第9話 Q.母の愛情に飢えていますか? A.そんな歳ではありません

 バブみ。

 ベバブみ。

 バブみズン。

 ベバブみズン。


 そう、世はまさにバブみもしくはオギャミティ戦国時代。


 ありとあらゆるヒロインが、主人公に対して圧倒的包容力を発揮して、主人公をいやすために全力を尽くす――そんな話が求められる時代なのだ。


 ここ数年、日本は完全に高度成長期の余勢を失い、技術的優位性を発展途上国に次々と奪われ、一気に後進国へと転がり落ちた。そんな状況下であるから、労働環境はますます劣悪に変わり――ほどよく働き、ほどよく遊び、ほどよく幸せになるというあたりまえのサイクルを見失ってしまった。

 そんな大切な何かを失ってしまい空虚になった人間たちの心の隙間に、バブみ――安心感はするりと入り込んできた。


 疑似家族。

 安心できる嫁、母、姉妹、娘。

 そう、もはや簡単に手に入れることのできなくなったそんな関係性を、物語で代替しようという動きが、ここ数年のバブみ興隆の裏には隠れている。


 そんな社会の暗部を――俺は「艦隊これくしょん」の雷ちゃんの二次創作漫画を読みながら感じ取った。


「そんなんじゃダメよ!!」


「……ダメなのか!!」


「まっかせて!!」


「……まかせたい!!」


 ついでに、原典に触れておこうと、雷ちゃんボイス集という投稿動画も確認した。


 十八歳以上しか艦隊これくしょんはできないので――どんなにエロいゲームなのかと心配したけれど、意外に普通のゲームだった。

 そして、二次創作以上に、雷ちゃんはバブかった。


「ここにあと、瑞鳳ちゃん、鳳翔さん、大鯨ちゃんか」


 バブみ黎明を切り開いた艦隊これくしょん。

 この属性を理解するのはまだまだ骨が折れそうだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「……ということがあってな」


「「「割とどうでもいい話!!」」」


「私のために、いっぱいバブみを研究したんだね!! タカちゃん!!」


「「「ほんで、受け入れるのな!! 包容力、十分備わってるよ!!」」」


 いつもの通り、俺とみゆきの属性検証にツッコむクラスメイトたち。

 俺がこんなにいっぱい頑張っているのだから、彼らも少しくらいは、バブみを発揮してくれてもいいのに。

 がんばれがんばれ、って言ってくれたら、頑張れるかもしれない。


「頑張ったね!! えらいね!! タカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「……タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「「「いや、もう、それほぼほぼできてるよね!!」」」


 また表層だけを見て、勝手なことを言うクラスメイトたち。お前たちの目は本当に節穴か。みゆきはただ、俺の頑張りを認めてくれただけだ。


 バブみや、オギャみの前に、人が頑張ったらそれを認めてやる、褒めてやるのは当然のことだろう。どうしてそんな風に否定から入るのだろうか。俺には、クラスメイトたちのそういう冷たさが、とても怖く思えた。


 そんな中、俺が何をやっても認めてくれる、みゆきの尊さよ。


「えらいね、タカちゃん。そんなに目の下に隈を作ってまで、頑張って私のために調べてくれたんだね。タカちゃん、えらい、えらい」


「みゆき」


「私は知ってるからね。タカちゃんが頑張りやさんなの。タカちゃんは、いつだって、私のために一生懸命、頑張ってくれてるもんね」


 けど時々は、私のことを頼ってくれてもいいんだよ。

 そう言って俺の前で微笑むみゆき。


 これは――間違いない。


 バブみ。

 紛れもない母性の発露。


 弱ったところに即優しみ。即効性、栄養ドリンクを飲んだみたいに、ぐんぐん染み入ってくる癒されパワー。彼女の笑顔を見るために、二十四時間働けますか。働けますよサラリーマンと、黄色いマークで勇気が灯る。


 目覚めた。みゆきの中の圧倒的な属性が、今、目覚めた。

 行ける、俺は彼女のためなら、この辛い時代を生き抜くことができ――。


「だって私は、タカちゃんの幼馴染だから!! こういう時、相談できるのは、昔から自分のことをよく知っている幼馴染だけだから!!」


「……みゆき?」


 そう言って、みゆきは拳を握りしめて、ふんすと鼻を鳴らした。

 たまには私が悩みを聞いてあげる。そんな気負いが感じられる、ガッツポーズを彼女は俺に向けてきた。


 あれ。

 これ、あきらかに、バブみ入ってるなと思ったけれど、違ったのか。

 幼馴染歴が長いだけだったのか。


 幼馴染への信愛から来る、優しさとかそういう感じの奴だったか。


 ちょっとわからない。

 分かったようで、バブみという概念が、いまいちピンと来なくなった。


 バブみと幼馴染への気遣いは、何が違うのでしょうか――。


 こいつを見分けるのは、どうも難問のようだ。


「わからない、バブみが、やっぱりわからない」


「いいんだよタカちゃん。分からない時には分からなくても。人生にはそういう時があるものなの。だから、あまり思い詰めないで」


「けれどもみゆき」


「辛いなら、私の胸を貸してあげる――こっちおいで、タカちゃん」


「……みゆき!!」


「ターカちゃん!!」


「みゆき!!」


「ターカちゃん!!」


 頼もしい幼馴染の胸に飛び込んだ。

 人目もはばからず飛び込んだ。

 もういろいろと疲れてしまって、彼女に癒して貰いたくて飛び込んだ。


 みゆきの胸は、年相応に膨らんでいて、なんというか――とっても安心するそんな柔らかさがあった。これが、幼馴染の安心感。


「バブみが、バブみが分からないよ、みゆきぃいぃ!!」


「いいんだよ、わからなくっていいんだよ、タカちゃん」


「うっうっ、みゆき、みゆき――いや、みゆきママァ!!」


「お母さんの代わりにいっぱい甘えていいんだよ。家族ぐるみのお付き合いしている、私たちは幼馴染なんだから――大丈夫!!」


 大丈夫なのか。

 家族ぐるみだから大丈夫なのか。

 じゃぁ、もう、遠慮なく、みゆきに甘えてしまおう。


 オギャみとか、バブみとか、よくわかんないけど、それより幼馴染がすごいということだけは、俺には今回の経験を通してよく分かった。


 やはり、幼馴染は最強。それゆえに、この属性を突破するのは難しい。

 まさしく諸刃の剣なのであった。


 そんな壁を突破するため――。


「おぎゃあ!! ばぶぅばぶぅ!!」


「よしよーし、タカちゃん、よしよーし。大丈夫だからねぇ、ママがついてまちゅよー」


 俺はみゆきに、今だけは思いっきり甘えることにした。


「「「いや、バブってるしオギャってるよ」」」


 またそうやって。

 見た目だけで人を判断してほしくないでちゅ。ちゃーん、ばーぶぅ。

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