第6話 Q.吊り橋効果ですか? A.いいえアダムです
属性ではないが物語にはキャラクター的分類というのがある。
たとえば、ホラー映画でいう所の、分をわきまえず生意気なことをいう女、同じく調子こいて単独行動をする男だ。
彼らは真っ先にゾンビに襲われて宿命にある。
憎らしいキャラクターというのは、往々にして、作者にぶち殺される宿命にあるのだ。故に、ホラー系の小説における最適の生存戦略はただ一つ。
しゃべらず。
逆らわず。
そして――パニックを起こさず淡々と敵を倒す。
タフでワイルドでなければ、生存戦略的にも、神の寵愛を受けるためにも、ダメなのである。
ということを、ここ数日アマゾンプライムでデッドマンウォーキングを見ていて気がついた。
更に俺は気がついた。
これは――使えると。
「パニック状態で男女の距離が縮まるのを、吊り橋効果というらしい」
「……タカちゃん。よくこんな怖そうなドラマ見ることができたね?」
「その吊り橋効果で、男女が愛情に目覚めてくっつくというのはよくあることらしい」
「……わぁ、ゾンビの特殊メイクがすごい。これ、なんか本当にいそうだよタカちゃん」
「もちろん、吊り橋効果によるバイアスがかかっていることを考えると、それが真実の愛情かどうかということは一考の余地がある。事実、有名なパニック映画の続編において、ヒロインが交代するということは割とよくある話だ。しかし、それは映画製作会社側と俳優のギャラの関係もあり、一概にこうと言うことはできない……」
「……うぅっ、ちょっと、サンプル画像見てるだけで、怖くなってきたよ」
「大丈夫かみゆき!!」
「……大丈夫だと思う。けど、手を握ってくれると、勇気でるかも」
「任せろ!!」
「……タカちゃん!!」
「……みゆき!!」
「タカちゃん!!」
「みゆき!!」
「「だからそういうのは昼休みじゃなくて、どっか他所でやってよ!!」」
学校の昼休み。
例によって机を突き合わせながら、俺とみゆきは属性検証を行っていた。
どっか他所でやれよと言われても困ってしまう。というか、割とこの属性検証は、平日・休日を問わずどこでもやっているのだ。
先日も、県内屈指のアーケード街に赴いて、眼鏡屋で眼鏡属性を獲得するというのをやって来たばかりである。
結論から言えば、眼鏡による属性の変化はなく、俺たちはすごすごと何も買わずに帰ることになったが。
あの時、眼鏡屋の店員さんが俺たちを見た目は今でも忘れられない。
どうしてお客様に対して、あんなゾンビを見るような殺意の籠った目を向けることができるのだろうか。ここが銃の禁止されている日本でなかったら、ショットガンで射殺されていたのではないか――と、いま思い返してもうすら寒かった。
『二度と来るんじゃねえぞ!!
唾と共に吐き捨てた店員さん。
彼女の変貌ぶりに、みゆきの奴がしばらく落ち込んでいたのも、まぁ、今となっては懐かしい話だ。
すっかりと意気消沈してしまった彼女は、しばらく俺の腕を離してくれず、カップルでもないのに腕組をしてアーケードを歩いた。
まぁ、言って役得という奴だ。
心の通い合った、幼馴染でなければこうはいかないだろう。
まぁ、そんなことはさておき。
俺はみゆきの手を握りしめると、彼女の鼻先を見つめた。
「みゆき、安心しろ、この世にゾンビなんてものは存在しない」
「本当に?」
「本当だ」
「……もし、現れても、タカちゃんが守ってくれる?」
「銃はないが、鉄パイプでも、チェンソーでも、なんでも持ってきて無双してやる。大切な幼馴染だからな」
「……さすがタカちゃん!! 頼りになる!!」
「しかし、みゆき、それは違うぞ。考えるのは、ゾンビが現れた時にどうやって戦うかではない」
「違うの、タカちゃん?」
そう、今考えなければならないのは、ゾンビからの生存戦略ではない。
パンデミックから生き残るための生存戦術でもない。
「パニック映画における自分のキャラクターだ!!」
「パニック映画における自分のキャラクターなの!?」
「自分がパニック映画で、序盤で死ぬキャラか、それとも中盤で死ぬキャラか、はたまた生還者なのか。そこをはっきりとさせることで、属性を獲得することができるんだ!!」
