第8話 Q.悪役令嬢ですか? A.時代が違います
悪役令嬢もの。
そういうものもあるのか。
俺はみゆきに似合う属性を探しているうちに、ネットの深淵へと足を踏み入れた。そう、そここそは、この世の人間たちの欲望が煮締められた場所――ありとあらゆる性癖に応えるための物語が紡がれる場所。
WEBの海に現れた、萌え
「奥が深いな、小説家になろう!!」
そこで流行りの作品やらなにやら読んでいるうちに、この『悪役令嬢』という属性に俺は気がついた。女性ものなので見落としていたのだが――どうやらこれも、人気のある一つのジャンルにして属性なのらしい。
簡単に読んだ限りだが、いわゆる、ゲームのライバルキャラクターポジションに居る女性のことらしい。
そこそこの社会的地位を持っており、当面の主人公の敵として現れるのだが、最終的にはやられて、すごすごと舞台から退場する――そういうキャラなのだそうだ。
やられ役というのが気になるところだがそこがみそ。
本来なら退場する予定のキャラクターに転生することにより、あらぬ方向に話を転がすことができる――実においしいポジションなのだ。
コメディにも、そして、シリアスにも話を進められる万能属性。
「悪役令嬢――恐るべし!!」
その人気作の一つを読み終えた俺は、素直にそう思った。
男向けの作品でもないというのに、目いっぱい楽しんでそう思った。
これは萌えると直感した。
と、いう訳で。
「悪役令嬢の属性があるかどうか確認してみよう、みゆき!!」
「「「もう発想がネタに困ってるレベルだよ!!」」」
同級生たちがまた余計なことを喚く中、俺はみゆきに悪役令嬢という属性に挑戦することを提案した。
ネタに困っているだって。
そんなの――もう最初からだよ。こっちは藁にもすがる思いで、幼馴染の壁を突破しようと、最初から頑張っているんだよ。王道的な所はあらかたやりつくしたけど、それでも属性が見つからないんだよ。本当に、どうすればいいのかわからなくって、ニッチな属性でもいいから確認したいと、俺もみゆきも困っているんだよ。
だというのに、追い打ちをかけるようなことを言わないでいただきたい。
幼馴染の壁を突破するためなのだ。
俺は、幼馴染という概念を破壊して、みゆきを恋人と認識できるようになれるなら、もう死んだってかまわない――そんな覚悟でやっているのだ。
その覚悟があって、君たちは、ネタに困っていると言うのか。
半端な覚悟でそういうことは言わないでいただきたい。
そんな風に憤る俺の前で。
「……うぅん」
みゆきが難しい顔をした。
それはなんというか、ある程度俺の想像の範囲内であった。
悪役令嬢である。
その名前が意味する通り――悪属性と、お嬢様属性の組み合わせである。
その組み合わせが、素のみゆきに対して似合っていないということは、いまさら、彼女を前にしなくても想像できることであった。
みゆきは限りなく善よりの人間である。性格のいい娘である。
そして、困ったことにそこそこ金持ちの所の娘さんである。
普通にご令嬢である。
悪役令嬢の対局。
むしろ主人公のお助けキャラ。
友人令嬢ポジの娘なのである。
はっきりとみゆきの戸惑いの理由が俺には分かった。
あまりに自分の生い立ちと剥離しているので、その属性を演じることに戸惑っているのだ。
間違いなかった。
「……えっと、タカちゃん」
「みなまで言うな、みゆき。お前が悪役令嬢が似合わない女だということは、俺が一番よく知っている」
「「「ならやるなよ!!」」」
ほら見たことか。
また、物事の表層だけをなぞって、粗探しをはじめ出した。
お前たちはジャガトマ警察か。いや――属性をとやかく言うのだから、属性警察か。
なんにしても、勘違いも甚だしい。噴飯ものの指摘だと言っておこう。
そう、確かに悪役令嬢は、みゆきには似合わない属性だ。
しかし――。
「俺が調べた限りだけれども、人気の悪役令嬢作品というのは――悪役令嬢として善良な女性が転生するから面白くなるんだよ!!」
「……善良な女性が」
「みゆき!! お前はお婆さんが横断歩道の前にいたらどうする!!」
「どうしたんですか? 渡れないんですか? お手伝いしましょうか? って、声をかけるよ!!」
「みゆき!! お前はスーパーで泣いている子供がいたらどうする!!」
「どうしたのー? お母さんとはぐれちゃったのー? 大丈夫だよー? 大丈夫だからねー? すぐにママがお迎えに来てくれるよ――かな?」
「みゆき!! もし、お前が左頬をぶたれたら!!」
「黙って右頬をさし出すよ。痛いけど――我慢する!!」
「満点だみゆき!! 満点で、お前は善良な女性だ!! つまり、異世界転生して悪役令嬢になるには百点満点に善良な女の子なんだ!!」
「そうだったんだ、タカちゃん!!」
「いい子なんだよ、みゆき!!」
