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 とある初心うぶな青年が自らの男としての本能に大慌てで走り出している間にも、姫たちの女流麻雀は進んでいました。それはそれは、全能のヒラメが漁師のおかみさんの願いと引き換えに呼び込んだ嵐のような、本当に恐ろしい荒れ模様で……。



ファ……ツモ」


南2局 4本場

ラプンツェル(跳満6400オール) リーチ・平和All Runs自摸Self Draw一盃口Double Run嶺上開花King’s Tile Draw南瓜Pumpkin


「美しい手だ。流石はラプンツェル」金の髪が輝く姫君の背後で、彼女の王子黒風が上品に拍手を打った。「これで流局一回挟んで4連続の和了り。無駄に鳴かず、塔に籠もり、次々高得点を積み上げる。嘘をつけない君らしい迫力のあるリーチ麻雀だよ」

「流局は二回よ」クスクスと、ラプンツェルはいつも通りの優雅さで微笑んでいる。「適当なことばっかり。貴方、体は大きなライオンのようなのに、唇だけはいつも狐のよう……」

 対して、非常につまらなさそうな顔をしてラプンツェルの連荘レンチャンを眺めていたシローが、ペッとツバを吐くような仕草を見せた。

「あー不愉快……まったくもって不愉快だよ」カツカツと苛立たしげにステッキを鳴らす。「めんどりが死んだって話と同じくらいつまらない展開だね。勝てないゲームほど面白くないものを僕は知らない」

 またしてもダントツのビリに沈んでいたシンデレラは顔を伏せた。「ごめんなさい……」

「はは……自覚があるのは偉いよ、シンデレラ」そう言ってシローは、シンデレラの細い喉首に後ろからそっと指を添える。「でも怖がっちゃだめだ、シンデレラ。君は今戦ってるんだから。わかるね?」

「は……はい」

「ほら、いい手だよ。大丈夫、そのまま進めていけば……」

「リーチ」

 また、ラプンツェルの捨て牌の上に真珠の点棒が現れる。

 シローの爪が、シンデレラの喉に食い込んだ。

「ひんっ!?」

「……どうしたって敵わないね、ラプンツェルには」シローはわらう。「結局最後にいいところを持っていくのはいつもだ。きっと今回もそうなんだろう。不愉快だけど仕方がないね。それで、僕らはどうしたらいい? 誰と戦う?」

「シロー……?」頬を撫でられながら、シンデレラは不安げに王子の顔色をうかがった。

「ぞっとしないね。目いっぱいに広げてしまったその手には安牌あんぱいがない」シローは中指でシンデレラの唇を強く押さえつける。「怖いけど、君が招いた事態なんだからもう仕方がない。僕らは戦うしかないんだ。そうだね?」

「……あいはい

 そっとシンデレラは、5の筒子ピンズを卓に捨てた。

「ちー!!」元気よく声をかけたのは、白雪姫。「チッチチ・チーぃ!!」

 思わずプフッと、刈子が吹き出した。「おおっと……姫?」

「え、なあにカルコ?」

「いえいえ、なんでもありませんよ白雪姫。大胆なのは良いことです」

「ああ、なんか来たよ」シローは平坦な笑みを顔に貼り付けたまま、細い溜め息でシンデレラの髪を撫でた。「関係も勝算もないくせに、雑な気分でちょっかいかけにきた。無粋な悪戯がどうなるか思い知らせてやりたいところだけど、叱るのは怖い熊さんにでも任せよう。それより僕らの相手は……」

「リーチ」

 呟くような小さな声がした。グレーテルだった。際どい牌だったがラプンツェルからロンの声はかからず、真珠の点棒が捨て牌の上に出現する。「ふう、通った。ここが勝負所ね、お兄様」

