第4話 駄菓子屋の娘がヤンキーだったらヤれるかもしれない

 駄菓子屋は架空の存在。

 そう思っていた。


 なので、奈良の方に父の仕事の都合で引っ越してきて、今通っている春日高校の前でこの店を見つけた時にはとても驚いた。


 田舎の方に行くと、まだまだ駄菓子屋は存在するのだ。

 土間に棚と四方ガラスでできたケースを並べて、そこに10円ちょっとの駄菓子を並べ、畳の上に正座しながら子供たちの姿を見守っているおばあちゃんという光景は存在するのだ。


 これなら田舎にシルバー人材派遣会社は必要ないな。


 そんな捻くれた感想はさておき。春日高校前のバス停から校門までの上り坂の途中。今日も僕らの行きつけの駄菓子屋は、小学生から中学生まで幅広い年齢層の子供と、近所のおばちゃんたちでそこそこ賑わっていた。


「ちゃーっす、婆さん、元気ぃー?」


「おやおや、シンちゃんと、シンちゃんのお兄ちゃん、いらっしゃい」


「健一郎だよもう。いつになったら覚えてくるんだよ、この、イ・ケ・ズ」


 そう言って肩にそっと添えた兄の手を――店番をしているおばあちゃんはハエ叩きで打って撃退した。

 商売人特有のひとあたりがよい笑顔で彼女は兄をじっと見ていた。


高上極意五点形プリーズ・ドン・タッチ・ミー


「なんという剣気!! このババア、明治の混沌を知る生き証人か!!」


「いや兄さんがなれなれし過ぎるだけだよ。こんにちはおばあちゃん。アイスって、もう売ってるかな?」


「ほほほ、シンちゃんはいつも紳士じゃのう。おばあちゃん、シンちゃんのそういう所が好きじゃよ。アイスならそこにホームランバーがあるよ」


「ホームランバー!! 健一郎、ホームランバーだいしゅ……あいて!!」


 鋭く突き出されるハエ叩き。

 正座した状態から、無挙動、無間合い、最速で繰り出された――神速の如きハエ叩きによる突き。


 この老婆、どうやら兄さんの言う通り相当の使い手らしい。

 あるいは本当に壬生狼の生き残りなのか。


 そんな思いが頭の中を駆け巡って、いやいやないないとあっさり消えた。

 女隊士なんていないっての。少女漫画やゲームじゃないんだからさ。


 水色をしたハエ叩きで、頭を突かれた兄さんが、おぉ痛い痛いとおでこをさすりながらおばあちゃんに恨みがましい視線を送る。


「婆さん、俺の扱いひどくない?」


「しつけのなっとらん子には厳しくするのが、うちの商売の基本姿勢スタンスじゃ」


「こんなとっときの紳士をつかまえておいてそりゃないぜ。だが嫌いじゃないぜ。あと五十年若かったら、俺が放っちゃおかないだろう」


 ストライクゾーン広いな兄さん。

 たぶん、今、おばあちゃんは90歳から100歳の辺りという感じがするから、50引いても40歳くらい。熟女だ。熟れ熟れに熟れた熟女だ。

 そんな相手でもOKなんて。我が兄ながら、器が大きいと感じ入った。


 なんて冗談はそこそこに、僕はクーラーボックスの扉を開けると、ホームランバーを抜いた。二本分の代金をおばあちゃんに支払うと、兄さんにその一つを渡す。


 僕たちと入れ替わりになって、店内にいた人たちは外に出て行った。

 いつも混雑している駄菓子屋が、僕と兄さん、そしておばあちゃんだけになる。


 ふむ、ちょうどいい。

 これなら中で食べても問題ない。


 高校の前、通学路にあるのだけれどそこはそれ。最近は文化祭の準備やらなにやらで忙しくしていて、この駄菓子屋に来るのも久しぶりだった。世間話もかねて、ちょっと中でまったりしていくのもいいかもしれない。

 ホームランバーの包装紙を剥がし、僕はおばあちゃんに視線を向けた。


「最近どう。お店、やってけそう?」


「おかげさまでねぇ。少子高齢化だなんだと言ってるけど、割とここいらは子供が多くって。死ぬまでこの仕事とは付き合えそうだよ」


「死ぬとか悲しいこと言わないでよ」


「もうここまで生きるとね、人の生き死にも笑い話さ」


 そういえば、昔はおじいさんが駄菓子屋の店番をやっていたんだっけか。確か、僕が小学二年生くらいの頃に、肺がんでお亡くなりになって、それからはこうしておばあちゃんが店番に立っている――そういう経緯のはずだ。


