第3話 Q.〇〇デレですか? A.二文字カタカナとは偏狭な

 ツン、ヤン、クー、ヒー、デレ、アマ、ウツ。


 この世には、二文字カタカナを接頭語にしてデレをつけることで、性格的属性を表した名詞が、新ジャンルの数だけ存在する。


 これを俗に〇〇デレという。


 誰が言い出したのかは知らない。

 それはごくごく自然発生的にこの世界に顕現したものだ。

 もしかすると、人間の無意識集合体――阿頼耶識より生み出されたものなのかもしれない。


 俺が調べた限りだが、どうやら十年前からそれは存在しているらしい。


 今では一般的に普及し、あって当たり前の存在となってしまった。だが――その概念の発見は、ラブコメ学的には古典物理学の万有引力の発見(ニュートン)に匹敵する、歴史的なできごとであったのだそうな。


 当時の賢者は語る。


 〇〇デレは鉄板――と。


 ついでに言うと、カタカナという概念も超越し、渡辺デレというものまであるらしい。

 佐藤デレというのもあるそうな。


 さらにクーデレ――時にクーのみではないかと学派により解釈は異なる――は教信者をこの世に顕現させ、旦那の言うことが分からなかったり、メイドのドラゴンだったりが映像化されブーム君になったとかどうとか。


 この辺りは比喩的な用語により暗号化されて書かれているため、詳細については分からない。だが、そうして秘匿するべき神秘が、〇〇デレにあることは、間違いのないことだろう。


 よく分からないが、とにかくすごい世界である。


「そんな世界の延長線上に、俺たちは存在しているんだ」


「……タカちゃん、私、怖い」


「……あぁ、俺も怖い。ちなみに、この〇〇デレは、男にも適用される可能性があるそうだ」


「……そんな!! タカちゃんまで、〇〇デレかもしれないというの!!」


「あぁ。油断すれば、俺も〇〇デレという属性を付与されて、萌えの対象にされるかもしれないんだ!!」


「男なのに!!」


「男なのになんだ!!」


 分からないのだ。

 いったい何が〇〇デレになるのか、分からないのだ。


 それくらいになんでも汎用的に使うことができる概念なのだ。


 それ故に最強。

 一度、その刻印ルーンを刻まれれば、四文字カタカナでその性格を固定される。絶対無比、人の在り方を固定するために作られし高等概念。


 それが〇〇デレなのだ。


 しかし逆に言えば――。


「この〇〇デレを獲得できれば、その時点で没個性とは言えなくなる」


「つまり――効率よく属性持ちになるのに〇〇デレは最適ってこと?」


「あぁ、そういうことだ」


 そこでこんなものを用意したと、俺はテーブルの上に紙の束を置いた。

 ぱちくりとみゆきがその小さくも大きくもない目をしばたたかせる。


 トランプのカード大のそれは――昨日俺が夜なべして作ったもの。


「〇〇デレカードだ!! これで〇〇デレの確認をするぞ、みゆき!!」


「すごいよタカちゃん!! このカードをめくって、どれか私にしっくりくる〇〇デレがあれば、それで私は属性持ちってことだね!!」


「その通りだ!!」


 あえてスタンダードなツンやヤンから始めるのではなく、ランダムで選んだ属性から検証を始める。そうすることで固定概念にとらわれず効率的に検証できる。


 このランダム的な探索手法は、ごくごく世の中で一般的に使われている、最適値探索手法である――とのことだった。詳しいことはよく分からないが、世の一般的なヒロインはこの方法と水見式により、自分の属性を把握しているらしい。


 属性は一日にしてならず。


 自らの特性を見極めるのは、プロであっても難しいということだ。

 俺たちのような、属性について、てんで分からぬズブの素人が、迷ってしまうのは仕方のないことだった。


 しかし、今はこれがある。

 〇〇デレカードがある。


 これを使えば分かるのだ。少なくとも、傾向は掴むことができるのだ。


「早速やろう、タカちゃん!!」


「それでこそみゆきだ!!」


 とにかく、まずはやってみないことには始まらない。

 みゆきの前で〇〇デレカードをシャッフルして机の上に並べると、俺は静かに手を組んだ。


 選ぶのはあくまでこの検証の主体――みゆきだ。


 彼女が選ぶ行為に意味がある。

 さぁ選べと、無言で念押しすると、彼女は――しばらく迷って、机の真ん中にあるカードをめくった。


 そこに書かれていたのは。


「……アン!!」


「……ドレ!!」


「「……アンドレ!!」」


「ナンデダヨ!!」


 クラスメイトの高岡アンドレ君が唐突に叫んだ。

 いい感じにノリツッコミを俺たちに仕掛けてきた。


 構わないのだが――こっちは真剣にやっている。だというのに、ナンデダヨはないだろう。

 もう少し空気を読んで欲しい。


 高岡アンドレ君。

 苗字の通り、日本人とブラジル人のハーフだ。


 いや、より正確に言うと、父は日系ブラジル人一世、母は日本人だ。なので、クォーターになるらしいのだが、思った以上にブラジルの血を色濃く受け継いでいるため、あまりそのことは気にされていない。


