16 突入!

 ウラメシヤ王国の兵士たちが屋敷やしき周辺しゅうへんをありったけのライトでらすと、昼間みたいに明るくなった。そして、屋敷周辺がどういう状況じょうきょうなのかだんだんわかってきた。


「ウシミツドキ国王様ぁ~♪ タタリ王子様ぁ~♪ あたしの大事な子供を返してくださぁ~い♪」


 お母さんののほほんとした声が、屋敷中やしきじゅうに大ボリュームでひびきわたった。


 うわっ、すごくうるさい! 拡声器かくせいきでも使っているのか?


「……ノゾム様。あそこにいるのは、ノゾム様のお母様ではありませんか?」


 カナちゃんが指差した向こう――屋敷の外側そとがわのだだっ広い平地へいちにはおおぜいの人々が集まっていた。


 彼らはキラキラとかがやくサイリウムを夜空にかかげ、大地がふるえそうなほどの大声をあげながら、ぞろぞろとこの屋敷に押し寄せようとしている。

 ざっと見たところ、この窓から見える範囲はんいだけでも百人、二百人なんていう人数ではない。屋敷がぐるりと包囲されているということは、もしかしたら数千人……いいや、数万の人々がこの屋敷に攻め寄せているのではないだろうか。


 そのなぞの大行進だいこうしん先頭せんとうに、お母さんがいた。聖女ジャンヌ・ダルクみたいに旗(女装したボクのかわいいイラストが描かれている)を高々とかかげ、ふりふりドレスのステージ衣装いしょうを身にまとって……。


 なんというか、その……あの……ちょっとは年齢ねんれいを考えてください、お母様!

 いや、かわいいけどさ⁉ 現役げんえきバリバリの美少女アイドルにしか見えないぐらいかわいいけど‼


「ななみん! ななみん! ななみーーーん‼」


「ななみん親衛隊しんえいたいM県支部しぶのみんなぁ~! 王子にさらわれたななみんのかわいい子供を助けてくれるかなぁ~⁉」


「いいともーーーっ‼」


「ななみんとわれら親衛隊しんえいたいの愛の結晶けっしょうを取りもどせぇーーーっ‼」


 絶叫ぜっきょうするななみんファンたち。よく見ると、男性だけでなく女性の姿すがたもかなりあった。アイドル時代のお母さんは女の人たちにも大人気だったようだ。


 ……でも、ボクはあなたたちの息子になったおぼえはないんですけど。ていうか、ボクには何万人の親がいるのさ……。


「もしかして、この人たち全員がノゾム様のお母様の元ファンなのでしょうか」


「……みたいだね。元ファンというよりは、今でも現役バリバリの熱狂的ねっきょうてきファンみたいだけど」


「ひょっとして、ノゾム様のお母様が本気になったら、日本国を支配しはいすることも可能かのうなのでは……?」


 カナちゃんが声をふるわせながらそう言った。


 い、いや、さすがにそれはおおげさなのでは? ……たぶん。


「タタリ王子! おとなしくノゾミちゃんを返しやがれ! ……げふん、げふん、ノゾミちゃんを返してください! さもないと、ななみん親衛隊M県支部のみなさん八万人があなたたちをやっつけちゃいますよ!」


 今度は姫乃ひめのちゃんの声が拡声器ごしに聞こえてきた。


 は……八万人⁉ しかも、M県支部だけで? ……ということは、日本全国だと何百万人になるんだろう……。


 本当に、お母さんが本気になったら日本を征服せいふくできそうだよ。


 ボクとカナちゃんがあきれている間にも、ななみん親衛隊八万人とウラメシヤ王国の警備部隊けいびぶたいの戦いが始まった。


「どれだけ数でおそうとしても、しょせんは一般人いっぱんじんだ! 最新式さいしんしき武器ぶきを持つわれらウラメシヤ王国の精鋭せいえい部隊ぶたいにはかなわん!」


「オレたちをただのアイドルファンだと思うなよ! オレたちはスーパーウルトラ超絶ちょうぜつキュート宇宙最強スーパーアイドルななみんのファンなんだ! ななみん! 景気けいきづけに一曲歌ってください!」


 とどろき熊太郎くまたろうさんが大声でそうさけぶのが聞こえてきた。スーパーウルトラ超絶キュート宇宙最強スーパーアイドルって、お母さんが現役アイドルの時のあだ名かなにか? スーパーがふたつ入っているみたいだけど……。


「いいわよーん♪ じゃあ、熊太郎くんが好きな『くまった、くまった、クマの恋人』を歌うね♪」




 ♪くまった! くまった! どうしよぉ~!


