第14話 隣の部屋で兄がヤってるかもしれない
こんにちは新次郎です。
僕は今、橘さんと自分の部屋で、一緒にレースゲームをしています。
橘さんはピンクのお姫様使いという珍しいタイプで、その癖、割といい感じの走りを見せてくれます。兄さんと長年争い、このゲームの腕には自信があった僕ですが、本気の緑ドラゴンでもまったく歯が立たず、ちょっと男として立つ瀬がありません。
真面目な感じの橘さんなのに。
遊んでいない感じの橘さんなのに。
人間、見た目から性格なんて分からないものですね。
兄さんのように、言動と行動のキモさが一致するような人は、なかなか珍しいのかもしれないと、そんなことをはじめて思った次第であります。
まぁ兄さんが人に言えない秘密を抱えていたとしても、僕の中で兄さんの評価――糞キモ変態童貞拗らせ兄貴というのは変わらないでしょうけど。
「新次郎くんよわーい」
「また負けちゃったー」
「はい、それじゃ罰ゲーム。勝った方の言うこと聞くやつねー」
「えへへー」
「んー、そうだなー、私のこと、10回好きって言ってみて」
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大好き!!」
「12回!! おまけに大好きまでついてるよ!!」
「僕の橘さんへの愛は二割り増しってことさ」
「もうっ、新次郎くんったら」
なにこれ。
お家デート、たーのしーい。
なんていうか自分のパーソナルスペースだから、気兼ねなく恥ずかしいことができるよ。これが喫茶店だとか、動物園だとか、水族館だとか、そういう人目のあるところだったら、中途半端に周りを気にしていちゃつけないけど、家だから気にしなくていいよ。
お家でデートするって、こう、いかがわしいイメージがあったけれど、全然健全だね。むしろこう、いかがわしいことをするという発想が沸いてこないくらい楽しいよ。
「たのしいねぇ、新次郎くん」
「たのしいねぇ」
「ゲームの次はなにする?」
「映画でも見よっか。泣けるのと、泣けるアメコミなのと、泣ける佐々木蔵之介があるけど、どれがいい?」
「泣ける佐々木蔵之介!!」
「分かってる!! 分かってるね橘さん!! ちなみに2もあるよ!!」
「ほんとー!! やったー!!」
楽しいなぁ。
彼女と涼しい自室で、ゲームして映画見て、いちゃいちゃするだけで、これだけ楽しいだなんて、なんて青春って楽しいんだろうか。
ヤれるとか、ヤれないとか関係ないんだ。こうして、彼女と一緒に過ごせるだけで、青春は楽しめるものなんだ。イチャコラはできるものなんだ。
ひゃーっほう、最高だぜぇ!!
『ヒァ、ヒァ、ヒァウィゴー!!』
「ちょっと新次郎くん、負けがこんでるからって煽らないでよぉ!!」
「ごめんごめん、ちょっとテンション上がって、ヒァついちゃった!!」
「うふふふっ!!」
「あはははっ!!」
兄さんに感謝だな。お家デートを提案してくれた兄さんに感謝だ。
もう、最初兄さんが、家でデートしろなんて言った時には、どんないらんことをしてくるのかと思ったけれど、まったく何も問題なかったな。
不要なちょっかいを仕掛けてきて、僕と橘さんがヤっちゃったりしちゃったりなんちゃったりするような、そんな孔明の罠があるかと思ったけれど、そんなこと全然なかったよ。ちょっと残念だけれど、まったくなかったよ。
よし、この調子なら――ヤれる。
健全に今日のデートを終えることができるぞ。
そう思った僕が――バカでした。
「……あれ? なんか足音が聞こえてこない?」
「兄さんたちかな? 勉強が一段落したんだろうか?」
とんとんとんと、ゆっくりとした足取りで階段を上がってくる音がする。僕と兄さんの部屋は、二階に上がってすぐの場所にある。壁を挟んですぐそこだから、上がってくればそれはすぐに分かる。
今日は一日、リビングで勉強するんじゃなかったんだろうか。
ふむ。なんだろう――。
悪い予感がするぞ。
背筋を冷や汗が滑り落ちる。
兄さんの考えていそうなこと、やりそうなこと、そして男と女が部屋で二人っきりという状況に――頭の中の想像が膨らむ。
男と女が、部屋で二人っきりでやることと言ったら、決まっているよね。
いや、今、僕と橘さんは、レースゲームをしている訳だけれど。
けれども世の一般的な常識で考えると、導き出される答えは違うよね。
いい歳した高校生の男女が。
休日に部屋に集まって。
親もいないのに。
そういう好条件が揃った状況で、何も起こらない訳ないよね。
「……愛ちゃん」
「なっ、なんだよ!! 今日はお前、そういうの、ナシだって話だったじゃないかよ!!」
薄いよ!!
あれ、薄いよこの部屋の壁!!
こんなに薄かったっけ!! 今の今まで、こういうイベントがなかったから、まったく気がつかなかったけれど――薄いよ!! びっくりするくらい筒抜けだよ、この部屋!!
