アナーキー☆セブン 【Episode:6】

〔6〕


 俺が指定したランデブーポイントは、超深海帯ヘイダルゾーンに程近い『ダイナー666』で、ここならば俺が承認した名うてのダイバーやハッカー、クラッカー達しかおらず、寧ろ安全だと踏んだからだ。

 ダイナーの窓際のボックス席に四人は先に到着していた。同時に通信が入り応答すると、思った通り相手はリードだった。


『兎羽野さん、無事ですか!?』

「ああ、なんとかな。状況はどの程度、把握している?」

『実は、兎羽野さんが緊急ボタンを押した瞬間に、GPS機能と共に、会話もこちらで傍受できるんです』


 GPSに会話傍受とは……なるほど、まさに緊急用だ。


「じゃあ、説明はいらないな。奴は自分を陽気な爆弾魔と名乗っていた。もしかすると正体はスマイリーボンバーかもしれない。やつは今、どうしている?」

『スマイリーボンバーこと、喜崎治きざき おさむですが、模範囚だったので三か月前に出所していました。今、現在所在地を確認しています』

「俺達の乗っているバスの居場所は特定できているんだよな?」

『ええ、しかし、我々の存在が知れて、起爆スイッチを押されてしまうのを避けるため、爆発物処理班が距離を取りつつ追尾しています。電犯では、スマイリーボンバーの所在地が分かり次第、急行する予定です』


 ボックス席の四人が不思議そうな顔でこちらを見つめ、「すぐに行く」と俺は軽く手を振っておく。


「スマイリーボンバーは、一時間以内に帝都銀行の金庫を開けないと、爆発させると言っていた。頼む、時間内に対応してくれ」

『ええ、必ず皆さんを助けますから。ああ、そうだ! 帝都銀行には話をしたんですが、セキュリティーにかなり自信があるのか、侵入するのは無理でしょう、なんて鼻で笑われちゃいましたよ』

「じゃあ、こっちも遠慮なく忍び込ませてもらおうか。俺達が送金したら、その先の口座を即座に凍結するように依頼しておいてくれ」

 冗談だと思ったのか、リードが小さく笑い、俺も短く笑う。帝都銀行のような難攻不落の金庫のセキュリティーに堂々とアクセスできる機会なんて、今後ないだろう。ダイバーなら、胸が高鳴るような案件だ。


「帝都銀行の金庫にアクセスしている間は、通信はできなくなる。こちらから、また連絡する」

『了解しました。お気を付けて』


 リードとの通信を切り、俺は子供たちの元へ向かう前にキットにアクセスをする。


「待たせたな。今、電犯の連中が爆弾魔の所在地を探している」

「じゃあ……帝都銀行の金庫破りはしなくていいんですか?」

 そう、マナブが少し安堵したように言い、俺は肩を竦めてみせる。


「怖がらせるつもりはないが、一時間以内で電犯がスマイリーボンバーを確保できるか……正直、難しいところだろうな」

「じゃあ……金庫を破ってあのクソ爆弾魔に送金しないといけない?」


 ケンが思い切り顔を顰めて言い、俺は思わず小さく笑う。


「ああ、その『クソ爆弾魔』に送金する一歩手前までは、突破しておく必要があるな。だが、電犯から帝都銀行にすでに話はしてあって送金しても、奴の口座は一瞬にして凍結されるようになっている」


