第13話 Wデートでヤれるかもしれない
朝。
決戦は土曜日。歌では何曜日だったか忘れたけど、今日は土曜日だ。
そして決戦の日だ。
午後から、家に、橘さんがやってくる、決戦の日だ。
ちなみに父さんと母さんには、土下座して留守にしてくれるようお願いしておいた。今日、はじめてできた彼女が、お家に遊びに来ますので、二人で映画でも見に行ってくれないでしょうかと、お願いしておいた。
父さんも母さんも、喜んで僕のお願いを聞いてくれた。
母さんは泣いていた。泣いて、ついに新次郎にも彼女ができたんだねと、自分のことのように喜んでくれた。
父さんは黙ってうなずいていた。それから、お父さんたちの寝室に、アレはあるから好きなだけ使いなさいと、そういう下世話なことを言ってきた。
兄さんのそういう所は、父さんの血だなと思った。
まぁ、それはさておき。
父さんも母さんも息子に彼女ができたことを素直に喜んでくれた。いい親だと思った。普通、そういうのができたら、アンタにはまだ早い、責任はとれるのかと怒りそうなものなのに、すんなりと受け入れてくれたのが僕はうれしかった。
ありがとう、父さん、母さん。
そしてごめんなさい。
映画館に行っても、カワキュアの映画しか座席が空いていないんだ。
そして、感動して子供たちと一緒になって応援することになるんだ。
映画館から出てくる時には、カワキュアおじさんと、カワキュアおばさんになるんだ。
ごめん、本当にごめん。
「じゃぁ、行ってくるわね、新次郎」
「気をつけろ。避妊はしっかりだぞ」
「父さん、かける言葉を選んで」
そんな感じで玄関で両親を見送ると、僕はうーんと手を天井に突き上げて伸びをした。
まずは、一つ。
ミッションコンプリートだ。
この調子で少しずつ、橘さんが来るまでに準備を整えていかなければ。
「部屋は徹夜で片付けた。飲み物も、蓋のちゃんと締まっているペットボトルを用意した。お菓子もちょっと高級な個別包装のを用意してある」
橘さんを迎える準備は万端だ。
これでなんの問題もなく、健全なお家デートを行うことができる。
まぁ、ただ一つ兄さんがいるという懸念事項はあるけれど――。
「兄さんは空気、兄さんは空気、兄さんは無味透明無臭な存在」
自己暗示をかけることで、僕は兄さんを関知しないことにした。
そうだ、兄さんに振り回されて、橘さんを疎かにしてはいけない。今日の主役は、僕と橘さんなのだから。
絶対に、兄さんに振り回されたりなんかしない。
そう思いながら、僕は一階にあるリビングへと足を踏み入れた。隣接しているキッチンで、冷蔵庫の中身を最終確認するためだ――。
すると、そんな僕に。
「おー、弟。お父さんたち、もう行っちまったのかー?」
「うん、二人で仲良く行っちゃったよ。本当に、いい歳して仲いいよね、うらやましいよ」
「ウチは顔を突き合せりゃ喧嘩ばっかりだからな。まだ、爺さんと婆さんの方が仲良かったよ。ほんと、どうしてこんなことになっちまったんだろう」
「大変だね、愛さんの所も――」
リビングでヤンキーガールが、なぜかアイスクリームを食べていた。
棒タイプの奴だ。残念ながらクリームではないが、なんかエロい感じだ。
ついでに服装もちょっとエロい。
黒いタンクトップにホットパンツという、都会ではちょっとイケてないけど、地方都市ではちょっとイケそうな、エロくてラフな服装だった。
うぅん、うぅうぅん。
あれあれあれ。
これはいったい、DOU、IU、KOTO、NANO。
「どうして愛さんが居るの!?」
「――ハァ? どうしてってお前、さっき出迎えてくれたじゃねえかよ?」
覚えがない。
記憶がない。
ということは――。
犯人は
戦慄する僕の背中から、あいちゅわーんといつもの声がした。
僕の横を素通りして、兄さんがリビングのソファ――愛さんが座っている場所に、ルパンダイブをかました。
相変わらずの対空性能。兄さんの突撃ラブアタックを、愛さんはパンチ一発で見事に防いでみせた。
南無。
兄さんが撃墜されソファーに沈む。
