第12話 Q.いっぱい食べる? A.君は好きかもしれません

 シロウご飯はまだですか。

 という名言があるらしい。


 いろいろなメディア展開を果たした結果、原典がわからなくなってしまった上に、そのセリフを言ったキャラの亜種が大量に発生してしまい、なにがなにやら。更に求められる方のキャラも、裏設定から違うゲームで主人公たちの胃袋を支える大黒柱として認知されるに至り、どうしてよいのやら。


 そんな訳で、もはやそんな設定・台詞があったことなど認知されなくなって久しく、それを覚えている人はファンの中でもごくごく限られている――コアなファンだけなのだとか。


 そして、そんな状況でも、それを覚えている人たちは言い続けるという。


「セイバーは食いしん坊キャラの走りだよね、と」


「……食いしん坊キャラ」


「そう、食いしん坊キャラ!! 常にお腹を空かせていて、ことあるごとにご飯を要求する系女の子!! ちょっと昔だったら、あり得ない属性だが――今はアリだ!!」


 そう、そしてこんな話をするからには、今回のテーマはお察しだ。

 検証する属性は食いしん坊である。


 いっぱいもりもり食べて貰って、みゆきに適性があるか、試して貰おう。

 今回はそういう話である。


「「「思春期の女の子になんて残酷なことを言うんだ、てめえは!!」」」


 残酷とはなんだ。

 お前たちクラスメイトが決めることじゃない。

 だいたい、自分の属性がなんなのか分からないまま、そして幼馴染から抜け出せないまま、四苦八苦しているみゆきの状況の方が残酷だろう。


 それが、ちょっと食いしん坊キャラを試したくらいで残酷とか。

 バランス感覚がおかしい。俺は胸を張ってクラスメイトに言いたい。

 もしこれが本当に残酷な行為なのならば、もっとみゆきが嫌がるはずだ。


 なぁ、みゆき。


「……タカちゃん。私、ちょっと、そういうのは」


「なんだって!?」


 みゆきがはじめて、俺の提案に異議を唱えた。

 しかも彼女は申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに俯いていた。


 俺の言うことなら、なんでも聞いてくれたみゆき。

 怒ることはあっても、それでもトライしてくれたみゆき。

 俺が失策した時には、それを挽回するべく手を尽くしてくれたみゆき。


 天使のような慈愛を持つ少女が、顔を背けて、無理と俺に言う。


 その事実は、俺を打ちのめした。


 どうしてだ。なぜなんだみゆき。

 いったい何が気になるんだ。

 そう、問おうとしたその時。


 ぷにっ、ぼよよん。

 彼女は自分のお腹をつまんで揺らしてみせた。


 ふむ。

 弾力はそれほどなさそうだ。

 揺れも、大したことないと思う。


 どちらかと言えば、健康的という気がしないでもないが――。

 しかし、女子高生にとって、余計なものは、余計なものなのだ。


 そう、みゆきは今、自分のお腹についたお肉を心配しているらしかった。


 なんということだろう。

 そして、なんと間の悪い。

 なんて空気を読まない発言だろう。


 俺は、軽々しく、いっぱいご飯を食べようと、みゆきに言った自分に、激しく後悔を覚えた。


「す、すまない、みゆき。そんな、気にしていたなんて、知らなくて」


「ううん、いいのタカちゃん。私の自己管理がなっていないだけだから」


「いや、けど、気にしすぎじゃないか。俺は別に今のみゆきでも、かわいいような気がするぞ」


 むすりとした不満気なみゆきの顔がこちらを向く。

 彼女が怒ったのは明白。勘違いしようのない事実であった。


 なんということだろう。

 女子がここまで自分の体型にこだわりを持っていただなんて。

 俺は思いもしなかった。


 いや、みゆきもまた、今どきの女子高生である。

 彼女たちは常に、理想のプロポーションを維持するため、たゆまぬ努力をしているのだ。俺の幼馴染のみゆきもそれは変わらないということか。