 基本的に面倒見がよく、常にクラスの中心に居る男だ。

 困っている人が居たら放っておけない。正義感に口の前にまず体が動く。波紋疾走オーバードライブ。そんなメキシコに吹く熱風のように、熱くそして爽やかな性格をした好青年である。


 そんな彼がナンデダヨと叫んだ。

 なかなか、それはクラスメイトたちにも衝撃的なことだった。


 しかし、そんなことは俺たちの属性検証には関係ない――。

 全くこれっぽっちも関係ない。


「アンドレってどういうこと? デレじゃなくて、ドレだけど?」


「……いわゆる一つの空目効果という奴だ」


「からめ?」


「そうだ。空耳のように、思わず勘違いしてしまう表記により、一笑を狙う高等テクニックだな。妹とばつ、姉とかきみたいなものだ」


 いきなり難易度の高い属性が来てしまった。


 そういう趣旨のものとはいえ、まさかアンドレを引くとは。このヒキは、いったいどういうことだろう。


 強運か、それとも悪運か。

 なんにしても俺とみゆきは試されている。〇〇デレに試されている。


 そう感じた。


「……できるか、みゆき!?」


「……分からない。分からないけど、やってみるよ、タカちゃん!!」


 そう言って、みゆきは目を瞑ると、ゆっくりと深呼吸した。


 こうなれば彼女は切り替えが早い。演劇部部員でもないのに、自分ではない何者かになりきることができるみゆきは、どうやらすぐにアンドレという属性がどういうものか把握して、それを自分の中に取り込んだようだった。


 ゆっくりとその顔が――いや、顎がしゃくれる。


「元気ですかー!!」


「アントニオダヨ!!」


 アンドレくんが叫んだ。

 本場、アンドレくんがまた声を荒げてツッコんだ。


 なんということだろう。

 本場のアンドレに違うと言われてしまってはしかたない。


 せっかくしゃくれたみゆきの顎は、すぐにもとの可愛らしい形に戻った。


 よかった、もし、そのアンドレが正解だったら――俺はみゆきを愛せる自信が、ちょっとばかりなかった。


 いや、人は見かけや属性ではない。

 だが、それでも――やっぱり、猪木はちょっと高校生には荷が重かった。


「ごめんタカちゃん。アンドレ難しいみたい」


「仕方ないさ。なに、まだ、他にもいっぱいカードはあるんだ。焦らず、少しずつやっていけばいい」


「……タカちゃん。優しい」


「当たり前だろう。俺はお前の幼馴染なんだぞ」


「……タカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「「「いや、だから、そういうバカップルぶりは他所でやってよ!!」」」


 クラスメイトが叫んだ。

 アンドレ君も一緒になって叫んだ。


 さっきまで、なんか片言だったはずなのに、すっかりと標準語になって、僕たちにツッコんでいた。基本、彼の日本語は、普通の日本人より発音がよかった。


 まぁ、それはさておき。


「次だみゆき!! 数をこなそう!! 全部の〇〇デレを制覇すれば、おのずと属性が分かるはず!!」


「分かったよタカちゃん!!」


 立ち止まっている時間はない。

 アンドレのカードを脇に避けると、みゆきはもう一枚カードをめくる。


 書いてあったのは今度こそデレ。


 しかし――。


「……バカ!!」


「……デレ!!」


「「バカデレ!!」」


 信じられないことに、そこに書かれていたのは、なんとも人に失礼な接頭語がついたものであった。


 バカ、デレ、だと。


 そんな、そんな属性。

 いや、そんな、侮辱的な単語――。


「俺の幼馴染をバカとはなんだ!! この糞カードが!!」


 すぐさま俺はそれをみゆきの手から奪い取る。

 そして、厚紙に印刷してあったそれを、渾身の力を込めて破り捨てた。


 こんな道具に頼った俺が――バカだったのだ。


 すぐに、残りのカードもかき集めると、俺はそれをバカデレと書かれた紙と同じように、力任せに引き裂いた。


「こんなもの……!! えぇい、こんなもの!!」


「た、タカちゃん!! 私のために怒ってくれているの!!」


「俺の幼馴染をバカ呼ばわりするなど許さん!! みゆき、お前は断じてバカなどではない!! もし、お前をバカだという奴がいるならば、何者であろうと俺が許さん!!」


「た、タカちゃん!!」


 みゆきは俺が守る。

 そう俺は決意すると、また力任せに、〇〇デレカードを引き裂いた。


 バカな訳があるまい。


 だって、みゆきはこんなにも――健気で優しい、俺の自慢の幼馴染なのだから。お嫁さんになれるか分からなくても俺のために尽くしてくれる、甲斐甲斐しい女なのだから。


 そんな幼馴染を、俺は誰にもバカとは言わせない。


「バカというなら俺の方だ!! 幼馴染への愛が分からぬ、俺のことをバカと呼べ!!」


「そんなことないよ!! タカちゃんはバカなんかじゃないよ!!」


「……みゆき!!」


「……タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「「「だいたいあってるよ!!」」」


 またクラスメイトが口を揃えて、ろくでもないことを言った。

 アンドレくんも標準語で言った。


 アンドレくんの日本語の発音はやはり綺麗だった。

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