第7話 ヤンキー乙女に踏まれたならヤれるかもしれない
朝。
そして通学。
昨日、柳生女学院の娘と乗り合わせた大和西大寺行きのバスに乗り、今日もいつもと変りなく、僕と兄さんは春日高校に向かう。
なんの変哲もない、いつもの朝だ。
途中、奈良駅前のバスのホームで困っているおばあさんに会い、助けてあげれば孫娘とヤれるかもと、兄さんが
世はこともなし。今日も平和だ。
無制限に時間を飛び越えることができる、チートな能力を持った兄さんが隣にいるのに、こんなことでいいのだろうかと、ちょっと思ってしまう。
まぁ、超能力なんて、実際持ってしまうとこんなものなのかもしれない。
そんな僕も、兄さんの
「……新次郎。あのさ」
「なに、兄さん?」
「……その微妙なにやけ面やめて。ほんと、ノロケがダダ洩れで、お兄ちゃん、なんだか一緒に居るのがちょっと辛くなってきちゃった」
「いいじゃないか!! いいじゃないか!! 兄さん!!」
「やーん、いつもとパターンが逆になってる!! お兄ちゃんがボケる側、新次郎がツッコむ側でしょう!! なんで彼女一つでそんな関係がゲシュタルトブレイクするのよ!! 恋人は友人関係を破壊するっていうけど、兄弟関係も破壊するのね!!」
「むしろ兄さんは建設的な兄弟関係を築こうとしてこなかったよね」
いつもしょーもないことで
そんな兄さんに振り回される僕。
今さら僕たち仲良し兄弟とか――そんなこと言えると思っているのか。
一緒に登校しているのも、しょーもないことに付き合ってるのも、兄さんが肉親だからだ。もし、血の繋がりがなかったら、僕はきっと、割とあっさり、兄さんみたいなろくでなしと縁を切ってる自信があるよ。
ほんと、口を開けば、ヤれる、ヤれないばっかりなんだもの。
こっちの方がヤになっちゃうよ。
勘弁してよね。
「けど、気をつけろよ新次郎」
「……何を」
「超能力者っていうのは、家族や恋人を人質に取られると弱い。無敵の超能力者でも、無力な家族を巻き込まれたら――途端にダメになっちまう」
「……え、なんで急に真面目な話」
「だから、な」
兄さんが僕の方を見る。
ちょうどいつものようにJR高架下でバスが止まるのを見計らって兄さんは、制服のズボンをまさぐると、そこから小さな四角いモノを取り出した。
四角形に内接するように、丸い膨らみができているそれは――。
触れるとむにゅりと柔らかい。
「家族計画は慎重にね!!」
「こんな場所ですることじゃないだろ!! ほんと、馬鹿兄貴!!」
「ちなみに、お父さんとお母さんの寝室から持ってきた!! お徳用でたっぷりあったから、一個くらいなくなってもバレやしないぜ、新次郎!!」
「重ねて身内の恥を晒さないで!!」
はやく出てバス。
そう願わずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
春日高校前でバスを降りる。ぞろぞろと校舎に向かって緩やかな坂を歩いていく学生たちの群れに混ざって、僕と兄さんは肩を並べて歩いていた。
ふと、その途中――妙な光景に遭遇した。
「お、駄菓子屋が店を開けてる」
「……こんな時間から珍しいね」
「婆さん、老人の癖に朝弱いもんな。いつもは昼から開けてるのに。どうしたんだ」
いや、どうしたもこうしたもない。
昨日兄さんが、あの駄菓子屋さんに対して、
そんな僕の不安を裏付けるように、案の定、中からおばあちゃんの孫娘がひょいと顔を出した。黒色のエプロンをして、しっかりと営業スタイルだ。
しかし、腕を組んで威圧するように周りを見ているからだろうか。
いつもは駄菓子屋によりつく学生たちが、あきらかに避けて通っていた。
うぅむ。
「……おばあちゃんに代わって、彼女が営業するようになって、朝も開けることにしたのか。まぁ高校生にパンとか売れば儲かりそうだけど」
