第10話 Q.さだまさしですか? A.(みゆき)やしきたかじんだと思います
女の子を嫁に貰う前に言っておきたいことはいっぱいある。
男というのは基本的に我儘な生き物で、女の子にいろいろな注文をしてしまうものなのだ。そういう我儘な男心を見事に歌い上げたのがそう――。
かの名曲『関白宣言』である。
これからの長い夫婦生活でイニシアチブをがっちり握る。そのために、男は関白にならなければならない。そういう心意気がビンビンと伝わってくる、ダンディズムソングだ。
きっと男はこの曲を聞いたら、肩で風を切って歩くようになるだろう。
まるで任侠映画を見た男の子みたいに、イキってしまうことだろう。
やってくれるぜさだまさし。
流石は京都木屋町で、生卵をぶつけられただけはある。
大阪環状線、大阪駅の発車音に採用されるだけはある。
死んだ今でも看板番組が続いているだけはある。
さだまさし。凄いぜ、さだまさし。
そして俺は気がついた。
「みゆきばかりが属性を持つ必要はないということに!!」
「えっ!? えっ!?」
「俺が――俺たちが、関白だ!!」
「タカちゃん!? 最近なんだかちょっと疲れているの、タカちゃん!?」
「「「関白宣言は字義と真逆のことを歌っている歌だよ!!」」」
よく分からないツッコミをクラスメイトたちが入れてきた。
字義と違う。何を馬鹿な。あれは亭主関白を宣言する立派な歌だろう。
俺より先に死んではいけないなんて――なかなか、無茶な注文だ。人の生き死にをどうこうするなんて、ブラックジャックも匙を投げたテーマなんだぞ。そんな注文を嫁に強いるなんて、我儘亭主の鑑のような歌じゃないか。
馬鹿を言ってはいけない。
そして、自分より先に死んじゃ嫌って――やっぱ好きやねんではないか。
あの歌の裏にある我儘な愛に、どうして気がつかないのだ。
サイコパス。
クラスメイト全員サイコパスだよ。
怖い教室だまったく。
とにかく。
「今まで、俺はみゆきにばかり属性を強いてきた」
「……まぁ、うん、そうかも」
「しかし、それがそもそも間違いだったのだ。幼馴染の壁を突破して、お前を好きだと感じるようになるためには、お前が変わる前に――俺が変わる必要があったんだ!!」
「……逆転の発想!!」
みゆきは納得してくれたようだ。
そう、それが、俺がさだまさしの『関白宣言』を聞いて、思い至った境地だった。
人を変えることは難しい。
しかし、自分は変われる。
いや、変わるのは容易くないかもしれないが、努力はできる。
俺は今までみゆきに、多くのことを求めてきた。
その求めてきた多くのものを、今度は自分に求める時が来たのだ。
俺が変わらねばならない――。
みゆきを愛すことができる男にならなくてはいけない。
「故に、俺は今から関白になる!!」
「関白になるの、タカちゃん!!」
「燃え上れ、燃え上れ、燃え上れ、関白!! で、関白になる!!」
「どっちかって言うと、それは関白が仕えていた人の方だよ!!」
「口答えするな、みゆき!!」
「ひんっ!!」
俺は早速、みゆきに対して厳しい態度で接した。
今日から俺は関白なのである。そして、みゆきは俺の幼馴染だが――嫁に貰った前提で、強く厳しく接していくことにする。
それが俺のみゆきに対する、せいいっぱいの誠意である。今の今まで、いろいろと振り回してきた、みゆきに対して俺ができる、気遣いである。
みゆき。
どうか我儘だった俺を許してくれ。
これから亭主関白として、しっかりと我儘をしていくから、許してくれ。
「まずはみゆき!! お前に関白として早速五か条を申し付ける!!」
「……なんだかよくわからないけれど、分かったよ、タカちゃん」
「ひとつ、いつも可愛くいろ――」
みゆきを見た。
俺は見た。
あらためて、その五か条のひとつ目を読み上げてから、みゆきをまじまじと眺めてみた。それがちゃんとできているか、確認するために俺はみゆきをガン見した。
えっと、と、困った顔をして、頬を赤めるみゆき。
うむ。
確認するまでもなく可愛い。
ぶっちぎりで可愛い。
文句なく可愛い。
なんだこの最高に可愛い幼馴染は。そんな幼馴染に、俺はえらそうに、いつもかわいくいろなんて、そんなおこがましいことを言おうというのか。
「この一か条目は不要とする!!」
「いいのタカちゃん!!」
「いいのだ!!」
こんなことしなくても可愛い。
だから、そんな条文がある方がおかしいのだ。
俺は関白だが、聡明な関白だ。
無駄なことはしない。
「次。ひとつ、みゆきはいつも俺を大好きでなくてはいけない」
「常時大好きだよタカちゃん!!」
「この条文も不要!! 次――」
他の男にデレデレしてはいけない。
俺以外に男友達はいないとみゆきは答えた。よって、これも不要。
学校から帰る時は俺と一緒でなければいけない。
むしろ朝から晩までずっと一緒だとみゆきは答えた。
家が隣の幼馴染。故に不要。
用もないのに俺と半径10メートル以上離れてはいけない。
部屋が窓をはさんですぐそこだから大丈夫だよとみゆきは言った。
不要。
かくして関白宣言五か条は――。
「全部、不要、だと!!」
「……不要だったね、タカちゃん」
「割と厳しいことを言ったつもりなのに――どうしてこうなったんだ?」
「……生まれついての関白なのかもしれないね、タカちゃんは」
関白だったのか。
生まれついての関白だったというのか俺は。
だとしたら、この俺の属性検証の時間は、いったいなんだったのだ。
今度こそ、みゆきのことを愛せると、思っていたのに。
みゆきのことを、愛せる関白になれると思っていたのに。
「すまん、みゆき!! 俺が、俺が生まれついての関白のせいで!!」
「タカちゃん!! 気にしなくていいんだよタカちゃん!!」
「いいのかみゆき!!」
「女の子は――ちょっと強引な男の子に振り回されたいものだから!! だから、生まれついての関白でも問題ないんだよ、タカちゃん!!」
「問題ないのかみゆき!!」
「むしろもっと振り回して欲しいよタカちゃん!!」
「……みゆき!!」
「……タカちゃん!!」
「みゆき!!」
「タカちゃん!!」
不甲斐ない俺を許してくれる、優しいみゆき。
やはり、幼馴染というのは最高だ。
かの戦国武将織田信長も、幼馴染で遊び仲間だった、森長可、前田利家、乳兄弟の池田恒興を、ここぞという場面で重宝したという。
やはり、幼馴染というのはかけがえのないもの。
関白とかそういうのは抜きにして、これからも、俺はみゆきのことを大切にしていこう。そう改めて俺は決意したのだった――。
「「「てめぇら!! いい加減にしないと、大坂夏の陣だぞ!!」」」
どういうたとえだ。
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