 だから、か。

 先ほどクラスメイト達が発したツッコミが俺はようやく理解できた。

 確かに、なんてとんでもないことを言うのだろう。


 俺のために、デブれだなんて。


「すまないみゆき。俺はまた、お前にばかり辛い属性を」


「いいよタカちゃん。私も別にそれは覚悟のうえでやっているから」


「お前には本当に甘えっぱなしだな」


「だからいいって。それに、もしタカちゃんが――ぽっちゃりした私の方が好みなら、私はそうなっても、別にかまわなかったりするんだよ」


「……みゆき!!」


「……タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「「「もうお前、そこまで言わせたなら、ちゃんと嫁に貰えよ!!」」」


 それと、これとは、話が、別だ。

 ぽっちゃり属性を得たみゆきを、愛おしく感じることができるのか。

 それは、なってみないと分からないことだ。いざぽっちゃりしてみたら、やっぱり違うな、ちょっと愛せないな、というのもあるかもしれない。


 幼馴染だし、言い出しっぺだから最低限の責任は取ろう。


 もし違うなとなったその時には、俺は心を鬼にして、タカヤズ・ブート・キャンプを開いて、彼女のお腹をシックスパッドに割ってみせる。

 そして、マッチョ系ゴーリキ女子の属性についても検証する。


 まさしく隙のない戦法。

 これはいける。


 だが――みゆきがポチャりたくないのだから仕方がない。


「この属性検証はやめておくか」


「うん……。ごめんね、タカちゃん」


 そう言って、笑うみゆき。

 では、仕方ない。


 俺は机の脇に下げた鞄から――クーラーバッグを取り出す。

 この時のために用意した、料理の入ったクーラーバッグを取り出す。


 ぎょっと、みゆきの目が開いた。


「プリン、パンケーキ、ガトーショコラ、蒸しパン、クッキー、トリュフ、チーズケーキ。いろいろと持ってきたんだが、無駄になってしまったな」


「……えっ、えっ? タカちゃん?」


「特にプリンは渾身の出来!! 口の中で蕩ける舌触りに、少年漫画雑誌のグルメ漫画みたいなリアクションをすると思ったが!! 残念だ!!」


「……もしかして、それ、タカちゃんが全部自分で作ったの?」


 おかしなことを聞くな、みゆき。

 まぁ、いい。当たり前だろう、と、俺は彼女に返事をした。


 途端。


「食べる!! いっぱい食べるよ、私!! タカちゃん!!」


「うぇっ!?」


「わたし、いっぱい食べる系女子になります!! 今日だけは、リミッター解除!!」


「いいのか!? みゆき!?」


「いいんですタカちゃん!! だから――プリンください!!」


 目をきらきらさせて俺に手を向けるみゆき。


 いったい何が彼女をそこまで、やる気にさせたのか。

 ちょっとわからないけれども、まぁ、やるというのだから頼もしい。


 流石は俺のみゆきだ。


「……やーん、おいしい!! これ、本当においしいよタカちゃん!!」


「自信作だからな!!」


「いいお嫁さん!! いいお嫁さんになれるよ、タカちゃん!!」


「嫁になるのはお前のはずなんだがな、みゆき!!」


 女心は複雑で難しく、幼馴染の壁は厚く強敵だが、みゆきと一緒なら、なんとかやっていける気がした。うん、なんとかぎりぎりだけれども……。


「「「いやいや、男の手料理は卑怯だわ。タカちゃん」」」


 なんでクラスメイトに、呆れた調子で言われなくちゃならんのだろう。


 あと、タカちゃん呼び。

 そう俺を読んでいいのは、みゆきだけだというのに。


 まったく、失礼なクラスメイトだ。

 絶対にプリンお前たちは分けてやらないからな。


 いいか、絶対にだ。


「おーいーしーいー!!」


「……ふふっ、みゆきが喜んでくれてなによりだ」

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