9 親子二代にわたってファンです

「お母さん、いったいだれを呼んだの?」


「んー? お母さんのぉ、元親衛隊もとしんえいたいの人たちだよ~ん♪」


「し、親衛隊⁉ なんで、一国の女王でもないのに、軍隊ぐんたいを持っているの⁉」


 ボクがおどろくと、お姉ちゃんが「馬鹿ねぇ~、ちがうわよ」と言いながら笑った。


「お母さんがアイドルをやっていたころのファンのことでしょ」


「ああ、なるほど……」


 でも、アイドルの追っかけをやっていた一般人たちに、ウラメシヤ王国の特殊警備部隊とくしゅけいびぶたいを追いはらうことなんてできないんじゃ……。


「おい! 貴様ら、何者だ! ここはウラメシヤ王国の王太子妃おうたいしひ候補こうほのお嬢様じょうさまがいらっしゃる家だぞ! そんな物騒ぶっそうな物を持ってこの家に近寄ちかよるな!」


 お母さんが親衛隊のリーダー格(?)の人に電話をしてから五分ほどたったころ、急に外がさわがしくなった。


「な、なにごと?」


 おどろいたボクとお姉ちゃん、葉月はづきは、窓から外をうかがった。


 門の前では、まちまちなかっこうをした中年男性たち四人が、ウラメシヤ王国の警備員けいびいんたちと、ここを通せ、通さないと押し問答もんどうをしていた。


 先頭せんとうにいるおじさんはちょっとださいポロシャツを着ていて、どこにでもいそうな平凡へいぼん雰囲気ふんいきである。でも、そのうしろにひかえているおじさんたちは、かなり異様いようだった。


 ウラメシヤ王国の警備員みたいに黒ずくめの服を着ているおじさんは、つばの広い帽子ぼうしを目深にかぶっていて顔がよく見えない。


 その横にいるおじさんは、なぜか忍び装束しょうぞくを着ている。忍者のコスプレか……?


 そして、一番声高こわだかに「早くここを通せ!」とえているおじさんは、背中に巨大なクマを背負っていた。ピクリとも動かないから、クマは死んでいるらしい。


 ……どこからツッコミを入れたらいいのか、まったくわからない。


「ねえ、ねえ。あの人たちがお母さんのしんえーたい? 細長いつつみたいのを持っている人がいるよ?」


「いや、あれってスナイパーライフルじゃない? 映画で見たことあるもん」


 葉月とお姉ちゃんの会話を聞き、自分の目でも実際じっさいに見て、ボクはゾッとした。黒ずくめのおじさんは、なんと狙撃用そげきようじゅうを持っているではないか。


「ライフルを持った人がアイドルの元ファンなわけないって! き、危険人物だ! 早く警察に連絡れんらくしないと……!」


「警察を呼んでも、ウラメシヤ王国の警備部隊の人たちに追いはらわれるだけじゃない? それに、ほら。警備の人たちがライフルを持った人とその仲間たちをつかまえようとしているから、だいじょうぶだって」


「そ、そっか。あー、よかった。あの警備の人たちがまさか役に立つなんて……」


 お姉ちゃんの言葉でホッしたのもつかの間、今度はお母さんがとんでもないことを言いだした。


「あの人たちが、お母さんの親衛隊だよ?」


「え⁉ ええええええ~⁉ お母さんのファンって、ああいう人たちばっかだったの?」


「親衛隊のほとんどはふつうの人たちよ。でも、お母さんのファンは世界中にたくさんいてね。中には個性的な人たちもいたの。それが、あの人たちで――」


 などとお母さんが言っている間にも、家の外ではとんでもないことが起きていた。


「ぐ、ぐえぇぇ! こいつら、めちゃくちゃ強いぞ⁉」


「ごふっ! がはぁ!」


「これはかなわん! 一時撤退いちじてったいだ! 王様に報告ほうこくしなければ!」


 信じられないことに、お母さんの元ファンのおじさんたちは、おおぜいの大男たちを数分でたたきのめしていたのである。


「わー! あのおじさんたち、つよーい!」


「えっへん! お母さんのお友達はすごいでしょ?」


 お母さんは自慢じまんげに胸をそらした。


 う、うそーん。あんなの、アイドルの追っかけをやっていた人たちの強さじゃないってば。

 ……もしかして、ボクのお母さんって、ウラメシヤ王国の人たち以上いじょうにとんでもない人だったりする?







 お母さんは、ウラメシヤ王国の警備員たちを撃退げきたいしたおじさんたちを家にまねき入れた。おどろいたことに、そのおじさんたちにまじってボクのよく知っている女の子がいた。背が高いおじさんたちにかくれて、見えなかったようだ。


