第11話 Q.メイドはいかがですか? A.それはどこにありますか
原点回帰。
そう、困ったときには原点に立ち戻ることが大切である。
物の起こりというのは大切で、人間が生きる上での軸となる。
例えば、自らの職業だ。昨今、職業選択の自由は広がり、昔のように家業を継がなければならないというようなことはなくなった。人間は、自ら自分の職業を決定し、そして選択する時代になった。
となると、その職業を選ぶ際に考えることになる。どうしてそれをやりたいのかと。
志望した理由。なぜそれに心を惹かれるのか。それを突き詰めた時に――おそらく、譲れない信念というものがあって、人間はその職業を選ぶのだ。
そう思う。
まぁ、俺は学生なので、まだよくわからないのだけれど。
とにかく、困ったときには原点に立ち返るということが大切だ。
萌えの原点。
属性の原点。
そう――。
「メイドだ!!」
「メイドなの、タカちゃん!!」
「そう、萌え属性の根源!! 全ての属性の出発点!! 決して変わることなき、普遍的かつ恒久的な存在、メイドだ!!」
「熱弁するね、タカちゃん!! メイド好きなの!?」
「アリかナシかで言えばアリ!!」
俺はみゆきに熱弁を振るった。
そう、メイドである。
何を差し置いても萌えと言ったらメイドである。
今のオタク文化の根幹を支え、また、アキバカルチャーの源流を作り出した、メイドさんである。これを抜きにして属性を語ることは誰にもできないだろう。
メイド。
それはすべての属性のはじまり。
メイド。
それはあらゆる属性の終着点。
メイドに始まりメイドに終わる。
萌え道とはメイドなり。
「ウェイトレスじゃなくメイド?」
「ウェイトレスじゃなくメイド」
「アンナミラーズじゃなくメイド?」
「胸周りがとても強調された制服じゃなくメイド」
「森薫が描く本格的なメイド?」
「それもアリだし、全ての不義に鉄槌をでもOKなメイド」
「……本気なんだね、タカちゃん」
「本気だ。今回ばかりは本気だ、みゆき。気持ち悪いかもしれないが、俺もまた男として、メイドというものに幻想を抱かずにはいられないのだよ」
メイド。そう、それは男のロマン。
もうなんというか、みゆきがメイドとか、メイドがみゆきとか、そんなこと関係ない。メイドというだけで、好きになれちゃう自信がある。それくらい強烈な属性だった。
それをみゆきと掛け合わせる――。
考えただけで武者震いがしてくるようなことであった。
たぶん、これなら、確実に、俺はみゆきのことを好きになるだろう。
愛している、結婚してくれと、姿を見た途端に叫ぶだろう。
しかしながら問題が一つ――。
「メイドが好きなのか私が好きなのか、また分からなくなるんじゃ?」
「……それなんだよ、問題は」
そう。
メイドが好きなのは間違いない。
しかしながら、メイドが好きすぎて好きすぎて――みゆきが好きなのか、メイドが好きなのか分からなくなってしまっては意味がないのである。
あくまで、みゆきが好きでなければ、俺は、幼馴染の壁を越えたことにはならない。
これまでのやり取りはすべて、みゆきに属性を付与して、みゆきのことを、幼馴染という関係性を抜きに好きになれるか、あるいは好きになる属性がみゆきにあるかということを確認するために行ってきたことである。
そこに確実に好きになるメイドをぶち込むことに、俺は、根本的な矛盾を感じていた。
しかし――。
「やってみなければ分からない!!」
「……なるほど!!」
「もしかすると、メイドが好きなだけかもしれないし、メイドになったみゆきが好きなのかもしれない。あるいは、俺の趣味に付き合って、メイドになってくれるみゆきという存在自体が好きなのかもしれない」
「やる方としては、一番最後であって欲しいよ、タカちゃん!!」
「けれどもそれはすべて、みゆきがメイドにならないと分からない!! そう、何事もまずはやらないことには始まらないのだ!! ならなきゃわからない萌え属性!!」
「論ずるよりまずやってみろってことだね!! そういうことなら、私も覚悟決めるよ!!」
「やってくれるかみゆき!!」
「やるよ、タカちゃん!!」
「……みゆき!!」
「……タカちゃん!!」
「みゆき!!」
「タカちゃん!!」
