第3話 ミュラー教授、中学校に現る。(一話完結ものです)

 ある日、中学校の道徳の授業に、倫理学の第一人者としても有名な数学者、ミュラー教授が招かれた。まさにこれから授業が始まる、というその時に、一人の生徒が「キヒャー!」っと叫んで椅子を蹴飛ばし、そのまま教室から出て行った。ミュラー教授は歩いて追いかけようとした。慌てて担任の先生が制止して、

「あの子は根っからの不良です。あとで叱っておきますので、どうか授業を始めてください」

と言った。しかし、ミュラー教授は、意に介せず、

「もう始まっています」

と言い、そのまま“不良”と呼ばれた生徒を追いかけて、

「なあ、君。授業の時間だ。体調不良やトイレでなければ、戻りなさい」

と、言った。

「キヒャー! タバコ吸うから、ライターくれ!」

「なあ。中学生がタバコを吸うのは、犯罪だ。やめなさい、だって、体に良くないからね」

「大学の偉いヤツかなんだか知らないけど、何が言いたいんだ!」

「タバコをやめて、教室に戻りなさい」

このやり取りを遠巻きに見ていた、中学校の先生たちは、不安そうな顔をして見守っていた。



 結局、この“不良”と呼ばれた生徒は、道徳の授業が終わるまでには、教室には戻ってこなかった。

教室にいた生徒は、副担任と一緒に、教室でミュラー教授が戻ってくるのを、長い間、待っていた。

ミュラー教授の講演会のタイトルは、

「One for all, all for one.」

であったが、結局何も話さずに、終わってしまった。



 担任と副担任は、

「ミュラー教授は、一人はみんなのために、みんなは一人のために、ということを身をもって教えてくれたのですよ」

と、後付けで説明して、生徒を納得させようとした。

 するとそのとき、ガラガラ~っと力なく教室のドアが開く音がした。

「ノンノン。私が言いたいことはそんなことじゃないよ。前半の“一人はみんなのために”は正しいが、後半は違う。わたしの意味は“みんなで一つになって”という意味です。担任と副担任は廊下に立ってなさい。あ~、それと、これから補講を始めます。すなわち、みんなで一つというのは、ここでは全体主義的な意味ではなく・・・」



 次の日、担任と副担任は冴えない顔をして教室に現れた。

“不良”と呼ばれた生徒が、ふと先生に尋ねる。

「あのおっさん、もう来ないの?」

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コラム「微分積分学の真の発見者 ~ダニエル・マルタン~」という虚像について まろうソフトウェア工房 @marou_software_kobo

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