第2話 ラブ・ミー・ドゥーでヤれるかもしれない
だいたい超能力というのは厄介なものである。
超能力を持ってしまったが故に苦悩するというのは、古今東西を問わず物語のテンプレートだが、うちについてもほぼほぼそれが当てはまった。
全力でアホなことをしている兄だが、あれはあれで結構苦労していた。
ついでに言うと、僕も超能力者だ。
もっともその能力は限定的で、自由自在に
「しっかしまぁー、同一性保持の超能力ねぇ。どんだけ俺が
「おそろしく無意味な能力だけどね」
「なしてそんな超能力を選んだ? 転生特典選びは慎重にしよう?」
「もし転生特典を選べるなら、僕は兄さんと赤の他人になるよ」
そんなこと言うなよぉと、兄さんが僕を肘で小突く。
弁当箱に伸ばす箸を止めると、僕は深々とため息を吐き出した。
ここは県立春日高校の中庭。
そして昼休み。
僕と兄さんは、中庭の木陰に集まって、二人で弁当をつついていた。
なんで兄弟で昼休みにお弁当を食べなくちゃいけないのか。きっと理解に困ることだろう。理由は簡単、放っておくとこの無敵の超能力者である兄は、何をやらかすか分かったものではないからだ。
気がついたら歴史が改変されていて、学校がテロリストに占拠されていた――なんてことが起きては困る。
監視のため、僕は極力昼休みに兄さんと一緒に食事をしていた。
そう――これは僕に課された役目。
この能力を持つ意味だ。
兄さんの過去を改変する能力。その能力は強力だ。
彼は、自分の望むままに、世界線を増殖することができるのだ。
しかし、絶対にその影響を受けない僕が居ることにより、枝分かれした世界線はおのずと剪定され、一つに収束する――のだそうな。
兄さんの言葉を信じる限り、どうやら僕の能力は、世界を収束させる鍵になっているらしい。
つまり、僕に与えられたこのどうしようもない超能力は、兄の強力過ぎる能力に対する抑止力であった。
兄さんの暴走を防ぐための力。
そんな風に僕は自分に与えられた力を考えていた。
そんな力をどうして与えたのか。
そもなぜ兄に超能力を与えたのか。
誰が
そんなことを考えると、僕はこの世界を深く憎みたくなる。
憎んだところでどうなるものでもないというのに。
ぐずり。
箸が肉じゃがのにんじんを割いた。
作られて二日目。水気をよく吸い込んだそれは、抵抗なくすんなりと僕の箸によって二つに切り割かれる。
気分は――最悪だった。
せめてにんじんがもう少し抵抗してくれれば気分も晴れたことだろう。
にんじんも、この世界も。
どうしてこの世界は僕たちに――。
「お、なんだよ、死んだ魚のような眼をして。もっと世界を楽しめ、兄弟」
「……誰のせいでこんな眼をするようになったと思っているのさ」
「しっかしまぁー、俺の改変の影響を受けない人間が一人いるってだけで、救われる部分はあるわな。お前がいなかったら、俺は今頃――ハーレム持ちの世紀末覇者だぜ」
「……兄さん。世紀末の意味ちゃんと辞書で引いてみた?」
今は二十一世紀もはじめ。
末には程遠い。
ほんと昭和を生きているというかなんというか。
時代錯誤も甚だしいんだよな。
兄さんの懐古趣味は今にはじまったことではない。しかし、世紀末がどうとか言っちゃうかね普通。これで学年主席だというのだから世も末だよ。
いや、末じゃないんだけれどもさ。
なんにしても、こんな調子じゃ、きっと兄さんは一生彼女を作ることは叶わないだろう。
断言したっていい。
そもそも、懐古趣味を抜きにしたって、兄さんはろくでもない男だ。
「……いただき!!」
「あっ」
トンビのように兄の手が動く。
それはひょいと僕の弁当箱よりから揚げを奪い去ると、兄さんの口へと軽やかに飛んで行った。
