6 逃げ場なし!
でも、タタリ王子がせっかく用意してくれた料理に少しも口をつけないのはさすがにかわいそうだと思い、色とりどりの野菜がおいしそうなサラダだけは食べてみた。サラダなら、「ウラメシヤ〇〇」みたいに不吉な名前の動物の肉が使われていないはずだと思ったからだ。サラダにはヨーグルトのドレッシングがたっぷりかけられていて、とてもおいしかった。
「このドレッシングは、ウラメシヤ王国の名物なんだ。ウラメシヤヨーグルトというヨーグルトを使っていて……」
「ぶーーーっ!」
「うわっ! き、急に吹き出してどうしたんだ⁉」
「よ、ヨーグルトにまでウラメシヤがつくの? ちょっとおかしくない?」
「ウラメシヤ王国で作られたヨーグルトなのだから、ウラメシヤヨーグルトという名前はふつうだろ。ブルガリアで作られているヨーグルトも、ブルガリアのヨーグルトと呼ぶじゃないか」
「た、たしかに、そうだけど……」
う~……。タタリ王子には悪いけど、ウラメシヤ王国の言葉にはまだ
「ぼ……わたし、ちょっとトイレに行ってくる」
「よし。オレも行こう」
あのねぇ……。ふつう、女の子とつれションに行く? いや、本当は、ボクは男なんだけどさぁ……。
「
ボクはちょっと怒ったような表情をつくって、強めの
「む……。たしかに、そうだな。悪い」
意外なことに、タタリ王子は
どうやら、わがまま王子でも、自分が悪いと思ったらあやまれるらしい。ただ、どういう
「はぁ~。ほんの数分だけど、ようやくタタリ王子から
教室を出たボクは、そうブツブツつぶやきながら、
「あれ? あんな美少女、うちの学校にいたっけ?」
「しっ……! あの子は一年C組の
「あっ……。そ、そうだったな。先生も、宮妻のことは女の子としてあつかえ、彼が男だった
などとウワサしあう声が聞こえてきた。
……どうやら、ボクはこの学校……ううん、この国のトップシークレットになってしまったようだ。トップシークレットなのに学校のみんなは知っていて、タタリ王子だけが知らないというのがなんともバカバカしい。ああ……なんでこんなことに……。
それにしても、「男だった過去は忘れろ」はちょっとひどすぎません?
「あっ、ノゾミちゃん。そっちは男子トイレだよ」
ボクがトイレに入ろうとすると、ちょうど女子トイレから出てきたばかりの
「うん、知っているよ。男のボクが男子トイレに入ったらダメなの?」
「……女子のかっこうでおしっこをしたら、他の男子たちがめちゃくちゃ
織目さんが小声でボクに耳打ちする。
そ……そうだった。ボクはいま女子の
それに、万が一、タタリ王子に見られたら、大変なことになるだろう。
「い、いったい、どうしたら……」
「女子トイレで用を足せばいいじゃない」
「それはそれでマズイでしょ⁉ ボクが男だということはみんな知っているし、『男が女子トイレに入って来た!』っておおさわぎになるじゃん!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。君は
それはそれで、ちょっとショックなんですが⁉
「で、でも、さすがに
う、うう……。まさか女装にこんな落とし穴があっただなんて……。
午後も、いろいろと
五限目の体育では、
体育はもちろん女子たちにまざってバレーボール。
でも、ウィッグが取れると、一大事だ。同じ体育館内では男子たちがバスケをやっている。かつらがぬげた
「男だったのかよぉぉぉ! 日本人はウソつきだぁぁぁ!」
と外交問題が発生してしまう。
ウィッグのことが気になって満足にボールを追いかけることができないボクは、ヘマばかりして、同じチームの姫路さんや水野さんたちに
「く、くそぉ~。姫路さんにかっこ悪いところを見せちゃうし、トイレに行けなかったせいでおしっこがもれそうだし、最悪だよぉ~……」
「ノゾミちゃーん! ボール、そっちにいったよー!」
「え⁉ あ、あわわ! あわわわ!」
水野さんに声をかけられたボクはあわあわ言いながら、
「おい、見ろよ。ノゾミちゃんがへっぴり腰でボールを打ち返そうとしているぞ!」
「あんな
「フン。かわいいのは当たり前だ。オレの
「がんばれ、ノゾミ! はなれていても、親友のオレが
バスケの試合をやっているはずの男子たちがボクを見てさわいでいるのが聞こえてくる。
タタリ王子のアホ! ボクは鼻に指をつっこむなんてかわいくないことはしないよ!
あと、俊介もタタリ王子の言うことを真に受けないでよ!