「ノゾミちゃん! 無事でしたか⁉」


「ひ、姫路ひめじさん? どうしてここに? ……というか、背中に隠し持っているバットはなに?」


「あっ、こ……これは……えへへ」


 舌をペロリと出してずかしそうに笑う姫路さん。……どうやら、さっきの戦闘せんとうに加わっていたらしい。


「この子が周作しゅうさくくんの娘さん? うちの子と同じクラスだとは聞いていたけど、とってもかわいらしい子ね」


 お母さんがウフフとほほ笑み、ださいポロシャツを着たリーダー格(?)のおじさんに言った。


「はい。姫乃ひめのといいます。息子さんには、いつもうちの娘がお世話になっております」


 周作さんは、デヘヘと鼻の下をのばしながら、お母さんに頭を下げた。


 えっ……? もしかして、このおじさんが姫路さんのお父さん⁉ ま、まさか、クラスメイトの父親がボクの母親のファンだったなんて……。これはかなりのおどろきだよ。


 それにしても、お母さんとお話している周作さんは、ものすごくうれしそうだ。親衛隊のメンバーになるぐらいなのだから、アイドル時代のお母さんの熱狂的ねっきょうてきなファンだったのだろう。


「こんなにもかわいいのなら、姫乃ちゃんもアイドルになれるんじゃない?」


「あははははは! まっさかぁー! こいつ、小動物みたいな見た目に反してゴリラなみの怪力かいりきなんですよ? それに性格せいかくもがさつ……」


「ノゾミちゃんの前でなに言ってやがる、このクソ親父ぃぃぃ‼」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ⁉」


 鬼の形相ぎょうそうと化した姫路さんは、ブーーーン! とバットをり、周作さんにおそいかかった。周作さんは間一髪かんいっぱつ殺意さついがこもった娘の一撃いちげきをかわし、しりもちをつく。


「あ……あぶねぇなぁ! そういうところがゴリラなんだよぉ~! ノゾムくんの前でそんな凶暴きょうぼうってもいいのか? 嫌われるぞ!」


「あっ……。し、しまった。またやっちゃった……」


 姫路さんはバットをほうり投げると、顔を真っ赤にしてボクを見つめ、もじもじと体をくねらせた。その仕草しぐさ純情可憐じゅんじょうかれん乙女おとめそのもので、まちがいなくかわいい。さっきの鬼のような形相がウソみたいだ。


「の……ノゾミちゃん。あの……。わたしのこと、嫌いになりましたか?」


 姫路さんはウルウルとひとみをうるませ、ボクにそうたずねた。


「……いや、少し前からなんとなく気づいてたよ。姫路さんの本性ほんしょう


「う、うええ……。女の子っぽくなりたくて、なるべく男子とは話さないようにしていたのにぃ……」


 ああ、なるほど。姫路さんが男子をさけていたのは、男とせっすることで自分の男子っぽい性格が外に出てしまうことを警戒けいかいしていたからなのか。


「わたしが小さい時にお母さんが亡くなったから、わたしの家の家族構成こうせいはお父さん、お兄ちゃん、わたし、弟で……。男の人にかこまれて成長したせいか、がさつでケンカっ早い性格になっちゃって……。興奮こうふんすると言葉づかいもあらくなっちゃうし、家事能力かじのうりょくもゼロだし、本当のわたしはぜんぜん女の子っぽくないんです。名前に『姫』の字が二つもあるのに、なさけないです……」


 そういえば、メイド喫茶きっさをやった時も、姫路さんはウェイトレスの仕事からなるべく遠ざけられていた。姫路さんと仲がいい織目おりめさんや水野みずのさんは、彼女の本性を知っていたから、彼女が苦手な仕事をしなくてすむように、メイド喫茶の宣伝係せんでんがかりをまかせていたのだろう。あんな重そうな看板かんばん、女子では姫路さんしか持てそうにないしね。


 ……でも、そんな姫路さんの本性を知って、ボクが幻滅げんめつするかといったらノーだ。ボクだって、ヒトのことを言えない。男だけどかわいいものが好きだし、恋愛ものの小説や少女マンガが大好きだし、一般的な「男子」というイメージからはかけはなれている。


 姫路さんは、そんなボクのことを「宮妻ノゾミちゃん、ぜんぜんアリです!」と言って肯定こうていしてくれた。ボクという存在そんざいを「ぜんぜんアリ」とみとめてくれた姫路さんをボクが否定ひていなんかできないよ。だから、ボクは、


「姫路さんは、姫路さんじゃないか。ねこをかぶっていても、ありのままの君でも、ボクは姫路さんのことをかわいいと思うよ」


 と、ほほ笑みながら言っていた。

 その直後に、「これって、ハッキリとは言わなかったけど、半分ぐらい告白なんじゃ……?」と気づいてしまった。でも、口にしてしまった言葉はもう引っこめることはできない。


 わ、わ、わ……。ちょっとずかしいかも。


 姫路さんは感動しているのか、だばだばと涙を流している。

 ……まあ、いいか。喜んでくれているみたいだし。


「わ……わたし、お父さんがノゾミちゃんのお母さんのファンだったように、ノゾミちゃん……ううん、ノゾムくんにあこがれていました! 男の子なのにとってもかわいいノゾムくんと仲良くなりたいって、ずっと思っていたんです! ……わ、わたしと仲良くしてくれますか?」


 姫路さんは意を決したように、ボクをまっすぐと見つめ、そう言ってくれた。


「う、うん……。こちらこそ、よろしく。ええと……姫乃ひめのちゃんって呼んでいい?」


 ボクがちょっとれながら言うと、姫乃ちゃんはコクコクコク! とすごいいきおいで首をたてに振るのだった。


 ボクたちは、それぞれの家族と親衛隊のみんながニヤニヤと笑いながらボクたちを見ていることに、まったく気づいていなかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る