ほれみたことか。
こういうことをするのだ兄さんは――。
普通こういうのって、弟が兄にしたり、妹が兄にしたりとかするものじゃないの。なんで年下の弁当のおかずを盗るんだよ。
ほんとろくでもない。
ろくでもなさ過ぎて注意する気も、怒る気も、ちっとも起きない。
そんな僕に向かって、兄は腰に手を当てて不敵に微笑んだ。
あぁ。
これはあれだ、いつもの奴だ――。
「ところでだ!! この世界で唯一の俺の理解者たる弟よ!!」
「……理解できている気がしないなんだけれど」
「兄は今日、とんでもないことに気がついてしまったぞ!!」
「……自分の頭のおかしさに、今更だけど気がついたの?」
「おいおい、なんていうことを言うんだよ、この幾多の世界線を渡り歩き、今というベストな時間を生きている兄に向かって!!」
「じゃぁ、世界の真理?」
「いきなり高尚なテーマになりましたよ? しかし、近からずも遠からず!!」
へぇ。
なんだ、今日は違う話題なのか。
てっきりと、また――あの女きっと俺に惚れているなと、そういうネタに走ると僕は思っていたのだけれど。
ご飯をかき混ぜていた箸を止める。弁当箱の上にそれを並べて置くと、僕は――兄さんの話を久しぶりに真面目に聞くことにした。
僕が姿勢を正すのを待った兄さん。
こちらが聞く体勢になったのを確認すると、彼はすぅっと息を深く吸い込みながら目を閉じる――。
そして。
「英会話のレベッカ先生が授業の後、コソコソと準備室でなにやらしているのを見かけたのだよ!!」
それからくわぁっと瞼を上げると、やっぱりいつもの話題を口にした。
「あれは絶対準備室でエロいことしてる奴だ!!」
「後片付けしてる奴でしょ!!」
闖入すれば弱みを握り――ヤれる。
物語の主人公が言ったら、確実に読者からドン引きされるようなセリフを、兄はまったく躊躇もなければ言葉を選ぶこともなく、肉親の僕に向かい叫んだ。
あぁ。
ほんとろくでもない。
「……という訳で!! また、俺は時を巻き戻すぞ、新次郎!!」
「やめておきなよ。絶対に拍子抜けするだけだって」
「拍子抜けでもいいんだ!! 0.001%でも、ヤれる可能性があるなら!! その可能性に賭ける!! 童貞を捨てる未来を掴み取る!!」
「もっと手堅く行こうよ兄さん!!」
顔の前に手を当てる兄さん。
そして彼は、いつものキメ顔で――いつものセリフを吐いたのだった。
「
◇ ◇ ◇ ◇
「……兄さん?」
「……」
「……顔が青いけど、どうかしたの、兄さん?」
失敗したのは分かる。
ヤれなかったのは聞くまでもない。
けれども、
沈黙する兄。
しばらくしてから――。
「レベッカ先生なんだけれどな」
「……うん」
「イケない方向性がどうも違ったみたいだ」
「……どういういこと?」
「こそこそと黒板の裏の壁を弄っているなと思ってさ。なんだろうと、彼女が去ってから確認してみたわけだよ」
「うん……」
「そしたらさ、黒板の裏に……ヘロインが!!」
ジーザス。
「そして気が付くと背後に
修羅場じゃないか兄さん。
それでよく生きて帰ってこれたね。
いや、
なんにしても――厄介な情報をどうもノーサンキュー。
「物騒な話に巻き込まないで!!」
「新次郎。これは一人で抱え込むにはあまりに深い闇だったんだよぉ!!」
お前だけが頼りなんだ。
そう言って僕に縋りつく兄。
そんな兄に返す言葉は――。
溜息しかなかった。
神様、本当に勘弁してくれ。バカンスにでも行っているの。今すぐ帰ってきて、この男をどうにかして頂戴。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます