第9話 放課後寂しそうに玄関で待ってたらヤれるかもしれない
「えっと、新次郎くんってさ」
「うん」
「お兄さんとすっごく仲いいよね。いつも、一緒にお家帰ってるの?」
「……仲はよくないけど、まぁ、一緒には帰ってるね」
「えっ? えっ?」
混乱する橘さんに、僕は兄さんとの関係をどう説明していいのか迷った。
傍から見ると僕たちは仲がいいようにどうやら見えるらしい。
今後、兄さんとのやり取りについて、不要な誤解を周りに与えないよう、もうちょっと注意をしなくてはいけないな。うん、あんなのと仲がいいなんて思われたら僕まで人格を疑われてしまう。
家族という名のしがらみを切ることはできないが、仲がいいという関係は取り消せる。
可及的速やかに、僕は兄さんと仲が悪いと思われるようになろう。
そうしよう。
文化祭の準備として、クラスの出し物で使う資材の棚卸をしながら、僕は静かに決意した。そろそろ、兄離れするべき時期なのだ。
というか、いい歳して、兄と一緒に帰っているのがどうかしているのだ。
それを気づかせてくれた橘さんには、本当に感謝しかない。
気づかせてくれなくても、感謝しかないけれど。
「まぁ、なんていうんだろう、兄さんってこう、危なっかしい所があるからさ。放っておくとなにか事件を起こしそうで怖いんだよね」
「……そうかな? 話しててとっても優しい人だと思ったけど?」
「それね、兄さん、下心で女の子には近づいてるから。騙されちゃダメ」
「下心?」
あの下劣な兄は、女性をヤれるかヤれないかで見ている。
ヤれると見るや、即
本当に最低のクズ童貞野郎なのだ。
まだ何も犯罪をしていないのが、奇跡だと言っていい。
いや、まぁ、起こしたとしても、例によって
ほんと、都合のいい能力を持ってるよね。いやになっちゃう。
もっと世の中のためを考えて行動できる人に能力は与えるべきだよ。なんていうか、兄さんのような小市民的な人間にそんなたいそれた能力与えてどうるすんだよっていう、そんなミスマッチを僕は感じるよ。
物語の主人公の能力でしょ
まぁなんだろう。兄さんに
そんなことを思っていると。
橘さんが手を止めていた。
うぅん、と、何か思い悩んだようなそぶりを見せる彼女。もし、兄のことで悩んでいるのだとしたら、申し訳ないことをしたように思う。
あんなアホのために、君が時間を割くことなんてないのに。
しかし彼女は少し申し訳なさげに僕を見て、それから口を開いた。
「……たぶん、それは新次郎くんの勘違いだと思うよ」
「まさかぁ。兄さんのことは身近で見ている僕が一番よくわかるよ」
「……あのね、新次郎くんのお兄さんと話した時のことなんだけど」
「え?」
「私が新次郎くんのことが好きだって相談したら、お兄さん、絶対に新次郎くんにうんって言わせるから迷わず告白しなよって、そう言ってくれたの」
「……なにそれ?」
初耳。
というか、兄さん隠し事してたの。
兄さんの癖に。
アホの兄さんの癖に。
あ、もしかして、あれか。
橘さんが振られた時のために、フラグ立てておいたのか。
セコいな。
流石は兄さん、セコいな。
実際、橘さんがコロッと騙されている辺りが、なお
彼女のピュアな所につけ込みやがって。我が兄ながら許せん。
家に帰ったら覚えてろよ。
「それがあったから私は、新次郎くんに昨日メールで告白したんだよ。そしてちゃんと告白は成功した。お兄さんが言ってくれたとおり、うんって、新次郎くんは私に返事をくれた」
「僕は僕の意思でうんって言ったよ。兄さんに言わされた訳じゃない」
「そういうことじゃないよ」
意外と、新次郎くんって、そういう鈍感なところあるよね。
少しトーンを下げて橘さんが言う。
僕はそんなことないと思ったのだけれど――実際、彼女の好意に、今までまったく気がつかなかったこともあり、反論するのを諦めた。
鈍感か。
鈍感ね。
まだ兄さんについて、僕が知らない部分があるのだろうか。
あんな下半身にコントロールされているような兄さんだけれど。
それでも――。
備品の棚卸をする手は止まった。
手、止まってるよと、橘さんに笑って言われるまで、僕は、兄について僕がどこまで知っているのだろうかと、そんなことを考え込んでしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
「遅いぜ新次郎!! お前がいちゃついている間に、俺は世界を百回救っちまったぜ!! 俺をこんなに働かせて――お前はヒーロー戦隊の博士か?」
「……じゃぁ、もう何も言わずに帰っちゃった方がよかったかな」
「ツレないこと言うなよ兄弟!! せっかく待っててやったんだぜ!!」
待ってと頼んでもないのに、兄さんは学校の玄関で僕を待っていた。
橘さんと付き合うことになり、一緒に帰ろうかと、そういうことになるかもしれないというのに――兄さんは玄関で僕を待っていた。
うぅん。
これ、もしかして――。
「兄さん。もしかして、
「おっと、それに気がつくとは新次郎、お前もいよいよ、アメコミヒーローとしての自覚が芽生えてきたようだな。俺ちゃんはうれしいよ」
「はいはい、アメコミアメコミ」
たぶんだけれど、この兄さんは一度未来から戻ってきている。
普通に帰宅して僕が帰ってくるのを待ち、それから、今日は橘さんと用事があって――という体で、一緒に帰ろうと言えなかった僕を見て、ここに飛んで戻って来たのだ。
どうしてか。
決まっている。
「僕のことからかいに来たの? ヘタレ童貞インポ野郎とでも?」
「お前のその汚い口は、いったいどうやったら綴じられるんだ。というか、自分のことをそこまで悪くいうことないだろ。あと、インポってことはない。お前はズル剥けだ」
精神的なもののたとえじゃないか。
それを、何をムキになって言い返してくるのか。
普段無茶苦茶に言っているんだから、少しくらい僕をバカにしても罰はあたらないのに。
ほんと。
そういう所、兄さんはずるい。
橘さんの言っていた、優しい人という兄さんに対する評価。
もしかすると、僕が思っているよりこの人は――。
「まっ、俺なら千の言葉を用意して、彼女と一緒に家に帰る体でそのまましっぽり――ヤれるけどね!!」
「……兄さんだ、やっぱり、アンタ僕の兄さんだ」
やっぱろくでもない。
僕は兄さんを無視して、学校の玄関を出たのだった。
ちょっ、ちょっと待てよと、兄さんがトレンディに僕を呼び止めるが、軽く無視して坂道をバス停まで急いだ。
まったく。少しくらい見直したってのにすぐこれだ。
たまには兄さんらしく格好いいところの一つでもみせてくれよな。
まぁ、心配してくれたのは素直にありがたいけれど。
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