 四人は不安げな面持ちで互いの顔を見合わせ、俺は宥めるように続ける。


「きみらのボディやスピリットを危険に晒さないように、俺も全力を尽くすよ」

「兎羽野さんもそう言っているし、トライしてみましょうよ。こんな機会はないし、ね?」


 そうナギサが悪戯っぽくウィンクをし、ケンが不敵な笑みを浮かべる。


「だな、堂々と帝都銀行の金庫を破る機会なんて、そうそうねえよな」

「そうですね、そう考えると……少し、ワクワクします」

「皆と一緒なら……いいかな」


 そう、マナブとユナも頷き、俺は、パンと一つ手を叩いて片頬を上げる。


「じゃあ、早速、アクセスするか。まずは金庫の座標を調べないとな。誰か、知ってるか?」

「まさか! 常に移動している金庫ですよ。僕が計算を担当していますが……二十分は掛かりますよ」

「じゃあ、こういう時はプロに任せよう」


 俺は、カウンター席で常連客と談笑している筋骨隆々のいかつい男に声を掛ける。


「コンパス! ちょっと、来てくれ!」


 コンパスが大きな体を揺らすようにこちらにやってきて、子供達に気付いて眉を上げた。


「なんだ、このちびっ子達は? もしかして、お前の隠し子か?」

「馬鹿を言うな。座標師ポインターのお前に頼みがあるんだ」

「いいぜ、お前の頼みなら、CIAの機密ファイルのアクセスポイントだって調べてやるよ」

「帝都銀行の電脳金庫のアクセスポイントを教えてほしい」


 コンパスが近くのテーブルから椅子を引っ張ってきて、どっかりと腰を下ろす。


「おいおい、帝都銀行の金庫って、常に深層階層を移動してるあれだろ? がちがちのセキュリティーで固められた潜水艦に忍び込むようなもんだぞ?」

「そうだ。その難攻不落の潜水艦に入り込みたいんだよ」

「まったく、何を企んでやがるんだか……」


 コンパスは、ぶつくさ言いながらも道具箱にアクセスし、いつものキットを取り出す。


「ちょっとテーブルを借りるぞー」


 そうコンパスが電脳地図を広げ、子供たちが興味津々と身を乗り出す。

 そこには深層空間の座標と、いくつかのポイントには、赤いマチ針が刺さっている。


「ちびっ子よ、そいつには触るなよ? 俺の大事な商売道具だからな」


 コンパスがにやりとし、マチ針を触ろうと指を伸ばしていたケンが慌てたように手を引っ込める。コンパスがMEL用の方位磁石を取り出した。


「今、ターゲットがいるのはここだ」


 そうコンパスが地図を指差し、青いマチ針を刺した。


「だが、ここにアクセスしても、その頃には他の場所だ」


 そうコンパスが電脳方位磁石を操作し、腕時計を一瞥する。


「五分後には、ここだな」


 そう彼が赤いマチ針を刺し、空中にアクセスポイントが表示される。途端に子供たちが「おおっ!」と歓声を上げる。何やら、心を揺さぶられたらしいマナブが身を乗り出した。


「す、凄いですね! 普通は複雑な計算をしないと、導き出せないものですよね?」

「計算はしてるぜ? だけど後は、長年の経験と勘だよ、ボウズ」


 興奮して頬を紅潮させる彼に、コンパスが片目を瞑ってみせ、益々マナブの瞳が輝いた。まるでアイドルかスーパーヒーローにでも遭遇したかのようだ。


「分かってると思うが、このアクセスポイントに五分後ピッタリに、いや、もう四分二十秒後だな。全員が同時にアクセスしないと、中には入れねえぞ」

「皆、このアクセスポイントのアドレスを入力して準備をしておいてくれ。コンパス、これの設定を頼む」


 俺は道具箱からタイマーを取り出し、コンパスに渡す。彼が「これなら確実だな」とボタンを操作して、アクセスする時間をセットした。

 子供たちがアクセスポイントを入力し、タイマーをテーブルの真ん中に設置する。空中にカウントダウンの数字が赤く点滅しはじめた。俺も移動の準備を終えると、コンパスがにやりとする。


「何だか知らねえが、楽しんで来いよ、スーパーダイバー!」


 そう勢い良くコンパスが俺の背中を叩き、思わず低く呻くと、彼が「むははは!」と楽しげに笑った。


「それじゃ、アナーキー☆セブンたち、準備はいいか?」


 子供達が頷き、目の前の空間に表示されたカウントダウンの数字に集中する。

 5・4・3・2・1……

 俺達は、アクセスポイントへとダイヴした。




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