 たしか見つかるのが早ければ――寛解したかもしれないと聞いたが。


 うぅん。


「……兄さん」


「……んほぉ?」


「なんでそんな丸ごと咥えるようにアイス食ってるのさ」


「いや、読者サービスって大切かな、って、思って」


「男がやっても意味ないよね?」


 アイスクリームをずっぽり咥えるのはその手のお約束。

 だけど、男がそれをやるのは、なんかこう、やっちゃいけないだろ。


 そりゃもっとサービスじゃと、激しくアイスバーを前後させる兄さん。

 そのアグレッシブさに呆れながら、僕は話の本題を切り出した。


 この世界で兄さんしかすることができない――人助けについてを。


「おじいさんってさ、助けることできないかな?」


「あの暴力じいさん? 嫌だよ?」


「なんでさ」


「だってあの爺さんに、俺、めちゃくちゃ殴られたのよ。この悪ガキめって。ヤッター麺の当たり券偽造した時は、ケツ叩かれすぎておサルさんになる勢いだった」


「それ、十割兄さんの瑕疵だよね」


 なにやってんのさ兄さん。

 お爺さん相手だからって、そんな詐欺しちゃダメだろ。

 昔からろくでもないろくでもないとは思っていたけれど、ここまでろくでもないとは、僕もちょっと驚きだよ。


 とはいえ、そんな悪戯をした相手なら、なおさら罪悪感があるだろう。


「その時の罪滅ぼしも兼ねてさ、おじいさん、助けてあげるのはどうかな」


「……うぅん」


「なんで渋るのさ」


「いや、お前、簡単に言ってくれるけどね。人を一人生き返らせるのって、意外と面倒なものなのよ?」


 顔をしかめて兄さんは言った。

 真剣というよりも、面倒くさいという感じの、そんな表情だった。


 まるでやって来たように言うな。

 絶対やったことないだろうに。

 やって来たみたいな感じで言うな。


 しかし一理ある。人の蘇生というのは、漫画でも小説でも、アニメであっても、なかなかに大きなテーマになるモノだ。そんなモノを、ちょいなちょいなと簡単にやれたなら、いろいろとおかしなことになるだろう。

 タイムリープモノでも、物語の発散が激し過ぎて、まとまりがなくなってしまいそうなテーマだ。


 あっちを生き返らせれば、こっちが死んで。こっちが死んだら、あっちが生き返って。そして、最後には、なんだか誰かが尊い犠牲となって、記憶を失う代わりに世界が救われる――そんな感じの泣きオチに落ち着きそうだ。


 まぁ、僕はタイムリープモノはまったく読まないから、それっぽいことを言っただけだけれど。


「普通に考えてさ、爺さんの病気の初期症状に気がつく必要があるよね」


「……うん?」


「爺さんが死んだのが、俺が小学三年生の頃だから、まぁ、進行が遅かったとして二年前――小学一年生の頃だ。その頃の俺にだよ、お爺ちゃん、癌になるから健診受けてねと言われても、納得すると思うかね?」


