ファントム・ヘヴン

七緒亜美

<HEAD> Dive :01 </HEAD>

DINER 666 【Episode:1】

〔1〕


 赤を基調にした店内のダイナー666は、深夜だというのに満席状態だった。俺は持っていたマグカップをテーブルに置いて、向かい合うように座る『相棒』を見やる。

 アッシュシルバーに染めた髪を短く刈った青年は、少し緊張したように、コーヒーの注がれたカップに目を落としている。

 俺は手持無沙汰に煙草を銜えながら、相棒の着ているTシャツにプリントされたキャラクターに気づく。

 確か宇宙を舞台にしたスーパーヒーロー物だったような気がする。名前は、スペース・カウボーイとかなんとか……


「それ、好きなの?」

「えっ?」

「そのTシャツのキャラクター。アメコミだっけ?」

「あ、うん……子供の頃から好きで……」

「子供の頃、ね」


 小さく笑うと、相棒は少しムッとしたように眉根を寄せたが、気を取り直したように肩を竦めた。


「ホッパーだろ、これ?」

「そうだな」


 俺はざわめくダイナーを見回して、少し身を乗り出す。


「で、どうする?」

「どうする、って?」


 俺は目立たないように道具箱のフォルダから拳銃を取り出して、そっとテーブルに置いた。相棒が少し怯んだように眉を下げる。


「このダイナーは、何をしてもいい空間だ。いわば無法地帯。客からイェンやコインを強奪してもいいし、この特殊ガンで再起不能にしてもいい」


 相棒の咽喉がごくりと大きく動き、俺は拳銃を彼の前に滑らせる。


「拳銃を撃ったことくらい、あるだろ? ゲームなんかでさ。それと一緒だ」

「そ、そりゃ……あるけど」


 そう相棒がそっと銃身に手を乗せる。嬉々として拳銃をぶっ放し始めるかと思ったが、意外にも相棒は慎重な手つきで拳銃を撫で、それからこちらを見つめた。


「今夜は、やめておく」

「そうか」


 俺が道具箱に拳銃を放り込むと、相棒は軽く眉根を寄せながら苦く笑みを浮かべる。


「俺のこと、タマなしとか思う?」

「それって臆病ってことか?」


 相棒がこっくりと頷き、俺は小さく笑った。


「お前がこのダイナーに来ただけで、俺は十分に凄いと思うよ」


 途端に相棒の顔がくすぐったそうに和らぎ、俺は片方の眉を上げてみせる。


「何もしないのもアレだし、お前がお気に入りのウェイトレスのジーナ、あの娘をナンパしておけば?」

「はあ!? なんで、そうなるんだよ!?」


 相棒の顔が真っ赤になり、俺は思わず小さく笑う。ほんと、ウブなやつだ。でも、オジさんは、そういう若者は嫌いじゃないぜ?


「ジーナの気分次第じゃ、おっぱいとか揉めると思うぞ?」


 相棒の視線がカウンターでつまらなさそうに頬杖をつくジーナに吸い寄せられ、その目が大きく開いた胸元からこぼれそうなバストを凝視しはじめる。

 彼女がこちらの気配に気づき、俺は軽く片目を瞑った。すると、ジーナがこちらに投げキッスをし、益々相棒の顔が朱に染まった。


「ジーナちゃんも暇そうにしてるじゃないか。チャンスを掴めよ、相棒。どうせ、相手はAIウェイトレスだ。リアルの女よりはハードルは低いぜ?」


 そそのかすように言うと、相棒は「ぐうう」と不明瞭に呻いて、それから力なく首を横に振る。


「こういうのは……ちゃんと手順とか踏みたいし……そ、それにさ、女の子の胸は……簡単に揉むもんじゃないだろ?」

「はあ? 簡単に揉むもんだろ。そこにオッパイがあるんだから男は揉むよ、普通に」

「そこに山があるから、みたいに言うなよ!」


 狼狽して声を裏返す相棒に、思わずゲラゲラと笑ってしまう。俺の様子に、ムッとしたようだったが、ふと思いついたようにこちらに身を乗り出す。


「あのさ、このダイナーでよく掛かってる曲ってさ、有名なの?」


 俺は呆れて思わず片方の眉を吊り上げた。


「おまえ、この曲を知らないの?」

「うん。ちょっと古くさいっていうか……」

「呆れた。お前はロックというものを何も理解しちゃいねえ」


 はあ、と大仰に溜息をつく俺に、相棒が拗ねたように唇を微かに尖らせた。


「最近のやつのほうがホッパーだよ。『ICE BARN』とかさあ、ラッパーのBIN★GOとかのほうがもっと喜ばれるって」

「ふざけんな、そんなアイドル崩れのバンドどもの曲は、このダイナーでは絶対に流させないからな」


 なんだよ、オールドタイプだよなあ、不満そうに呟く相棒に、ロックの何たるかを教え込んでやろうと口を開いたのと、相棒の腕時計のアラームが小さくなったのは同時だった。リアルに戻らなくてはならない時間らしい。


「ごめん。俺、そろそろ、戻らないと」

「ああ、またな」

「また、会える?」

「勿論。いつでも連絡をくれ」


 相棒が嬉しそうに笑みを浮かべて頷き、彼が退出ログアウトしたのを確認した後、俺はカウンターにいるAIウェイトレスのジーナを呼ぶ。短いスカートと、豊満な胸を揺らすように彼女がやってきて、ウィンクをしてみせる。


「ハーイ、ご機嫌いかが。ご注文は?」

「客達に全員に一杯、ケミカルジュースでも奢ってやってくれ。オーナーからと言えば警戒もされないだろう。あと、全員に『タッチ』しておいてくれ」


 ジーナは、悪戯っぽく笑みを浮かべ「任せておいて」と銀色のトレイ片手にボックス席へと向かう。げらげらと何やら大笑いしていたグループの一人の肩にジーナが触れているのを確認し、俺もダイナーからログアウトする。










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