「ノゾミちゃん! ちゃんと前を見て、前を!」
「ほえ?」
男子たちに気を取られ、うっかりよそ見をしてしまったボクが、水野さんに注意されて前を見ると――
「き……きゃぁ~!」
顔にボールがぶつかる! と思ったボクは
「ノゾミちゃん! あぶなーい! ……うおりゃぁぁぁーーーっ‼」
ボールが顔にぶつかる直前、近くにいた姫路さんがボクめがけて
「げふぅぅぅーーーっ⁉」
姫路さんのタックルをお腹にまともにくらったボクは、ボクの体を抱きしめている姫路さんといっしょに、男子たちがバスケをやっているコートまでぶっ飛んだ。
さすがのボクも、こんな
「ふぅ~……。ノゾミちゃんのかわいい顔にボールが当たらなくてよかったぁ~……。ノゾミちゃん、だいじょうぶですか?」
「だ……だいじょうぶ……。な、なんとか
お腹にあれだけの
「もれる? なにをもらすんですか?」
そうやって小首をかしげている姫路さんもかわいいなぁ~。あはは……。
「ぐっ……。お、おしっこがしたい……」
六限目の国語の時間、ボクの
でも、授業中にみんなの前でおもらしするわけにはいかない。ボクは汗をだらだら流しながら、がんばってたえた。
「ノゾミちゃん、だいじょうぶ? どこか体調が悪いの?」
ななめうしろの席の水野さんが、もじもじしているボクを心配して、小声で話しかけてきた。でも、ひたすらおしっこをがまんしているボクは返事をする
「ノゾミちゃん。ねえ、ノゾミちゃんてっば」
水野さんがボクのわき腹のあたりに手をのばし、こきざみにボクの体を
えっ、ちょっと……。そんなことをしたら、もれ……!
「うっ……くっ! ふひょふへほろへれぷぅくふぅぅぅ……!」
ボクは自分でもよくわからないなぞの声をもらし、
た、たえろ……! たえるんだジョー……!
ボクがもらすまいとふんばっていると、まったく返事をしないボクのことを水野さんがさらに心配し、
「ノゾミちゃん、本当にだいじょうぶ? プルプルふるえているけど、気分が悪い? 保健室に行く? 返事ができないぐらいキツイの⁉」
そう言いながら
「ボクは平気だから、体を揺らさないで!」と言いたいけど、
ゆっさ! ゆっさ! ゆっさ! ゆっさ! ゆっさ!
ゆ~さ~……ゆ~さ~……ゆ~さ~……ゆ~さ~……。
ゆっさ! ゆっさ! ゆっさ! ゆっさ! ゆっさ!
あああぁぁぁーーー‼
さ、さすがは肩こりぎみのおばあちゃんを毎日マッサージしてあげている水野さんだ! なんというマッサージのテクニック!
クラス委員長としてクラスの仲間を守らなきゃっていう水野さんの優しさはうれしいけど、もうやめてーーーっ‼
もれる‼ 本当にもれるからぁーーーつ‼
キーンコーン、カーンコーン♪ キーンコーン、カーンコーン♪
ようやく授業が終わって
いまだれかにお腹を押されたら、百パーセントもれる。全力で走って帰りたいけど、走ったら二百パーセントもれる。し、
「くすん……くすん……。ノゾミちゃんがわたしを
み、水野さんがボクのせいで落ちこんで泣いちゃってる!
ごめんね、水野さん。君はとてもいいクラス委員長だよ。たまに
「ノゾミ。顔が真っ青だぞ。具合が悪いのか?」
ボクの
「ノゾミ! 体調が悪いのなら、車で家まで送ってやろう。オレのボディーガードたちが、校門の前で車をとめて待っているはずだから」
「そ、それは……」
本当なら
運が悪いことに、帰り道にあるいくつかの小さな店には男女共用トイレがない。男子トイレにも女子トイレににも入れないボクは、家のトイレを使うしかないのである。
そして、家まで歩いて帰る二十分の間、おしっこをがまんできる自信がボクにはなかったのだ。
「お言葉に
こうなったら背に腹は代えられない。ボクは弱々しい声をなんとかしぼり出し、タタリ王子といっしょに教室を後にした。
「フフフ……。勝ったな」
教室を出る
一方、俊介のほうはというと、ムッとした表情でタタリ王子をにらんでいた。
一見すると、少女マンガの三角関係みたいだけど、取り合いになっているヒロインは男なんだよなぁ……。
校門にとまっていた黒
いや、
「……ふつうの車だね。あっ、もしかして、空が飛べたりとか、ミサイルを
「
「そ、そうなんだ……」
「おまえ、オレの国のことを少しかんちがいしていないか? そんなマンガに出てくるような非常識な車を友好国の日本で乗りまわすわけがないだろう。おおさわぎになってしまうぞ」
「ごめん……」
「まあ、本国には
「あるんかいっ‼ ていうか、なんでそんな
おっと、まずい。
「なんでって、王族の身を守るためには、それぐらいの
げ、
なにはともあれ、ボクはミサイルも機関銃も搭載されていない平和的な高級車に乗せてもらい、家まで送り届けてもらえた。
それはよかったんだけど……。家に着いたボクは、とんでもない
「ほ、ほげげげぇぇぇぇーーーっ⁉」
と、
「い……家がない。いや、ボクの家はあるけれど、そのまわりの……ご近所さんの家がぜんぶなくなって、ボクの家を
ボクは、口をあんぐり開けてぼうぜんとした。
「ああ、明日まではかかると思っていたが、思ったよりも早く完成したみたいだな。これはわがウラメシヤ王家の
「
「ウラメシヤ王国の建築技術の高さは世界一だから、これぐらいは
「う、うそーん……。やっぱり、ウラメシヤ王国は非常識すぎる……」
まさかボクの家の
いや、それよりももっと大変なのは、ボクはウラメシヤ王国に
学校でつきまとわれるだけでも大変なのに、家にいても安心できないなんて……。
に、逃げ場がないじゃないかぁ~!
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