5
「あーあ、三着止まりか」グレーテルはムスッとした表情で、しかしどこか誇らしげに肩をすくめた。「リーチ棒出てたからツモでも二着だったのに」
「怖いわね、地獄待ちなんて……」ラプンツェルは上機嫌に笑っている。「グレーテルったら、プリンセスちゃんたち相手に大人げないんだから」
「6万点持ってる人に言われたくないもーん」
「あれ、私2番なの? やった、なんか嬉しい」白雪姫はニコニコである。
対局が終わり、和やかな空気が場を満たす。
そんな中で、またしてもただ一人シンデレラだけは表情を凍りつかせ、最後に打ち込んだ牌を、まるでかけっこに負けて死んだうさぎのような目でじっと見つめていた。
「……君は本当に要領が悪いね、シンデレラ」
シローが呟く。平坦な声だった。
「全く、なんて間抜けなシンデレラ。自分の頭で何かを考える力がどうしたって足りないんだ。そういう女って、たまに見ない? 態度だけ怒られないよう大人しくして、言われた言葉だけメモにでも残して忘れないようにして……そんな、結果につながらない丁寧さに
「はい……ごめんなさい……」シンデレラは泣きそうな声で返事をした。
「シンデレラ。君は、ほとんどの確率で2か3着だった。4着だけは簡単に避けられた。今、君がやったことだけが、君がビリを引く唯一の細いルートだったんだよ」
「ごめんなさい……」
唇をキュッと噛み、どんよりと暗い表情で俯いている。
「全く、君は……」
シローは、その頭を優しく抱き寄せて、小さなおでこにキスをした。
「本当に、なんて可愛いんでしょう、シンデレラ」
温もりに満ちた声。
シンデレラは肩を強張らせながら、シローの表情を覗き見た。
やはり不気味なくらい、温かい表情だった。
「どうして怯えてるの?」シローは微笑む。「シンデレラ。君はできる限りの中で、一番素晴らしい結果を呼び寄せたじゃないか。そうでしょ?」
「え……?」シンデレラは目をパチクリさせる。「……え?」
「ああ、僕の可愛い恋人シンデレラ。このタイミングで二回連続ビリなんて……君は本当に、自分のことをよくわかっているよ」
豊かな金色の髪に頬ずりするシローの声は、確かに、なんの嘘偽りもない喜びと愛情に満ちあふれていた。
「……可哀想じゃないシンデレラなんか、誰も可愛いと思わないからね」
*
麻雀が終わってすぐ、同じ会場で、30分くらいのささやかなパーティが開かれました。まだ幼い女の子たちが、普段は滅多にお城の中に姿を現さないヘンゼルの周りに集い、頭を撫でてもらっては喜ぶ、主にそのための時間でした。
「グレーテルはずるいわ。いつもお兄様を独り占めにして」
「別にいいでしょう、私、妹なんだから」
そんな和やかな会話がずっと続いています。ヘンゼルは一言も答えません。シローはまだ不安げな顔をしているシンデレラをずっと肩に抱いて、満足そうに微笑んでいました。
*
同じ夜、違う場所。
同じ月、違う景色。
りんご組のシマ内にある絢爛なナイトプール『ミルポンド』では、とある純朴な青年が作り物の水車小屋の影に隠れ、一人ぐったりとうなだれていた。青年の名はコガ。生まれてから18年、ほとんど女と接したことのなかった一羽の仕立て屋である。
若く青く健康的、それゆえ抑えが効かなかった彼の肉欲は、女たちと距離を取ったことで(下半身は反応したままとはいえ)幾分落ち着きを取り戻していた。だが到底プールに戻る気にはなれず、かといって結局処理なんてできるはずもなく、彼は難題を突きつけられた愚かな三男のように惨めな気分に襲われていた。助けてくれるキツネなどいるわけがない。
彼の心を占める感情の大部分は、結局のところ恥だった。とにかく恥ずかしかった。実質初めてと言える姫たちとの交流体験がここまで格好悪いものとなってしまったことに、簡単に言えば強いショックを受けてしまっていたのである。水着越しに勃起した股間を笑われるなんて考えられない。
(人生で……二番目に最低な気分)
頭の中で呟きながら、コガは顔を覆い眉のあたりを掻きむしった。びしゃびしゃのままプールを飛び出したせいで、
それでも……彼は男の子。
女の子相手に格好つけられない自分自身が、この世で一番
自分がそういう生き物であることすら知る機会がなかったことが、彼の不幸。
「コガ?」
声がした。ヒメの声。顔を上げると、白い水着のヒメが手に何か飲み物が入った瓶を持ってコガを見下ろしていた。後ろの照明が眩しいせいで表情はわからない。
「ヒメ……すいません」
ヒメは黙って首を横に振る。ピタピタと裸足の足音を響かせながらゆっくりと近づいてきて、すっと壁に背を預けて座り込んだ。暗い場所に来たことで、逆に顔色がうかがえる。口をキュッと結んで、どこか遠くを見ているみたいに目を細めていた。
