12 トイレ問題再び

 その後も、タタリ王子は服部はっとり重蔵じゅうぞうさんの手裏剣しゅりけん攻撃こうげき、クナイ攻撃、まきびし攻撃などに邪魔じゃまされて、ボクに近づくことができなかった。


 お昼休みには、「タタリ王子の豪華ごうかな食事にどくることもできるでござるよ?」と物騒ぶっそう提案ていあんをしてきたけど、それはさすがにヤバイのでことわっておいた。


 服部重蔵さん、まさかタタリ王子を暗殺あんさつしようとしていないよね……?


 ミイちゃん先生が「が、外交問題が……」と心配していたけど、姫乃ひめのちゃんが昨日きのうの夜に起きたできごとを説明すると、


「さすがにそれはやりすぎだわ! いくら王族だからって、わたしのかわいい教え子をこわがらせるなんて許せない! ノゾミちゃん、何かこまったことがあったら先生に言ってね? 直接ちょくせつ、わたしがウシミツドキ国王に文句もんくを言ってあげるわ!」


 小さな体をふるわせながらプンプンと怒ってくれた。

 いつもは小動物みたいにかわいいのに、いざという時は意外いがい正義感せいぎかんが強い人だったようだ。


 お母さん、お姉ちゃん、姫乃ちゃん、ミイちゃん先生……ボクのまわりにはどういうわけかたくましい女性が多いなぁ~……。







「ノゾミ。さっきからモジモジして、どうしたんだ? 具合ぐあいでも悪いのか?」


 お昼ご飯を食べた後、ボクが自分の席にすわってじっとしていると、俊介しゅんすけが心配そうに声をかけてきた。


「だいじょうぶだよ。どこも悪くない」


 ボクは笑顔をつくってそう答えたけど、実はぜんぜんだいじょうぶじゃなかった。実は、昨日と同じようにおしっこをがまんしていたのである。


 くっ……。どちらかというとトイレが近いタイプのボクが学校で一日中トイレをがまんするのはやっぱり苦行くぎょうだよ……。


 でも、女の子のかっこうで男子トイレに行ったらパニックになってしまうし、タタリ王子に見られたら非常ひじょうにまずい。だからといって、女子トイレに入る勇気もない。


 いつまでこんな女装じょそう生活がつづくかわからないけれど、このトイレ問題だけはできるだけ早いうちになんとかしないと、いつか病気になるかも知れない。

 一度、ミイちゃん先生に相談そうだん……は無理だ。女の人にトイレの相談に乗ってもらうのはずかしい。ここはやっぱり、校長先生のところに行って……。


「ノゾミちゃん! また体調たいちょうが悪いの? だいじょうぶ⁉ 保健室につれていってあげようか⁉」


「み、水野みずのさん! 心配してくれるのはうれしいけど、体をこきざみにするのはやめてーっ! も、もれちゃうよぉ~!」


 昨日きのうとまったく同じ展開てんかいになってボクが悲鳴ひめいをあげた直後ちょくご、教室の戸がガラリといきおいよく開いた。


「ノゾミ、いる?」


「え? お姉ちゃん、どうしたの? ここは三年生の教室じゃないよ」


「そんなの知っているわよ。あんたに用事があって来たんだから」


 ボクたち姉弟が会話していると、教室のクラスメイトたちがざわざわとさわぎはじめた。


 ファッション雑誌ざっしのモデルをやっているお姉ちゃんは、男女問わず学校のみんなのあこがれだ。

 男子たちはお姉ちゃんのボクとはちがった美貌びぼう(ボクはかわいい系で、お姉ちゃんは大人っぽい感じの美女)にみとれて、メロメロになっている。

 女子たちはお姉ちゃんにサインをもらおうと、虎視こしたんたんとお姉ちゃんに話しかける機会きかいをうかがっているみたいだ。


 水野さんや織目おりめさんも、うっとりとした表情でお姉ちゃんを見つめている。この二人は前にお姉ちゃんからサインをもらったことがあるんだよね、そういえば。


 ちなみに、このさわぎのすきをついてタタリ王子が背後はいごからボクに接近せっきんしようとしていたみたいだけど、「うぎゃぁー‼」という悲鳴ひめいが聞こえたから失敗しっぱいしたみたいだ。たぶん、また服部重蔵さんの手裏剣攻撃をくらったのだろう。


「ボクに用事って、なに?」


 ボクはモジモジしながらお姉ちゃんに聞いた。

 お姉ちゃんは、しばらくの間、そんなボクの様子をじろ~りと観察かんさつしていたけれど、やがてボクの手をギュッとつかみ、こう言った。


「もしかして、と心配して様子を見に来たら、やっぱりトイレをがまんしていたのね。いっしょに来なさい。お姉ちゃんがトイレまでつれていってあげるから。がまんは体の毒よ」


「え、え、え。ちょっと待って。でも、ボクはどっちのトイレにも入れな……」


 ボクはそう言いかけたけれど、お姉ちゃんに無理やり立たされて、そのまま拉致らちされてしまったのだった。







「お、お姉ちゃん。男子トイレはまずい。タタリ王子に見られたら……」


「わかってる。女子トイレにレッツゴー!」


「で、でも、女子トイレに入る勇気が……」


「お姉ちゃんがついていてあげるから、安心しなさい。『女子トイレ 姉と入れば こわくない』という有名な川柳せんりゅうがあるでしょ?」


「ないよ‼ そんな川柳ないから‼」


 なんて会話をしている間に、女子トイレの前についてしまった。


 お姉ちゃんは「ここで待ってなさい」とボクに言うと、女子トイレの中に入っていき、


「ごめんねぇ~! うちの妹がいまからトイレを使うから、ちょっとの間だけ外で待っていてくれる? 本当にごめん!」


 なんと、トイレの中にいた女子たちをみんな廊下ろうかにほうり出してしまったのだ。そして、女子トイレの入口のドアに、


「ノゾミちゃん使用中」


 と書いた紙をると、「さあ、遠慮えんりょなく使いなさい」と言って、ボクの背中をドンと押した。


「え、遠慮なく使いなさいって言われても、廊下で女の子たちがボクのトイレが終わるのを待っていると思うと、恥ずかしくて用を足せないよぉ~!」


「いつまでも乙女おとめみたいに恥じらっていないで、さっさとスッキリしてきなさい。女は度胸どきょうだよ」


 お姉ちゃんがそう言うと、廊下にいる女子たちも「ノゾミちゃん、がんばってぇ~!」と応援おうえんした。たまたま女子トイレにいた姫乃ひめのちゃんまでもがボクに声援を送っている。


 なにをどうがんばれっていうんですかぁ~!

 あ、あうう~、恥ずかしいよぉ~!


 このままだと恥ずかしさのあまり死んじゃいそうだったので、ボクは意を決してトイレの個室こしつの中に入った。この状況じょうきょうから脱出だっしゅつする唯一ゆいいつの方法は、ボクがさっさと用を足すことだと気づいたからだ。


 じゃぁ~~~!


「ふ……ふぅ~。スッキリ……」


「ノゾミ、よくがんばったわね。えらい、えらい」


 こ、子供じゃないんだからやめてよ、お姉ちゃん。

 ……と思ったら、姫乃さんら女の子たちまでパチパチパチと拍手はくしゅをしている。


 は……恥ずかしい‼

 トイレの問題は、早急さっきゅうになんとかしなくちゃ……‼


「これからも、一人で女子トイレに入れないうちは、お姉ちゃんがトイレにつれていってあげるから遠慮えんりょなく言いなさい」


 や、やめてーーーっ‼

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