第7話 Q.探し物はなんですか? A.属性です

 ドジっ娘属性。


 やることなすことがすべて裏目に出る、生まれついてのバッドステータスを背負った人間が、その免罪符として付与される属性のことである。


 この属性のおかげにより、バッドステータスで周りに不幸を振りまきながらも、しょうがないなぁ、の一言で済まされて、場合によってはちょっとした清涼剤のように扱われるようになるのだから、世の中というのは優しくできているように思う。


 俺もできることならば、そんな優しい世界の住人になりたいものだ。

 そうやって人のミスに寛容であればあるほど、世界というのはよりよく、そして、豊かになっていくのではないだろうか。


「という訳で、ドジっ娘属性というのを今日は試してみたいと思う」


「ドジっ娘……私にできるかな、タカちゃん?」


「できるさ、みゆきだもの。頑張り屋さんのみゆきだもの」


「……タカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「「「学校でそんなことやってる時点でもう大ドジだよ!!」」」


 不寛容のこの世の代表だろうか。

 クラスメイト達が、ドジっ娘チャレンジをしようとする俺とみゆきにそんなことを言った。


 人がせっかく真剣に、ドジっ娘をやろうとしているというのに、なんたる言い草。


 こういうちょっと自分の意見と違う人たちに対して、まるでそれがおかしいとばかりに食って掛かるようなそんな風潮は、早番なんとかした方がいいのではないか。俺は、若人たちの間にもいつの間にか蔓延している、他者に対する不寛容・排他・歪んだ民族意識に強い危機感を覚えた。


 みんな違ってみんないい。

 それでいいじゃないか。


 事実、俺はたとえどんなみゆきでも、きっと耐えれる自信がある。幼馴染として受け入れる覚悟がある。


 ただ結婚できるかどうかは別だ。

 愛があるかどうか、そこは、ちゃんと証明しないといけないことだ。

 愛なき結婚というのは――お互いにいらぬ不幸を招くだけなのだから。


「という訳で、みゆき、さっそくドジっ娘チャレンジだ!!」


「分かったよ、タカちゃん!!」


「まずはレッスン1!! 何もないところで転ぶから初めるぞ!!」


「何もないのにこけるなんて――ドジっ娘だね!! けど、私すでにときどきやってるかも!!」


 なんだって。


 すると、みゆきはドジっ娘属性を既に取得しているかもしれないのか。

 確かに、ちょっとぽややんとしている所のあるみゆきだ、ドジっ娘という属性が、ことのほか似合っているような、そんな感じがなくもない。


 これはもしかすると、ここに来てはじめて、期待できるかもしれない。


 すかさず俺とみゆきは席を立つ。

 そして、教室の後ろ――微妙に空いているスペースを借りると、そこでこける練習をすることにした。


 行くよ、と、みゆきがいつもの芝居がかった表情をする。

 こいと俺が頷くと、目をつぶって、彼女は一度深呼吸をした。


 一歩。

 その細い白百合のような足が踏み出た――その次の瞬間!!


「危ない!! みゆきーっ!!」


 俺は倒れるみゆきを救うために、彼女の背中側に回り込み、崩れた体勢を支えていたのだった。


 無自覚だった。

 まったく自分でも気がつかないうちに、俺の体は動いていた。

 気がつくとみゆきの体を支えていた。俺の胸の中でこちらを見上げる、みゆきの瞳にドギマギとしていた。


 なんということだろう。

 言葉にすることは難しい。


 ドジっ娘属性について、検証をするつもりだったのに。

 何もない所でこけてしまったみゆきを見て、萌えることができるか確認するつもりだったというのに。


 俺にはそれを黙ってみていることができなかった。

 みゆきが傷つくことを黙って見過ごすことができなかった。


 だってみゆきは――俺の大切な幼馴染だから。


「た、タカちゃん!! どうしてこんなことを!?」


「すまない!! お前がコケて痛い思いをするのが耐えられなかった!!」


「耐えられなかったの!?」


「耐えられなかった!! 幼馴染として見ていられなかった!!」


「「「いや、幼馴染だからって、そこまで思うことはないよ!!」」」


 だから、表層だけをなぞるように、俺たちの関係性をとやかく言うのはやめてくれ。


 俺は確かに幼馴染として、みゆきのことを大切に思っている。それはもう、辛い目にあってほしくない、一生笑って暮らして欲しい、なんだったらずっとそばにいて彼女の笑顔を守ってあげたい――そう思っているくらいなのだ。


 けれども、それは幼馴染として。

 決して恋人として、いわんや、婚約者として、みゆきのことを思っているから、そう思う訳ではない。なぜならば、恋人でも、婚約者でなくっても、俺は幼馴染というだけで、みゆきのことをそのように思ってしまうからだ。


 幼馴染だからみゆきのことが大切。この思いがあまりに強すぎて、俺の中の気持ちが、恋心か愛情か友情か、判別ができないのだ。


 だからこうして、長々と属性検証をしているというのに。


 いい加減分かって欲しい。

 俺のこの気持ちに。


「という訳で、レッスン1はやめておこう。可及的速やかに、レッスン2にうつるぞみゆき」


「……え? もう少し、このままじゃダメかな、タカちゃん?」


 俺に抱かれたまま、みゆきが上気した顔で問うた。


 その熱っぽい視線にちょっとクラっときたのは――たぶん激しく動いた動悸だろう。

 おもわずその華奢な体を抱きしめてしまいたくなるのを我慢して、俺はみゆきを立たせると彼女から一歩ほど後ろに離れた。


「ダメだみゆき。昼休みは限られている、属性検証の時間は貴重なんだ」


「……そだね。うん、わかったよ、タカちゃん」


 それでも、ほんのりと漂う彼女の残り香が、俺の心をくすぐってくる。

 ダメだいけない、孝也よ。流されてはいけないのだ。


 心を鬼にして、この、属性検証を続けなければ。

 なにせみゆきは、ドジっ娘の適性がある可能性が高いのだから――!!


「では、レッスン2にうつる!!」


「うん!! 何をすればいいのかな、タカちゃん!!」


「コーヒーを入れた時に砂糖と塩を間違えるんだ!! そして、しょっぱいとなった時に笑ってごまかすことができたら――お前はドジっ娘だ!!」


「簡単!! レッスン2の方が簡単だね!! タカちゃん!!」


 しかし、飲む方は結構しょっぱいのである。

 あと、学校にコーヒーとか持ってくるのが面倒なのである。


 そこで俺は一計を案じた。


「コーヒーは、流石に嗜好品なので、先生にみつかると咎められる」


「うん」


「なので、麦茶を用意しました!!」


「すごい!! すごいよタカちゃん!! 逆転の発想だよ!!」


 コップに麦茶を入れる俺。

 それをみゆきの前に差し出すと、俺はサランラップで包んできた、一つまみの塩を、彼女の前に置いた。


 自分の匙加減で入れてくれ。

 目で合図を送れば、そこは幼馴染か以心伝心。みゆきは、サランラップをほどいて、さらさらとそれをコップの中へと半分ほど入れた。


 出来上がった塩入り麦茶をそっと俺に差し出すみゆき。


 手に取ると、俺はそれをゆっくりと、おそるおそる、口の中に含んだ――。


「どう、かな?」


「……ミネラル豊富!! 普通においしい!!」


「「「それ、熱中症の予防によく効く奴だよ!!」」」


 よく効く奴であった。

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