  わたしが恋したのは とっても大きなヒグマさん♡


  泳ぎが上手でわたしが住む島まで泳いで来ちゃった!


  「ボクは肉が好き あなたを食べちゃいたいほど愛してる」


  情熱的じょうねつてきな告白にわたしはメロメロ 背骨せぼねれるほど抱きしめて♡


  「お腹が空いた あなたを食べちゃいたいほど愛してる」


  くまった! くまった! どうしよぉ~!




こまっていないで逃げろよぉーーーっ! クマに食われるぞーーー⁉」


 ウラメシヤ王国の兵隊へいたいさんたちは異口同音いくどうおんにそうツッコミを入れていた。ボクもはげしく同意どういである。


 戦っている最中さいちゅうでも思わずツッコミを入れてしまうこの珍妙ちんみょう歌詞かし……お母さんはこんな歌ばっかり歌っていたのだろうか。


「ウラメシヤ王国の兵隊たちがななみんの歌に聞きほれているすき突撃とつげきだぁーーーっ‼」


「おおーーーっ‼」


 ななみん親衛隊のリーダー格である周作しゅうさくさんが号令ごうれいをかけると、八万人の親衛隊たちはお母さんの曲のリズムに合わせてサイリウムをり、「ななみん! ななみん! ななみーん!」とさけびながら突撃した。


 アイドルオタクたちサイリウムを一心不乱いっしんふらんに振りながら走っているだけなんだけど、その数が八万人にもなると圧巻あっかんだった。ヌーの大群をほうふつとさせるような迫力はくりょくである。ウラメシヤ王国の兵隊さんたちも、ビビっているみたいだ。


「な……なんだ、この異様いよう光景こうけいは⁉ こいつら、ただひたすら光るぼうを振っていてなにが楽しいんだ⁉ り、理解できない!」


アイドルかわいいものを愛でる心を理解できないとは、あわれでござるな……。日本には、『一期いちご一萌いちもえ』という言葉がござる。かわいいものを愛する時は、それが一生に一度の出会いであると思い、全力で愛しなさい……そういう意味でござる。だから、こうしてわれわれは宇宙一かわいいななみんを愛でているのでござるよ。そして、宇宙一かわいいアイドルが産んだ太陽系最高の美少女(♂)を救出するでござる!」


 一期一萌という格言かくげんがあったのか。とてもためになる言葉だ。

 さすがは服部はっとり重蔵じゅうぞうさん、忍者なだけあって古い言葉をよく知っているなぁ。


「一期一萌……まるでわけがわからない! やはり日本人はHENTAIだ! ホワイジャパニーズピーポーなんなんだよ、日本人ぉぉぉ‼」


「自分たちが理解できないからといって『おかしなヤツらだ』と決めつけるのは、差別主義者さべつしゅぎしゃとなにも変わらないぜ! やっぱり、かわいいものを愛する気持ちが理解できないウラメシヤ王国の人間に、かわいいノゾミちゃんを渡すわけにはいかないな! これでもくらえ、サイリウムあたーーーく‼」


 ナンバーセブンさんが先陣せんじんを切り、ウラメシヤ王国の兵隊さん数人をぶっとばした。ナンバー7さん、じゅうを使わなくても十分強いじゃん!


「うぎゃー! 日本はおそろしい国だー! た、助けてくれぇー!」


 お母さんの変てこな歌とななみん親衛隊のサイリウム大行進だいこうしんに激しく動揺どうようしてしまっていたウラメシヤ王国の兵隊さんたちは、怒濤どとうのいきおいで突撃してくるななみん親衛隊にまったく歯が立たず、次々とたおれていった。


「おまえたち、逃げるな! 絶対に屋敷の中にななみん親衛隊を入れてはならん! 国王一家とノゾミさまをお守りするのだ!」


 隊長らしきおじさんがそう怒鳴っているけれど、ウラメシヤ王国の警備部隊の士気はもうボロボロだった。


 戦いが始まって三十分もしないうちに、警備部隊の防衛線ぼうえいせんに小さなほころびができた。ななみん親衛隊の先陣せんじんはそのタイミングを逃さず、屋敷に突入とつにゅうした。