「愛ちゃーん!! 一日ぶりー!! 元気にしてたー!! らぶらぶちゅっちゅー!!」
「……兄さん!?」
いきなり猛ダッシュする兄さん。
愛ちゃんと呼ばれた彼女――おそらく駄菓子屋の孫娘さんは、そんな兄さんに気がつくと、げっとあからさまに嫌な顔をした。
繰り出されるクロスカウンター。
兄さんの顎に、駄菓子屋娘さんのいい感じの一発が炸裂した。
どさり兄さんはその場に白目を剥いて倒れる。
「……ふっ、流石はあの婆さんの孫娘。天下が取れるいいパンチ」
「ふざけろ!! 朝から不機嫌になる顔を見せやがって!! ただでさえ、周りから避けられてるのに、もっと気味悪がられたらどうすんだ!!」
「気にしすぎだ愛ちゃん。そんな可愛い猫ちゃんパンツ穿いてるのに、周りから避けられてるなんて勘違いさ」
「
「いいパンツだ!!」
ヤンキーな駄菓子屋の孫娘さんに思いっきり踏みつけられる兄さん。
助けようと思ったけれど、もっと、もっと蹴ってください女王様ぁ、と、気持ち悪い声が聞こえてきたので、僕はすぐにそれを諦めた。
というか、本当に嫌なら、
「まぁ、冗談はこのくらいにして。愛ちゃん、ちょっと足をどけてくれる」
「私が足を退けると、お前がまたろくでもないことをするだろう?」
「……愛染じゃなく、不動かな?」
「は?」
分からなかったようだ。
不動明王が邪鬼を踏みつけて調伏しているっていう彫像のアレね。
孫娘さん、見た目からあんまり頭よくなさそうだし、その辺りは仕方ないのかもしれない。あと兄さんも、普段の言動は破天荒でアホだけど、一応進学校の学年首席だから、そこそこ発言がウィットに富んでいる。
マイスイートハートとか言ってたけど、相性よくなさそうだな。
「はやくどくんだ!! どかないと大変なことになるぞ愛ちゃん!!」
「な、なんだよ!! どうなるっていうんだよ!!」
「どかないと――俺が思いっきり愛ちゃんのパンツを見る!!」
「オラぁっ!!」
追撃。
しかし、兄さんはそれを、
「想像するぞ!! 猫ちゃんパンツの向こう側を、想像して――興奮することになってしまうぞ!! それでもいいのか!!」
「するなぁっ!!」
更に追撃。
あれこれ、どうやっても駄菓子屋の孫娘さんから逃れられなくない。
兄さん、ここでゲームオーバーか。
再び
沈黙が、朝の春日高校前に広がる。
坂の上に見える校舎が朝日に照らされ、みんみんとセミの鳴く音が聞こえる中で、兄さんと駄菓子屋の孫娘さんはしばしにらみ合った。
「な、なんだよ……」
「……」
「何か言えよ……気持ち悪いだろ……やめろよ……」
駄菓子屋の孫娘さんが、気持ち悪さに足をどけようとする。
兄さん、流石だ兄さん。
気持ち悪くって、足をどけさせるなんて、普通できない。
流石は最低な兄さんだ。
兄さん、最低だ。
糞キモ童貞野郎だ。
なんて思っていると、おもむろに兄さんが孫娘さんの足を掴んだ。
女性の生足を掴むってどうなの――そんなツッコミを入れる間もなく。
「よく見ると、そのパンツ使い込まれてる!! 明らかに普段使い!! ということは、男性に下着を見せる機会がない!! 即ち――
「うぎゃぁーっ!!」
ふみつぶしをすかさず
さらに、兄は興奮気味に言葉をまくしたてる。
「ヤンキーなのに
「誰がヤるか!!」
気持ち悪い。
身内ながら本当に気持ち悪い。
そんなことを思いながら、僕は、駄菓子屋の孫娘さんに、対空コンボの蹴り技を喰らっている兄さんを、死んだ目で眺めていた。
「オラオラオラオラオラ!!」
「なんという豪快なパンチラ!! ドジっ娘属性まである!! ヤンキーと見せかけて、
「死ね、このセクハラ男!!」
本当にね。
兄さんは一度死んだ方がいいよ。
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