 ヘンゼルの首が、窓が風で震えるようにカクカクと動いた。

 ラプンツェルは余裕の表情で牌を切る。

「アレは本物だね」手番が回ってきたシンデレラにシローはまたささやいた。「既に4万点も離されて、しかも親番が落ちてる二着目がトップ相手に追っかけリーチだってさ。これはただごとじゃないよ。ねえ、シンデレラ、こういうとき僕らはどうするべきだと思う?」

「ええと……」シンデレラは手元に持ってきた牌と捨て牌の河の間で目を泳がせながら、叱られぬよう、なんとか言葉を紡ぎ出す。「リーチが二つきたら……戦わないで降りた方が得……」

「それで、いいの?」

「え?」

「麻雀は面白いゲームだと、僕も思うよ」シローは言う。「正しいことをしていれば勝てるわけじゃない。分の良い賭けをしていても、裏目はいつでもつきまとう。あのときバカになっていれば勝っていた、欲張っていればむしろよかった……なんて、一定の"方針"に従うしかない男には逆らえないその確率論さだめを、だけど……」

 耳に口づけるような距離で、ささやく。

「女の霊感だけは、乗り越えられるんだろう?」

「…………」

「シンデレラ、可愛いだけの僕の恋人シンデレラ。君はこの場を、どうしたい?」

「私は……」

「ん?」

「……諦めたくない」

 シローが、笑った。

「その手で勝てると思ったんだね?」

「……うん」

「だったら、君のお好きに」

 シンデレラは一つ、深く息を吐く。大きすぎるくらいの声で、彼女は今日初めて、「リーチ!」と宣言をした。

 目をギュッと閉じて叩き切ったのは、ラプンツェルにもグレーテルにも危険な4の索子ソウズ

 通過。

「うっそ……まじ?」グレーテルが目を丸くする。

「やーん!! 囲まれちゃった!!」白雪姫は楽しそうに笑いながら、いつも通りに危険牌を切る。

「うーん、まさかエラちゃんまで来るとは……」手番が回ってきたグレーテルはツモ山に手を伸ばす。「って、うわぁ!! バカぁあ!!」そう叫びながら、手元に来てしまった牌を投げるように河に捨てた。

 ドラのナン

「ろ、ロン!!」



東2局5本場

グレーテル→シンデレラ(跳満13500) リーチ・一発・七対子Seven Pairs・ドラ2



「やーだーもー!!」グレーテルは悔しそうに顔を伏せる。「やっぱり七対子チートイツだ!! しかも私それ対子で持ってたのにぃ! なんで最後の一枚引いてくるのよぉ……」

 バンバン卓を叩き、シクシクとグレーテルは拗ねる。そんな妹の頭をヘンゼルの手が、糸で吊られた人形のような緩慢さでゆっくりと撫でた。

「ああ……ありがとう、お兄さま」グレーテルはその手を取って、悲しそうに頬ずりする。「うえーん、点棒なくなっちゃったよ……」

 一方で対面のシンデレラは、ホッと胸を撫で下ろしていた。「やった……今日初めて和了れた……」とブツブツつぶやいているのを、マットの上の小人たちがピコピコと小気味よい拍手で祝福している。

「素敵ね……ドラ単騎なんて」ラプンツェルが口に手を当て、意味ありげに笑った。小さくため息をつき、紅茶をスプーンでかき混ぜる。「シンデレラ、あなた、いざという時はびっくりするほど大胆よね」

「そ、そうかな……?」

「あのときもそうだったでしょう? あなたほんと、人を困らせるときだけはいつも大胆なんだから……」

「……え?」

 チカチカっと、スポットライトが明滅する。

 突然の静寂。

 何かはわからないが、

 何かが、空気を変えた。

 山を作っていた小人たちが、一斉に顔を覆ってその場に伏せる。

 明滅。

 いつの間にか、白雪姫とグレーテルとラプンツェルの目が、シンデレラの顔をじっと見つめている。

 表情はない。

 まったくない。

 世界が凍りついてしまったかのように、場に残酷な気配が漂っていた。

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