「実際にパニック映画みたいなことは起こりえないのに!?」
「起こりえないが獲得できる!!」
そう、パニック映画のキャラクター属性。これを獲得することにより、みゆきと俺の間の幼馴染の壁を壊す。
吊り橋効果により、カップルになれる関係であるか、確認する。
本日の議題はそれであった。
とは言え、そう簡単にパニック映画のキャラクターなど掴めない。
非現実的な事象について、人間の脳は対応できないようにできている。
それ故のパニック。だからこその吊り橋効果。盛り上がる非日常的恋愛。
その為、まずはその非現実的な状況を、よりシミュレーションしやすくすることを、俺は考えた。より、具体的に、分かりやすく、その状況をシミュレーションするために、俺たちがしなくてはならないことは――。
「まず、クラスメイトが全員、ゾンビウィルスに感染したとする」
「クラスメイトが全員……!!」
「「「とんだとばっちり!!」」」
クラスメイト達がまた、関係ないのにツッコミを入れた。
君たちがゾンビになろうが、ならなかろうが、吊り橋効果など発生しないだろうに、どうしてそんな過剰な反応をしてしまうのだろうか。
もしかして『自分だったら、ゾンビ映画で無双することができるぞ。なんといっても、ドッチボールで最後まで残れるからな』なんて、痛い妄想をしてしまっているのだろうか。
やれやれ、お痛いことだな……。
まぁ、周囲の反応が騒がしいのはいつものことだ。
クラスメイトがゾンビになる。
これは、日本版ゾンビ作品では鉄板のストーリーである。
そしてそんな中で、唯一残った、この世界のアダムとイブが、安息の地を求めてこの世界を彷徨う――。
そう、アダムとイブが。
アダムとイブ、なのか。
考えて、俺はちょっと、口元をみゆきから隠した。
「……どうしたのタカちゃん?」
「……いや、うん、まぁ、その、ちょっとな」
「分かった。クラスメイトが全員ゾンビになって、私たちは他の生存者を探して、頑張って街を突破する――そういうシミュレーションなんだね」
「いや、街の人たちも、全員ゾンビ化しているんだ」
「……そんな!!」
「この世界には、もう、俺たちしか居ないんだ!!」
みゆきが絶望に顔を染める。
ピュアなみゆきには、ただ二人、この世界に取り残されたという危機しか認識することはできていないだろう。
ただただ狼狽えるばかり。顔色が悪くなるばかりだった。
対して俺はといえば――。
先ほどから、新世界のアダムとイブにならなくてはいけないという妄想で、ちょっと頭の中がパニック映画になっていた。
「お父さんと、お母さんは、どうなるの、タカちゃん!!」
「それは、もう、俺たちでどうにかするしかないんだ!!」
「ペスは!! うちで飼ってるペスちゃんもゾンビになっちゃうの!? まだ子犬なんだよ――それなのに、ひどいよ!!」
「子犬よりも、育てなければいけないものが、俺たちにはあるんだ!!」
再び人類をこの地に繁栄させる義務が、生き残った俺たちにはあるのだ。
野球チームくらいでは足りない。
もっと子供が必要なんだ。
それが、生き残ってしまった、新世界のアダムとイブの役目なのだ。
まったくそんなスケベ、ごめんこうむりたいけれどしかたないのだ。
俺は机を力いっぱいに叩いた。
悶々と頭の中に沸き起こる、新世界の創造についてのイメージを払しょくするために、机を力いっぱい叩いた。
「……タカちゃん、私、そんな世界で生きていける気がしないよ」
「……安心しろみゆき、二人ならきっとできるさ」
「……タカちゃん!!」
「……みゆき!!」
「タカちゃん!!」
「みゆき!!」
がばっと立ち上がって俺に抱き着こうとするみゆき。
しかし、俺はこの時――ちょっと立ち上がれない状態になっていた。
いや、違う部分は、立派に立ち上がっていたのだけれど。
「「「エロいこと考える奴は、割と序盤で死ぬタイプの奴だぞ!!」」」
だから、そうやって表層だけなぞってツッコミを入れるのはやめろ。
俺たちは、新しい世界の作り方を、真剣に考えているのだから――。
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