「ほんと、朝っぱらから騒がしい奴だな、オメーはよう」
「ふふっ、愛ちゃんが俺の家に来てくれたからですよ。百回のプロポーズで、ようやく家に来てくれるとか、乱数調整大変でした」
「相変わらず意味わかんねーし」
間違いない、兄さんがやったのだ。
兄さんが、どうしてか、家に愛さんを呼んだのだ。
なぜ。
いやそれより、どうやって。
会話の流れから、何度も
あれだ、恋愛ゲームで好感度ステータス確認したら、0%って出てる奴だったじゃないか。1%の確率に賭ける以前の状態だったじゃないか。
なんで愛さんを呼べたんだ兄さん。
そこが気になるよ兄さん。
「気になるか新次郎」
「気になるよ兄さん!! もしかして催眠術にも目覚めたのかい!! だとしたら、WEB小説よりエロ同人CG集の主人公だよ兄さん!!」
「こーらー、エッチなこと言っちゃいけないんだZO☆ 健全にやらないと、最近はいろいろな所がうるさいからダメなんだZO☆」
「不健全の人類代表みたいな兄さんに言われたくないよ、兄さん!!」
とにかく、なんで愛さんを家に呼べたのか、その真相を教えてくれ。
もったいつけないでと、俺は兄さんに縋りついて言った。
すると兄さん、いやぁーと頭を掻いて、恥ずかしそうにはにかんだ。
なんだこの反応。
彼女ができましたーって、そんな感じの反応。
くっそ腹立つな。
ぶっ飛ばしてやろうか糞兄貴。
「うーん、まぁそうだね。いろんな言葉を選んでみたけれど、やっぱり、人間ってさ、飾らない言葉で思いを直接伝えるのが大切だと思うんだよ」
「飾らない言葉!? むしろ兄さんが飾ったとこ、見た覚えがないよ!?」
「愛ちゃんのこと、俺、昔からずっとずっと好きだったんだって言ったら――ヤれたぜ!!」
「うそでしょ!? 愛さん!?」
そんな言葉でころりと落ちたの。
チョロインすぎない。
そりゃビッチって兄さんに言われても仕方ないよ。
そんなことを思いつつ、愛さんを見ると――彼女は耳まで真っ赤にして、窓の方に視線を向けていた。
あ、これ、マジな奴だ。
そして、ビッチというより、ピュッアな奴や。
「……ん、まぁ。その、なんだ。俺とこいつも長い付き合いだし。今まではっきりと言ってくれねえから、怒ってた部分があるっていうか」
「幼馴染!! 幼馴染になるレベルまで、
「幼馴染はラブコメの鉄板だぜ!! 何もしなくてもヤれるぜ!!」
それは失礼だ。
幼馴染なのに、そこから上手く抜け出すことのできない、そういう人たちもいるのに失礼だ。別れちゃったり、悲しい恋に終わったりする人もいるのに失礼だよ兄さん。
けど、のろけっぷりの方が腹立つ。
砂糖吐きそう。
「バカ!! そんなのまだ早いだろう!! 俺たちには!! もっと――大学生になって、一緒に、その、部屋借りて、落ち着いてからだろ……」
「あぁ、そのためにも、頑張って大検取ろうな、愛ちゃん!!」
「……ぉ、おう!!」
「もうそこまで話が進んでいるのかい兄さん!? 兄さん!? ちょっと、兄さん!?」
という訳でだ新次郎。
俺と愛ちゃんは、今日はリビングで勉強してるからと、兄さんはいい笑顔で言った。
兄さんと一緒のお家デート。
しかも、ダブルデート編という、あり得ぬ展開の始まりであった。
もう、ほんと勘弁して。
「……ところで愛ちゃん、よかったら牛乳飲まない?」
「ん? そうだな。カルシウムも脳に必要な栄養だしな。貰おうかな」
「よし分かった、じゃぁちょっと、向こうで淹れてくるね……」
「やめて兄さん!! 不安になるからそういうのやめて!! 愛さん、念のために買っておいた、蓋の開いてない午後ティーあるから!! それ飲んでね!! お願い!!」
「え? なんだよ? まぁ、いいけど……変な弟だな」
本当にこんなのでいいのか愛さん。
というか兄さん、恋人の覚悟をもうちょっと尊重してあげようよ。
心通じてないと、ヤっても、ヤれたことにはならないよ、兄さん。
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