呼吸の音と、互いの体温。
あっという間に下半身に血が戻ってきた。意識するなと念じても、本能が「それだけは無理だ」と声高に吠え続ける。コガは昨日まで、女の魅力とは『美しさ』のことだと認識していた。あるいはそう思い込むことで、ヒメに対し醜態を晒さぬよう努力していたのかもしれない。
実際の女は、グラビア雑誌の写真で見るのとは比べ物にならないほどに……なんというか、大きかった。大きくてちゃんと質量があって、息をしていて、それなのに、男の体とは明らかに形が違う。全体的に
だけどやっぱり、小さくて。
その小ささが何より、気が
(誰かいっそ皮膚が剥けるまで棍棒でぶん殴ってくれよ……)
「これ、飲む?」
隣に座るヒメが、ポツリとそう呟いた。
「いえ……大丈夫です」ヒメの方を見ないまま首を横に振る。
「お酒じゃないよ?」
「はい……すいません」
「そっか」
「…………」
「……」
カタっと地面に瓶を置く音。
10
「ごめん」小さな声で、彼女はささやいた。「そんなに辛そうになるって思ってなくてさ……喜んでもらいたかったんだけど」
「……すいません」
とにかく、謝った。胸に浮かび上がった感情は絡まったより糸よりも複雑でカオスだったが、この街で生まれた普通の男として吐ける言葉はそれしかなかった。
「…………」
ヒメは何も言わない。とても気まずい状況なのに、勃起は一切治まらない。
なんて醜い蛙だろう。
「ねえ……コガ?」
一段と小さな声で、ヒメが呟いた。少しだけ顔を上げると、彼女のつぶらな瞳がコガをまっすぐに見据えていて、マスカラの淡い紫がどこからか光を反射して輝いている。
「ぼく、考えたんだ」ヒメの赤い唇が、動く。「コガがそんなに辛そうなのってさ……結局、女の子のことを誤解してるからだと思うんだよね」
「誤解……ですか?」
「うん」
ヒメは目線を変えずにおもむろに四つん這いになったかと思うと、そのまま台所のネズミを探す猫のように、するりとコガの前に回り込んできた。信じがたいほど煽情的なポーズに、また鼓動が、さっきとは違う意味でドラムを鳴らす。
水が、髪を滴る。
「コガはほら……優しいからさ」前かがみのまま、ヒメは喋り続ける。「いっつも僕に遠慮して、ぼくが嫌がりそうなことしないようにしてる。でもきっとそのせいで、コガはぼくが本当にコガにしてほしいことをしてくれない。それはコガが、女の子も男の子が大好きってことを知らないせいだと思うから……ちゃんとぼくの方から、女の子の方から教えないとダメなんだよね、きっと、うん……」
妙に早口で、よくわからないが、興奮しているようだった。
「何を、おっしゃって……」
「コガ……もうこれっきり、これが最初で最後って誓うからさ」ヒメの片手が、コガの頬にそっと触れた。「一回だけ、お願いさせてくれる?」
悪すぎる想像に心臓が止まりそうになるのを感じながら、コガは生唾を飲んだ。
「な……なんでしょうか?」
「命令、させて」
命令。
その言葉を聞いたとき、頭皮に湧いた絶望と同時に、なぜかほんの少しだけ胸から空気が抜けた。自分が微笑んだような、ありえない錯覚すら覚える。
命令?
それはいったい、今までの言葉とどう違うというのか。
男に選択肢などあるはずがないのに……。
「もちろんです……ヒメさま」コガは答えた。もはや何も考えていなかった。
「じゃあ……」ヒメは一度コガから視線を逸らし、深呼吸をする。「そこに立って……そして、今からぼくが何をしても、じっとしてて」
「それは……でも…………」
「命令!」
強い声だった。だが反面、ヒメは本当に困ったように眉を八の字にしている。
可愛い顔だ。あまりにも素敵な表情だ。
なのにどうしてまた、コガはケージの言葉を思い出してしまっているのか……。
今度はコガが深呼吸した。ざらつく壁に手を這わせて、ゆっくりと体を起こす。
ぱっつんぱっつんになった
見せちゃいけないものが、ヒメの顔の近くに。
それをヒメが見ている。
ハンガリーワインを飲み干したみたいに、全身に火がついた。恥ずかしさを通り越して吐き気がする。墓の穴に隠れるならいっそ本当に死んでしまいたいほどに……。
ヒメの手が、コガの腰のあたりに触れる。
ビクビクと体が震えた。
(耐えろ……耐えろよ……)
「いい……じっとしててね?」
ヒメは言う。
言って、突然コガのパンツを掴み、そしてまっすぐにずりおろした。
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