第11話 土日のデートのプランについてアドバイスしたらヤれるかもしれない
「いま西暦何年ですか!! お兄ちゃんは未来から来ました!!」
「……え、
「いやぁ、うん、流石にこれはねと思って、ちょっと戻って来たよ。久しぶりだな、一日前の新次郎!! そして、よく聞くんだ新次郎!!」
ふぅん。
そんな空返事をして、僕は兄を無視して自分のベッドに寝転がった。
ただいま、僕は彼女の橘さんとラインで絶賛いちゃいちゃ中なのだ。
明日は橘さんと初めてのデート。そのデートでどこに行くかについて検討中で、とてもじゃないけど兄さんの与太話に付き合っている暇はなかった。
はー、どこがいーかなー。
水族館かなぁ、動物園かなぁ。
橘さん生き物好きなんだろうか。
映画館とかは――逆に暗いところだし、隣り合って座らなくちゃだし、ハードルが高いかもしれない。
ウィンドウショッピングとか、そういうのはちょっと経験がないからどこまでできるかわからない。
けれど、頑張ろう。
精一杯、橘さんが楽しんでくれるように、僕、デートを頑張ろう。
むふっ。
「聞いてくれ新次郎!! これはとても大切な話なんだ!!」
「はいはい、聞いてますよ、聞いてます聞いてます。ヤれるんじゃないですか。絶対にヤれないでしょうけど」
「聞いてないだろ!! おい、これ、本当に真面目な奴だって!! そろそろ真面目な感じに作者が舵を切った所だって!! 真面目に聞けって!!」
「あっはっはー、物語の主人公みたいなこと言い出すとか。兄さんてばほんと、ガチ系の超能力持ってるのに残念なキャラしてるよね」
最近は、能力に反してキャラクターは抑えめな方がウケがいいのに。
皆、話の展開の方が大切で、キャラクターが立ってるか立ってないかなんて、たいして気にしないっての。
話造りの方が肝。
キャラクターなんて後回しでOKOK。それがWEB小説。
「分かった、では端的に言おう」
「はいはい、最初からそうして」
「未来は見させてもらった!! 新次郎、お前のデートは失敗する!!」
「な……なんだって――!!」
僕は思わずスマホを放り出して兄さんの方を向いた。
今までの態度を百八十度あらためて、兄さんの前で正座した。
だってそうだろ。
初めてのデートが失敗するとか聞かされたら、濃い顔をしてリアクションしちゃうよ。
そして態度もあらたまるよ。
だって、兄さんは実際、それができる人間なんだから。
そして悪趣味なことに、覗き見とか平気でする人なんだから。
説得力がある。
兄さんの言葉には説得力がある。
今回に限ってだけれど。
「兄さん、それはヤれる、ヤれないレベルの失敗じゃないってこと?」
「ヤれるヤれないだと……馬鹿!!」
兄さんがドンと壁を叩いた。
兄さんの部屋に接する壁を叩いた。
たぶん、棚に並べられたフィギュア(魔改造済み)が、じゃんじゃんばらばら倒れただろうけど、まったく気にせず兄さんは壁を叩いた。
マジだ。
これはマジでヤバい奴だ。
兄さんが、あまりのヤバさに、周りが見えなくなってるレベルの奴だ。
この世界が小説なら、作者がマジで仕掛けてきた感じのシリアスな奴だ。
ヤバい。
すぐに僕の額から、冷や汗が流れ落ちた。
「ヤれる、ヤれない以前だよ!! 大失敗!! お前は――!!」
「僕は!? 僕はどうなっちゃうんだい!! 兄さん!!」
「お前は明日のデートの最中に、爆弾の仕掛けられたバスに橘ちゃんと乗って、それを解除するために、一定速度でバスを走り続けさせられた挙句、監視カメラの映像をジャックしたうちに脱出して、とほほさんざんなデートだったねと、警察から橘ちゃんと帰ることになってしまうんだよ!!」
「ハリウッド的な展開!! なのにしょぼい結末!!」
「そうだ!! なのに、主人公じゃないから吊り橋効果もないんだ!!」
「乗り損じゃないか!!」
「そうだ!! 大阪環状線に乗って一駅移動するだけのつもりが、ねこけてしまって気が付いたら一周してしまうくらいの――乗り損だ!!」
そのたとえが適切かどうかはともかくとして――残念すぎるデートだ。
なんで初めてのデートでそんな、地上波で何度も放映されるような、名作映画みたいな展開に巻き込まれてなくちゃいけないのさ。
これが兄さんだったら、俺がハリウッドスターだと、ドヤ顔している所だろうけれど。
映画の主人公だから――ヤれるぜ、とか、言ってる所だろうけど。
とにかく。
凡人モブ男の僕には身に余る展開だった。
「ど――どうしよう兄さん!!」
「安心するんだ新次郎!! そんなテロに巻き込まれないように、お兄ちゃんは帰って来たんじゃないか!!」
「……兄さん!!」
「ふっ、頼もしいだろう!!」
