英雄になりたい
徳永香織
第1話
「5分後にお前の命はつきる。俺がそう言ったらお前は信じるか?」
ケープをまとった骸骨がケタケタ笑いながら大鎌を俺につきつけてそう言った。
ひきこもり歴も10年超えて、俺のポンコツな頭もとうとう壊れたかと思ったが、どうやらこれは現実らしい。大鎌がふれて切れた鼻の先の痛みとしたたる血がそう教えてくれた。
俺の人生残り5分。今までのつまらん人生が脳裏をかけぬける。人にバカにされてばっかりで褒められることや、ましてや感謝されることなんか一度もなかった。
いやだ、このまま誰にも気づかれず、一人で死んでいくのは絶対いやだ。
俺はみんなに惜しまれて死にたい。
みんな俺のために泣いてくれ。
俺はゲームのコントローラーを床に投げ出すと外に飛び出した。
俺の家の斜め前は、「開かずの踏切」と呼ばれている踏切だ。
駅が近いため5分と間をおかず電車が絶え間なく通過する。
遮断機のあがっている踏切を白髪のばばぁがゆっくりと渡っているのが見えた。
他に人影は見当たらなかった。
俺はとっさにばばぁに駆け寄るとその顔面を拳で思い切り殴りつけた。
「ひぃっ」
ばばぁは鼻血を噴き出しながら口をぱくぱくしていた。
間の抜けた悲鳴をまた上げたので、もう一発力いっぱい顔面を殴ると気を失った。
ちょうどここで信号音が鳴り始めた。
カンカンカン…
信号音と共に遮断機がゆっくりと下がり始めた。
ナイスタイミング。
俺はばばぁを線路に横たえるとその真横に立った。
線路の振動から電車が近くに来ていることを感じる。
もうすぐ俺はこのばばぁを線路外につきとばし、電車に跳ねられて死ぬ。
明日の朝、テレビのワイドショーはおばあさんの身代わりに電車に跳ねられた勇気のある青年の美談でもちきりだろう。
俺って、英雄じゃん♪
こんなに気分がいいのは、どれくらいぶりかなぁ。
もしかして人生初かも。
そして、俺の人生残り約2分。
俺は笑顔になりそうなのをこらえ、だせるだけの大声で叫んだ。
「おばあさーん。あぶないーー!」
お前ら気づけ。
そして俺の雄姿を目に焼き付けろ。
俺の声に反応して、近くの人が数人集まってきた。
よし、今だ!
俺はばばぁを線路外に押し出そうとその体にふれた。
その時、ばばぁが目を開けた。
ばばぁは俺の顔を見ると「ぎやーっ」と大きな叫び声をあげると、信じられない力で俺を突き飛ばした。
次の瞬間、電車が俺の目の前を通過していった。
茫然と線路わきに座り込む俺を見て、隣のおばちゃんが悲鳴をあげる。
あれ、俺の体、なんか全身ベタベタするんだけど…
頬をなでた手をみつめると、赤黒い血がべったりと手のひらいっぱいに貼りついている。
制服を着た人達に囲まれて何か尋ねられたような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。
俺は駐車場の防犯カメラの上でケタケタ笑っている死神をぼんやり眺めていた。
防犯カメラはその鋭い眼差しで俺をじっと見つめていた。
とっくに5分を過ぎているが俺は今だに死ねずにいる。
英雄になりたい 徳永香織 @pretty_cats
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