第4話 Q.コスプレですか? A.部活動です

 部活動。


 それはキャラクターを特徴づけるのに切っても切れない大切な要因であり、時に性格的属性に強い影響を及ぼす重大な要素である。

 いや、もう、一種の属性と言っても構わないだろう。


 学生特有の属性であり、社会に出てからは――大企業や熱心な従業員の交流を図っていない会社でない限りには――獲得することのできないものだ。

 そう、それは、学生の特権。


 女子学生なら、バレーボール、新体操、陸上競技、水泳。

 男子学生なら、野球、サッカー、剣道、柔道、カラテバカ一代。


 学生であれば俺たちはいろいろな属性を持つことができるのだ。


 なのに。

 なのにだ――。


「俺たちは!!」


「帰宅部!!」


 そんな希少価値が高く期間限定の属性だというのに、俺とみゆきの二人は、なんの部活にも所属していなかった。毎日毎日、肩を並べて、たわいもない話をするのに精いっぱいで、部活に入るのをすっかり忘れていた。


 後悔。

 圧倒的な後悔が押し寄せてくる。

 もし、俺が何かの部活に入っていたら。あるいは、みゆきが何かの部活に入っていたら。この幼馴染というだけの環境から、一歩抜け出すきっかけになったかもしれない。


「もし、俺が野球部の主将キャプテンなら……」


主将キャプテン!! おつかれさまです!! これスポーツドリンクです!!」


「……マネージャーみゆき!!」


「私が新体操部のエースなら!!」


「近藤孝也は……姉川みゆきのことを愛しています!!」


「……タカッちゃん!!」


「タッチ、タッチ、そこにタッチだ、みゆき!!」


 こんな分かりやすい展開が待っていたというのに。どうして、俺たちは、帰宅部なんていう安易で面白みのない部活を選んでしまったのだろう。


 絶望した。俺たちのラブコメに対する、先見の明のなさに絶望した。

 こんなことならカバディ部でもいいから入っておくんだった。


 カバディカバディ。


「「「……妙な大物感あるのに、部活入ってなかったの!?」」」


 クラスメイト達もこの驚きようだ。


 期待を裏切って申し訳ない。当方、生まれてこの方、部活らしい部活に入ったことのない、筋金入りの帰宅部員である。もし、全日本帰宅部選手権があったら、迷うことなく最短ルートで帰宅する、帰宅部員である。


 しかし、隣にみゆきがいることだけは外せない。


 なぜならみゆきは――帰り道を退屈しないで過ごすことができる、とても話のよく分かる幼馴染だからだ。


 もはや、俺は、みゆきと話すためだけに、帰宅部していると言っていい。

 みゆき部に入っていると言ってもいいだろう。


「私はタカちゃんと話したいから、帰宅部でも構わなかったの。むしろ、タカちゃん部って、心の中で思ってる部分があったの」


「……みゆき、お前もか」


「……え? タカちゃんも?」


「俺も、帰宅部じゃなくて、みゆき部に入ってる気分だったよ」


「……タカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「「「もうお前ら、そのまま合併しちゃえよ!!」」」


 そういう単純な話ではない。帰宅部にもいろいろと難しい側面はあるのだ。俺たちがいくら仲良しで、いつも一緒に活動しているからって、勝手に合併したりしたら、他の帰宅部員が困ってしまうではないか。