「……タカちゃん!!」
「……みゆき!!」
「タカちゃん!!」
「みゆき!!」
そう、みゆきは超がつくほどいい娘なのだ。もはや、異世界転生しなくても、その善良さで人を癒すことができるほどに、善良な娘なのだ。別に悪役令嬢に転生しなくても、性格の良さで周りから支えられて、冒険者として名を馳せることができるくらいに、いい子ちゃんなのだ。
あまりにいい娘すぎて、お嫁さんに欲しいくらいだ。
まったく、幼馴染じゃなかったら、いい娘というだけで、俺はみゆきに交際を申し込んでいたかもしれない。
そして、そんなみゆきいい娘伝説を、間近で見て来た俺だから言える。
「みゆき!! お前が悪役令嬢に転生すれば、天下を取れる!!」
「……天下を!!」
「恋愛ランキングで1位を取ることができる!!」
「……1位を!!」
「大手出版社とは限らないが、どこかの出版社で書籍化ができる!!」
「……書籍化!!」
「だからやろうみゆき!! 悪役令嬢を――悪役令嬢に転生してしまった主人公を、演じてみるんだ!! それで、お前の悪役令嬢力を、俺に見せつけてくれ!!」
ぐうの音も出ないようだった。
今回ばかりは、クラスメイト達も、ぐうの音も出ないみたいだった。
ふん、ようやく自分たちの浅はかさに思い至ったか、このニワカどもめ。
俺とみゆきのように、属性について日夜研究している人間にもの申そうなどと、そんなのは十年早いのだ。
なろうの歴代人気小説を読み返してからおととい来いというものだ。
と、その時。
もじもじと、なにやら気恥ずかしそうに、みゆきが視線を逸らした。
ふむ、事実とはいえ、ちょっとほめ過ぎただろうか。
だがこういう所もまた、みゆきのいい娘たる所以だよな――。
「……えっと、タカちゃん」
「なんだみゆき」
「……悪役令嬢をやるのはいいんだけど。一つ言わせてもらっていいかな」
「なんでも。俺がお前の言うことに耳を傾けなかったことがあるか?」
悪役令嬢を演じることに不安があるならそう言ってくれればいい。
それならば、当方、全力でみゆきの悪役令嬢をサポートする準備がある。
安心して悪役令嬢をやってくれ。
俺は優しくみゆきに微笑んだ。
そんな俺の顔を見て――。
「……悪役令嬢を舐めるなぁあああああああああ!!!!」
みゆきがかつてないほどの大声量と憤怒の顔で俺に言い放った。
あ、あれ。
み、みゆきさん。
なんで、そんな、怒っていらっしゃるの。
「み、みゆき!!」
「たった一作読んだくらいで、悪役令嬢のなんたるかを語るなんて、片腹痛いわ!! 悪役令嬢にはね――女の子の、夢とロマンと、憧れと屈折した想いが込められているのよ!! それを、軽々しく言ってくれるな!! タカちゃん!!」
マジ切れである。
みゆき、マジ切れである。
こんなこと過去にあっただろうか。
いやあった。確かあった。そうあれは小学生の頃――セーラームーンごっこをして、タキシード仮面を演じた時に、まじめにやってと怒られたのだ。
みゆきに怒られたのはその時以来な気がする。
そんなみゆきが怒った。
怒っていた。
なぜ。
いやもう、答えは出ていた。
「みゆき!? まさか、知っているのか、悪役令嬢を!?」
「知っているわよタカちゃん!! むしろ――私の大好物よ!!」
「大好物なのか!?」
「大好物よ!! なろう、カクヨム、アルファポリス――すべてのWEB小説投稿サイトで、新作が出たら三話まで必ず目を通す!! それくらいに大好物よ!!」
「そんなに好きなのか!!」
「そんなに好きなのよ!! だから言うことができるわ――私みたいな中途半端に無個性な女の子が転生しても、人気なんて出る訳ないでしょう!! 一生懸命、悪役令嬢書いている作者さんにも、悪役令嬢モノの主人公にも、失礼でしょう!!」
そう言って、ダン、と、みゆきは机をたたいた。
初めて、みゆきが、人前で、机をたたいた。
クラスメイトも――嘘だろおい、という感じで俺たちを見ていた。
なんということだ。
まさか、みゆきが、悪役令嬢モノのヘビーユーザーだったなんて。
幼馴染のことを全て知っていると思っていた俺だったが、まだ、みゆきについて知らない所があったなんて。
くそっ、こんなだから、俺は幼馴染の壁を突破できないのだ。
俺の、俺のニワカめ。
みゆきニワカめ!!
「……すまない、みゆき。一作しか悪役令嬢モノを読んでないのに、悪役令嬢がどうとか、生意気言って」
「生意気だよ!!」
「……本当にすみませんでした!!」
「ちゃんと反省するんだよ!!」
今回ばかりは、全面的に、みゆきに返す言葉がないのであった。
けど、この貫禄――。
やっぱり、悪役令嬢、いけると思うんだけれどな。
ダメだろうか。
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