 突入したななみん親衛隊三十数人の中には、姫乃ちゃんや俊介しゅんすけ水野みずのさん、織目おりめさんたちクラスメイトがまじっていた。み、ミイちゃん先生までいる……。


「みなさん、ノゾム様のためにここまで一生懸命いっしょうけんめいに……。日本人はなんて仲間を大切にする人たちなのでしょう。これぞクール・ジャパン!」


「……いや、クール・ジャパンとはちょっとちがうような……」


 姫乃ちゃんたちの友情に感動したカナちゃんが目をうるませている横で、ボクは苦笑にがわらいしながらそうツッコミを入れた。


「うぎゃぁ! しゅ……手裏剣しゅりけんが飛んできたぞ⁉ 日本にはまだ忍者が生き残っていたのかぁ~!」


「スナイパーだ! 敵には狙撃兵そげきへいがいるぞ! 気をつけろ!」


「なんだ、あのクマみたいな大男は! とんでもない怪力だ! ぎ、ぎゃーーーっ‼」


 下の階からそんな阿鼻叫喚あびきょうかんの声が聞こえてくる。

 どうやら、ななみん親衛隊の中心メンバーである服部重蔵さん、ナンバー7さん、轟熊太郎さんたちが大奮戦だいふんせんしているみたいだ。「みんな、がんばれ~!」と応援おうえんする声も聞こえるので、リーダーけん応援係の周作さんもいるっぽい。

 たぶん、みんながボクのところまでたどり着くのは時間の問題だろう。


 そんな時である。タタリ王子が急に部屋に入って来たのは。


「くそっ! ここはもうダメだ! ノゾミ、ここから脱出だっしゅつするぞ!」


 タタリ王子は部屋に入って来るなりそう怒鳴どなると、ボクの返答を待たずにボクの手をにぎり、強引ごういんに部屋から連れ出そうとした。非力ひりきなボクはよろよろと引っ張られるしかない。


「い、痛い! 手をはなして!」


「悪いが、そんなことを言っている場合じゃないんだ。一刻いっこくも早く逃げなければ! ヤツらはもうすぐこの三階にやって来る!」


「嫌だよ。ボクはみんなと帰る。逃げたかったら、自分だけが逃げれば?」


「なにを言っている。おまえはオレのきさきになるんだぞ。いっしょに逃げなかったら、ダメだ!」


「そんなの、タタリ王子が勝手に決めたことじゃん! わたしの意思いしはどうなるの? タタリ王子は、好きな女の子の気持ちなんてどうでもよくて、自分の思いどおりにさえなったらいいと考えているんでしょ? そんな横暴おうぼうな考えなら、お人形とでも結婚したら⁉」


 乙女心おとめごころがわからない男なんて最低さいてい! ボクは男だけど!


「今はそんな話をしている場合じゃない。おまえの話も、あとでちゃんと聞くから……」


「嫌だ! 今この場で、タタリ王子の気持ちを聞かせてよ! タタリ王子は、どうしてわたしのことを好きになったの⁉」


「えっ? そ、それは……」


 タタリ王子は顔をわずかに赤らめて、ボクを見つめた。カナちゃんも固唾かたずをのんで王子がなんと答えるか見守っている。


 ボクがこんなことを聞いたのには、理由が二つある。


 まず一つ目の理由は、姫乃ちゃんたちがこの部屋までやって来るまでの時間かせぎだ。


 そして、二つ目の理由は、タタリ王子がどんな女の子がタイプなのかをカナちゃんが知るためだ。ボクのどんなところにほれたか王子が答えたら、カナちゃんが女の子として王子にアタックする時のヒントになるかも知れない。そう思ったからだ。


「今までまわりの女たちは、オレの妃候補になろうとして、王子であるオレにびを売ってばかりで嫌気がさしていたんだ。……そんな中、おまえだけはオレにさからった。一人の同じ人間としてあつかってくれた。それがすごくうれしかったんだ。……あと、単純に今まで見たことがないほどの美少女だったということもあるけれど」


 タタリ王子はボクから顔をそむけながら、たどたどしい口調でそう告白こくはくした。


 う、うう……。いくら相手が男とはいえ、そんな真剣しんけん告白こくはくされちゃうとドキドキしてしまう……。


 ……あれ? でも、ちょっと待てよ?


「姫乃ちゃんもタタリ王子に真っ向からさからっていたけど、姫乃ちゃんはタイプじゃないの? 姫乃ちゃんもすごくかわいいのに……」


「あいつは論外ろんがいだ。あの怪力女かいりきおんなとケンカになったら、命がいくつあっても足りないぞ」


「…………」


 なにも言い返せなかった……。ぼ、ボクは姫乃ちゃんのこと大好きだよ⁉


「も、もういいだろう⁉ ほら、早く逃げるぞ!」


 タタリ王子は耳まで真っ赤になって、やけくそぎみにそう言ってボクを引っ張った。


 その直後、とんでもないことが起きた。


 ズゴ……ズゴゴ……ズゴゴゴゴゴーーーっ‼


「う、うわ⁉ なんだ⁉ 地震か⁉」


「わ、わ、わ! なになに⁉ なにが起こるんです⁉」


「お二人とも、お気をつけください! ゆかくずれます!」

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