 それに、俺以外の人間が、みゆき部に入るのは――看過できない。


 それはさておき。


「やはり部活動は大切だ。世の学生の約半数が、帰宅部員というこの世の中において、部活に入るということは、属性を確立するために重要なこと」


「……けど、今から入ったとしても、間に合うかな」


「わからん。わからんが、やってみるしかあるまい」


「あと、どの部活に入ればいいかな。タカちゃん、心当たりはあるの?」


「それも分からん。だから、一つ一つ、可能性を検証していこう」


 もし、俺たちが〇〇部員なら。

 俺は先日破り捨てた〇〇デレカードと同じ要領で作った、〇〇部員カードを場に広げた。今度は、まともな部しか入っていない。これなら、間違うことはないだろう。


 そして今回は――。


「俺もカードを引こう!!」


「タカちゃん!?」


「みゆきばかりに属性を背負わせる訳にはいかない。俺もまた、お前を愛せるものなら愛したいと思う男だ――属性の半分を背負わせてくれ」


「タカちゃん……。優しい……。恋人でもないのに、どうして私に優しいの……。信じられないよ……。どうしてなの……」


「幼馴染だからに……決まっているだろう!!」


「「「いや、幼馴染だからって、そこまで仲良いのは珍しいよ!!」」」


 一般論で殴らないでいただきたい。

 俺とみゆきは幼馴染こういうのなのだから。

 そういう当人たちの事情を汲んで、発言というのはしていただきたい。


 仲が良くっても、それが家族愛からくるものか、異性愛から来るものか、それは検討してみないと分からないのだ。もし家族愛から来るものだったらどうするんだ。妹や姉や、母や姪、あるいは嫁みたいに思っている人間と結婚生活できるのか。


 それは嫁としてみゆきを愛する上で、失礼なことではないだろうか。

 はっきりと、嫁は嫁として、かけがえのない家族として愛せないと――いけないのだと俺は思う。


 そのためにも。


「俺は、この、カードを、引く!!」


「私は、この、カード、だよ!!」


 俺たちは同時にカードを引いた。

 はたして、そこに書かれていたのは――。


「ワンゲル部……だと!!」


「水泳部……なの!!」


 俺がワンゲル。

 みゆきが水泳部であった。


 ふむ。


 まぁ、思った以上にあまり捻りのない部活動である。

 カラテバカ一代部とか、ちょっとネタに走った部も紛れ込ませておいたのに、まっとうな結果過ぎて少し拍子抜けしてしまった。


 それはともかく。


「とりあえず、部活に入ったお互いを脳内シミュレーションしてみよう」


「分かったよ、タカちゃん!!」


 いつもならみゆきがキャラになりきるところだが、今日はお互いに脳内妄想だ。なかなか、部活部員なんて、真似ようと思って真似ることができるものではない。

 そこはやはり、一般的な部活のイメージ像とすり合わせて、想像でその感触を確かめるしかない。


 そう――。


 水泳部に所属しているみゆき。


 赤と白のコントラストがまぶしい、曲線美の競泳水着を纏うみゆき。

 あまり際立って体つきがいい方ではないが、年頃の娘らしく、出るところは出て、ひっこむところはひっこんでいるみゆき。


 そんなみゆきが、ビーチサイドに寝転がって、太陽の光を浴びている。


『タカちゃん』


 そんなみゆきが、安産型のお尻をあげて、悩まし気にこちらを見てくる。


『タカちゃん』


 仰向けに寝転がって、その胸を露わにして上気した顔つきで俺に言う。


『タカ……ちゃん』


 俺の視線を恥ずかしがるように、食い込んだ水着を人差し指で直す。


 いけない。

 いけない、これは、いけない。


 これは――。


「エッチすぎるぞ!! お前、エッチすぎるぞ!! みゆき!!」


 俺は鼻血を噴出しながら訴えた。


 あるまじき破壊力。なんというか、みゆきと水着が合わさることにより、悪魔合体的な新たなパワーが、そこには発生していた。


 みゆき、なんて危ない娘なのだろう。


 止まらない鼻を抑えながら俺はみゆきの方を見た。


 すると――。


「タカちゃんだってエッチすぎるよ!! なんなの、俺のホットココアで蕩けさせてやるよって!! そんなこと、普段言わないのに!!」


「みゆき!?」


 彼女も鼻から血を噴出して、あわてて腕で抑えていた。


 どうやら、彼女の頭の中でのワンダーフォーゲルな俺もまた、大暴れしていたらしい。

 スケベな俺だったらしい。


「ほら、俺のスニッカーズだ。大事に食べるんだぞって。命の危機だっていうのに、タカちゃんってば、私の体のことばっかり」


「そんななのかみゆき」


「ワンゲル部のタカちゃんは格好良すぎるよ!! あんな紳士対応されたら、吊り橋効果じゃなくっても、惚れちゃうよ!! むしろ惚れない方がおかしいよ!!」


「妄想の中だというのに、俺に惚れてしまったのかみゆき!!」


「むしろあらためて惚れ直しちゃったよタカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「……タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「「「いや、早く保健室行けよ、お前ら!!」」」


 正論で気遣わないでいただきたい。けど、実際、ヤバいくらいに血が出ていたので、俺とみゆきはすぐに保健室へと向かったのだった。


 やれやれ、妄想でこの調子では――部活動に入るのは難しそうだな。

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