「それは、その」


「しかもそれがヤッター麺の当たり金券偽造する小学生。まず信じない」


 一年生の頃からやってたの兄さん。

 とんだ悪ガキじゃないか。

 小さなころからで済ますことができない悪ガキじゃないか。


「あ、婆さん、ホームランバー当たっ――いててててて!!」


「こんな滲んだあたりがあるか!!」


 そして今もやってるし。

 油断も隙もない兄さんだ。

 この十年ちょっとで、成長もしていなければ、反省もしていない。

 人間というのはなんて愚かな生き物なのだろうか。


 しかしまぁ、おじいさんのことを、真剣に考えていない訳ではない。兄も、いろいろと考えた上で、救うのが難しいと判断して今に至っている。


 なんだかんだといいつつ優しい。

 兄弟だから、知っていたけど――。


 ちょっと嬉しかった。


「しかしねぇ。アタシももう歳だし、そろそろお手伝いが欲しくてね」


「まぁ、流石にいい歳だものね、おばあちゃん」


「いい歳の癖にいいパンチ持ってるじゃねえかよ。まだその腕、眠ってはいないようだな。婆さん、俺ともう一度、世界を目指さな――へぶぅ!!」


「孫娘が近くの商業高校に通っておるんじゃが、進学か就職かで迷っておってのう。よければ、手伝って貰おうかなと考えておるのじゃ」


 その時、兄の目が光った。

 まるで獲物を見つけたトンビのように鋭く光った。


 もうだいたい流れは理解していた。これから、兄が何をするのか。何を望んでいるのか。長い付き合いの僕は、もはや聞くまでもなく理解した。


「……婆さん!!」


「どうしたシンちゃんのバカ兄貴」


「その願い、ばっちりこの俺が叶えてやるぜ!! そして、商業高校のおしとやか女子高生とメイクラブ――ピュアにヤれるぜ!!」


 身内の前でしょ。

 そういう下品なことを言わない。


 いろいろ有耶無耶になって、記憶が飛ぶといっても、そこはそれだ。


 しかし、思い立ったら即行動。

 そして即時間遡行タイムリープ

 左目に手をかざす兄を止める暇も、窘める時間も残念ながらなかった。


時間遡行タイムリープ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 !?


 気がつくと、兄が弓なりになって空中を舞っていた。


 なにが起こったのか。

 どうしてこうなったのか。

 時間遡行タイムリープはどうなったのか。


 いろんなことが理解できなかった。


 しかし、一つだけ分かる。

 蹴られて宙を舞っている兄の顔が――最高に笑顔だっていうことだ。

 この顔はひさしく見たことない。二十四時間テレビのアナウンサー水着スポーツ大会で、新人アナが大胆なポロリをかました時に見て以来だ。


 やっぱり商業より――こういう素人のハプニング映像のほうが価値があるよね、とは、兄の言葉である。

 正直、血のつながった兄の歪んだ性癖にドン引きだった。


 そんな風に兄が喜んでいる。

 ということは、だ――。


「てめぇ、どの面下げてウチの敷居をまたぎやがった!! この糞虫!!」


 登場人物が一人増えている。

 どうやら、兄さんはその宣言通り、お婆さんの孫娘を駄菓子屋の手伝いとすることに成功したらしい。


 しかし――商業高校の大人しい女の子というより、これは。


「……商業高校の女ヤンキー!!」


「あぁん!? なんだオラ!! お前もやるか弟!! 兄弟揃って調子こいてんじゃねえぞ!!」


 メンチ切ってくる金髪女。

 地元のレディースに入っていると言われても、わぉ納得と手を叩くような女の子が、兄さんとおばあちゃんの間に立っていた。

 黒いジャージにすっぴんというのがなんともである。


 あと、素材は言うほど悪くない。

 胸も大きい。

 割と大きい。


 そんな彼女が兄さんに詰め寄ると、おもむろにその襟首をつかみ上げた。

 表情が一瞬にして般若になる。


 ガン切れ。

 また週刊少年誌じゃないけど感嘆符を打ちたい気分になった。


「なぁ、健一郎。誰のせいだ。誰のせいで、通ってた高校で、変態彼氏持ちのイカれたプレイするヤリ〇ン女だって後ろ指さされるようになったと思ってんだ。なぁ、そんな相手が仕事をしている駄菓子屋に、よくお前、のこのこと顔を出すことができたな」


「なんでって。俺とお前は運命の赤い糸で結ばれた、ハニーだからだろう。言わせんなよ、恥ずかしい」


「あっはっはっは!! 殺すわ」


 デンプシー・ロール。

 駄菓子屋の孫娘の嵐のようなデンプシー・ロールが炸裂する。

 対空ハメ技を喰らったように、一方的にやられる兄さん。


 そんな兄さんが幸せそうに微笑むのを眺めながら、僕は気がつくと溶けかかっていたホームランバーを、もしゃりと頬張ったのだった。


 うぅん、まぁ。

 兄さんが楽しいならいいか。


「もっと!! もっとだハニー!! 愛を感じさせてくれ!!」


「何が愛だ!! くそキモイんだよ、この色ボケ野郎!!」


「喧嘩の後の仲直りには濃厚な体の触れ合いが一番!! 統計もばっちり取れているんだよね――ヤれるぜ!! これは確実だぜ!!」


 ヤれないと思うな。

 というか兄さん、結構こういうのもいける口だったんだな。

 僕は生温かい目で、満面の笑顔の兄が舞うその光景を見守った。

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