「頼もしいよ兄さん、今日だけは!!」
今日ばかりは、僕は彼の存在に心の底から感謝した。
いや、うん、やっぱり初めてのデートは大切だからね。
こういうの一度失敗しちゃうと、引きずっちゃうから。
ヤれる、ヤれないは置いておいて、ばっちりとはキメたいんだよ、僕も。
「という訳で、バスに乗るデートは避けた方がいい」
「バスはダメ、と」
「覚えたか新次郎」
「覚えたよ兄さん!! 明日は電車で動物園に行くよ!!」
よし。
そう言って、兄さんが腕を組んだ。
そして、次の瞬間――。
「いま西暦何年ですか!! お兄ちゃんは未来から来ました!!」
「まさかの
兄さんが青い顔をして狼狽えた。
どうやら、また僕はデートを失敗したらしい。
「新次郎!! おぉ、新次郎!! 俺の可愛い弟、新次郎!!」
「可愛いとか言われて喜ぶ歳でもないよ兄さん!!」
「未来は見させてもらった!! 新次郎、お前のデートは失敗する!!」
「それも二回目だよ兄さん!! 電車でもダメなのかい兄さん!!」
「いや、電車はいいんだ、電車は問題なかったんだ――」
じゃぁ何が問題だったんだ。
僕は正座のまま、兄さんにデートが失敗した理由について問うた。
腕を組んだまましばらく硬直していた兄さんは、それから――正気を取り戻したように目を見開いて、僕に向かって言い放った。
「お前が向かった動物園!! そこにはカバが飼育されているんだ!!」
「なるほど!! カバが飼育されているんだね、兄さん!!」
「そして、カバにのこのこと近づいたバカなお前は――大噴射、カバのうん〇の大噴射を顔面に喰らって、うん〇まみれになるんだよ!!」
「小学生の好きそうな展開じゃないか!! えっ、普通にヤダよ!!」
「更に――割とデートの序盤だったから、最初からクライマックスまでうん〇まみれなんだ!!」
「最悪のデートだよ兄さん!!」
「橘ちゃんは優しいから、それで逆にちょっと好感度が上がって、その後、汚れを落とすという名目でホテルに入ってしっぽりしちゃうけど――うん〇まみれなんだ!!」
「試合に勝って、勝負に負けるような話だね!! けど、いくらヤれても、うん〇まみれは嫌だよ、兄さん!!」
そして、なんでそんなことまで見てきているんだよ兄さん。
どういう能力を持っていたら、そんな弟の初体験を覗き見れるんだよ。超能力とは別にそのスニーキング能力が怖いよ兄さん。
というか見ないでよ兄さん。
兄さんのエッチ。
冗談じゃない感じで、エッチ。
「という訳だから、ヤれるけど、うん〇まみれになるのはまずい。明日は動物園には行かないように」
「分かった、じゃぁもう、勇気を出して映画館」
「いま、
「映画館もダメなのぉ!?」
「席の空いている映画が、カワキュアの応援上映しかなくって、なんかもういたたまれない感じになってた!! あと、割と出来がよくって、最後には二人して、頑張れカワキュアって声を大にして叫んでた!!」
「デート的には上々じゃない!!」
「カワキュアおにーちゃんと、カワキュアおねーちゃんって、呼ばれて赤面する未来だったけれど、それでもいいなら行くといいよ!!」
「もうどうすればいいのか、僕はわかんないよ兄さん!!」
バスに乗ればテロに遭い。
動物園に行けばうん〇まみれ。
映画館に行けば子供たちの人気者。
どうしろっていうんだ。
どうデートすればいいんだ。
こんな難易度の高い、針の穴に糸を通すような話。
一般人に毛が生えた程度の超能力者の僕に、どうにかできる訳がない。
そんな僕に――。
「一つだけ、そんな惨劇を回避する方法があるんだ」
「……兄さん?」
兄さんは答えを知っているような顔をして僕を見てきた。
あぁ、これは、きっと。
きっと、そうなのだ。
兄さんは、上手くいく運命を、既に一度見てきているのだ。
力を連続して行使したからだろう。
兄さんの目の下には隈があった。
兄さん。
僕の兄さん。
いつだって、諦めない、不屈の男。
健一郎兄さん。
僕の身に起こる惨劇を回避するために、そこまでしてくれる兄さん。
だったら、その言葉に、僕は身を委ねてみよう。
「兄さん、その、たった一つの方法って言うのは――」
「新次郎、それはな――」
兄は真面目な顔をして、僕に向かって言った。
うぅむ。
「それが一番、何が起こるか予想がつかなくて不安なんだけど」
というか、一発目のデートがお家デートとか、大丈夫なんです?
デートとかしたことないから、僕、分からないよ、兄さん。
そして、デートくらい兄さんの目を離れてやらせて。
黙って先にはヤらないからさ。
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