同時に、一瞬怯んでいた奴らがこちらに飛び掛かって来る。

 羽交い締めにされ、ベレッタを構えたアーミータイプの奴から一発くらう。しかし、弾はアーマースーツに弾き返され、火花を散らしただけだった。

 悪態をつきながら、今度はTYPE―SAMURAIのアーマースーツの奴がこちらに日本刀で斬り掛かってくる。


「新しいアーマースーツなんだよ、刀傷は勘弁してくれ」


 羽交い締めにされたまま反動をつけて、思い切り日本刀を蹴り上げて払いのける。そのまま男の首を絞めるように脚を交差させて力を込める。

 ごぎゅ、と嫌な感触と共に首の骨が折れる感触がし、サムライがログアウトしていく。その様子に、慌て始めた幾人かのハンター達が逃げるようにログアウトしていく。俺を羽交い締めにしていた奴が俺の身体を突き放すようにし、拘束が解かれる。俺は腰に装着したグロックを握り、羽交い締めにしていた奴の眉間を狙って引き金を引く。

 まだ逃げおおせずにいる奴らにも早撃ちで鉛玉をくらわせていく。

 狙撃モードも問題なし、ついでにこっちも確認しておこう。俺は太腿に装着していたスローイングナイフを取り出し、呆然と立ち竦む電脳ギャングに向かって投げる。

 ヒュッと空間を切り裂くようにしながら、ナイフがギャングの額に突き刺さる。

 ギャングがログアウトしていくのを見やり、気づけばダンスフロアーには、誰もいなくなっていた。


「アテナ、武装解除。戦闘データを保存しておいてくれ」

『はい、マスター。お疲れ様でした』


 アーマースーツを解除した途端、ぐらりと視界が揺れる。おまけに頭の中からハンマーで殴られているような猛烈な痛みと衝撃が走る。

 クソッ……呻くように悪態をつきながら、ダンスフロアーの床に身体が倒れ込む。

 目の前が真っ暗になり、遠くでリードが俺を呼ぶ声がした気がした。


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