おちおちエロ動画も見れないレベルの薄さだよ。
ちょっとそういうことを一人でするのもはばかられる薄さだよ。
行為の音が筒抜けになっちゃうくらいの壁の薄さだよ。
気づいているの兄さん!! いや、気づいてないよね兄さん!!
兄さん、気づいてよ兄さん!! プライベートが漏洩してるよ兄さん!!
僕と橘さんは顔を見合わせた。
顔を真っ赤にして見つめあった。
どうしよう――そんな感情がお互いの顔には満ちていた。
仕方なかった、だって、僕たちは今の今まで、ピュアピュアでラブラブだったのだから。こんな年相応の、アダルティな展開が、いきなり隣の部屋で始まったら――狼狽えることしかできなかった。
けれども、いきなり止める度胸もなかった。
そしてちょっと、この二人がこの先どうなっちゃうのか気になった。
だって僕たちも年頃の男の子と女の子だったから。
年頃の、高校生だったから。
気になる――二人がいったいこれから、ナニをするのかが。
そして、兄さんがついに満を持して――ヤってしまうのではないかということが。
兄さん。
ついにヤるのかい、兄さん。
実のところ、兄さんがヤってないから、僕もまだヤっちゃいけないかなと、そういうことを思っていたりしたのだけれど、いいのかな兄さん。僕、我慢してたんだけれど、いいのかな兄さん。兄さんがヤっちゃったら、ちょっと橘さんと距離を詰めて、CまではいかなくてもAくらいは済ましちゃっても、問題ないかな兄さん。
というか、僕も男の子だからそれくらいヤりたいよ兄さん。
そういうのナシで、キャッキャウフフするのも楽しいとは言ったけれど、やっぱり、できることならそういうの僕もヤりたいよ兄さん。
だから、頑張れ、兄さん。
ヤってくれ、兄さん。
僕は橘さんから目を逸らすと、兄さんたちがいる壁の方を凝視した。
そして――そこから聞こえてくる声に、しばし耳を傾けたのだった。
「……ナシのつもりだった。ナシのつもりだったんだよ」
「だったら、ちゃんと守れよ。男だろ、オメー、健一郎」
「……けれど、僕も男の子なんだよ。愛ちゃんのそんな姿を見ていたら」
「……み、見ていたら?」
「……ほっとけなくなる!!」
ほっとけなくなるよね。
そうだよね、結構攻める感じの衣装で来てたよね愛さん。
ホットパンツにタンクトップ。
ちょっと古いけど、それでも、明らかに男を誘いに来ている衣装だったよね。ピュアな僕でもわかるよ。わかっちゃうよ。あ、これ、なんかあっても大丈夫な奴だって。
きっとホットパンツの下に――勝負仕込んできてるなって。
対して橘さんはもうすがすがしいほど健全だよ。
薄緑色をしたワンピースに淡い水色のカーディガンだよ。
なんていうか、お友達と遊びに行きますみたいな感じだよ。ついでに言うと、家に来たとき麦わら帽子被ってたよ。ラノベのヒロインだって、今どきしないような格好して、家にやって来たよ。とてもそんな気分にならない、一昔前のヒロインスタイルだったよ。
これは当然下着はベージュか白のホワイトだよね。
普段使いの大人しい奴だよね。
分かるよ、だって僕、兄さんの弟だから。それくらい分かるよ。
チクショウ。ヤれる確率だけなら、明らかに兄さんの方が高いよ。
流石は兄さんだよ。
常に、ヤれる、ヤれないで、物事を考えているだけはあるよ。
その努力が、こんな場面で実を結ぶなんて――。
僕はびっくりだよ。
びっくりで叫びたいよ。
いい雰囲気だから叫べないけれど。
ほんと歯がゆいよ。
「愛ちゃん、俺に任せてくれないか」
「……健一郎」
「俺は男の子だ、そういうことの知識もある。きっと、愛ちゃんを気持ちよくできる」
「……けど、そんな」
「怖いの?」
「……バカ」
「安心して。絶対に痛くしない。優しくするって約束するよ」
兄さん。
ちょっと兄さん。
おいちょっと待ってよ兄さん。
なんでそんな普通にイケメンみたいなセリフが出てくるの。
自然に、なんのつまりもなく、さらっとそんな少女漫画の登場人物みたいな臭い台詞が吐けるの。
一周回って気持ち悪いよ。
気持ち悪いけど、それを言える兄さんがうらやましいよ。
兄さん、ちょっと反則だよ。
橘さんもはわわわって顔してるよ。
なんだか自分も言って欲しいって感じの顔してるよ。
けど僕、兄さんじゃないからそんな言葉とても言えないよ。
どうしてくれるんだよ、とんでもない差を見せつけられちゃったよ。
これじゃ僕は今日、どう頑張っても橘さんと――ヤれないよ!!