「……あの、お客さま。店の前で騒がれますと、前も言いましたが、他のお客さまの迷惑になりますので、ご勘弁願いますでしょうか。あと、ここは眼鏡屋ですが」
俺たちは商店街に来ていた。
例のアーケード街に来ていた。
そして、前にお世話になった眼鏡屋の前に来ていた。
どうしてかだって。
そんなものは決まっている。
「この辺にメイド喫茶、もしくはメイドになれるお店はないか!!」
「メイドになりたいんです、私!!」
「なんでうちに聞きに来る!! 相変わらず、周りの迷惑を考えないバカップルだな!! 店長ォっ!! パターン青、バカップルです!! 迎撃の用意をお願いします!!」
頼れるものは眼鏡屋のみ。
そう、前回、吐き捨てられるように店を追い出された眼鏡屋だったが、ここの店員はなんだかんだで話を聞いてくれると見た。
慣れぬ街で、メイド喫茶や、メイドになれるお店を探すのは意外と大変。
なので、まずはその街に詳しい人間に、聞いてみることにしたのだ。
鶴瓶の家族に乾杯だって、人の親切によって成り立っている。ならば、俺たちの属性検証だって、人の親切により成り立つはず。
そう信じて、俺たちは何も調べずやって来たのだ。
「お願いだ、メイド喫茶のある場所を教えてくれないだろうか!!」
「お願いします、どうしても急いでメイドになりたいんです!!」
「知るか!! 馬鹿!! こちとら眼鏡屋じゃい!!」
「眼鏡屋だからよく世間が見えるんだろう!!」
「眼鏡キャラは賢者ポジションだからなんでも知っているんでしょう!!」
「上手いこと言っても知らないものは知らないから!! というか、県の繁華街程度に、メイド喫茶なんてある訳ないだろう!!」
なんだって――。
そんなにド田舎だったのか、俺たちが住んでいる県というのは。
てっきり政令指定都市が置かれているレベルには、賑わっていると思っていたが、そうじゃなかったのか。
ショックだ。地味にショックだ。
自分たちがそんな田舎者だったなんて、地味にショックだ。
そして、メイド喫茶がこの繁華街にないことが、かなりショックだ。
メイドみゆきが見れる。
そう思っていたのに。
今日こそ、メイド服姿のみゆきが見れると思っていたのに。
メイドのみゆきが俺に向かって、「おかえりなさいませ、タカちゃん――じゃなかった、ごしゅじんさま」って、語尾にはぁとが浮かぶ感じに言ってくれると思っていたのに。
後悔――。
圧倒的、後悔――。
浮かれていた自分が情けなくて、俺は、顔を歪めた――。
近堂孝也、痛恨のミス。
まさかの
あまりにも退廃空虚な県のアーケード街に、俺は絶望した。
しかし!!
「あの、本当にないんですか!? メイド喫茶、本当にこの街には存在しないんでしょうか!!」
「……みゆき!!」
みゆき、まさかの倍プッシュ。
この幼馴染、どこまでも健気。
ここに来て、少しも絶望せずに、メイド喫茶があると信じている。
なんという心の強さ。
なんという人間的厚み。
希望――。
俺の中に希望が芽生える――。
それはもやがかかって見えづらいものだったが、確かに俺を導いてくれるものだった。
そう。
メイドみゆきという――
それに向かって、俺も歩み出さなければいけない。
そうだ、諦めたらそこで終わりだ。
勝ち取らねば、メイドみゆきを。そのために、俺は今、ここに、いる。
「店員さん、重ねて問う!! メイド喫茶はこの近くにないのか!!」
「お願いします!! 私たち真剣なんです!!」
俺たちの真剣な表情に眼鏡屋の店員さんも真面目な顔をする。
そして彼女は――。
「……はぁ」
何か、心が折れたという感じに、溜息を吐き出すのだった。
これは、つまり、教えてくれるということだろうか。
「あのさ。ひとつ、聞いて言い?」
「はい」
「ひとつだけなら」
「迷惑このうえない癖に、自分たちのこととなると途端にシビアに条件つけてくるな。ほんと糞カップルかよ。店長、塩用意しておいて、塩」
「なんでしょうか、俺たちにも分かることと分からないことがあります」
「あんまり難しい話だと困ります」
いや、その、あのね、と、店員さんは少し口ごもる。
そして、真面目な顔をしたまま言った。
「分からないことはググろう?」
「「……
「店長ぉ!! 塩!! いいの持ってきて!! 伯方の奴!!」
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