「あんっ!! やっ!!」
「力を抜いて、愛ちゃん」
「……そんな、無理だよ、健一郎」
「リラックスして。ほら、僕の指に、身を任せるんだ」
「あっ、あっ、やっ!! だめっ、そこはっ!!」
「カチっカチじゃないか」
「誰の、ンッ、せいだと、思ってるんだよぉッ……バカぁっ!!」
「ふふっ、可愛いよ、愛ちゃん」
「あぁん!! やめっ、そんな風に、触ると!!」
「こっちもコリコリだ。よっぽど我慢してたんだね」
「ばか、ばかばか、健一郎のいじわるぅ……」
愛さん、甘々じゃないか。
甘々じゃないかぁ。
これ本当に愛さんなの。
愛さんという皮を被った、別の何かじゃないの。
こう、スプラッターホラー的な、感じの奴じゃないの。
宇宙からの侵略者が化けてる奴とか、そういう話じゃないの。
殺した相手に化ける能力者と、兄さん対峙してるんじゃないの。
えぇ、これが、あの、兄さんを対空攻撃で圧倒していた愛さんなの。
おかしいよ、こんなのおかしいよ。
そして――。
「し、新次郎くん」
「ど、どど、どうしよう、これ」
「じゃ、邪魔しちゃ、悪いよね」
「けど、僕たちの精神衛生上悪いし」
こっちもどういう空気をすればいいか分からないよ。
兄さんたちが、隣の部屋で、ヤりはじめたら――僕たちもどういう反応していいか分かんないよ。今さら、部屋から出るのも気が引けるし。というか、変な音を立てて、兄さんたちのムードを壊したら、それも悪いし。
手詰まりだよ。もう、僕らのお家デート手詰まりだよ。
兄さんたちの情事を聞いて、それでお腹いっぱい、おしまいだよ。
とんだデートになっちゃったよ、兄さん。ヤれたんだから、巻き戻して、可及的速やかになかったことにして、僕たちのデートを成功したことにしてよ兄さん。
兄さん。
もう、兄さん。
ほんと迷惑。
「えっ、健一郎? なにそれ?」
「ふふっ、これかい? これはね、愛ちゃんを気持ちよくする道具さ」
「えっ? そんな……そんなの使われたら、俺。初めてなのに」
「大丈夫、大丈夫だから。だから、安心して」
特殊な器具を使おうとしている。
初めてのそれで、特殊な器具を使おうとしておる。
いやいや、兄さん。
それはダメだよ兄さん。
最初のそれは、ちゃんと、スタンダードなのでしないと。
はじめての経験なんだよ。
初っ端から、そんなエロ動画みたいにトバしちゃダメだよ兄さん。
動画みたいには上手くいかなくて、もじもじしちゃうのも含めて――大切な初体験の甘酸っぱい一ページなんだよ、兄さん。
「ダメだ、止めなくちゃ!! それはいけない!!」
「いけないね、新次郎くん!! 暴れん棒はいけないね!!」
いまさらっと橘さんの口から聞いちゃいけない単語が聞こえた気がした。
けどきっと気のせいだろう。
橘さんは清純派。
そんな知識――持ってるわけがないのだ。暴れん棒とか、きっと、僕の聞き間違いなのだ。あ、ばれてもいいから、止めに行こう、って、そう言ったのだ。きっと。
そう、止めなければ――。
「ダメだ兄さん!!」
「いけません、お兄さん!!」
僕と橘さんは、部屋を出ると兄さんと愛さんのいる部屋に突入した。
するとそこには――。
電マを手にした兄さんが――。
愛さんに馬乗りになり――。
「あっ!! あっ!! あっ!! 効く、効くぅ~~~!! 健一郎のマッサージ、めっちゃ効く!! きもちい~~!!」
「気持ちいいだろう?」
「「電マの本来の使い方をしていらっしゃる!!」」
うつ伏せになった愛さん。
その肩に器具をあてていた。
二人とも服を着て、健全な体勢で。
そして電マを正しく使って、兄さんは愛さんをマッサージしていた。
なんだよ、なんだよそれ。
そんなのってないだろ。
いい声出してたじゃないかよ。もう、マッサージオチはこういうのの鉄板だけど、それにしたっていい声出してたじゃないか。
ヤれる、ヤる、言っといて、ここでヤらないのかよ。
ヤるヤる詐欺かよ。
あんまりだよ兄さん。
「おりょ、新次郎に橘ちゃんじゃん。どうした、そんな顔を覆い隠して」
「「なんでもないよ!!」」
恥ずかしい想像ををしたこっちが恥ずかしいよ。
兄さんと違って、こっちはなかったことにできないんだから、もうどうしようもないくらいに恥ずかしいよ。
今日も平常運転かよ兄さん。
もう振り回さないでよ。
世界も、僕も、疲労困憊だよ。
「もー、愛ちゃんってば、お仕事頑張りすぎだZO☆ そんな気を張って、体の筋肉まで張ってたら、せっかくの青春が台無しだYO☆」
「あひぃー、きもちぃー、健一郎ぉー、しゅきぃー」
「ふくらはぎも張ってるからそっちもあとで揉んであげるね。流石にお腹とお尻については、ヤり方だけ教えてあげるから、自分でやろう」
「……俺にヤれるかな、健一郎ぉ?」
「大丈夫さ!! 愛ちゃんなら――ヤれるぜ!!」
そこで使うのかよ!!
なんにしても、もう僕たちは今日、どうやってもヤれないよ。
そういう雰囲気じゃないよ。
もうっ!!
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